悲哀の瞳(邪眼)
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■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:7人
サポート参加人数:2人
冒険期間:03月19日〜03月24日
リプレイ公開日:2007年03月26日
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●オープニング
眠ればあの出来事が色鮮やかに戻ってきた。
そこは花畑。近くには泉もあってとてもきれいな場所。
だけど、急に空が曇って。何か来ると不安になるけれども私の体は動かない。
逃げなきゃ逃げなきゃと思ううちに、あいつらがやってくる。犬頭の怪物達が。
犬頭の怪物が、私を体を握りつぶしてしまいそうなほどに強く掴んで、顔を近づける。
獣の臭いがすごくて、血走った目がすごく大きくて、顔を覆う毛は一本一本までよくみえて、それらが全部生き物みたいに私を威圧する。
よだれでどろどろの口。
泣き叫んでも誰も来てくれなくて、犬頭達は笑い続けて。
そこでやっと悪夢は途切れてくれる。
「おじいちゃん‥‥」
「おお、ルフィア。大丈夫か?」
この集落の長を務めている爺が、文字通り飛んで、目覚めたルフィアを迎えた。親しみのある家族の顔を認識した瞬間、ルフィアはぼろぼろと涙をこぼして、爺にしっかりと抱きつく。この現実が少しでも夢の呪縛を解きはなってくれるようにと、強く強く。
「怖かったよぅ、怖かったよぅ」
「おぉ、またあの夢を見たのじゃな。大丈夫じゃ。もう大丈夫じゃ」
爺は孫娘をそっと抱きしめると、寝起きのくしゃくしゃの頭を静かに数度なでて、後はもう孫娘が落ち着くまでずっと姿勢を崩さずに様子を見守っていた。
ルフィアがコボルトの群れに襲われ、人質のように捕まったのは数ヶ月前の話であった。
幸い、冒険者が別件で訪れていたので、彼らにその救出を依頼し、ルフィアは傷一つ負うことはなかったが、まだ幼い精神はそうはいかなかった。
毎日のように、コボルトに捕まる夢を見てうなされる。誰かが慰めようと手を伸ばすと、誘拐しようとするコボルトの手がフラッシュバックするのだろう。強く萎縮して、時には火がついたように泣き出す。
冒険者達が、ルフィアに悪魔などがついていないか調べてくれたのだが、それも自分の無意識に何かされてしまったのではないかという心の重荷になったようで、言いようのない不安に押しつぶされて突然泣き出したり、閉じこもってしまったり、ひどく暴力的になることもしばしばであった。
ルフィアは元々両親が早くに死別しているし、シフールはどちらかというと好奇心旺盛な種族なため、兄姉もそうそうに旅に出てしまっている。ずっとルフィアと暮らしている家族は、この集落をまとめる爺一人だけであった。そんな寂しさがさらに拍車をかけるのだろうか。
10分ほどしてか、ルフィアの泣き声も止まり、吐息も元通り穏やかになった頃、ルフィアはゆっくり爺から離れ、シフール特有の羽を伸ばした。
「落ち着いたかの?」
「うん」
「そうか、それじゃ顔を洗ってきなさい。べっぴんさんが台無しじゃ」
爺の声にしたがって、ルフィアは目をこすりながら、ゆっくりと羽を動かして、足を地から離した。
そして、ふらふらと朝日が差し込む出口へと向かったが、その出口を作る柱に左肩を強打しそのままひっくり返る。ルフィアはまだ空中でバランスがとれるほど、飛行に習熟していないのだ。
「おやおや、どうしたのじゃ」
うずくまる孫娘を優しく助け起こし、爺はルフィアの顔をのぞき込んだ。
そこで爺はようやくルフィアの異変に気がついた。
「なんか、変」
ルフィアはぼそりとつぶやいて、爺の顔に触れようとするが、差し出した左手は空中をさまよっている。
彼女の目は青がかった緑をしている。集落の人にも、サファイアかエメラルドみたいだと言われたほどだ。だが、その左目はその賞賛を得たような色を成していなかった。
暗い茶色、琥珀やトパーズと形容できれば上品なものだが、濁ったその色は間違いなく、血が固まった色であった。
そして覗けば覗くほど、爺は背筋が寒くなった。瞳孔に浮かんでいるそれはまるで星のよう。角が六立つ、六芒の星。
「おじいちゃん、どうしたの? 私、どうしたの?」
爺の戦慄を敏感に感じ取ったルフィアがか細い声を上げ、掴まろうとするが、今度は手を出しすぎて、爺の体に手がぶつかる。遠近感が失われている証拠だ。血で汚れたあの瞳はきっと何も見えていないに違いない。
それよりも何よりも、爺はこの集落にずっと引き継がれている伝承が頭の中をよぎっていた。
邪眼を持つ者が、一族を終末に向かわせる。
と。
「ちょっとストレスが溜まりすぎて、目を悪くしたのじゃろう。ようし、ちょっくら都に出てお医者さんに見てもらおうじゃないか。都にはルフィアの好きな菓子もあるぞ。薬を飲んで、いーっぱい楽しめば、そんなのすぐ治ってしまうわい」
爺は笑顔でそう言った。ルフィアの心配そうな、泣きそうな目と視線を合わせられないほど、心の中は混乱していたが、取り乱してはルフィアがもっと傷つく。できる限り、平静を装いながら、ルフィアによそ行きの服を持っておいで、ぶつからないように気をつけるんだよと指示して爺も急いでパリにでかける準備をした。
医者に診てもらっている間に、冒険者ギルドに行こう。冒険者は様々なエキスパートがいるはずだ。原因追及もできるだろうし、傷ついた彼女を優しく癒してくれるのもいるだろう。目の悪くした彼女に歩行訓練など生活補助のスキルを教えてくれるのもいるかもしれない。
一族を終末に向かわせるなどと、そんな伝承信じてやるものか。ルフィアは邪眼の持ち主などではないのだ!
