生命と財宝(壊れやすい宝)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月14日〜11月19日

リプレイ公開日:2006年11月22日

●オープニング

 アガートの目の前を男たちが通っていった。
 もう洗ってもとれないほどに泥が染みこんだシャツとズボンを身につけ、スコップやらツルハシを台車に乗せて行くのは皆筋骨たくましく、一目で坑夫と分かる者たちであった。
 男たちの目は輝いている。生きる喜び、働くことのできる喜び、自らと自らの愛する家族が幸せに暮らす喜びがその輝きの根本であることを、長い時を生きてきたアガートは見抜いた。
 何人もそんな男たちが過ぎ去っていく。沈黙して眺めているとその中の一人が、彼の存在にようやく気づいたかのようにして、近づいてきた。彼もまた例に漏れずたくましい体を有していたが、その体の色はどことなく青ざめていた。
「あんた、医者か? 薬の臭いがする。突然で悪いが、薬をくれねぇか。鉱毒に対するヤツを」
「持ち合わせがないな。仕事場はずいぶん過酷なようだな」
 採掘中に毒性を持った鉱物の粉塵を吸って病気になることがある。坑夫を悩ます職業病みたいなものであった。だが、それほど厳しい労働条件でなければ、彼のような屈強な男が薬を必要とすることは少ない。
「過酷? そうだな。今がチャンスだから。俺たちが向かうところには今現在明確な所有者がいない。元々廃坑だったんだよ。だが、そこで新しい鉱脈が見つかったんだ」
 男はそう言うと、ポケットから石の塊をアガートに差し出した。何の変哲もない石に混ざって乳白色の石が混ざっていた。男が少し傾けるだけで若干その色合いが変化する。
「フローライト(蛍石)っていうんだ。これがとれる所は元々は炭坑でさ。俺もそこで働いていたんだ。大昔から続く有名な炭坑だったんだぜ。
 だがよ、採掘量は減ってくるし、コボルトが出てくる、新しい炭坑は開発されるで、俺たちはすぐクビになった。親も兄弟も嫁も息子もいるんだぜ。みんな泥水すするような生活をしてきたんだ。今この機会を逃せばこの冬をこせねぇ。
 コボルトと戦ってでも炭をもらって生きようって決意したときに、このフローライトの鉱脈を見つけたんだ。コボルトは冒険者が倒してくれたようだし。セーラ様のお恵みなんじゃないかってくらい、泣いて喜んだよ。だから、ちょっとぐらい体が壊れてもかまわねぇ。冬を越すまで精一杯やらなきゃならないんだ」
 他の炭坑に移ろうにも定員は存在するし、転職して家族を養うには、同じ境遇の仲間が多すぎるのだろう。
 アガートはしみじみと語る男をじっと見つめていた。男の瞳に映るのは宝石の輝きなどではなく、家族の笑顔であるのだろうか。
 だが、アガートの言葉は肩入れするような優しい笑顔は一つも見せず、淡々と語った。
「気持ちはわかった。が、悪いが、お前に薬を処方したところで、その分無茶をして体を弱らせるだけだ。根本的解決が望めぬ者に対して薬を出すのは原料の無駄遣いだな」
「なんだと!?」
 激高する男に向かって、アガートは指を突きつけて言い放った。
「お前は考え違いをしている。
 一つ、家族や他人を思うなら、自分を粗末にすることを考えないことだ。
 一つ、その坑道は危険だ。大昔から続く炭坑の資源が減ったということは相当大地にダメージを与えている。コボルトには銀を腐らせるという逸話がある。奴らは大地の力の弱まったところを好むことに理由があるからだ。そして、相当量のフローライトがとれるようだが、フローライトは硬い地質には存在しない。
 三点をふまえると、その坑道は落盤の可能性がある。地下坑道だろう。地上にも大きな影響を生むぞ。お前の働きは将来的に害悪になる」
 アガートは日焼けした頑健な男であったがそれはあくまでもエルフの中では、のこと。坑夫と比べれば細枝のようにさえ思わせる。だが、心の奥まで突き刺すようなその瞳は坑夫を萎縮させた。迷いのない言葉は彼のよりどころにヒビを入れられた。
 いまやアガートの姿は名高き騎士の様に、坑夫を畏怖させた。
「仲間を含め、今の問題に解決をはかる度胸と計画があるならパリに訪ねてくるといい。すぐにでも薬を渡そう。きっと薬も無駄にはならんだろうからな」
 発する言葉も忘れて、呆然とアガートを見守る男に男はきびすを返して、パリへの道へと歩いていく。

