呼応する彼女(サマナー)
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■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 60 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:12月20日〜12月25日
リプレイ公開日:2006年12月26日
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●オープニング
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ここ数ヶ月の間で、本はかなりの量を読んだ。天国と地獄に関係するモノ、臨死体験に関するモノ、悪魔に関するモノ。魂に関係するモノ。多くは聖書からの学術研究論文がほとんどであって、テミスはあまり詳しくなかったが、それでも執念で概要を理解する程度にまではこぎ着けた。
騎士見習いである彼女がそこまでして本を読むのには、デスハートンを受けて魂を奪われたままになっている先輩アストレイアの力になりたかった故である。
しかし、何かを成そうとすれば、何かが犠牲になる。
テミスは主君であるウード・ユスティースに呼び出されることになった。
くすんだ金色の髪に、濃い青の瞳。懇意にしている彼の娘、アストレイアと確かに似ている部分は多くあったが、雰囲気は全く違った。アストレイアを精錬した鋼だとしたら、あれは山か何かだ。
見つめられるだけで、騎士見習いのテミスは萎縮した。
「テミス。学者にでもなるつもりか」
「いえ、騎士になるつもりです」
返答に戸惑いや焦りは欠片もなかった。
「では、お前の部屋にある種々の本はなんだ。訓練にも最近力が入っていないようだが」
「アストレイア様の魂を取り返す算段です。魂を取られた状態は、マークを付けられているも同然です。放っておけば領内、または国家に危険を及ぼします。また、弱きを助くのは騎士の役目です。訓練はいざという時のためにあるもの。しかし、アストレイア様をお救いするのは今この時だけしかできません」
テミスに隠しおおす気持ちなど欠片もなかった。本のことを知っているのなら、何をしたいのか主君は知った上で諫めているのだろう。だが、こちらとて、引き下がるわけにはいかない。それならば、堂々とするしかない。
だが、主君は全く動じることなく、テミスの意見を切って捨てた。
「そういうのを分不相応というのだ。今すぐ部屋に戻り本を捨てろ。これは命令だ」
「何故です! 人を救わずして何が騎士ですか!」
「悪魔を召喚して、その魂を取り返すよう取引する考えの、どこに騎士の誇りがあるのか聞きたいところだな」
「他に方法があるのなら聞かせて下さい。本も読みましたっ。賢人にも話をうかがいました。何日も寝ずに思案を繰り返しました。ですが、方法はないのですっ」
「テミス。2週間の謹慎を命ず。頭を冷やしてこい」
「ウード様っ!!!!」
叫ぶ少女は両脇から二人の騎士がつかみ上げられると、そのまま部屋の外に引きずり出されていった。
「まったく。何のために異端審問官に出合わせたと思っておるのだ」
ウードのそんな呟きは誰にも聞こえることはなかった。
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「それで、この部屋殺風景になっちゃったんだ」
テミスの事情をおおよそ知っている、シャナはお面を少しずらしながら、部屋をぐるりと眺めて言った。
彼女の言うとおり、テミスの部屋にあった大量の本はすべて没収されてしまっていた。それまではまるで塔が乱立しているほどであったから、そのギャップは結構なものである。
「ほら、元気出してよ。いいじゃない、ご飯だって食べられるんだし。あたしジャパンでは野良猫といつもご飯の取り合いしてたんだよ。野良猫って賢いんだよ。ちゃんと、何時にどこに行けば魚とか野菜屑がもらえるか知ってるの。だからあたしそれを横取りしようと、網を仕掛けて‥‥」
悲壮な生活を楽しげに話すシャナであったが、テミスには聞く気分ではなかった。今はもう謹慎処分を言い渡したあの時の主君の顔が怖くて。
しばらく、お構いなしに話を続けていたシャナであったが、反応が全くないことに寂しくなったのか、テミスの肩をぽんぽんと叩いた。
