裏切りの彼女(ジョーカー)
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■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:5 G 84 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月19日〜02月24日
リプレイ公開日:2007年02月27日
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●オープニング
●ゲコクジョウ
闇の渦巻く場所で、リディアは存分に背伸びをした。
「はぁ〜、気持ちいい。教会ってどうしてあんなに息苦しいんだろネ」
ここでは、人間のそぶりも、捕まっているそぶりもしなくていい。悪魔の証たる蝙蝠のような尻尾をピンとのばして、リディアはもう一度深呼吸をした。
「おかげで助かったヨ。ネイルアトナードちゃん」
「礼には及びませぬ」
リディアに声をかけられたのは人間の女であった。艶やかな黒髪が腰元まで伸び、色とりどりの布で構成された衣装を覆い隠していた。穏やかながら深く静かな声色はリディアであってもぞっとするほどに美しく、心を揺るがせる。
「あなたみたいな娘をスカウトできたのは本当にラッキ〜。人を嵌めるのうまいし。この調子でいけばパパにすっごく喜んでもらえて、いろんな力をもらえるヨ、ネイルアトナードちゃんにも力をたっくさんあげるからね。どんなのがいい? 言霊? それとも闇に誘う魅力?」
「望んでもよろしいのでございますか?」
指折り説明してくれるリディアにネイルアトナードと呼ばれた女は今つけたばかりのような濡れた唇を、そ、と動かして、問いかけた。
「もちろん。デビルってのは契約社会ヨ。嘘は言わないから安心して」
「そう。では」
ネイルアトナードはくすり、と笑った。悪戯に満ちた笑みはリディアをとらえて離さない。いや、離れないのではなくて、身動きが出来ないのだ。それが悪意に満ちたものであったとリディアが知ったときには、まさしく身も心も凍り付きそうであった。
「リディア様。貴女が奪った魂総てをいただきとうございまする」
「な、なにを‥‥ネイルアトナード、あなたの生命は全て私が握っているのヨ。逆らえるとデモ‥‥」
その瞬間、リディアは氷に包まれたような感覚と共に、生命が大きく削られたことを実感した。
どうやって!? どうして逆らえるの!?
軽いパニックを起こすリディアをネイルアトナードは冷たい微笑みをもって眺めていた。
「貴女は力をあげるとおっしゃったではありませぬか。それを反故にするなど契約社会に住む悪魔の片隅にもおけませぬな。さぁ、交渉でございます。貴女を教会から助けた褒美に奪った総ての魂を渡すか。それとも契約違反の名の下に断罪されるか。どちらでございますか?」
魂は力。それを総て譲り渡すということは、主従が逆転することを意味する。
リディアは泡を吹いた。闇から生まれた生命力がどんどん削られていく。人間のように復活の奇跡など悪魔には存在しない。
「た、たたた、タスケテ!!! 力の全てをあげル! だから、ダカラっ!」
その瞬間。力関係が完全に逆転した。魂を依り代にした力が、ネイルアトナードに注ぎ込まれていく。
●ムホン
「ディアドラ・カートライン。そなたには悪魔と手引きした容疑がかかっておる。よってこれより、悪魔と契約した疑いがないか、取り調べをさせてもらう」
冷酷な目をしたかつての同胞に、ディアドラは怒りの目を向けた。異端の可能性ありとされた人間を片端から焼き捨て、切り刻んだだけでは足りないらしく、さっさと『処分』を決定しなかった憎らしい上司を徹底的にいたぶり、殺してしまいたいようであった。
「徹底的に処分してしまわないと、気が済まないようね」
「当たり前だ。お前がいつの間に悪魔の手先になったのか、しっかりと判明して、悪の種を芽吹かぬようにしなければならぬのだ」
血に酔ったな。
使命感に燃えて、自制心といった類の理性は焼き切れてしまった、その男の顔を見てディアドラは密かに侮蔑の表情を浮かべた。それに気付いたのかどうか。男は容赦なく、鉄の棒でかつての上司を殴りとばした。
冷静な世界が一瞬、煮えたぎるような赤に染まりそうになる。総毛立つような痛みと、激情。
口の周りは溢れる生暖かいモノで濡れたのか麻痺しているのかわからなくなってしまう。
男は休む間もなく、吹き飛んだ女を打ちのめした。その手は機械的なくらいに冷静だ。
「さぁ、お前は何をたくらんでいた?」
「テミスはどうしたの?」
ぼそりとつぶやくディアドラに、男は彼女の髪をひっつかんで体を起こして言った。
「あれは間違いなく悪魔の手先だ。認めさせて、心から懺悔させた上で断罪する」
歪んだ使命感に男の鼻息は荒かった。
それとは逆に冷静さを取り戻すディアドラとは、対照的で。
「そう。それだけ聞けたら十分よ。私にはノルマン王との約束があるの。こんなところであなたの狂った思想に付き合っている暇はないわ」
その瞬間、冷徹な瞳が男を貫いた。
荒波のように荒れていた吐息も、瞳も、たちまちの内に消え失せてしまって、男はよどんだ瞳でぼう、と女を眺めるばかりであった。
はて、目の前の女は何者であっただろうか? 俺は何者であっただろうか?