●今回の参加者

 ea1787 ウェルス・サルヴィウス(33歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8737 アディアール・アド(17歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea9519 ロート・クロニクル(29歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb4840 十野間 修(21歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●閑話
 集合場所はパリの停車場。時間は開門時刻で。
「どうしたんでしょうね」
 アディアール・アド(ea8737)は首をひねりながら、街の内部へと続く道を眺めていた。確か今回4人が参加しているはずなのだが、後一人が来ない。
「大切な人がいるそうですから、そちらに異変があったのではないですかね。大切な人に異変が起こっていると居ても立ってもいられないのは、よく分かりますよ」
 十野間修(eb4840)はすこしばかり遠い目をしてそんなことを言う。実体験に基づいている分だけ、妙に説得力がこもっているものだ。
「セーラ様。彼にもその家族にも苦しみを乗り越える力を与えてくださいますよう」
 ウェルス・サルヴィウス(ea1787)はそんな話を聞いて真摯に祈り始める。昨日も断食日で、クレリックとしての修行に日々研鑽する彼には身近に大変な目にあっている人がいるかと思うと祈らずにはいられない。
 実際、どうだかわからないのだが。
「奥さんがイギリスにいらっしゃるそうですから、もしかして帰ってこられたとか」
「ああ、それは確かに一大事ですね」
 話はとりとめのない方向に少しばかり足を運び。でも、基本的に穏やかな性格の今回のメンバーはそれ以上言及することもなく、彼を気遣いつつ、旅立つことになったのである。

●計画
 坑夫の住んでいる家はパリから半日ほど離れたところに建てられていた。ちょっとした園芸の心得を感じさせる庭もあり、煉瓦造りの壁はどことなく牧歌的で、生活に貧しているとは思えないような家であった。
 しかし、そこで暮らしている坑夫は、やはり幸せの中にはいなかった。
「これはひどい」
 アディアールは思わずそう言った。ベッドに腰掛ける坑夫は全身を包帯で巻いていたが、その包帯も体に咲く赤い膿で染まり、にじんでいた。もう、洗っても取り替えても間に合わないのであろう。
 治療薬はなかったかと慌ててバックパックを探すアディアールの側をウェルスが祈りの言葉を唱えながら、前に進み出る。
「全てに慈しみの雨を注ぐ、聖なる母よ。身中を害す不浄をはらいて、彼に安寧をもたらさん」
 その言葉と同時に、ウェルスの体から白い光が靄のようになって立ち上り、すぐさま霞のように消えていく。それで十分に坑夫を苦しみから救うことはできるのだ。
 坑夫は身を焼き刻まれるような痛みが緩和していることに気がついて、不思議なものを見るかのように、己の体を見回した。
「毒は取り除きましたが、重傷であったことには変わりません。無闇に動かない方がいいでしょう。落盤や鉱毒の恐ろしさは、よく分かったことかと思います」
「あ、あぁ‥‥」
 戸惑いが彼の脳内を駆けめぐっているのだろうか。坑夫の返事はどこか気が抜けていた。そんな彼に今まで自分のしてきたことにしっかりとした意識を持たせようとアディアールが語り始める。
「毒もかなりの速度で身体を犯していたようです。監督者がいないから、知らず知らずのうちに無理をしたのが原因でしょう。そもそもこの毒は鉱物に含まれる中でも毒性は弱い方ですが、それ故に自覚症状が少なく、気づかぬうちにどんどんと身体に貯めてしまい、気がついたときには解毒薬をもってしてもなかなか回復に困難を極める、といったことになります。さらに‥‥」
 意識付けには十分だが、だんだんアディアールの趣味に火がついて毒物講義が始まってしまった。耳を傾けていた坑夫も段々辛そうな顔になってくるのを見て、修が区切りの良いところで、さりげなく割って入った。
「ともかく、です。父を失った子供達が‥‥家族がどのような想いをするか、良く考えて下さい。それに私はその坑道のコボルトを退治しました。しっているでしょうが、すでに支保や梁も腐り何時落盤が起きてもおかしくない状況です。アガートさんに指摘されたとおり、あそこで作業するのは命取りでしょう」
 その言葉に坑夫はやはり先ほどと同じように複雑な気持ちで目の前の言葉に強く応諾できずに、生返事を繰り返すのであった。
 それを見て、坑夫の様子をじっと見つめていたウェルスがようやく口を開いた。
「貴方の心配事は別にありますね? 収入が極端に下がることを。そこは元々廃坑であったということですから、所有者がいない。宝石‥‥フローライトと言いましたか。宝石の原石を掘った分がそのまま収入になる。貴方の悩みはこの冬を越せるかどうかではなく、身体が壊れるか、採掘の中止を言い渡されるまでにどれだけ稼げるかが核にある」
 その言葉に坑夫の身体が硬直した。核心を突いている。
 修はその言葉と坑夫の様子を交互に見て、眉をひそめた。
「なるほど。冬を越すための蓄えとこれからの仕事をどうするか‥‥だと思っていましたが」
「一度、手にした技術でやっと家族に報いることができるようになったんだ。できればと思ったんだよ‥‥」
 うなだれる男にウェルスは重ねて言った。
「神のお創りになった世界の理は、人の目には見えがたく、知らないうちに自らの足元を危うくしてしまうのでしょう。しかし、神のお与えくださったこの世界を世の終わりまで受け継いでいけるよう‥‥できるところから、少しでも変えていかなくてはなりません」
「目先のことに囚われるのは大小の差はあっても皆同じです。ですが、私たち冒険者の意見は変わりません。落盤の危険性もある鉱毒の危険性も高い場所です。命の危険性は変わりませんし、家族を悲しませるようなことはすべきではありません」
 重ねるようにアディアールが言葉を発すると、坑夫はしばらく考えた後に、冒険者達に改めて向き直った。悩みの鎖から解き放たれたことが顔つきから窺える。
「確かに言うとおりだ。俺、バカヤロウだから今の生活にしがみついてすぐに受け入れられなかったよ」
 そう言ってくれるのならもう安心だ。
 改めて坑夫の協力をもって計画はいよいよ実行段階にうつる。

