生きる道(きぼう)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月26日〜07月01日

リプレイ公開日:2005年07月04日

●オープニング

「ミーファはまだ落ち込んでいるの?」
 リビングの扉をそっと閉めて入ってきた姉は、心配した声でメイドに問いかけた。
「そうなんです。もうあれから一ヶ月も過ぎているのですが‥‥お食事もほとんど取って頂けませんし」
 申し訳なさそうな顔のメイドに、姉は「あなたのせいではないわ」と軽く、でも優しく声をかけた。
 一ヶ月前。ミーファがジーザス『黒』の修道院へ入ることを断られた日である。代々、そして父も母も姉も篤信者として名を連ねていた家の娘であったミーファに門戸が開かれなかったのは少なからず家族の誰もが衝撃をうけた。
 だが、当事者であるミーファのショックは更にひどく、三日三晩泣き続け、涙が涸れた後も部屋からはほとんど出なくなってしまったという。
「このままではお体を壊されてしまいます」
「そうね‥‥」
 姉はうつむいた。
 どうすればミーファの心に垂れ込めた暗雲を払ってやることができるだろうか?
「教会に請うて、拒否した理由を問うべきでしょうか。理由がわかれば‥‥」
 そう言ったメイドの言葉に、姉はゆっくりと首を横に振った。
「理由を教えたところで余計に沈むだけよ。あの子は弱すぎる」
 一ヶ月も経ってなお自らの活路を見出せない『弱さ』が資格を与えられなかった大きな理由だろう、姉はそう推測していた。『強く』なるためにも今のまま放っておくわけにはいかない。
「むしろ、全く方向性の違う道を照らしてあげる方が、ミーファにはいいと思うのだけど」
「左様でございますね‥‥ですが、私達のお話なんてほとんど聞いて下さいません。いっそのこと、全く何の関連もない方からお話いただければよいのですが」
「部屋から出ないのでは、出会いも何もあったものじゃないわね」
 姉は苦笑した。
 家は『黒』を奉っている。小さい頃から信仰活動に熱心であったのだから、どれを取ってみても、ショックを癒す道具にはなりえない。家の誰と会っても『黒』の信者であるから顔を見るだけでも辛いだろう。
 姉にはミーファの袋小路に迷い込んでいる様子が手に取るように窺えた。同じ親から生を受け、同じものを見て、同じものを食べて生きてきたのだから。今置かれている境遇は違えども、その痛みは想像に難くない。
 胸が痛む。ズキズキと。疼いて疼いて。流れ出す痛みと一緒に自分も溶け出ていってしまいそうなそんな痛みが続く。
「ミーファ‥‥」
 痛みの映像に姉は涙がにじみそうになって、ぎゅっと目を閉じた。
 その時、メイドがふと、口を開いた。
「方向性の違う話‥‥出会い‥‥あの、もしよろしければ、冒険者に頼んでみるのはいかがでしょうか?」
「冒険者?」
 オウム返しに姉は問うた。冒険者を知らないわけではない。多くの英雄も冒険者をしていたという話がある。今も公にできない諸問題や、各地域を悩ませる怪物を討ち取っている話をしばしば耳にする。そしてその中にも少なからず『黒』のクレリックや神聖騎士がいることも。
「冒険者は様々な年齢や立場の方がいらっしゃいます。また様々な経験をされております。ミーファ様に偶然を装って出会うことも、また様々なお話を差し上げられるかと思います」
「なるほど‥‥いいわね。でも、冒険者って冒険が主なお仕事でしょう? ミーファの相手なんかしてくれるかしら?」
 姉の冒険者のイメージからすれば、屈強な傷だらけの男達の姿とか思い浮かばない。そんな人達が相手にしてくれるのだろうか。
 しかしそのイメージが見えていたのかメイドは笑って答えた。
「ご安心くださいませ。冒険者は心豊かな方々ばかりでございますよ」
「わかったわ。それじゃお願いするわ。ミーファに希望の光を取り戻してくれるよう依頼を出して。お金は私から出すわ」
 その言葉にメイドは深々と頭を垂れ、御意を示した。
「それではギルドにその旨を伝えに行って参ります」
「ええ、是非お願いするわ」

 それからすぐ、冒険者ギルドにて新たな依頼が舞い込んできたのであった。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2037 エルリック・キスリング(29歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea5506 シュヴァーン・ツァーン(25歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea6707 聯 柳雅(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea9412 リーラル・ラーン(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb1999 フェイマス・グラウス(31歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb2482 ラシェル・ラファエラ(31歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 eb2898 ユナ・クランティ(27歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