「教会内に詰めていた人間はダメね。みんなのぼせ上がっているだろうから‥‥。なんとか捕まっている人だけでも助けたいところだけど」
ディアドラは正気を失った男を横目で見やりながら、錫杖を手に取って立ち上がった。
一人で逃げ出すのは簡単だが、この騒動を外に飛び火させるのは余計にやっかいだし、根本解決にならない。かと言って、対応するには少々荷が重い。
「お手伝い、頼んでみようかしら」
ディアドラはぽつりとそう言った。
●リプレイ本文
テレパシーの効果が消えたことを確認してシェアト・レフロージュ(ea3869)は小さく息を吐き出した。ディアドラは無事のようであるが、油断ならない状況であることは間違いない。これほど息の詰まるような依頼をシェアトはあまり受けていないのもあいまって、緊張が心を必要以上に戸惑わせる。
「ディアドラはどうだって?」
偵察組の中で、一足早く帰ってきたリュリス・アルフェイン(ea5640)がシェアトに声をかけた。
「無事だとは言っていますが‥‥」
テレパシーの声は無機質で本人の声とは異なって聞こえる。故に細やかな感情を窺い知ることができないが‥‥だから余計に気になる。魔法に集中するために組んでいた手にぐっと力が入る。
「警備は通常それほど厳しくはない、ということです」
「まあ、見かけは普通の教会だしな。周りの住人はあそこをただの教会だと信じて疑っていなかったようだぜ」
全く暢気なものだ、とリュリスは鼻で笑いながら言った。教会の壁の中では、獄死する人間が続出しているのに近隣の人間は全く気づかず平和を祈っているのだろうから。
「だけど、ディアドラの言っていることは現在の状況には即していないようなのだぁ」
「おい、大丈夫か?」
一足先に潜入して中の状況を窺っていた玄間北斗(eb2905)が、右腕を押さえながら戻ってきた。それを見たシェアトが大あわてで回復剤を探して回る。
「中を少し歩いただけで、審問官のお出ましなのだ。おいらが潜るの失敗したのかも知れないけれど、魔法を使われていた可能性もあるのだぁ」
「警備態勢は普通じゃないってことか‥‥」
「ディアドラさんは捕まっているために現状を把握できていなかったのですね‥‥」
潜入者の存在を知った彼らは更に警備を厳しくするだろう。
「でも、血の粛清の現場は確認できたのだ。あれはちょっと見ただけでも気分が悪くなりそうなのだぁ〜」
厳しい警備網、それとは裏腹の短慮で残酷な殺戮劇。不自然なバランスの上で狂気が踊っている。
ディアドラが一枚噛んでいる可能性も心の片隅に残しておきながら、リュリスは教会を眺め見た。
「ウード伯は、異端者の保護を許可してくれました。ですが、大きな動きはできないということで、私たちが連れて帰った者のみ保護するということです」
制圧決行の日、ウード伯に交渉を持ちかけていた十野間空(eb2456)による、結果の報告は皆にとって最低限の保護は確約されたもので、決して楽になったとはいえないが、不安要素の一つは消えたと言っても良かった。
「あら、話し合っていたときは白の教会にって言ってなかった?」
関連した依頼には初めて参加する本多桂(ea5840)はそれぞれの話によくよく耳を貸していたため、若干の齟齬があることにすぐに気づき、空へと問いかける。ウードとはこの一帯を治める領主で、特に空には色々と縁のある人物であった。
「はい、ウード伯は、白と黒の勢力バランスを保って、互いの動きを牽制しようとしているところがあったので、異端者を白の教会で保護できないかと持ちかけたのですが‥‥」
「この事態が白の教会に知れると、勢力バランスが著しく狂ってしまうのだぁ〜」
玄間の答えに桂は、なるほどね。と答えた。