●実行
「ここに来るのも久しぶりですね」
 アディアールは目を細めて町の様子を眺め見た。彼はこの町に以前依頼として立ち寄ったことがあった。ほんの少し前にも別の冒険者がこの町に関わったのだという。
 この町では人を必要としている。アディアールはそれを十分承知していた。
「あれ、修さん。どうしたんですか?」
「いえ、信頼を得られるかどうかちょっと心配なことが」
 修は苦い笑顔を浮かべながら、先日この町に来たという冒険者グループを話を思い出していた。が、それをずっと気にしている暇はない。
「そ、それより。坑夫の人本当にこれだけですか?」
 修はふと、後ろを振り返って確認した。冒険者一行を先頭に付き従っているのは、坑道で採掘作業をしていた坑夫の仲間20人であった。坑夫の説得の末、不安を抱いていた男達は少しでも自分の力が公のためになるならと、ここまで付き従ってくれたのであった。
「6割ってとこだな。完全には説得できなかったよ」
「宝石の流通価格を考えれば、確かに一世一代のチャンスですからね。家族のことを考えろといってもそれに余りあるだけの魅力は坑道には残っていると思いますよ。命に代えても、ね」
 坑夫の言葉にアディアールが付け足す。
 そう、結局完全に説得は不可能であった。採掘作業が順調に進めばかなりの資金を手に入れることができる。そこまで到達すれば彼らはおおよそ働くことに苦心する必要はなくなる。町で働くことがそんな彼らの魅力になれなかったのもあるかもしれない。
 だが、多くの人間は自分の現状に綱渡りのような実感を持っていたのであろう。過半数を超えていることが証拠であった。
「町の人への連絡はどうされたのですか?」
 ウェルスの言葉に修がすぐに応えた。
「シフール便で町長に連絡を送っています。以前町の異変を教えてくれたエルフの医師に紹介されて、という話を付け加えた上で今回の事情をお話ししたら、すぐに了解の返事を送ってくれましたよ。人手はいつでも足りていない。是非よろしくお願いします、だそうです」
 その言葉に坑夫達は顔を見合わせては笑顔の花をほころばせた。
 自分たちが必要とされている。
 この世の中で最も悲しいことは、誰にも必要とされないこと。と賢人は言うが、それは正しいことなのだろう。彼らは必要とされていることに喜びを見いだしている。
 そんな様子を見ていると、不意に正面から一行に呼びかける声がした。修はその声の主にすぐ気がついて、挨拶を返す。町長であった。
「アディアールさん、お久しぶりです。待っていましたよ」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。町の様子はどうですか?」
「病気の方はもうすっかり。ただ、生活資金を切り崩して町上げてのリハビリをしていたようなものですから、町のみんな自分の生活を取り戻すのに四苦八苦していますよ。ですから町に新しい住人が来るのは大歓迎です」
 アディアールと挨拶をすませると町長はそれぞれ坑夫達と握手をして歓迎の挨拶をしていた。
「この町の地盤は近くに流れる川と、木を伐採したためで、水気が多くなっている。それで悪質なカビが発生こともあったんだ。皆さんには地盤の整備や植林作業を手伝ってもらうことになるかな。また井戸もカビに犯された経験があって、今現在も水は川から汲んでいるんだ。仕事は山ほどあるんだ。よろしく頼むぜ」
 町長の息子の言葉に坑夫達は大きな声で応えたのであった。
 新しい町の活動が今始まろうとしている。