「ミーファを外泊させる、ですか」
 依頼人である、ミーファの姉は冒険者の提案に眉を曇らせた。
 その表情から、連れ出すことへの不安がありありと窺える。外に出して大丈夫なのだろうか、お願いをしているとはいえ、更に彼らの手を煩わせることにならないのか。曇った瞳からそんな言葉が囁かれているように聯 柳雅(ea6707)は思えた。
 そんな姉に対して、フェイマス・グラウス(eb1999)は、にこやかな営業スマイルを持って姉へに進言した。
「はい、心配されるのは当然のことでしょう。しかし、『黒』の修道院に進む道を閉ざされたミーファさんにとって、この場所は大変辛い場所であるでしょう。信仰と深いつながりがあるご家庭でいらっしゃるようですから」
 フェイマスは家の中を軽く見回した。確かに家の中には『黒』のシンボルが目立つところに掲げられていたり、信仰由縁の品々が各所にみられる。フェイマスでさえ、ここにいるだけで信仰するということに触れることができそうな気持ちになるというのに、ミーファが気持ちを切り替える環境とは言い難い。
「それに、部屋の中より、外の空気を吸う方が気分転換にもよろしいでしょう。どうか私達に任せてはいただけませんか?」
「それは、そうですが‥‥」
 逡巡する姉に聯も口を添えた。
「少しでも元気にさせてやりたいのだ。心配は尽きぬだろうが、どうか一日外を見回ることを許してはくれないだろうか?」
 深く悩んでいた様子の姉も、聯の言葉に動かされたのか、深く深く頭を垂れたのだった。
「大変な苦労をおかけいたします。どうかミーファのことをよろしくお願いいたします」
 その言葉にフェイマスと聯は真摯に頷いたのであった。

「意外とあっさり承諾してくれましたね」
 シュヴァーン・ツァーン(ea5506)は皆に安堵のこもった声をかけた。
「そうだね。ミーファのことを心配して乗り気じゃないと思っていたけど、あたしの考えていたこと、依頼人さんも考えていたみたい。さぁて本人を連れ出さないとね」
 だけど、お願いまでしてくるっていうことは、後がやっぱり難しいってことだよね。
 ラシェル・ラファエラ(eb2482)は部屋に進むまでの道のり、ぼんやりとそんなことを考えていた。その後ろを歩くのはユナ・クランティ(eb2898)と巴 渓(ea0167)である。
「ミーファちゃんに明るくならなってもらわないといけませんね」
 楽しそうに明るくなってもらう方法に想像を巡らせるユナとは反対に巴は、しかめた顔のまま、何も言わず、何か考えているようであった。
 ミーファの部屋の前。冒険者が扉を小さくノックする。
「こんにちわ、ミーファさん」
 何と言葉をかけようか迷ったが、ラシェルは扉の向こうにいるだろうミーファに向かって思いきって言葉をかけた。
「突然でごめんなさい。私達、あなたに元気になってもらうようにお姉さんから頼まれたんです」
 扉の奥で少し人が動く音がした。反応は間違いなくあるようだ。続けてシュヴァーンが言葉を紡ぐ。
「ひたすらここで塞ぎこんでいても自らの傷口を眺めることになるばかり‥‥膿む傷をただ眺めていても塞がることはありませんでしょう? しがなき冒険者の身の上ですが、その胸に負った傷よりはいくらか良き物も見せられるかと」
 そう言いつつ、扉の向こうの様子を一生懸命感じようとするが、最初に感じたような動きはそれ以上感じられない。
 どう言葉をかけたものか、扉越しに語りかけるって難しいものね。
 冒険者は言葉を紡ぎ続けながら、迷いが生じていた。
「ね、ミーファ‥‥」
「どいてろ」
 冒険者をぐいと後ろに追いやったのは巴だった。そのまま拳を振り上げて、扉にたたきつけた。鍛えられた拳は派手な音を立てると扉を大きく揺らした。
「ちょっと!?」
「ノルマン冒険者様よ‥‥黙ってなよ」
 そうしてもう一撃。そこそこ頑丈そうな雰囲気を漂わせる扉もさすがに重なる巴の攻撃に耐えることはできず、蝶番が歪むとそのままゆっくりと明かりの乏しい向こう側へと倒れ込んでいった。
 ラシェルは思わず息を呑んだ。部屋の内と外では全く空気が違っている。
 薄暗い空間。静かな空間。破片があたりを散らばらせても、その部屋の中は静かだった。空気が冷たく凍っていたからだ。部屋の主がそうだったから。
 ミーファは思ったより小柄な少女だった。手足はやせ細り、手入れもろくにされていない金髪からのぞき見る目は、泥のようだった。そんな瞳が明かりの差し込んだ入り口をじっとみている。
 巴は何の遠慮もなく彼女の元に近づき、めいっぱいミーファの頬を張りつけた。小柄な少女は巴が想像していたよりも軽く、その行為で易々と壁まではね飛ぶ。
「黒教ってのは、「強さ」を目指すんだろ! テメェはただ、周りがそうだからって安易に流れに乗っただけだ。頼るモンが他人の考えだから、最後の最後で踏ん張れねェ。甘えてェから、一人で背負うのが怖ェから、悩むフリして止まってるんだ!」
 巴が一喝した。
 あまりの強烈な出来事に皆呆然と立ちつくす。ミーファもまた雷に打たれたかのように身を強ばらせる程度で明確な返事は帰ってこなかった。
「まぁ、あまり騒がしくしてはいけませんわ」
 ユナが巴ににっこり微笑んだ。巴は言葉を返そうとするが、そこで妙な冷気が周囲に漂っていることに気づき、動きを止めた。
「扉を壊して、ミーファさんも怪我させてしまっては何にもならないでしょう?」
 その間にラシェルはゆっくりと部屋をくぐり、ミーファの顔をのぞき込んだ。
「さぁ、こんな暗いところで泣いていても始まらないわ。気分転換にキャンプに行かない?」
 ミーファは声も出さず、泣きじゃくっていた。

