不協和音の彼女(メナース)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:8人

サポート参加人数:8人

冒険期間:03月11日〜03月16日

リプレイ公開日:2007年03月18日

●オープニング

「ディアドラさん‥‥」
「あら、ずいぶんと不機嫌な顔ね。修道士生活がそんなに良かった?」
 不審な目を向けるアストレイアに、異端審問官ディアドラは笑顔を浮かべた。元々皮肉の通じないタイプの人間なのは、彼女に出逢った人間の誰もが知っていることだが。

 アストレイアはデビル騒動に巻き込まれて魂を奪われた元騎士の女性。そんな彼女と、彼女を慕う騎士見習いの少女テミスを異端として拘束したディアドラが仲良くできるはずがなかった。
 最近、ディアドラが所属していた黒の教会の一つで、血の粛清事件が起こった。その精算の為にディアドラは本業の活動を縮小せざるを得なくなっていた。アストレイアもテミスも一度は異端審問官達に捕えられていたものの、その事件がきっかけで潔白が証明され、晴れて彼女たちは家であるウード伯の居城に戻ることができたのであった。

 で、落ち着いた次の日に仇敵ディアドラが来たのだから、アストレイアの目が細くなるのも仕方のないことであろう。
「何の御用ですか?」
「アストレイアにもテミスにも心身共に苦痛を与えてしまったことをお詫びにきたの。特にテミスについては私の監督不十分なために、一生残る傷を与えてしまった。言葉だけですませられる問題ではないけど‥‥ごめんなさい」
 ディアドラの言葉通り、今もそばにいるテミスは人形のようにぼうっと座って、二人のやりとりを見守っている。普段の生活は体力の回復と共に徐々にこなすようになっているが、表情を動かすことはほとんどなくなり、寡黙に騎士としての修行に取り組むばかりである。
「確かに、腹立たしく思います。が、デビルの仕業だとも聞いています。‥‥怒っても仕方のないことでしょう」
 アストレイアは一言、一言。自身の気持ちを確認するようにつぶやいた。結局、また自分一人安穏な修道士生活をしている横で起こった惨事に何一つ関われなかった無力感、異端審問官に対する怒り、悪魔に対する憎悪、ぼろぼろになったテミスに対する憐憫、それらがごっちゃになって、感情の流れに気をとられたら、この女審問官にありったけの怒りをぶつけていたかもしれない。
 だが、それでは何も始まらないのだ‥‥。
 それを察したのか、ディアドラは悲しそうな目を一瞬だけすると、次の瞬間にはにこりと笑いかけて言った。
「それでお詫びがてら、親睦会でもしようと思ってお誘いにきたのだけど」
「親睦会‥‥?」
「ええ、パーティーでもと思ったのだけど、どう? お世話になった冒険者さんも交えて親睦会。友好を深めるのは今後の対策としても非常に有効でしょう。それにこの親睦会を名目に、デビルの先兵にアプローチをあけられるかもしれない」
 アストレイアは直感した。親睦会と銘打っているが、その真の目的は明らかに後者に挙げられたものだろう。
 結局、口先ばかりでテミスのことなど大して悪いとは思っていないに違いない。
「お断りします。貴女のような冷血と交流しても、こちらの心が冷えるだけです」
「あら、これは私たちだけの問題ではなくて、冒険者も関わっているのよ。私たちの不協和音はきっとデビルに利用される。私怨を捨てて共闘を誓う必要は自覚していただいていると思うけど?」
 ディアドラの言い分はもっともであったが、アストレイアとしてはテミスを含め人を守らねばならないという義務感を抱いているし、人は天分が違うだけで等質であり、誠意をもってあたることが信条であるのに、人を利用することしか考えないディアドラの姿勢は著しくそれを傷つけた。
 怒りで何も言えなくなるアストレイアの横で、黙っていたテミスが小さく口を開いた。
「アストレイア様‥‥やりましょう。冒険者の人には恩義がありますし、ディアドラの言うようにデビルがかかればアストレイア様の魂を取り戻すきっかけになるかもしれません。もっともどこかの誰かは、捕まえても逆に踊らされていただけでしたけど」
 無表情に漏らすテミスの言葉にディアドラの笑顔が一瞬だけ凍り付いたような気がするが、さすがにあからさまな顔をしなかったのはさすがである。
 アストレイアはしばらく考えて言った。
「分かりました。その話お受けいたします」
「ありがとう。それじゃよろしくね。当日はおすすめのワインを持ってこさせてもらうわ」
 そういうディアドラに、アストレイアはきっぱり言った。
「四旬節を迎えるのに飲酒するんですか? 不許可です。当日は私がお茶を淹れましょう」
 この時期、ジーザス教では心身を清める行為として断食を行う。それは白も黒もだいたい同じだ。もちろん酒などもっての他なのは、信者として当然のことである。ましてや、ディアドラはそこそこの地位にあるはずなのだが。
「私にとっては水よ、水。その代わり毎日断食みたいな生活だからいいのよ。『水』だけの生活だから」
 二人が心の中で、ダメ僧侶の烙印を押したのは間違いない。
「わかったわよ。お酒なしね。まあ、それじゃ楽しみにしているわ。冒険者には私が声をかけておくからよろしく」
 白い目を向けられて、少しヤケになった声をあげてディアドラは出て行った。