でも、連れて帰れる人間なんてそれほど多くはない。この事態に目をつぶっているだけではないのかしら。桂の頭の中ではそんな思いが浮いては沈み、を繰り返していた。政治的判断というものはどうしてこう見て見ぬふりや、八方美人なものが多いのか。
「他の黒の教会では特に何もなかったようだよ。アストレイアお姉ちゃんとも普通に面会できたし」
「とすると、問題が起こっているのはここだけなのね。それじゃ、助かるはずの人間をこれ以上死なさないように、行きましょう」
桂の呼びかけに皆は頷いた。
シェアトと李風龍(ea5808)と、桂とで正面から。
リュリスと空で、テミスの救出を。
そして玄間と明王院月与(eb3600)で正面の部隊を援護する、という形に決まった。
●
午後を告げる鐘が鳴る。
遙か遠くの田畑で勤しむ農夫達にまで知らせることのできるその鐘は、足元の教会ではもちろん相応の音量を響かせて。
冒険者達の突撃の足音をも消していく。
「‥‥‥っ!!! ‥‥っ〜!!!」
リュリスの存在に気がついた審問官が何事かと喚くが、音は鐘に支配されて、彼の声を伝えない。救援を求めたのだろうが、なすすべもなく殴打を受け、その場で崩れ落ちる。
手近にいたもう一人が魔法を完成させ、リュリスの体に黒い光がまとわりついた。次に苦痛を鐘の音に消されたのはリュリスの番であった。力が急激に抜け落ち、膝を突きそうになった。
効力を確認した審問官はすぐさま手近にあった棒を手に取り構え、反撃の構えをみせるリュリスを近づけない。が、それもそこまでであった。背後から『インビジブル』の効力によって透明化した空の『チャーム』が飛んできたために一瞬の隙が生まれる。敵意の持った顔つきからして、抵抗されてしまったのだろうが、リュリスがその一瞬の隙をつくくらいの余裕は十分に出来た。
「何か、聞こえたか?」
礼拝所から続く廊下では鐘が鳴り終わってすぐに神官が仲間に声をかけた。彼らの後ろには風龍達が続く。
「いいえ‥‥何も」
桂はそう言いながらも、しっかり、警戒の声が鐘の音に紛れていることを知っていた。強襲組は裏口から入っているはずだが、それが聞こえるということはそれほど遠くないのかもしれない。
こんな時、丸腰というのは不安が残る。いつも腰にかかる太刀の重みがないというのは心配なものだ。
「さぁ、ついたぞ」
気を余所にしている間に、案内は終わり、審問官は扉の前で立ち止まった。
「預言はともかく、異端に接しようとする者もまた、異端である可能性が高い。貴方達が異端の声に惑わされていないかどうか、この扉をくぐれば魔は払われることだろう」
意味深な言葉に三人は顔を見合わせる。
「分かった。それでは入らせてもらう」
止まっていても仕方ない、と結論づけた風龍がその扉に手をかけて。
異形の世界の扉を開いた。
その世界に感覚が触れた瞬間、非常にデリケートなシェアトは、気が遠くなった。桂も朝までたしなんでいた酒が一気に胃の中で腐っていくのではないかという幻覚さえ覚えたほどだ。
肉片がちらばり、両脇で無惨に転がっている。壁のひだにもそれらは塗りつけられ酷いところには、衣服と内蔵の残骸でアーチ状にして、一行を迎えてくれる。
「異端の呪いの類はその身を切り刻んで作ったアーチをくぐることで、解けるという。詩人よ聞いたことはないか?」
声もなくシェアトは首を左右に振った。
そんな伝承があったのかもしれない。だが、目の前のこれは‥‥人間の常軌を逸していた。狂気に当てられた体が震える。
「お前達、何の権利があってこんなことをっ!」
審問官が動くよりもずっと速く、風龍の拳がうなりを上げて残酷な笑みを浮かべる人間の皮を被った悪魔を吹き飛ばした。
「何のための力だ! なんの為の神だ! 宗派が違えども、お前達の所行は看過することはできん」
