金剛童子(アヤムルモノ)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 74 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:09月05日〜09月10日

リプレイ公開日:2006年09月11日

●オープニング

Side ガラシャ
「おやめ下さい。ガラシャ様。あの鬼に食われてしまいますよ!」
「彼はもうそんな性癖は持ち合わせていません。それに夫たる方をどうして見捨てることができましょう」
「あんた唆されているんだ! な、危ないですから、あぁ、ガラシャ様っ」

Side 藤孝
「藤孝様、民が騒いでいますわ。このままですと反乱に発展する可能性がありますけれど」
「捨て置け。今何を語っても火に油を注ぐことにしかならぬ。今の間に忠興の死体を回収、事件の詳細を確認、そして鬼の退治に向かう」
「土蜘蛛の封滅計画は一端止めておきますわね。遺体回収後と事件の詳細が揃いましたら民にお知らせしてよろしいかしら?」
「うむ。儂は鬼退治に向かうとする。愚息が鬼と入れ替わっていたことも気付かぬ愚かな親よ。せめてあの鬼の素首を叩ききって手向けにしてやらねば‥‥」

Side 土侍
「鬼が潜んでいた。忠興様は鬼だったぞ」
「国司様もか!? どうなんだ」
「わかんねぇ。ただ間違いはないのは、俺達はだまされていたってことだ」
「もう何を信じて良いんだ? 終わりはあるのか、まだこれから何かあるのか!?」
「とりあえず、あの鬼を殺らなきゃまずいぞ。忠興様に化けてたぐらいだ。頭がいいに違いない。きっとまた襲ってくる!」
「化かされんように気をつけろ。今度は何に化けているかわからんぞ」


Side 闇
「どうです、金剛童子。貴方の望む通りになったでしょう。親の子殺し、夫婦離間ももうまもなく成就しますよ。これからはお酒もおいしくなることでしょう」
「楽士っ!!!! てめぇぇ、何故! 何故だっ」
「何故も何も。貴方の望んだことをしたまでです。まあ藤孝が来なくても、民が貴方を殺しに来るでしょう。あなたが守ると決めた人々が憎しみを刃にね。子殺しほどではありませんが、臣民の反乱というのも悪くありませんよ。
 姿形が変わるだけで、人はかように変わるもの。 ふふふ、くくくくくくく。ねぇ、良い物語でしょう? 人の心を持った鬼、それを愛する一人の女、かつて信じて従った民の裏切り、そして鬼斬りの勇者の物語。仮面の親子の愛憎劇。くくくくくくく、ネェ。そうそうありませんよ。こんなウツクシイハナシは」
「やめやがれ! 俺はもう人を殺さねぇって決めたんだ。あいつが血は一時の感情しか満たさないことを教えてくれたんだ!」
「やめろと言われても、私にはどうしようもありませんね。しかし、その言葉を聞けばガラシャさん、きっと泣いて喜びますよ。死んでも良いっていうかもしれませんね」
「どういうことだよ。お前ガラシャが必要だから、土蜘蛛の巣から拾ってこいって言ったんじゃねぇのか!?」
「はい、貴方の望みを叶えるには、ね。貴方を変える力を持っているのは彼女だけでしょう」
「!!!」
「私の計画でももちろん彼女は重要でしたよ。しかし皇大神社はそうそうに破壊できましたので、彼女を必ず使う必要はなくなっていました。
 人は源細忠興という人間が鬼だったということで不信の中にいる。親であった国司でさえもです。不信にさいなまされ本来の仕事がおろそかになり、土蜘蛛は増え、海人族はいまぞとばかり略奪を働く。兵士を削減した丹後軍は防ぎきることもできず、不満の溜まった人々は自らの安息を求めて、血を流す。大地に封じられた陰の気は明け暮れる混乱の末、歪み崩壊を起こします。バランスを崩した気は、性質を変え邪気となる。
 冒険者が仮に貴方を助けたとしても。このうねりはもう立て直せないでしょう。仮に貴方を守り民衆を説得をするならば、これはこれで宿敵を守る者という面白い題材を得られますしね」
「そんな、そんな‥‥」
「誰かがきっと望むでしょう。もうこんな戦い嫌だ、と。私はその願いを叶え、尼寺で試した方陣を使います。邪気は解放され不死者があふれ出し、死した者もまた不死者の仲間入りをする。身近な者同士で餓鬼のように食らいあい、気が解放される頃には土蜘蛛は一匹もいなくなりますよ。人間もですけどね」
「そんなことゆるさねぇよ! 誰も望んじゃいネェ!!!」
「そうですか? 私は人の願ったことしかしていませんよ。ご覧なさい。あのギルドの人間もガラシャを救ってあげたいと言った。悪い奴から守ってみせると」
「それで奴の魂を完全に奪って、木偶の坊じゃねぇか!! 楽士だと名乗らせて追っ手を混乱させるためだけにそこまですることを、奴は望んでいなかっただろう!」
「彼の魂は私の一部になっているのですから、魂の観点からすれば彼は、楽士(わたし)であると言っても間違いないでしょう」
「詭弁野郎め!」
「あなたも望んだじゃありませんか。だからすり替わったのが分からないように、貴方に化けた小鬼の角が入った箱を、寺ごと叩きつぶしたのですよね。腐肉はまずいという貴方の言葉、忘れていませんよ」
「オレはもうあの頃のオレじゃねぇ!!! ガラシャが教えてくれたんだ。互いに喜びを作り上げることを。自己満足は我欲を一時的にしか満たさないことを! 姿形が変わっても同じ気持ちをもっていることを!!」
「楽しみなことです。鬼の言葉と人の言葉がうまく交わり意思疎通ができるといいですね。友の刃が貴方の生命を奪う前に、あなたの口から『神の愛』が伝わりますことを心から祈っています。
 それでは、さようなら。短い間でしたが素敵な英雄譚をありがとう。丹後を共に手中にした我が友よ‥‥」


「グガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!!!!!」

 山で鬼の咆哮が響いた。

●今回の参加者

 ea4236 神楽 龍影(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9455 カンタータ・ドレッドノート(19歳・♀・バード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3526 アルフレッド・ラグナーソン(33歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb3601 チサト・ミョウオウイン(21歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb3834 和泉 みなも(40歳・♀・志士・パラ・ジャパン)
 eb3936 鷹村 裕美(36歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb4756 六条 素華(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ミュウ・チャーム(ea4085)/ 明王院 未楡(eb2404)/ 玄間 北斗(eb2905)/ ケント・ローレル(eb3501

●リプレイ本文

●弟
 六条素華(eb4756)は狂気を前にして、息が詰まるのを覚えた。気持ちがこれほど落ち着かないのは一体いつぶりのことであろうか。『フレイムエリベイション』によって心を冷静に保ちたいという理性の欲求を耐えて、素華は取り囲む土侍達と対面していた。
「あんたは、確か‥‥」
「土蜘蛛退治で一度お会いしたことを覚えていませんか。六条素華です。源細忠興様に入れ替わったという鬼を退治し参りました」
 ああ、見たことがあるぞ。智将だっていう。そんなヒソヒソ話が聞こえてくる。
 疑いの目で見る彼らから、その弱さと狂気が手に取るように分かった。
「だが、鬼は人に化けるというぞ‥‥もしあんたが鬼だったら‥‥」
 やはりその言葉が来ましたね。素華は予想通りの展開に気持ち悪さを覚えながら、言葉を続けた。
「以前、土蜘蛛を相手にした時にもご覧になっているかと思いますが、私は精霊の力を借りた際に赤眼になるこの体質があります。悪魔でもこの体質を模倣する事はできないはず」
 ここまで来れば何ももう恐れることはない。彼女の言葉通り瞳が紅に染まると、もう誰も不信の目で見ることはなかった。
「まず、他にも鬼の巣へと向かっている土侍に呼びかけて陣形を編成しましょう」
 土侍に指示を与えながら、脳裏で彼らが金剛童子のところまで辿り着くであろう時間を素華は考えていた。
 それまでに全てが終わっていれば一番良いのだけど。


●孝
「その気持ちを古人は『戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり』と言って表したのですよ」
 カンタータ・ドレッドノート(ea9455)はアルフレッド・ラグナーソン(eb3526)にそんな話をしていた。
「不安と恐怖を打ち払って、気持ちを一つにすることが、大きな発展につながりますよね」
「その不安と恐怖もコントロール次第だと思うのですよ。まあ早馬も出してくれましたし。源細様なら、冷静に戻ったら大丈夫だと思います」
 カンタータの言葉を耳にしながら、アルフレッドは花とお酒が供えられた草むらの前で立ち止まった。
 死体は暑い夏を越して腐乱も終え、白骨がほとんどであった。アルフレッドはピュリファイを丁寧に唱えながら、しばし彼らの冥福を祈った。
「これだけの死体が今まで気づかれなかったのですね。城に戻ったら供養をしてあげないと」
「土蜘蛛がたくさんいたそうですよ。だから数が減った最近になるまで山に入れなかったようです」
 よいしょ、と死体を荷台に積みながら、カンタータはそんなことを言う。アルフレッドは悲しそうな目で骸を見やった。
「‥‥親子ですら気づいてあげられなかったのなら、仕方のないことですね」
「‥‥あ」
 カンタータはアルフレッドのその言葉に硬直した。そうか。
「今の言葉、すごく重要かもしれませんよー」
 金剛童子達がいるといわれる山の方を呆然と見るカンタータであった。