「もう、仕方ないな。それじゃあたしがとっておきの歌歌ってあげる。これを聞いたら、みんな元気になること間違いなし。本当はお金を取るんだけど、テミス困っているから特別なのよ」
「とっておきの歌‥‥?」
テミスの言葉をぽそりと漏らす時にはもう、シャナは歌い始めていた。いつもの彼女の雰囲気とはまるで似合わないが、優しくて柔らかい。母親が子どもをあやすようなそんな調子で歌は始まる。
『 希望の地 夢の欠片を拾って 私は歌い続けよう
駆け出す私に吹く風に 願えば届くはず
例え悲しみの雫が溢れても 希望は失わない‥‥』
不安で揺れていた心臓が安らかになるのがわかった。暗雲の立ちこめていた視界が晴れていくようだ。
とってつけたような旋律の有っていない歌であったが、自らの気分の変化にテミスは驚きを隠しきれず、目を閉じてゆらりゆらりと歌うシャナを見つめた。
「すごい。これが、とっておきの歌‥‥」
「ふふふ、元気になった? これぞ、歌って踊れて戦える『ヒロイン』の力よん♪」
にこりと笑うシャナにテミスは何度もうなずいた。
「うん、私、まだできることはたくさんある。本はもうないけど、‥‥召喚陣の描き方も覚えている。ちゃんと召喚できれば、デビルの力を封じて、従わせることができるはず」
「ま、マジ? 本当に覚えているの?」
「ウード様に止められなければ、するつもりだったもの。私これでも物覚えいいんですよ。シャナ、もちろん手伝ってくれますよね?」
「え゛。えーぁー‥‥えぃ、乗りかかった船よ。この前、ご飯も食べさせてもらったし! どんとこーいっ!」
半ばヤケになりつつ、シャナはどんと胸を叩いた。強く叩きすぎてむせ込んだりするが。息を落ち着けてから、シャナはすい、と手を差し出した。
「その代わり、あなたの力も借りるからね。いつかファンをたくさん集めて歌の披露をするんだから! このお城借りるのよ、その時にはもう馬車馬のように働いてもらうからね」
「も、もちろんですっ」
差しだした手に、手が合わさった。シャナの力強い握手に緊張の糸がほぐれるかのように、テミスは脱力した、清々とした笑顔を浮かべたのであった。
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材料。
トカゲの尻尾×1
蛙の目玉×6
鶏×1
銀の短刀×1
生き血×5リットル
コウモリの羽×1対
乳香×1時間分
聖書×1冊
白の聖印×人数分
清らかな聖水×1
銀の杯×1
蝋燭と燭台×1対
シャナはため息をついた。安請け合いしたものの明らかにアブナイ方向である。ましてや生き血5リットルなんかどうしろというのだ。
「今更、やめとけ、なんて言えないしなぁ」
もう一度、深いため息が漏れる。
そこでふと、シャナは顔を上げた。
テミスのお願いはもう一つあった。頼りになる仲間。これだ。
冒険者に声をかけて、『冒険者は儀式には反対。説得できずにここまで連れてきてしまった』これなら、誰も不幸にはならない。うん。ばっちり。
テミスはぱっと顔を輝かせて、冒険者達を探し始めたのであった。
●リプレイ本文
「テミスさんが入手した文献は全部焼却処分にされたそうです」
十野間空(eb2456)はユスティース伯、ウードの元でそう願い出ていたその結果を話していた。文献調査の準備にあたっていた空の弟にあたる十野間修(eb4840)はその答えに眉根を寄せて、不満を露わにした。
「他人のモノを焼き捨てるとはたいした胆の持ち主ですね。さすがウード伯」
「テミスさんをこちらに謹慎処分として移動させたのも、燃やしたのもそれなりの考えがあってのことでしょう。悪魔召喚を企てていることはウードだけではなく、そこそこに話は漏れていたようです」
「だから、資料を燃やして追いつめる証拠を消したというのか‥‥」
奇面(eb4906)の苛立つ様子は、彼を見る誰もが分かった。握っていたペンがへし折れていた。
「ちっ‥‥こうなるか‥‥クソ、クソ、クソ!」
べきべきとペンを握りつぶしながら、悪態をつく奇に対してラスティ・コンバラリア(eb2363)がなだめる様に言った。
「おちついて。少なくても周りの人々はこれで安心すると思うわ。だから伯爵様はその所行が既に知られているという警告の為にわざと面会させ、それでも手を止めないテミスを謹慎させ、本を焼き捨てたんだわ」
