鉄槌(サバキ)という名の略奪(ハカイ)
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■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:7〜13lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 80 C
参加人数:10人
サポート参加人数:4人
冒険期間:09月09日〜09月14日
リプレイ公開日:2006年09月17日
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●オープニング
「乙姫様の御馳走に、鯛や比目魚の舞踊。ただ珍しくおもしろく、月日のたつも夢の中♪」
わいわい笑いながら、河童達は巨大な洞穴、自分たちの住処ではあるが、の中で大宴会を開いていた。
豪華な敷物の上には、金銀の皿、美しい絵皿が所狭しと並べられ、その合間を埋めるように酒杯が並べられた。さらにその上には、料理が満載され、良い香りを放っている。もっともキュウリがメインなのはご愛敬。
そんなものが、この住処、二つ三つとあり、それぞれに眼帯をしたのやら、傷顔のものや、人相凶悪なものが取り囲んで飽食の限りを尽くしている。彼らはまた美しい毛皮を身にまとい金銀財宝を身にまとい、仲間をこづくのに使うのは王錫と見るも艶やか、キラキラ輝きに満ちていた。
ここは河童の海賊、通称海人族のアジトだ。彼らは人間の船が次々豊玉姫と呼ばれる化け物に沈められるのわいいことに、品物は手に入れ放題、遊び放題、飲み放題の酒池肉林の生活を送っていた。
「お、お頭〜。ゥィーッ。飲んでやすかァ!?」
河童の一人が、彼らの頭、英胡の姿を見付け猪口をぐいと天に突き出して呼びかけた。その視線の先には、鋭い視線を周囲を見回し、鼻を鳴らす男の姿があった。他の河童達に比べて、一回り体は大きいのに、その目同様体つきはシャープで、刃の様な印象を与える。この贅沢な様子にも彼は一つも笑みを浮かべることなく、呼びかけた河童の前まで歩み寄っていく。
「おい、このヒラメ、豊玉姫が子供はどこだと探していた奴じゃないのか?」
「うぃ、よくおわかりで。長い間打ち上げられていたにもかかわらず、身がプリプリとしててうまいっすよ。うん刺身サイコー」
きゃらきゃらと笑う河童に英胡はため息をついた。
「おまえら、この刺身が豊玉姫の敵意をコントロールするための大事な人質だったこと、忘れてねぇよな?」
「もちろんっすよ。こいつらは俺達正義の海人族が、悪どい人間達によって岩に打ち上げられたタイやヒラメを助けようとしたけど、もう刺身になっちまってたんですよね。げふ〜」
「言い訳はな。口が裂けても豊玉姫には自分がくったことは内緒にしとけよ。それより迦楼から連絡はあったのか」
「ういーっす。丹後の支配や宝には興味ないので、略奪でも破壊でも自由にやってくれだそうです」
英胡はその言葉を聞いてニヤリと笑った。
丹後は最近、兵士が削減された上に、政情不安とのこと。水軍の船は豊玉姫に襲われ、戦力不足。なるほど迦楼夜叉によって丹後は大混乱だ。とすれば、港から襲えば、城一つとることもできるだろう。
「ようし、豊玉姫に言っておけ。おまえの子供は陸に護送されちまった。このままじゃ、金持ちなだけでなんの力もない食いしん坊の人間の腹に収まってしまう。港に向かうぞってな!」
「ウォォォォォォォォォォォォォォォ」
飽食と貪欲に満ちた雄叫びが大きく空気を揺るがした。それは僅かに狂気をはらんでいたことを自覚できた者は何人いたか。
波が浜辺に打ち寄せる。
砂をさらさらと陸へとおいやり、そして海へと帰っていく。
透明な海水にツゥ、と赤い筋が流れた。それは引く波の力によって、波打ち際に漂う赤と入り交じっていく。
また波が大きく打ち寄せる。
それは多くの残骸に打ちあたり、白波を空に跳ね上げた。
残骸。それは腕、それは首、それは半裂にされた腹。木片と一緒にそれらは防波堤の様に折り重なっていた。
遠くから地響きが伝わってくる。
それに伴い大きな波が残骸を覆った。
ずるり。
波がさった後、残骸のいくつかは、姿を消していた。
「きゃぁぁぁぁぁっ」
女は走った。足元の破片が素足の彼女を傷つけたが、痛みをこらえている暇はない。
ヒュトンっ!!