 別れの時にウェルスはそっと金袋を町長の息子に手渡した。
「植林や整備にはたくさんのお金がいるでしょう。お役立ててくださいませんか?」
「ありがとう。それじゃ俺たちの町からあんたに寄付だ。俺たちは十二分に色んな恵みをもらった。そのお金を使って他に困っている奴を助けてやってくれよ、っていうのが親父からの伝言」
 青年はやんわりとそういって、金袋を突き返した。ウェルスはその笑顔を見ると、もうそれ以上勧めることなく、一礼をしてその金袋を元在った場所にしまうのであった。
 次に使うときは彼の希望に添うような使い方をしようと思いながら。


●説得
 アガートが逗留している場所は、場末の酒場の上に立てられた簡素な宿であった。
 部屋に入ると、アディアールにはとても慣れ親しんだ匂いが、ふと鼻孔をついた。薬草の匂いだ。何人かまとめて寝泊まりのできるような部屋でアガート以外にも何人かの客はいたが、彼を見分けるのはそれほど苦労はしなかった。
「アガートさんですね」
「ああ‥‥坑夫の依頼を受けた冒険者かね。ギルドの依頼書を見たよ」
 アディアールが声をかけると、ベッドの上で薬草を広げ、調合をしていた彼はゆっくりと顔を上げて、一行の顔を見つめた。
「はい、アディアールと申します。以前の依頼を受けたときからお話を伺いたいと思っていました」
 丁寧に挨拶するアディアールに対して、アガートも簡単な挨拶で手を交わした。
「君がアディアール君か。パリに居ればよく名前と話を聞くよ。お目にかかれて光栄だ」
 どんな話を聞くのだろう、とか一瞬思わないでもなかったが、あえてその辺は伏せ、そして薬草談義を持ちかけたい衝動もこらえながら、アディアールは話を切り出した。というより後ろに控えていた修とウェルスの存在がブレーキをかけていたのだが。
「坑夫達に与える薬をいただけませんか?」
「彼らの出した結論は、どのようなものであった?」
「以前、カビが井戸を蝕んだ町があったのは覚えていますか? 彼らはそちらに移り住んで大地の力を取り戻す手助けをすることになりました」
 修の言葉に、ほう、とアガートは感嘆の声を上げた。その結果は彼の中では意外であったのだろうか。
「森とともに生きる道。大地とともに生きる道を。彼らに示すことが大切だと思いましたので、この結論に至りました。全員とは言いませんが、半分以上の方が賛同してくれましたよ。それよりも何よりもギルドに依頼を持ってきたと言うだけでも彼らの意識は変化したと思いませんか?」
 その言葉にアガートはクツクツと笑った。年を感じさせる焼けた肌に少しばかり皺を寄せ体を振るわせる様子は心の底から楽しんでいるようであった。
「その通りだ。問題を真剣に考えるだけで、もう懸案はほとんど解決している。君たちに出会って彼らも幸せだったと思うよ」
 アガートはそう言って、ベッドの柱にかけておいた布のバッグを取ると、その中から、卵のような形をした小瓶をいくつか取り出した。
「もしまだ癒していない人がいるならそれを使うといい」
 意外とあっさり説得できたことに、一同は若干拍子抜けしながらもその解毒剤を手にしたのであった。
「ありがとうございます。これは、調合されたのですか?」
「半分くらいはね。ベースはエチゴヤの薬だよ。最近は便利になったものだ。同じ効果の薬を手軽に買うことができるのだから。それに少し手を加えてやることで安価でバリエーションに富んだ薬を作ることができる」
「なるほど、しかし、この調合なら‥‥」
 やおら始まったアディアールとアガートの薬草談義に、残った二人はくすりと笑って、貰った薬を先に渡してくると言った。
 この薬を待っている人がいるから。
 この薬が希望に繋がるから。

 薬草談義が一段落する頃にはきっと助かる人ができていることに違いない。