「まずは見た目から明るくならないといけませんね♪」
 そう言ったユナの提案により、ミーファはすっかり部屋にいたときとは見違えていた。
「し、しかし、それは派手ではないか?」
 そのセンスに汗を流しつつ聯はミーファを眺めた。派手な明るめの色でフリフリのふわふわ。腕にはフェイマスが貸してくれた猫が気持ちよさそうに丸まっていた。ちょっと大げさくらいがちょうど良いのです。と言うのは分かるが、趣味が勝ちすぎているような気がするのは間違いではないと思う。
「ミーファちゃん、どう? これは私の生業なんだけど。ミーファちゃんは趣味とか好きな事とかはないのかしら?」
そう尋ねるユナにミーファは静かに首を振った。
「少しでも早く、クレリックとなる、こと‥‥」
 その言葉を聞いて、暗い気持ちになる前に聯はにこりと明るく笑って言った。
「家族が皆黒の宗派だからと言って、それが全てではない。私は、武道家で看護人だ。昔、苦しい思いをした。そんな苦しみを持つ人々を救いたい、そう想い私は今の生業をしている。一人でも多くの人を救える様に成りたいと思っている。一つの事に囚われ過ぎては、周りが見えなくなる。ゆっくりと、周りを見られるが良かろう。自身の道はミーファ殿が作って行くのだからな」
 のぞき込んだミーファは頭で理解はしていてもまだ納得はいっていない様子だった。
 そこにキャンプの準備をしていたエルリック・キスリング(ea2037)が一行の元にやって来る。‥‥そしてミーファを見て、どう言えばいいのか、彼もやはり立ちすくんでしまう。
「これはまた‥‥大きくイメージチェンジしましたね。あ、いや。少し衝撃的でしたがとてもお似合いですよ」
「でも、本当の私じゃない‥‥」
 ぬくぬくと丸まる猫の顔をじっと見下ろしながら、ミーファは呟いた。『自分』というものを見失っている苦しみが感じられる。それを見て、エルリックは柔らかに笑った。
「そうですね。それなら本当のミーファさんを見つけるべく戦っていかなければなりませんね。人生は戦いです。戦いなら勝つ事も負ける事も有ります。歴史上のどんな名将、勇将も百戦して百勝とはいかないでしょう? 一度の敗戦は次の勝ち戦で償えば良いと名君なら言うでしょう。唯一回の敗戦の罪を問われて、処断されたらその将軍も不本意でしょう」
 ね。と微笑みかけられるエルリックの顔に、どういう顔をすればいいのやら、ミーファははにかんだ顔をしていた。
「さ、そろそろキャンプの準備が整ったみたいだ。行こう」
 日の落ち具合を確認した聯が合図をした。

『希望の地
 希望の歌を歌おう
 願えば届くはず
 希望を失わないで‥‥
 そうすれば願いは届く』
 夕闇の中、リーラル・ラーン(ea9412)の歌声が響き渡る。背中には篝火が。傍ではシュヴァーンの竪琴の音色が響き渡る。また火の煙からは聯手作りの料理が良い香りが漂っている。
 ミーファは毛布にくるまりながら、リーラルの歌に聴き入っていた。
「この歌はですねぇ、旅していた友人が怪物に襲われた村へ戻ったときのお話なんですよ」
 村は跡形もなく大事な家族の生死も不明になってしまったけれども、希望を捨てずどこかで会えるかもしれないと旅を続け、数年後遠く離れた地で妹と再会したという話ですよ。とリーラルは話した。
「一回挫折して、希望を捨てては未来が開かれないですよ」
 その言葉に、エルリックやラシェルも同じように同意した。
「希望を捨てては、いけない‥‥」
 ミーファはゆっくりとその言葉を繰り返した。
「皆さんの言葉、心に染みる‥‥」
 ぽつり、ぽつりと言葉をもらすミーファの頭をラシェルが優しく撫でた。その手触りにミーファはゆっくりと顔を上げた。その顔には、部屋で出会ったときのような空虚な表情ではなく、道を求める者の笑顔がそこにあった。
「ふふ、今宵はまだ長いですよ。さぁ、次は何をつま弾きましょうか」
 その笑顔を祝福するように、シュヴァーンとリーラルは息を合わせて音を紡ぎだした。