それも織り込み済みだったのであろう。審問官はすぐさま抜剣すると風龍達を取り囲む。
間合いを取り直しながら、風龍は改めて二人に小さく言葉をかけた
「すまん、我慢ができなかった」
「風龍がやってなきゃ、あたしがやっていたわ」
飛んでくるブラックホーリーの連続を受け止めながら桂はそう言って、剣を持った神官の攻撃にカウンターを合わせると、一撃で剣をたたき落として奪い取る。
「‥‥両刃か。気絶させられなかっても許してね」
そう言うと、桂は大き目に一歩を踏み出すと、ビカムワースの詠唱に入っていた男に刃を走らせた。
「夢想流の剣技は如何だったかしら?」
その言葉を聞いていたとしても、まともに答えられるほどの余裕がある者は皆無であった。
●
「大丈夫?」
手痛い攻撃を受けながらも、なんとか牢獄まで侵入を成功させた月与はそこにいる面々の姿を確認して声をかけた。
暗いこの部屋では細かな部分まで見ることはできないが、それでも皆ひどく疲弊していることだけはすぐに分かった。
「みんなを助けに来たよ。といってもすぐに出してあげることはできないけど。怪我をしている人はいる? 応急手当だけでもしてあげる」
「う、腕が上がらないんだ」
「全身を鞭で打たれて、助けてタスケテ」
「おおぁぁぁ、ぅああああぉぉぉう」
「じ、順番ね。順番」
そんな様子を玄間は横で笑顔を作りながら、眺めていた。
色んな人間が月与の元に詰め寄ってくる。どの人も生きるのに必死の顔をしていたが、よく目をこらせばその中に悪魔信仰と疑われても仕方の無いような狂気を内包している者もかなりいたことは間違いなかった。
我先にと飛び込んでくる男は、彼よりも先に進んでいた女の髪を引いて倒しわざわざ踏みつけて前に進もうとしている。よほど攻撃性が高いか人のことを何とも思わない人間か。舌足らずな者は声を上げるが意味のなさないジェスチャーを示すばかり。ぶつぶつと呟く女の言葉には神の名前は一つもでてこず、呪いの言葉ばかり。
そして、一番遠くで身を縮めている少女は、疑心暗鬼の瞳で月与をじっと見つめていた。
それがテミスであることは事前の情報交換で姿を確認していた玄間はすぐに分かった。もっとも、顔は腫れ上がり、腕は半分が焼けただれているので様相は随分変わっていた。
それでも強い眼光だけは全く変わっていない。
「もう、大丈夫なのだ。治療してもらうといいのだ」
「他の人を先に‥‥私は慈悲を受けない」
騎士としての精神が苦痛をやり過ごす一番の力となったのだろうが‥‥彼女の瞳は喜びを映してくれそうにはなかった。
「‥‥とりあえず、皆が合流するまで待つのだ」
笑顔が通じないとき、どんな顔をすればいいのだろう。玄間はふと、笑顔の仮面の下で問いかけた。
●
「意外と速かったわね」
最奥の拷問室に立てこもっていたディアドラはそう言うと、リュリスと空の手引きによってようやく外に出ることが叶ったようであった。
元気そうな声とは裏腹に彼女もまた傷だらけで、特に棒か何かで殴打された顔はひどく腫れ上がっていた。
「あの、回復をすぐ‥‥」
シェアトがリカバーポーションを両手で持って上目遣いにディアドラに差し出すが、ディアドラはくすりと笑うだけで、その薬を押し返した。
「別に命に別状はないからいいわ。貴方達こそかなり手傷を負っているでしょう。脱出まで気は抜けないし、自分用に取っておきなさいな。後、私の一番の薬はワインよ。貴方はレモンティーだったかしら」
そんな事を言いながら、ディアドラはゆっくりと足を進め自らの足で牢屋の中に足を踏み入れる。同じ牢に入れられていた人々は、彼女の姿を畏怖と怨恨の目で追いかけるが彼女は気にした様子もない。