●聴
「なんて道だ‥‥身体が痛いよ。もう。一番乗りでもこれは辛いな」
 鷹村裕美(eb3936)は体についた泥と枝葉を払ってそう言った。シェラの案内した道は確かに早かった。が、転倒主伝説の持ち主である裕美にとっては悪夢のような道でしかなかった。
 同行していた神楽龍影(ea4236)、チサト・ミョウオウイン(eb3601)、和泉みなも(eb3834)の三人は、すでに洞穴に入って金剛童子とコンタクトをとり、まず最初に神楽がケントからの手紙を渡していた。
「てめぇが俺様のマブダチだってこたァ一生忘れねぇ、そこまで言わせるのは人でもそうはいませんよ」
 神楽の言葉に童子は醜い痘痕顔に涙を浮かべながらうなだれた。そんな彼にチサトが枝を差し出して、地面に文字を書くように示した。
『ウレシイ』
「‥‥。あなたはガラシャ殿や丹後の人々を思っていますか?」
『ダイジ』
 みなもはその文字を見て、安堵の溜息をついた。童子の気持ちは確かに変わっていなかったのだ。皆も互いに顔を見合わせて頷いた。
「殺戮を好む金剛童子はもう居ません。私たちは貴方を助けたいと思います。代わりに貴方は人々を影から守り続けることを誓ってください」
「性根を入れ替えたから助けるんだぞ。もし裏切るようなことがあれば、地の果てまで追いかけて倒してやるから」
 チサトが一行の思いを述べ、そして裕美がそれに付け加えた。カガリ達もそれなら許してくれるだろうと想いながら。

●順
 紙吹雪が大地に落ちた。その上を具足が通り、泥色に染まっていく。

「この国を滅ぼす気なの?」
 明王院月与(eb3600)がそう叫ぶと、具足達はようやく足を止めた。その先頭を歩くのは、国司、源細藤孝だ。彼は月与を一瞥すると、何事も見あたらなかったかの様に進軍を命じた。
「どうして止まってくれないの? 文が届いていたでしょ!? 殿も土侍もここに誘き寄せられて誰が領民を守るの?」
 その言葉にようやく藤孝の足が止まり、従う侍達に目線で合図した。それでも月与は語り続ける。
「何事をも包み込む懐の深さを持てば楽師に惑わされないんでしょ? 民の不安は鬼だけじゃないんだよ」
 だが、その言葉に対する反応は冷酷であった。侍達が月与を取り囲み、藤孝も直々に刀を抜いて相対する。その様子に月与は血の気が引いた。あきらかに様子がおかしい。彼らも疑心暗鬼の塊になっていたか?
「だから、払拭するのだ。神皇様の不安を取り除くためにも、徹底的に」
「!? 本気で言って、っっっぁぐっ!!」
 言葉の終わらぬうちに容赦なく、刃が降りかかってきた。月与の肩にそれは鋭く刺さり、たたらを踏めば周りの侍からも刃が飛んできた。
 血で視界が染まる中、思考が錯乱する中、月与は何事も言えず、ただ藤孝の目を見つめた。無感情を装うその奥に泣きそうな瞳。
 あぁ、そうだミーファだ。狂気と理性がせめぎ合って悲嘆に暮れる目だ。
 力の入らない体で、藤孝を見送るしかなかった月与は心のどこかでそう感じていた。