「っ!」
「きゃはっ、つかまえたぜー」
海人族の銛が女の体を貫き、大地に射止めた。女はしばらく手足をばたつかせたが、進むこともできず壊れた人形のようにもがいて、そのまま動かなくなった。
「ひひひ、良い物持ってるじゃねぇかー。いーただきっ」
女が必死に持って逃げた荷物をむしり取り、鼻歌を上げる河童に、傷だらけの河童が声をかけた。
「おい、てめぇ、殺しちまったのかよ。もったいねぇなぁ。捕らえて働かせばもう少し金になるぜ」
「は、そんな手間のかかることしてたら日が暮れちまうよ」
眼帯の河童は笑ってそういった。そしてなにやら言葉を付け加えるように、死体から引き抜いた銛で隣の路地をちょいと指した。
「おぉぉ、ここにある財産はすべて差し上げます。ですのでどうか命ばかりは‥‥」
村の長老らしき老人が、英胡の前でひざまずいていた。彼の後ろには女子供が同じような姿勢で助命を嘆願している。
「よう、村長。オレは直接顔を合わしたことはネェが、海人族と漁師とは長いついあいだよなぁ」
「は‥‥はい」
「大昔から、てめぇらは海人族と聞けば恐怖して、あの水軍どもを差し向けた。容赦なく沈められたよ。‥‥なぁ。虫が良いとおもわねぇか?」
英胡はにやりと笑っていった。同時にその翁の顔をぐいとつかむ。
「こいつは俺たちからの鉄槌だ。裁きをくれてやる。人間」
英胡が力をいれると遠くで見ていた河童たちにも頭蓋が砕ける音が届いた。つづいて、その後ろに隠れた人々の惨殺が繰り広げられる。その非道さは見ている河童の血をさらに狂気にひきずりこむだけの凄惨さがあった。
「やろう、やろう、やっちまおう」
「きゃハ、皆殺しだぁぁぁぁ」
「おい、豊玉姫。ここには子供はいねぇ。俺たちが陸へ進んで探してくる。ただ入れ違いにこっちに戻ってきて他の国にやられたら、俺たちの手の出しようが無くなる。ここをしっかり押さえてくれよ!!!」
英胡はそう海に向かって叫んだ。
するとその声に応えるようにして、巨大な鮫のような肌をした生き物が海より姿を現した。
「コドモ、コドモ‥‥イナイノ‥‥?」
「任せておけ。俺たちが取り戻してやるからな!!!」
しぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。
空気の漏れるような音が辺りを覆う。英胡はそれがなにかを理解して、その場をすぐさま離れた。
ばしゅゅゅゅゅゅっ!!!!!!!
豊玉姫の口から水流がほとばしる。強烈な勢いのそれは、壊れた家屋も、そうでないものも、すべてを押し流し、砕いていった。首をねじればそちらの方に。村があったところは豊玉姫が大きく息を吸う毎に少しずつ削れて消えていった。
「さぁて、次行くとすっかぁ!!!」
その言葉に勝ち鬨が聞こえる。悪夢のような勝ち鬨が。
●リプレイ本文
●
「民の危機であることをこの国の役人は知らぬようだ‥‥」
明王院浄炎(eb2373)は落胆の声で仲間にそう報告した。
「それじゃ仕方ないよね。この国滅んでも」
より詳しい情報を得ることを期待していた皆は浄炎の言葉に苦い顔をしていたが、ただ一人、フローライト・フィール(eb3991)だけは素っ気なくそう言った。期待というものほど頼りにできるものなどない。それに国というものに欠片も信用とかその類の言葉を思っていないのだから。
「今は国の如何を問うている場合ではござらぬ。力無き者の牙となるが我ら冒険者の務め」
山野田吾作(ea2019)の言葉に一同も確かにそうだと思う。敵はもう実際に略奪をしているのだし、それを食い止めるために依頼が張り出され、それを請けたのだから。
「詳しい地図や情報が貰えないのは残念ですが、やるべきことがあるのは間違いありません」
同意するようにレナーテ・シュルツ(eb3837)もそう言うと、一行が進む、海へと続く道の先を見やった。この先の集落はまだ襲われずに済んでいるだろうか。『報復』だとしてもひどいやり口である。
「とりあえず、急ぎ先回りをして迎え撃つ用意をしましょう。このまま放っておく訳にはいきません」
阿阪慎之介(ea3318)の言葉に同意の声が続いた。
時が海面に没する毎に死体の山がそそり立ち、怨嗟の声が潮騒と重なり合う。そんなことがあってはならないのだ。
●
「トラップの設置完了でっす!」
維新組の一人、紫電光(eb2690)は魔力の続く限り、このそれほど大きくない街道を埋めるように『ライトニングトラップ』を設置した。見た目は何も変わらない。街道の外は動きにくい岩場が続き、街道と言うより獣道のそれに性質の近い道は村から村へと続いている。
この場所を通ることは襲撃地点を元に阿坂の予想で成り立っていた。内陸に進むという情報もあったが、実際は小さな漁村のような、海に隣接している場所で自衛力の低いところから順に潰していることは明らかであった。
「お疲れ様でしたね。大丈夫ですか?」