強く自分に言い聞かせながら、爺はパリに向かう準備を着々と整えたのであった。
●リプレイ本文
●塞がらない傷口
「おぉ、久しぶりだな」
爺の後ろに隠れて、おどおどと冒険者を見つめるルフィアに対して、大宗院奈々(eb0916)はぱっと花咲くような笑顔を浮かべて挨拶をした。そして何やら複雑そうな顔を浮かべる爺に対しても腕を広げて笑顔を浮かべる。
「また、あたしの胸に飛び込みたくなったか」
「飛び込んでおらんわいっ!!」
むきゃーっ! と歯が飛び出しそうなくらいムキになる様子を見る限り、まだかなり元気はありそうだ。緊張していた対面もそれで、場は和やかになった。それでも尚はにかんだ様子を見せるルフィアに奈々はひょいとつまみあげて、自分のたわわな胸の間に滑り込ませ、特等席としてあげる。
「お久しぶりですね。早く良くなる様に私達も御手伝いしますからね。一緒に頑張りましょう」
「どんな、ことでも、へへへ、へっ、へっちゃらだぜーい。元気だしてよー。僕もだすからさー。元気も天気もとにかくいろんなものだすぜぇぇい」
続いてジュネこと、ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)が挨拶をし、その横で調子っぱずれでハイテンションなスエズラ・マッコイ(eb8381)が歌いながらの挨拶である。もうここまでくると緊張なんて欠片もない。
「あ、うるさくない?」
人一倍聴力も音感も優れているガブリエル・プリメーラ(ea1671)にとってはひどい騒音だったため、心配してルフィアに声をかけるが、ルフィアはそれほどでもなさそうであった。
目の病気は聴力の異常も伴うと聞いたことがある。やっぱり目の病気?
「ルフィアさんの目は怪我かもしれませんので、リカバーをかけてよろしいですか?」
ルフィアは反対することもなかったので、ウェルス・サルヴィウス(ea1787)は申し出通り、彼女の茶色く濁った瞳の上に手をかざし、神に祈りを捧げリカバーを行った。
「あ‥‥」
すると、魔法のオーラを映す茶色だった瞳はみるみる内に海のような碧さを取り戻していく。
「わぁ、治った!!」
「おぉ!! ルフィア、こっちの目でワシが見られるか!?」
瞳の変化に皆は目を見張り、興奮した爺がルフィアに声をかける。
「んー‥‥なんかぼんやりしてる」
視力が戻った!