●恵
 鬼の洞窟に優しい風が巻き起こった。それが人の来訪を告げていることは誰もが承知していた。
「ガラシャ!」
「皆さま‥‥あなた」
 その姿は裕美以上に草木がついてボロボロであったが、その嬉しそうな、悲しそうな顔が伝えるメッセージは皆の心に響いた。
「やはり愛の力にございますな」
 まだやってくる者が他にいないことを確認して神楽はそう言った。チサトはその言葉を確認して、『フォレストラビリンス』をかける。他の誰もここにこないように。
「これでしばらくは誰もこれないはずです‥‥」
「それでは今の内に次の行動を決めておかなくてはなりません」
 みなもの言葉に一同はしっかと頷いた。金剛童子がこのまま洞窟にいてもいずれ土侍や藤孝がやってくることには違いない。
「伝説の多くに鬼が改心し、神やその眷属になるという話があります。あなたもその伝説をなぞることで良い鬼として人から敬われることもできるかもしれません」
 みなもの言葉に一同は頷いた。ガラシャも童子も。
「しかし、それには苦難の道が待っております。まず、一度は姿を隠し、討たれたということにしなければならないでしょう」
 戸惑い気味の童子にガラシャが、噂だけを流すのよ、と宥める様にささやいた。
「その為に、名を変え、またあなたが討たれたという証拠を見せねばなりません」
 うなる童子に、ガラシャはその醜悪な体に嫌悪一つ見せず優しく触れて、声をかけた。すると童子も心が落ち着くのか、決意のこめた顔で大きく頷いたのであった。
 愛の力か。そんな光景に神楽の言葉を皆は反芻していた。

●忠
 みなもは童子の金棒を見て驚いた。無骨なものだろうとばかり思っていたそれは、金棒というよりは巨大な棍のようであった。よく磨かれ、鏡のように照り輝いている。うっすらと螺旋状に模様が入っており、芸術品としてでも通用しそうなものだった。
「この金棒を身代わりとしていただきます」
 童子にもう一度確認すると、みなもはそれを持ち上げようとしてふらついた。
「子供には、無理だろう、ですって」
 ‥‥真面目に童子の言葉を訳すガラシャの言葉に傷心のみなもであった。
「名前は天樹で、いいんですね?」
 チサトの言葉にガラシャも童子も頷いた。それは金剛童子の新たな名前だ。
「よい名前です。さて、これからしばらくは山中で身を隠さなくてはなりません。僭越ではありますがその為の道具をご用意しました」
 金剛童子、改めて天樹に、面と毛布と食料を手渡す神楽にみなもがぽつりと囁いた。
「毛布と保存食はともかく、あのお面は無理だと思います」
「何を申されます! 意外と落ち着くのですぞ!」
 そう言いながら、神楽はひょっとこ面を天樹に装着させた。だが人喰鬼である天樹には、角と角の間を隠すくらいの大きさでしかない。神楽もさすがに申し訳なさそうそうにしている。
「‥‥とりあえず、準備は揃った。はやく山を下りよう。ガラシャはどうするんだ? このまま行方不明になるのはまずいと思うけど」
 そんな裕美の問いかけにガラシャは寂しそうに笑った。
「残念ですが源細家にはもう受け継ぐべき血も魂も存在していません。行かせて下さい」
 血も魂もない‥‥?
 その言葉の意味を考えていた裕美は、水たまりに足を取られ、すっころんだ。
「なんでこんなところに水たまりが‥‥」
 水じゃない、油だ。
「危ないっ!」
 みなもの言葉と紅蓮が襲いかかるのはほぼ同時であった。

●慈
「焔の向こうに人影が見えたら、矢を射よ。鬼は何に化けてでるかわからぬ」
 そんな声が炎の壁の向こうから聞こえてきた。まだ向こうから油が注ぎ込まれているのだろう。燃え上がる水が、洞穴の坂を少しずつ伝って下りてくる。
「裕美お姉ちゃん、大丈夫ですか‥‥?」
「容赦無しだな。焼け死ぬかと思った」
 リカバーポーションを使い、立ち上がった裕美は憎々しげに炎の壁を見た。
「火の壁を抜けても藤孝様と侍達が待ちかまえていますね。逃げ場が‥‥」
「私が『ウォーターボム』で消化を‥‥」
「油ですぞ。水をかけても消えませぬ。それどころかこちらにまで流れ込んでくる可能性がございます」
 魔法を唱えようとするチサトを神楽が制止した。突然のことに皆どうすればいいのか、まるで検討がつかなかった。
「でも、どうしていきなり‥‥私たちがいることも知っているはずなのに」
 子供扱いされる時以外はいつも冷静なみなもも狼狽の色を浮かべていた。鬼の首を狙うのに、火攻めを行うなどとは思いもよらなかったことだ。
 あれこれと考えている内に、火は容赦なく地面をなめ尽くして、一行の肌を焦がした。
 が、ふと炎の光を遮られた。熱もそれに従って僅かに和らぐ。
「ゴルルルル」
 そびえ立つ雄大な樹のような、鬼の背がそこにあった。