「ウード伯は文献の中身より、それが存在すること自体が問題であると言っていましたから、おそらく異端審問や不信感を抱く人々が暴発することを食い止めたのでしょう。テミスさんがこの砦に部屋を移されたのもそれで納得できます」
テミスの部屋はユスティース伯の居城ではなく、そこから東に進んだ砦の一つであった。がらんとした部屋で悲しそうな顔をしていたテミスはそんな空の言葉に呆然としていた。
「みんなテミスさんのことを心配しているんだよ。俺も悪魔召喚への誘惑に負け、道を踏み外そうとする人を放っておけない」
グラン・ルフェ(eb6596)の言葉に、テミスはうつむいた。皆の気持ちが伝わっているのだろう。優しさに触れて、自分の我が勝手さに気付いているのかもしれない。もしくは、それでも尚、悪魔召喚しか方法がないことに板挟みになっているか。
「テミスさん、デビルは悪意の塊です。かつて私がドレスタットにいた時、デビルと取引をして自分の最愛の娘を救おうとした領主の方がいました。ですが、デビルはそれを利用して、その領地を滅ぼそうとした‥‥」
レオパルド・ブリツィ(ea7890)は自らが経験したその光景を静かに話した。話だけではあれは伝わらない。人間の、悲しい心の機微を伝えられないだろうけれど。
「ありがとう。でも、悪魔との交渉の事例はいくつもあります。成功するかどうかわからない。けれども、それに私は望みをかけたい」
テミスの意志は、やはり固かった。
「文献名なら私が記憶しています。もし調査することがありましたら、お伝えします。より間違いのない儀式をするためにも、お願いします」
そうして、テミスは文献名と、その入手先を書き留め、奇に渡したのであった。そのそばでシャルウィード・ハミルトン(eb5413)がぼそりと呟く。
「本当に学ばなければならないのはそういう行為が間違ってるって事だろうが。そういう正常な判断も下せない状態にあるのか?」
シャルはテミスの目を見た。
そこにあるのは追いつめられた人間が見せる、強い瞳の輝きがあった。強すぎる瞳の輝き。
●シャナ
「どうも解せないんだよな」
友人が危険な行動に及ぼうというのに、その説得を自分で成さずに他人に任せようというその魂胆は。
グランと、それからルナとタケシ、トシナミの三人がそれぞれシャナの動きを監視していた。
シャナはといえば、最近は家畜市場でずっと話を聞き回っていた。時々トリ相手に歌って踊ったり、牛にはねられそうになっていたりとドタバタを繰り返してはいるが、不審な人物と相談している様子もない。
「月道経由で、パリに到着‥‥。それでお金を使い果たしたのか、馬小屋に泊まったり、シャンゼリゼのゴミ箱を漁ったり」
月道利用のお金をよく捻出したものである。確認はとったが、確かに月道も正規の手段で利用している。
「レオパルドさんはどう思う?」
テミスの周辺にいる人物の洗い出しとして、同行していたレオパルドはダモクレスの剣と石の中の蝶を確認しながら、返答した。
「いちおう、デビルとか悪意ある存在ではないようです。テミスさんも精神的に追いつめられているような感はありました。ですから、不審ではない、と、言いたいところですが」
レオパルドはそこで言葉を切った。
グランもその先の言葉は聞かずともおおよそ、理解していた。
「少し、大げさすぎますよね」
「奇さんに聞く限りは、ジャパンでもあれで普通だったらしいですけれどね」
一人で喜劇を演じているような、そんな『わざとらしさ』が彼女にはあった。
テミスに元気を与えた歌というのも怪しい。空の話では、パリでその歌は用いられていたが、歌っている本人が悪魔と関連し、それを継ぐ者はいないのだという。歌はどこにでもあるものだし、元になった歌詞もどこかであるのかもしれない。
怪しいが、その確たる証拠がない。
「あ、シャナさん、豚をもらってますよ。2頭‥‥」
「テミスの生き血に使うのかな。2頭もいれば5リットルはたぶん絞れます」
彼女も材料はそろえているのだ。儀式はこのままでは遅かれ早かれ成立してしまう。グランとレオパルドはシャナの姿が遠ざかっていくのを確認して、そしてテミスのいる砦へと戻った。
最後に、豚が逃げてシャナが追いかけていたが、二人は呆れたりはしなかった。
●賢者
ラスティは悩んでいた。
アストレイアのことで依頼を受けていたリュリスと共に教えを受けた賢者の元へと足を進めたのだが。
「もの凄く、普通ね」
賢者の家に忍び込み、文献の確認をしたが、学術論文は疑う余地もなく正当なものであった。普通の文献でもそこらに見あたる様なもので、目新しい文献は何もなかった。