「ルフィアちゃん、良かったね!!」
目線をルフィアと同じ位置まで落とした明王院月与(eb3600)が嬉しそうににこにこと笑って言った。
だが、その瞬間。ルフィアの表情が凍り付いた。
「い、ぁ、いやっ、いや、イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!、」
「いたたっ、どうしたんだ!?」
絶叫を上げ、暴れるものだから、胸の中に入れていた奈々はひどく胸元をひっかかれることになった。奈々の元から飛び去り、気が狂ったように暴れるルフィアを取り押さえるのは至難を極めたが、国乃木めい(ec0669)がメンタルリカバーを唱え、彼女の狂乱を沈めると、ルフィアをようようと抱きしめ宥めた。
「もう大丈夫ですよ。ほら、怖くない‥‥」
「か、かがみが。かがみが」
「鏡?」
皆があたりを探すと、ミラー・オブトルースを唱えたチサト・ミョウオウインがばつの悪そうな顔をした。おかしな術がかけられていないか人影から試したのだが。ルフィアの直感はそれを上回っていたようだ。
「もう、大丈夫。ほら、鏡はないから。‥…あっ」
月与は部屋を広く指し示しながら、ルフィアの顔をのぞき込んだ。
涙で濡れた碧の瞳がみるみるうちに濁り、光を失っていく。
「元に‥‥」
「精神的なショックでしょう。またリカバーで治すことはできますが、何かの拍子でまた元に戻るでしょうね。繰り返しているとその内、魔法でも視力を取り戻すことはできなくなるでしょう」
重い空気に皆の口も開くのが難しくなった。ただ、一人を除いて。
「さ〜さ〜歌お〜う♪ 暗い気持ち吹っ飛ばして〜♪
辛気臭い顔なんて〜駄目、駄ぁ目ぇぇぇ〜♪」
場の空気なんてなんのその。詩人スエズラは負けずに凍り付いたこの空気を粉々に砕いていった。その調子っぱずれさに、思わずジュネがくすりと笑い出す。
「そうですよ。魔法である程度は回復することもわかりました。良くなる様にできることはまだまだあります」
●連綿と続く暗示
夜。
ルフィアは1時間か2時間おきにうなされてはひどく泣きわめいた。時には絶叫と共に起きあがることもあった。
瞳をこぼれ落ちそうなくらい目を見開き、嗚咽を漏らすルフィアに、ジュネは手を握りしめて優しく声をかけ、めいがメンタルリカバーを使って落ち着きを取り戻して眠りへと誘った。
「メンタルリカバーも一時しのぎですね‥‥」
「夢を見る毎に癒された心もまた傷つくのでしょう‥‥精神、というより魂が傷ついているのかもしれません。癒えるのには長い時間がかかりそうです」
再び、眠りに落ちたルフィアを見ながら、そんなことを小さく話した。
魂が傷つく。めいはそんな言葉に心の古傷がうずいた。
「‥‥不安な思いを植え付けてしまった、愚かなおばあちゃんを許して下さいね」
世の中とはこうも繰り返されるのだろうか。この贖罪が果たされるのは、いつの日か?
そんな眠れない夜を過ごしていたのは、隣の部屋も同じであった。
「村に伝わる伝承について、詳しく教えてくれませんか?」
ガブリエルとウェルスが昼も夜もなく、邪眼からの救出法を探し求める深い目の皺を覆うように黒い隈ができあがっていた爺に尋ねた。
「悪魔の活動が活発なノルマン以外にも、古今東西、左右色が違って、邪眼邪視になるって伝承は多々あるわ。でもおじいさんの村の伝承がどんなものか、‥‥聞かないと。勝手な判断を下せないから」
ガブリエルの言葉に、爺は憔悴した声で伝承を語りはじめた。
北欧の古代吟詠法に近い節回しね。だとしたら彼らの真の故郷はノルマンではなくてドレスタッド方面なのかしら。ガブリエルは伝承を聞きながらそう感じていた。
「千の世界が 滅んでも 希望を絶やすな 我らの子よ
万の悪魔が 笑っても 守り続けよ 妖精の森
奥より風が 吹いたなら 勝ちどき上げよ 我らが子よ
蝶が樹より 舞い昇ったら 咲き続けよ 風雷歌
今日から世界が 変わったら 帰り還れ 我らの子よ
害され悪魔が 睨んだら 還り続けよ 生命の花」
「害され悪魔が睨んだら、というのが邪眼の持ち主、ということでしょうか?」
「言い伝えではそうなっておる。わしらの観念では生命は大きな自然から派生してできあがったと考えられており、死すことによってその本流に戻ると云われておる。故に『還り続ける生命の花』は、生命が散ることを意味し、その直前の『帰り還れ 我らの子』というのは一族全体がその流れに乗るということじゃ」
迷信と言い切るのはたやすいが、それにしては若干材料が足りず、むしろ含みはあるものの予言であると考えた方がどうしてもしっくりしてしまう。
「これは預言の歌、になるのでしょうか」
「この歌を作ったのは、悪魔の大群を退けたという賢者キロンじゃ。彼は再び悪魔が群れを成して襲い来る日のために、として28行の文句を残した。今のはその内の6行じゃ」
「この伝承に続くものは?」
めいの質問に爺はあるが妖精の森に関することで、その後集落やシフール達の事についての言及はない、と答えた。
「そう。可能性はまだたくさん残されているわ。伝承の解読法なら吟遊詩人ギルドにもいくつか資料があるし、そっちにあたってみるわね」
ガブリエルはそう言いながらも、密かに決定打となるものを見付けるのは難しいだろうという気持ちは持っていた。あれを調べるには高度な知識。加えて詩や文学の知識も加えて必要になりそうだ。
「私は教会へ向かおうと思います。教会なら目に関することや、悪魔に関する知識もあるでしょう。目の異変だけで『滅ぼす邪眼』になど、してはなりません。何を見、何を映すかが大切ではありませんか?」
見上げる爺の顔にウェルスは穏やかな笑みを浮かべて、手を差し出した。
「‥‥すまん」
爺は両の手をウェルスの掌を握りしめて、わなないた。
●闇を払う朝日
「おおぅ、べいべー♪ 君はなんてきれいなんだー まるで、熟れきって虫に食べられた果実のよう♪」
みんなから愛されるとか言いたいのだろうが。それ、綺麗か?