 でも、せっかくの親睦会。この機会にあれを‥‥
 3人の女性はそれぞれの心の中にそんな気持ちを潜めて、親睦会に望む。

●今回の参加者

 ea1787 ウェルス・サルヴィウス(33歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5640 リュリス・アルフェイン(29歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea5840 本多 桂(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea7890 レオパルド・ブリツィ(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb2363 ラスティ・コンバラリア(31歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb4906 奇 面(69歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

リーディア・カンツォーネ(ea1225)/ ゴールド・ストーム(ea3785)/ カノン・レイウイング(ea6284)/ ウェルナー・シドラドム(eb0342)/ 玄間 北斗(eb2905)/ 明王院 月与(eb3600)/ 国乃木 めい(ec0669)/ ククノチ(ec0828

●リプレイ本文

●困った人(メナース)
「それでは困った人の為に、パンを作りましょう」
 ウェルス・サルヴィウス(ea1787)はエプロンが全く似合わない3人を前にしてそう言った。そのお手伝いにシェアト・レフロージュ(ea3869)と月与が、そして観衆にリュリス・アルフェイン(ea5640)と奇面(eb4906)、本多桂(ea5840)、レオパルド・ブリツィ(ea7890)、リーディアの姿が。
 しかし、パン作りの先行きは見るからに暗い。ディアドラは趣味じゃないとエプロンをつけてくれないし、アストレイアは礼服の上からエプロンを。テミスに至っては愛用の鎧の上からエプロンをつけている。
「なに硬くなってんだよ。そんなんだとこの先もたねーぞ」
「余計なお世話です。これは普段着みたいなものです」
 リュリスの言葉にもテミスは不機嫌そうにそう言い張った。だが、それはディアドラが居るために違いない。ウェルスがリカバーで二人の傷を治さなければ、その怪我は二人が喧嘩した為だろうと皆思っていたことだろう。
「‥‥怪我を隠すためではないな?」
 だが、テミスはそれに答えず、黙って奇に背を向けるようにしてパンをこね続けていた。
「傷はけっこう深いみたいだぜ。デビルに対してはそういうスタンスになる必要があるのは知ってるが、まだわかってねーんだ。もう少しやり方を‥‥」
 ディアドラはリュリスの言葉を遮るようにして口を開いた。
「誰彼構わず心を許せるほど、私はお人好しじゃないわ」
「人を信じて任せると云うのも必要な事です。3人共、自分がしなければならないという決意が強すぎるように思うんです」
 警護に当たっていたレオパルドに我慢できずにこそっと口を開く。
「‥‥まあ、いいわ。パーティー始まったら、お話しするわ」
 桂と一緒にパン生地に入れた隠し味の味見をしながら、誰にともなくディアドラはそう言った。
 一方。
「そうそう、力強く‥‥あ、アストレイアさん、もう少し力を抜いて」
 勢いよくパン生地をたたきつけた為、パン生地が飛沫のように飛びちり、飛んだ分を継ぎ足そうと、小麦粉をどばっと生地に振りかける。
「か、かたまらないです。あれ? あれ?」
「あ、あのテミスさん。良かったらアストレイアさんに教えてあげてくださいませんか?」
「申し訳ありませんが、パーティーの準備も言付かっているのでこれで失礼します」
 ウェルスの呼びかけに、テミスは慇懃無礼に辞してさっさと部屋を出て行ってしまった。リーディアが止めに走るが、扉に錠を落とされては追いかけようがない。受け止めることの大切さを扉越しに説いているが、それも聞き入れられる様子はなさそうだ。
 思わず呆然とするが、再び降ってきたパン生地の雨を止めるために、ウェルスは走らなくてはならなかった。