文献調査の協力に来ている修や奇も一生懸命に文献を読みあさっているが、それらしい項目は見あたらない様だ。
「文献のほとんどはここを頼っていた様だし、怪しいといえる部分はここしか無いはずだけど」
間取りもざっと確認したが、隠し書庫があるような風でもない。賢者の所属するギルドに確認をとったが、やはりデビルを研究しているようなことは一度もなかった様だ。
ここで容疑が固まれば、ディアドラを呼ぶこともできるのに。
全く疑う余地もないことに、ラスティは焦燥感を覚えた。その時である。
「やはり、予想通り‥‥ですね」
修が口元に笑みを浮かべながら、文献を確認していた。
「何か見つかったの?」
「テミスさんが悪魔召喚の材料を決めるに至った本はこれらしいのですがね」
修はその文献をラスティと奇に見せた。奇が奪い取る様にしてそれを確認しはじめる。
「なんだ、そんなもの何一つ書いてないぞ」
「それがミソですよ。その文献、元々そんなこと書いていないんですよ。つまり、どこかで改竄されたかしたのでしょう」
「つまり、賢者自体は何も怪しくない、と」
「ここまで調べて何も出てこないのでは、その可能性が高いでしょう。これが別の物に入れ替わったような事実がないかテミスさんに確認する方が確実でしょうね。そしてそれは明らかに悪意ある存在がいることの証明にもなります」
すり替えの事実があるとしたらそれを行えるのは。
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「あなたはなぜ悪魔召喚を考えたのでしょう」
ウェルス・サルヴィウス(ea1787)は穏やかな声でそう言った。しばらく祈りと断食の行により、テミスより強い瞳の輝きを持った彼にテミスはうつむいて話した。
「アストレイア様の魂が奪われたからです。十野間さんが魂を取り返しに行ったのに煉獄に持って行かれたときいたから、それで‥‥」
「とてもアストレイアさんを大事に思っておられたのですね」
「もちろんです! 私はシャンパーニュ家の跡継ぎとして生まれましたが、女であったばかりに結婚することを長らく強要されてきました。私だって人の役に立ちたい。跡継ぎであるならその役目を果たしたい!! そんな気持ちを理解してくださったのは、アストレイア様だけだったんです」
「そういえば、アストレイアさんも一人娘だったとか」
シャンパーニュ家は確かそこそこの名家だったはず。アストレイアがその気持ちをくみ取ったのも理解できそうだ。
「私を救ってくれたのはアストレイア様です。そんなアストレイア様を元に戻してあげたいと思うのは間違っていますか?」
テミスは涙をためながら、でもそれを頬にこぼすことはなかった。そんな姿をみて、ウェルスは神に祈らずにはいられなかった。
「そのアストレイアさんから言葉を預かってきています」
空の言葉にテミスは驚いた。
「『あなたの考えは間違っています。その気持ちは嬉しいけれど、私たちを取り巻く人を不幸にしてどうして幸せになれますか。魂のかけらなどデビルでもなんでもくれてやりなさい。私を狙うデビルを全て倒せば人々は幸せになるでしょう。人々が幸せになれば、私も幸せになれます』」
「どうしてアストレイア様が犠牲にならなければならないのですか。どうして永劫の苦しみを味あわなくてはならないのですか。茨の冠なら私も被ります」
テミスにとってはアストレイアはジーザスと変わらない存在なのか。ウェルスは目を瞑った。ジーザスが目の前で十字架を背負っていたら、私も十字架を背負うだろうか。
懊悩するウェルスの横で、シャルが口を開いた。
「お前がやっているのは、茨の冠なんてキレイなもんじゃない。手を出しちゃいけない物に手を出すって行為はな、諦める事より尚悪い。足掻くにしたって限度があるよ」
シャルの言葉にテミスは言葉を失った。そんなの百も承知の上だ。だが今改めて、それを口に出されると言葉はうまく紡ぎ出せない者だ。
シャルは言葉を続ける
「お前が足掻いて、それでくたばるならてめぇの勝手かも知れねぇ。だが今回のはそれだけじゃ済まねんだよ。失敗した時の事が考えられてない。自分は上手くやれるって思い込んじまってる。お前の今の思考は物凄く危険な状態だ」
「だったら!! 他にどうしろというんですか。待って治るなら、生命のある限り待ちます。祈って救われるなら、祈り続けます。だけど、現実はそうじゃないでしょう」