●義
「グォォォォォォっ!!!!」
 岩が引きはがされ、もう一枚の岩に立てかけられた。ガラシャはその隙間に冒険者達を案内した。
「ここなら、多少のことがあっても二枚の岩が守ってくれるでしょう」
「ガラシャさん?」
「夫、天樹を助けてくださってありがとうございます。あなた達がいなければ私たちはもっと良い様に使われ、誰一人助けることのできぬまま、地獄の業火に悩まされたことでしょう」
 そんなセリフに嫌なモノを感じて、神楽が何事か叫んだ。が、どこからか滑り込んできた強い風に阻まれ、それも届かない。
「皆さんの仰る通り、ここを下り、山奥に身を潜めようと思います。大丈夫ですよ。大地の守護者たる名を持った夫がいるのですから」
 風がさらに強くなった。火が押されて岩戸から遠ざかっていく。また、遠くで、侍達の驚きの声が聞こえてきていた。
「ゴゥオウ」
 天樹は冒険者達ににんまりと笑ってそう言った。そして彼はガラシャを肩に乗せて走り始める。炎の壁も人の壁も突き破り。

「出たぞ、鬼だ!!! わぁぁぁぁっ!!?」
 そんな声が聞こえた。

●良
「藤孝サマは非常に聡い人物として知られています」
「ですが、自分のご子息が同時と入れ替わっていたことを知らなかった。本当に知らなかったのか、それとも分かっていて放っておいたのか、ですね」
 カンタータの言葉にアルフレッドが言った。
「楽士が人を騙すのには方法がいくつかあると言います。一つは口で唆すこと、教唆。一つは姿を変え騙すこと、変身。一つは乗り移り操ること、憑依。そして十分な利益と交換に魂を束縛すること、契約」
「‥‥忠興様を鬼退治に向かわせたのはもしかして、もう普通でなくなっていた国司様が情報を与えたのかもしれませんね」
 金剛童子の偽死を僧侶として口添えしようと考えていたアルフレッドだが、これから先にあるだろう様子を思うと気分が暗くなった。助けることは本当にできるのだろうか。
 その時、ふとカンタータが立ち止まった。風にさざめく以外に草木が揺れる音がする。カンタータは油断なくそこに近づくと、身体を引きずる様にして歩く月与の姿があった。
「月与さんっ」
 アルフレッドが慌てて月与に肩を貸した。足下もおぼつかない月与は二人の姿を確認すると、悔しそうな顔をして言った
「どうしよう、藤孝公、楽士に魂を売っていたの。争いが、止められないよ」
 治療をほどこされる中、うなされるようにその言葉を紡ぎ続けていた。

●仁
「こ、これは‥‥」
 土侍達を率いていた素華もさすがに声が出なかった。鬼の居る穴は周囲一帯が焼け野原となり、岩穴の入り口は崩れ、瓦礫で埋もれている。
 誰かが鬼を倒すために火をかけた?
 素華は考えた。だが、討伐に向かう土侍はすべて彼女の後ろにいる。とすれば、藤孝がそれをしたのだろうか。
「鬼が逃げる際に証拠隠滅を企てたのかもしれません。何かないか探しましょう」
 その言葉に土侍達が動き、岩をどけはじめた。

 そして数十分後。
「お、おい、あんさん達大丈夫か?」
 瓦礫の中から、突き立った巨大な金棒が発見された。そこを注意して掘り進めたところ、瓦礫の中から人が出てきたのだ。
「待って、彼らは私の仲間です」
 素華は一行を瓦礫の中から救い出すと、鬼毒酒をもって土侍達に信用させた上、話をうかがった。
「鬼は‥‥?」
 だが、それに答える者は誰もいなかった。



 鬼は行方不明となった。冒険者が金棒を持ち帰ったことから、おそらく死んだのであろうと言われた。藤孝もそれに深く言及せずに政務に戻ったことから、ますますその噂は人々に信用された。
 ガラシャは鬼に恋いこがれるあまり、鬼と共に火を放って自害したのだと云われた。
 山は金剛童子山と呼ばれ、ガラシャの墓は風のよく吹く岩屋の側に立てられてることとなった。


 そういえば最近。
 その山では、山の精が出る様になった。遭難者を助け、生きる希望を失った者を助けるのだ。その精は天樹と呼ばれており、その姿は見目麗しい女であるが本性は恐ろしい鬼であるのだという。