●厄介者(メナース)
「どうしたんですか。その体」
 ラスティ・コンバラリア(eb2363)は所々まだ白いままの調理場にいた面々の様子を見て声をかけた。
「まあ色々だ‥‥シャナはもうそこまで来ているみたいだ。ラスティ、頼むぜ」
 そう言いながら、石の中の蝶を渡したリュリスの顔をラスティはちらりと視線が交錯する。
「あんま心配すんなって‥‥確かに二度同じ失敗は繰り返したく無いけど。だからって自分を捨てるつもりも無い」
 二人の記憶に蘇るドレスタッドでの出来事が、心に掻痒を引き起こす。
「はろーっ」
 と、そんな空気を裂くようにして、このお茶会の盛り上げ役として近くの宿屋に呼び出されたシャナが元気よく部屋にいる面々に挨拶をした。隣の部屋ではシェアトと十野間空(eb2456)がその様子を僅かな壁の隙間と漏れてくる音に注意を向けるはずだ。
「へぇ、お茶会で音楽やるんだって?」
「ああ、飯はともかく菓子くらいはでるだろう。どうだ?」
「やるやるっ! 奇さんに呼びかけられなきゃゲテモノ料理の味見役に立候補しようかと思ってたんだよ。ああ、御飯食べ損ねたかなぁとか思ったけど、音楽活動もできるし、がんばっちゃう」
 奇とのやりとりの中で大はしゃぎのシャナに、ラスティは少し苦笑を漏らしつつも言葉を続ける。
「それで、私も不肖ながら楽器を演奏する予定ですので、ここで打合せと思いまして。曲目は水面と言いまして‥‥一度私が歌いますね」
 そう言いながら、ラスティは竪琴を軽くつま弾いて歌い始める。練習などとは言っているが、それは魔力のこもった歌、メロディーである。

「心の水面よ 穏やかに映したまえ 心の揺らぎ 内なる思い
 心の水面よ 静めたまえ 昂ぶりすぎた歌の叫びを そして今一度穏やかなる水面にて真理の道を求めたまえ」

 竪琴の音が流れると同時に、隣の部屋で待機していた空が詠唱をはじめた。
「いだだだっーっ!!!?」
 シャナが悲鳴と同時に、控えていたリュリスがいち早く動き、ムーンアローが刺さったシャナの鳩尾に拳を当て気絶させた。
「やはり、彼女が楽士だったのですね‥‥あら?」
 デビルの気配を確認すべく、ラスティは石の中の蝶を確認したが、そこには全く反応はなかった。
「デビルじゃ、ない?」
「たぶん、楽士によってデビノマニになったのでしょうが、完全でないためでしょう」
 空がシェアトと共に別室から姿を現してそういった。
「そうか、デビノマニは石の中の蝶に反応しないのか。しかし、それでは正しい意味の指定になっていなかったと思うが」
 なにやら木ぎれにメモをとっていた奇が反論の声を上げる。
「‥‥魂というのを、精神を受け継いだとかいう意味で取ったのかもしれないな」
 リュリスはそういうと、シェアトの為に道を空けた。そんな謎もきっと彼女によって解き明かされるから。シェアトはレシーブメモリーを唱え、昏倒するシャナの記憶に心を浮かべた。

 歌って踊って。みんな元気にしたいけど、私はダメ。力がない。
 毎日そんな想いで歌い続けている、少女の姿がシェアトに映り込んだ。魔法を唱え直し、さらに記憶を探す。
 笑顔で歌っているけれど、大切なあの人には届かない。
 支えになりたい、だけど、支えになれない。そのうち笑顔ですらいられなくって、それで結局慰められて、私はもらってばっかり。力になりたいのに、気持ちだけが空転して。何もできないってこんなに辛い。歌に聴き入ってくれている人は今何人? 私は誰かの助けになってるの?
 ナンダカ、ムナシイ。ワタシノナカ、カラッポジャナイ?

 がたがたがたっ!!!!!!