叫ぶテミスにラスティが首を振った。
「焦る気持ち私も少しわかります‥‥。ですがあなたはまだ知識の断片を得たにすぎません。それにその知識はおそらくデビルによるもの‥‥」
「まったくです。例え召喚に成功し契約が成功したとしても、今度は、それにより傀儡とされた貴方を使い、悪魔は貴方の敬愛する人を追い詰めていくでしょうね」
ラスティに続いて、修が言葉を続ける。
「自分も色々なモノを研究してきた‥‥これも面白いと思う。が、理論性が足りないな‥‥。話にならん」
召喚に必要な呪文はなんだ? 魔方陣に用いる言語は理解しているのか? その正円を描くための材料には何を使う。血が陣に滲まないようにする工夫はあるのか。
テミスはそれらの欠落点に首を振って答えた。
「召喚できなくて元々です。謹慎を受けたこの時点でもう私には後がありません。時間をかけるわけにもいかないのです。チャンスは全部ためしたい」
「それは、私を切ってでも行うおつもりですか」
ウェルスが立ちはだかった。
「様々なお話を聞かせていただきましたが、やはり召喚の儀式を執り行わせるわけにはいきません。儀式には生き血が必要なのでしょう。私の血をお使いなさい」
「‥‥そこまでして、私を止めるのですか。でも、私だって命をかけている。アストレイア様も生命がかかっている。退くわけにはいきませんっ」
テミスが剣を引き抜いた。
シャルは舌打ちをして武器を構え、ラスティと空、奇が魔法の詠唱を準備した。
だが、テミスは剣を構えなかった。いや、できなかった。
ウェルスの目に輝いているのも生命の炎だ。それを絶やして良いのか‥‥実戦のないテミスは生命を奪うことに本能的な抵抗をした。
危険は知っていた。それが悪いことも知っていた。でも、それを乗り越えなくては本当に救えない。そうして目を瞑り続けていていたが、心の奥底で震えている自分がいることを実感させられたのであった。
もう彼女は召喚など行わないであろう。テミスを見て一同は安心した。
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だが安息は数瞬の内に消え失せた。
扉が開き、聖なる鎧を身にまとった男女数人が部屋に踏み行ったからだ。テミスは剣を持ったままでその姿に愕然とした。それは彼女だけではない。皆も真っ青になった。
「動かないで。異端審問会よ。今のやりとりは総て聞かせてもらったわ。テミス・シャンパーニュ。悪魔召喚の容疑にてあなたを捕縛します」
「なんであんたがここにいるんだ!」
シャルが叫んだ。テミスはこの砦に移動させられていた。ギルドも通していない以上、異端審問官ディアドラがそれを知るはずがない。
「アストレイアの依頼で動いている冒険者は、どうせ雲隠れしているテミスか、その関係者に接触するだろうと思っていたら案の定。おかげでテミスを捕縛することが出来るわ。『ご協力、ありがとう』」
こいつ、ハナからこれを狙っていたな。修は睨み付けた。
アストレイアに声をかけて、もっとも怪しいと睨んでいたテミスの行方をつかんだのだ。あるいはアストレイアの身も合わせて確保するつもりだったのだろうか。
「テミスさんは改心し、悪魔召喚を行いません。よって異端では‥‥」
「今の会話を聞いてそれを信用するわけにはいかないわ。それに、剣を引き抜いていて、切るつもりはなかったと言っても信用しにくいわ」
無遠慮に呆然自失のテミスの腕をつかむディアドラにラスティがストームの詠唱を実行した。が、魔力が形を作る前に、体内に宿る魔力が急激に消え失せていく。
それでもラスティは諦めなかった
「あなたはシャンゼリゼで言ったでしょう。弱い心は悪だと。同じ心を持つあなたがテミスさんを捕まえることはできません」
「普通の人間は悩んでも理性がある限り弱きに流れない。つまらない囁きに善悪の区別もできなくなり悪事を行うなど。弱い心が成す業よ」
しれっとディアドラは返した。迷いも見せなかったその精神は、彼女こそが悪魔なのではないかとも思わせたが、しかし、石の中の蝶はどれも反応せず、人を鑑識する目はあれがタロンの教えを揺るぎないバックボーンとしているものである、と告げていた。
テミスは目を覆われ、身を拘束され連れて行かれた。
悪魔召喚の儀式は止まり、テミス自身もその悪業に気付いていた。
だが、そんな彼女はどこにいったのか、誰も知らなかった。聖夜を前にした日のことである。