光の笑顔に若干疲れが混じっているのを直感して、小源太が問いかける。それに、いえ、大丈夫でっす! と元気いっぱいの顔を見せる。不安はある。だけれども、それを見せたくないという乙女心だってある。
そうこうしているうちに、そんな会話が繰り広げられている地点よりもやや離れた場所から、明王院夫妻が戻ってくる。
「罠も完成した」
「見つかり易いようにはしておきましたけれども、ちゃんと気づいてくれればいいですわね」
にこり、と笑って明王院未楡(eb2404)が言う。彼らの歩いてきた方をじっと見ると、細い糸が幾条か近くの岩場へと走っているのが、曇り空の彼方から降りる陽の光に浮かび上がっていた。
あれに気づくのはそれほど難しいことない。普通に歩いていればたやすく。酔っぱらいであっても、自分の功績を振りかざして仲間に振り返って歩いていなければ、くじくぐらいで事済むであろう。
「これで準備完了ですね」
「後は待ちかまえるばかりでごさるな。血も涙もない海賊の輩を成敗するでござるよ」
風は何も変わらず吹いている。
暗雲が来る前はいつもそうなのだ。
●
「来ましたね。お仕置きの時間ですわ」
アンジェリーヌ・ピアーズ(ea1545)がそう言った。それに呼応するように、優しく訂正するようにフローライトが言葉を重ねた。
「鉄槌という名の殺戮の時間だよ」
街道の向こうから歩いてくる。血塗られた人生を謳歌する悪魔のような輩が。高らかに調子さえもいい加減な歌を歌ってやってくる。
「随分とご機嫌にゅ。これなら目を引く方の罠にもかかっちゃいそうだね」
凪風風小生(ea6358)は息をひそめて、一人ごちた。彼の側には誰もいない。他の皆はライトニングトラップなどの罠のまだその奥にいる。海人族が惹きつけ用の罠を発見し、意気揚々として、その罠を破壊して、実際の罠に引っかかったその時、その瞬間を狙っている。
だが、凪風はそれよりも離れた位置、惹きつけ用の罠と実際の罠のその中間点にいた。
『万が一』に備えて。
「おお、なんだこの糸はァ?」
海人族の声だ。光は思わずどんな奴らだろうと岩場の陰からこの声のする方向を覗いて、そして顔をしかめた。
河童であるということは聞いていた。だが、そこにいるのは、血に濡れた衣を纏い、財宝をじゃらじゃらとつけた見るからに醜悪な者達であった。近づくにつれ、腐った肉とまだ乾ききらない血糊の臭いが漂ってきて気分をより一層不快にした。
「‥‥こりゃ、罠だな」
酒に酔った大仰な言葉の中では一際小さかったが、すごぶる冷静な声を耳にできたのは明王院の名を持つ二人であった。
「あれが、英胡か‥‥」
「酒や血に酔っているような声ではありませんね‥‥こんな中でも冷静でいるなんて」
僅かな沈黙の時間が、罠を検分している時間であると誰もが直感した。
「おい、女を連れてこい」
!
その言葉に聡い者はすぐ硬直した。だが、その戦慄の鼓動の音を英胡は聞くことがない。
しばらくすると、女の痛みを訴える声が近づいてくることがわかった。明らかに人間の声だ。
「おい、女。気が変わったぜ。逃がしてやる」
「ど、どうしていきなり‥‥」
「逃がしてやる気になった。つべこべ言わず、行きな」
その言葉が女の背を押した。思い切って踵を返し、無人の荒野を走った。
走って、
走って。
「行っちゃダメだよぉっ!!!!」
凪風が溜まらず走り出した。驚き戸惑いながらも足は止まらない。勢いを殺しきれない女に向かって、凪風はその名が示すように風の志士となって走った。周囲がどんな光景か、どのような音が流れているかも今の凪風には分からなかった。ただ分かるのは、彼女の勢いが完全に止まる時には入ってはいけない領域に踏み込んでいるということだけだった。
ほとんど突き飛ばすような形で女は救われた。途端に凪風の中に音と光が再構成されて、やじのど真ん中に立っていることに気がついた。
「やっぱり罠か。虚実の罠とはやってくれるなぁ。パラの分際で」
英胡は笑ってそう言った。凪風が見れば、銛を構えた海人族で視界が埋まっていた。虚実の罠まで完全に見破られるとは思ってもよらなかった。
「罠が発見されても動きを見せないってことはそこに人がいないか、まだ奥に罠があるって証拠だよな」
そして引き締まった緑色の手がゆっくりと前に突き出された。その手が部下達に示す者は。
殺れ。
無情にも銛は投げられた。
「まーてぇぇぇぃ!!」
襲いかかる海人族はその声に一瞬動きを止めた。田吾作の声だ。
「おのれ海賊ども、これ以上の無法は許さぬ! 此処を墓場と心得よ!」
日本刀「丁々発止」を振りかざしながら、田吾作が突撃した。それを皮切りに、小源太や光、浄炎、そしてレナーテが走り出した。後衛ではアンジェリーヌが回復薬を持って立ち上がり、阿坂は詠唱をしてオーラを練り上げる。
そしてフローライトが凪風に襲いかかる海人族を『サウザンドアロー』の名に恥じぬ弓捌きで牽制した。
●
ザグムンっ!!!