 シェアトは言いようのない恐怖感と虚無感に襲われて、床に倒れ込んだ。
「私が、いました‥‥」
 最後に映ったあの顔は、他でもない自分だった。


●危険人物(メナース)
 シャナをぐるぐる巻にして納屋に放り込み、親睦会はとりあえずお茶を淹れて始まる。のだが。
「お茶が入りました」
 ぎこちない笑みで言うアストレイアの言葉に誰も賛同の意を示してくれる人間はいなかった。
「空、責任持って逝ってこい。俺はちょっと用事がある。終わるまでに飲み干しとけ」
 リュリスは鼻を押さえながら、空をアストレイアの雑草茶の矢面に立たせ、シェアトが用意していた果物の蜂蜜付けで鼻腔に残る悪臭の解消に努める。
 エプロン姿のアストレイアはだいたい1年ちょっとぶり。相変わらずちょっと浮いた様子が可愛いが。劇薬度はそれを上回るほどにレベルアップしていた。
「あ、空さん。飲んでいただけますか?」
「は、はい。もちろんです‥‥」
 月与がサポートしていたのになぜこのようになるのか、空はぐるぐると疑念が渦巻いていた。添えられたパンは平たい炭の固まりのようだ。
 まあ、とりあえず死ぬわけじゃないだろう。雑草でも飲めるもの色々ある。空は笑顔を崩さないように、ティーカップを口に付けて。
 泡を吹いた。
 苦いとかそういうレベルを超えている。デスハートンを使わなくても、魂が飛び出そうだ。
「味見したか?」
 茶の原材料を一つ一つ確認する奇はあきれた調子でメモをしていった。
「しました! 気は遠くなりましたけど、泡まではでませんでした。精神を鍛えるお茶です!」
 そんな代物を自分の恋人に飲ませるのだから、えげつない。
 アストレイアはお茶をもって、周りを見回したが、誰一人例外なくテミスの用意したお茶を手にしている、これを飲み干さない限りはあの死の茶を飲む必要はなくなるのだから。
「はい、それでは、かんぱーい」
 警護を申し出たレオパルドと桂を除いた皆はさっさとテミスのお茶で親睦会を始めたのである。

「これを私に?」
 空から差し出された七人の小人像を見て、アストレイアは不思議そうにこの笑顔の小人達を見つめていた。
「バレンタインに贈ろうと思って用意していた物です。 貴方が今、幸多かれと願ってやまない人に譲っても結構ですから、受け取って頂けますか?」
「最初から、他の人に渡したいみたいな口ぶりですね」
 そんなアストレイアの言葉に、心の内を見透かされた空は苦笑いを浮かべて話題を逸らした。というか、本来の目的である話題の方へ。
「そういえば、この親睦会を巡ってディアドラさんと対立したそうですね」
「人を利用することしか考えない。上に立つ者としても、信仰する者としても風上に置けない方です」
 憮然とするアストレイアに空はほほえみながら言葉を続けた。
「今、貴方が感じて居る理不尽さは御父上も日頃から感じているものに近いと思います。 領主の立場では、志を貫く為に耐え難きを耐え苦渋の決断をしなければならない事も出てくるでしょう‥‥」
 その言葉に、アストレイアはむっとした顔になり、空に猛烈な勢いで抗議する。
「デビルを倒すために人を利用し、欺くこともよしとおっしゃるのですか! それこそ本末転倒です!!」
「茶の時くらい静かにできんのか」
 奇に睨まれた二人は、声を小さくしながら言葉を続ける。
「空さん。私はこの後、神聖騎士になるための修行をするつもりです。真の善を貫くために、そして人々が幸せになってもらうために」
 アストレイアはきっぱりとそしてもはや曲げないだろう、その鋼鉄の意志を瞳に表して言った。