「襲撃は結局無しか‥‥まあ、ややこしいことがないのは好都合だな」
リュリスは外の様子を確認してから戻ってそう呟いた。
そして目で空に向かって合図をかける。この中に隠れているのかもしれない者を露呈するために。指定は『悪魔信奉者・悪魔に暗示をかけられている者』だ
「真実を映し出す月の光よ‥‥汝の敵は、悪魔に暗示をかけられている者」
空の詠唱に応じて光の矢が現れ、ぐるり、と一周する。
そして次の瞬間に矢が落ちた先は。
「ぐっ」
「おい、大丈夫か?」
空であった。
対象者が複数いるのか、それとも全くいないのか、はたまた自覚しないうちに空自身が暗示を受けているのか判明はしなかったが、月の矢は空に降りかかった。
その後、伽羅夜叉の魂を宿す者、若しくはその洗脳を受けし者、などで試したもののすべて空に降りかかってきたのが結果であった。月の矢が空に降りかかる度に、月与が心配そうにおろおろとする。
「なんともまぁ、グレーな結果だな。」
リュリスは苦笑すると、シェアトに目配せをして昏倒している審問官の一人に向き直った。それに応じて、シェアトも改めて気を引き締めると、審問官に向かってレシーブメモリーを使った。
色んな光景がシェアトの中を駆けめぐった。だがどれもこれも暗い感情に歪んでいる。視野狭窄とはこのことだろうか。
それより更に記憶を遡っていくと、次第に感情が豊かになっていくことが分かった。恐ろしいだけの存在であった審問官も、笑うときもあれば、平和を願って真摯に祈りを捧げる様子も見えた。
どこから? どこからこんなに暗い感情に支配されるようになったの?
記憶を少しずつ『現在』に戻しながら、ゆっくりと確認していく。
レシーブメモリーの魔力では強烈な印象に残っていることが再現される。その間はとびとびであるのは仕方ないが、感情が徐々に閉塞していくきっかけをシェアトはみつけた。
音楽。踊り、牢獄の前で。冒険者達が歌う。
どんな音かはもう記憶されていないため無音であるが、心が躍動しているのがわかる。以前に冒険者達が演奏会を開いたはずだ。その音楽が元になっている。
魔法の効力が失い、皆が出る準備をしているところで、審問官の一人に向かって風龍は言葉をかけていた。
「悪魔が恐ろしいのも、被害を未然に防ぎたいのも良く分かる。だが力無き正義は無力、正義無き力は暴力だ。お前らのやっている事は、暴力以外の何物でもない。力と精神は本来一つの流れである。これを「拳禅一如」という。自分のした事が分かったら、悔い改めるんだな」
押し黙る審問官を余所に、空が風龍を誘って移動する異端者達の護衛をしてもらうように頼みながら、そっと囁いた。
「あの人達も分かっているとは思うんです。ただどこで道を違えたか気づかない。それが楽士のやり方です」
「分かっている。だが、それでもだ。常に自己を見つめなければ力は己のためだけのものになってしまう。他人の幸せも供にするのであれば絶えず自己を見失ってはならない。力があるものは特に、だ」
風龍は胸を張って言った。
ディアトラは去る者達を見送るように立っていた。
「ありがとう、おかげで助かった。教会がこんな状態じゃ団体活動はしばらく難しいわね。アストレイアも近々城に戻ってもらうわ。シロなのは間違いないしね」
「たくさんの人が無事で良かったわ」
「あなたの剣技があってのことよ。敵じゃなくて良かったと心の底から思うわ」
桂に対して笑顔を向けるディアドラに月与が尋ねた。
「これからどうするの?」
「外には今のところ漏れていないみたいだし、事後処理だけしてすぐ復帰するわ。まだ預言関係の仕事もあるしね」
ディアドラはそう言うと、緊張の糸が切れたのか、ぐったりとするテミスに祈りの言葉を捧げると静かに踵を返したのであった。