田吾作の達人の域に踏み込んでいる剣技は余すことなく発揮され、次々と雑魚の海人族をなぎ払っていった。多少の銛などでも滅多に使わない盾が軽く受け流して前に進みなぎ払っていく。
「貴様ら一匹も逃さぬわっ」
そんな鬼神のような振る舞いに、思わずたたらを踏む海人族。彼らがもし血の酔いから完全に冷めていたら今頃武器を放り出して逃げていたに違いない。
田吾作は刀を腰に溜めたまま、そんな海人族に突撃を敢行した。今は確実にしとめるよりも手傷を多くの者に負わせて気迫で押していかなければならない。
ズガッ
刀とは思えないような斬撃音を響かせて、一匹目を叩き斬り、素早く二匹目に向かって構えを取る。
その際足の位置を大きめに開いたのがまずかった。
平坦であると認識していた街道に大きめの窪みが存在していたとは田吾作も気がつかず、それに踏み入れ体勢を崩す。
「こ、これは‥‥」
しまった、自分たちで作った罠に自分でひっかかるとは。
丁々発止の不幸を呼び寄せる力を心のどこかでにわかに恨みながら、二匹目の河童を睨み付けた。あれはこちらが体勢を崩したことに大笑いし、銛を突きだしていた。
焼きごてを押されたような痛みが脇腹を走った。続いてもう一撃、同じところを狙われてはさすがの田吾作も痛みに耐えられず、苦痛を漏らした。
「きゃはっ。ハリネズミのようにしてやるぜっ、おっさん」
残酷な笑みを浮かべる海人族。
だが、そこで彼の命は終演を迎えた。
まばたきした次の瞬間には彼の頭蓋は矢によって串刺しにされていた。
「その程度で勝ち鬨? 頭悪いんじゃない?」
フローライトは吐き捨てるようにそう言いながら、立ち上がろうとしていた一匹目の河童にも追い打ちをかけて起きあがれないようにした。
「きさまぁぁぁぁっ」
「! ちっ、こっち来たか」
三度弓を引き絞った瞬間には間隙を縫ってやって来た海人族に距離を詰められる。銛も持っていない海人族にフローライトは舌打ちをした。銛を投げて注意を街道に惹きつけておいて迂回してきた口だろう。この距離では弓をまともに引き絞ることもできない。
「距離を詰めれば勝てるとでも‥‥? 舐めないで欲しいね」
突き出す拳にフローライトも動きを合わせた。打点をずらせばダメージは軽減できる。素手の攻撃などそれほど恐れることでもない。
と、思ったのが甘かった。次の瞬間にはもうフローライトは気分の悪い浮遊間と衝撃で視界はぐるぐると廻っていた。
「河童は相撲の方が得意なんだよ」
投げられたのか。腰に結わえられた匕首を引き抜かれる光景に満足に動かない身体に叱咤する。
間に合わないか?