「はぁ、やっぱり八百万の神のお酒の神様が喜ぶわよねぇ」
「うわ、お酒くさい」
 レオパルドが思わず顔をしかめていう先には、桂とディアドラがいた。
「確かお酒は禁止じゃなかったんでしたっけ」
「ふふ、これはね。錬金術師が作ったお酒の味がする水なのよ。しかも酔いが残りにくい」
 酒の味がして酔うのは、やっぱり酒ではなかろうかというレオパルドの疑問はさておき、どうやらディアドラは今日のために、まだ酒と規定されていない、新種の酒を持ち込んでいたようであった。
「飲まないと自分の腹なんて明かせないわ。念入りに飲んでおかないと」
 どういっていいものやら悩むレオパルドに、桂は肩を抱いてにっこり笑う。
「レオパルドくん。 こんな時こそぱーっとするのがいいんじゃない。嫌な気持ちも残らず吐いてしまえば、楽になるしね。‥‥あの子はどうかわからないけど」
 最後の方の言葉は非常に冷静で、そして目は一つもテミスから離れていないことを知らされた。
「異常、感じる?」
「あの異端審問の惨劇の後なら全員普通に見えますよ」
 桂の言葉にレオパルドは小さく答えた。テミスさんはひどく傷ついているようで精神を病んでいるかもしれないと北斗やリーディアは言っていたが、理由を知っている二人にはあれで普通だ、と思えていた。
 だが、否定しかかった瞬間ダモクレスの剣がレオパルドの本能に告げた。
 なんだか嫌な予感がする。
「まさか‥‥」
 レオパルドがヘキサグラム・タリスマンを起動させた瞬間、異変が起こった。


「厳しい道のりだとは思いますが、がんばってくださいね。それでは私たちからほんの小さなお祝いですけど‥‥」
 お茶で一服したシェアトがそう言うと、カレンと共にアストレイアが好んでいるという賛美歌を歌い始めた。

「名誉と栄誉を 受くるは誰ぞ 十字の御印を かざして進み
 いかに阻むや 光の御国 今しも行かばや まことの道を」

 メロディーの魔力を乗せて歌うそれは、聴衆に力を与える。
 それは音楽を冒涜したデビルも聞いているだろう。私たちの信仰の決意をきっと悔しがっているに違いないと思うと、シェアトは笑みが自然とこぼれた。
 だが。
「ち、し‥‥」
 シェアトはひどい目眩に、思わず膝をついた。ぐらつく視界の中で、仲間達も次々と頭を抱え、あるいはうめき声を上げていた。
「少し目眩と吐き気がするだけ、しばらくしたら良くなります」
 部屋の中央でスープ鍋を自らが運んできた鍋をひっくり返したテミスが静かに言った。
「アストレイア様、すぐにその魂を回復してさしあげます。ただいまより悪魔を呼び出して」
 テミスはそういうと剣を引き抜き、ディアドラへと近づいた。
 自分の出した茶の中に毒を混ぜていたな。アストレイアの茶にだまされて、テミスの料理には全くノーマークだったことにウェルスは悔やんだ。
「て、テミスさん‥‥」
「私は人を害することを恐れていました。だけど‥‥この女は例外です」
「ダメですっ‥‥」
 ラスティは目をつぶって、テミスを抱きしめた。
 しかし、テミスはそれを振り切ることになんの躊躇もしなかった。
「ラスティさん。この血まみれの女は殺されても当然です。無実の民を何百人も死に追いやったのだから。この女なら、殺せる」
 レオパルドに続いて桂がヘキサグラム・タリスマンを発動させ、止めるべくタックルを試みるが、テミスはすかさず剣で受け止め、勢いを逸らせる。
「苦しむ方々のために数多の祈りが捧げられています。‥‥テミスさん、あなたのためにも」
 リュリスから解毒剤をもらって一寸先に立ち直ったウェルスの言葉にテミスは少しだけ止まったが、また何もないようにディアドラに近づき剣を振りかざした。
「つくづく救われない人間ね」
 桂の攻撃を重装でやりすごすテミスの凶刃を前にディアドラはそう呟いた。

 シュ、パァァァァァァァッ

 血の噴水からゆっくりと、ぼんやりとした人影が姿を現した。
 艶やかな黒髪は漆黒のカーテンのよう。着物はジャパンのそれだが、色とりどりの着物は何枚も重ねられ、荘厳さをうかがわせる。そして細く澄んだ目は、見つけた者を深遠につなぎ止めるような深さを持っていた。
「絨毯の下にしかれた陣の幼稚なこと、これで悪魔を召喚しようとは片腹痛うございますな」
 人影はくすり、と笑った。聖なる結界の中であるというのに人影はまったく、桂やレオパルドの攻撃を寄せ付けない。皆の視線が固まる中で、人影は薄れながら笑った。
「しかし、その心意気は賞賛したいましょう。アストレイアの魂を取り返して差し上げまする。次の望月を楽しみにしておりなされ」
 結局それが消えるまで、結局誰も彼女に一撃も与えることはできなかった。