匕首を持って襲いかかってくるその瞬間が走馬燈が走る瞬間かと錯覚する。
しかし、ついにその匕首は振ってこなかった。代わりに届いたのは駆け寄ったアンジェリーヌの言葉であった。
「皆の命、守り抜いてみせますわ!」
回復に奔走しながらもよくこのタイミングで『コアギュレイト』が使えたものだ。感心しながらフローライトは体を起こしたのであった。
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「「雷火 扇 陣!!」」
小源太と光の声が揃う。雷と炎が街道を横断し、詰めかける海人族を払いのけた。戦いはほぼ拮抗していた。質のレベルでは明らかに冒険者が上であったが、隊列を組んで槍衾を形成する海人族にも決定打を与えられない状況であった。
「もう一度、行きます!」
「了解でっす!」
小源太が合図を送り、血路を開こうとする。事実数度の奥義を受けた海人族は勢いだけで立っている状態であった。これをまとめて吹き飛ばせば、首領、英胡の喉元まで一気に近づける。
大きく振りかぶった瞬間だ。
「雷 火 」
「伏せ!!」
英胡の声が鋭く響き渡った。それで前衛が一斉に伏せると、二人の目の前には銛を構えた4人の河童達の姿があった。突撃のそれではなく、投射のそれである。
「扇陣っ!!!」
「いけぇぇっ!!」
普通のソードボンバーであるなら間違いなく先に攻撃を受けていたのは二人であったであろう。二人の互いを思いやる気持ちがあったからこそ、その不利を押して、刃が敵を襲った。
振り切ったその肩口と右胸にそれぞれ銛が打ち込まれるのと、炎雷の刃が伏せた敵をなぎ払ったのはほぼ同時であった。
「壁を崩したぞっ。なだれ込めっ」
「それはこっちのセリフであるな」
沸き立つ海人族の言葉に阿坂が言い返した。ダメージを受けて、アンジェリーヌの元まで交代する二人から突き破るように、戦闘馬に乗った阿坂がもう詰め寄っていた。
「!!」
通り抜けざまに銛を投げた河童達を叩ききりながら、一気呵成に英胡の側まで詰め寄る阿坂。その横をレナーテが走る。
「おう、誰かと思えば、宝を奪ってった奴らか。今度は俺らの命まで狙うか!」
「あなた達のやっていることは、正当化できるものではありません。止めさせていただきます!」
レナーテが叫んだ。続きざまに繰り出した一撃を英胡は難なくかわし、距離を開ける。そこに後ろに詰めていた海人族がお任せあれと割り込んでくる。
「次から次へと‥‥っ」
苛立ちの声を上げるレナーテに阿坂は声をかけた。
「首魁を討たねば延々と続くことでござろう」
「わかりました。食い止めます」
そんなやりとりを聞いて海人族は笑った。どうやってこの壁を抜けるつもりだ。お侍は屍を乗り越えて来るらしいぞと。
「誰の、屍を乗り越えると‥‥?」
レナーテに向けられる銛が、ぐ、と握られた。大きく逞しい手に、河童は驚いて奪い返そうと力を加えたがびくともしない。
畏怖の目で見る先には、もうこの戦場の方々でそうしていたのだろう血だるまになった浄炎の姿があった。だが、満身創痍でないことはそれを見る河童の瞳からもわかる。
「てめぇ、そんな体でなにができやがる」
「人を守ることにおいて、うちの人は誰にも負けませんわ」
レナーテの右手側から深く浄炎を信頼していることがうかがえる言葉が届いた。未楡には怪我一つしておらず、自分で受け止めたのもあるだろうが、確かに全てを守る牙であるということを敵味方の別なく教えたのであった。
「恩に着ますぞ。それでは‥‥参るっ!!」
阿坂は馬を軽く退かせた後、全速力でその海人族達に向かった。次の瞬間にはもう銛よりも高く跳び、完全にその壁を跳び越えていた。
●
「貴様、配下を捨てて逃げるのか!」
阿坂は岩場をまっすぐ海に向かって下る英胡を見て吼えた。壁を跳び越えた時には、英胡はもう、退却を選んでいたようであった。軽い跳躍で岩場を危なげなく跳び越えていく。
「人間っ。てめえより戦の中で長生きしてんだ。明暗ってものを知っている」
英胡は笑っていった。
阿坂はそのまま突っ込んで討ち取ってやりたい気になったが、馬ではこの凹凸の激しい岩場は逆に不利になる。駆けても遅いし、転倒する可能性が高かった。
「勲功はくれてやる。しばしの平安を謳歌しておきな」
それが英胡の捨て台詞だった。
「追うのは難しいですね」
すぐに岩場の陰に隠れて見えなくなった英胡の姿を未だに探す阿坂にアンジェリーナは言った。
「頭領を失って、ちりぢりになってはいますけれど、こちらも相応の手傷は負っています。海に近くなれば豊玉姫もいますし、深追いは禁物ですよ」
そんな言葉に阿坂は溜息をついた。完全阻止は無理だったか。
「すべての御霊へ 安らかなる眠りを‥‥」
アンジェリーナのそんな言葉が曇天に響く。
神は安らぎを与える。しかし、真の平穏への道しるべは教えてくれない。
ただ一人、光はにこりと笑っていった。彼女は希望へのキーワードを知っていたから。
「“あの人”は丹後を守るって言ったもん! だから、どんなことになっても大丈夫だよ♪」