スエズラの歌にみんなぶはっと吹き出した。
「腕も素材も良いからな」
「ルフィアちゃん、かわいい〜!」
まるごと猫かぶりを身に着けた月与は奈々の手によって変貌を遂げたルフィアの姿を見て、大きく声を上げた。
クセのある髪を軽くなでつけて、外ハネした髪にルフィアにはやや大き目になる羽根飾りを右側に飾り、目には薄いオレンジを。化粧には無頓着な爺では絶対にできなかったことであろう。
「これで後はナンパの技術を‥‥」
「それはやり過ぎじゃない? でも、オシャレするのはいいわね。お姉さん達と服を見に行こうか」
苦笑を漏らしながら、ガブリエルはルフィアに声をかけると、ルフィアは屈託のない笑みを浮かべて、行きたい! と元気に返してくれた。最初のおどおども昼夜を共にするにつれ消えてゆき、今ではすっかり普段通りの明るい笑顔を見せてくれるようになった。
「ちゃんと飛べますか?」
「昨日、練習したから大丈夫だもん」
ルフィアはそう言うと、羽をはばかたせて浮き上がった。ついつい右へ右へと寄ってしまいそうになるので、それはジュネの衣の裾をつかみながら位置を調整していく。
「そうそう、上手。それでは行きましょうか。私たちの誰かの頭を目印にしてくださいね。疲れたら手を出しますからそこに着地してください」
まだ訓練は完全ではなく、どうしても遠近感を掴めなかったり、飛行途中で気分が悪くなったりすることもあったが、それも少しは軽減されたようであった。
「調べはどうじゃった?」
道すがら、こっそりと尋ねる爺にウェルスもガブリエルも明確な返事を返すことは出来なかった。
「教会での邪眼の説話は悪魔がもたらすものがほとんどでした。しかし、天使のように美しい瞳を人々の争いのために捧げたという聖女もいらっしゃいます」
「民間伝承で、有力なのは人の悪事ばかりを映す鏡の破片が目に入ったという男の子の話ね。それを癒したのは温かい心とか涙とか諸説あるわ。ただおじいさんのところの伝承と相違が大きいから確証はちょっといえないの」
二人の言葉に爺はほっとしたような、また諦めのついたような笑みを浮かべた。
「ありがとう。‥‥明確な手がかりとならなくてもそんな逸話があることはきっとルフィアの力になるじゃろう」
一人で背負い込んでいた苦しみの荷が下りたのか、ルフィアを眺めながらつぶやいた。
そのルフィアは花屋の前で楽しそうに美しい花々を眺めていた。
「綺麗な花っ」
「本当だな。ルフィアも見る目があるじゃないか。花を愛でる人は優しい人と男の人にも好感度がたかいのだ」
「奈々お姉ちゃん。ち、ちょっとそれはルフィアちゃんには早くない? あ、お姉さん。そのマリーゴールドもらうね」
奈々の言葉を慌てて押さえながら、ルフィアの欲しがっていた花をもらい、それを渡した。
「ルフィアさんは花が好きですか?」
嬉しそうな顔でマリーゴールドの花弁に手を入れて、花蜜をすくい取って口に入れるルフィアにウェルスが問いかけた。
「うん、好きよ」
「鳥や木々、空は?」
「大好き」
「おじいさんや、里の皆さんの笑顔は?」
「好きだけど、目のことみんな気にするから本当に笑っているのか心配‥‥」
俯くルフィアに月与がささやく。
「大丈夫。その目の星だって本当は邪から身を守るものなんだよ。きっと神様が守ってくれるから!」
「そうですね。心の目で美しいもの、やさしいもの、愛しいものをたくさん見るように、そして大切にするためのきっかけかもしれません。大切にしたそれらのひとつひとつがルフィアさんを護り、援けてくれます」
ウェルスの言葉にルフィアは分かったような、分からないような顔をして、こくり、と頷いた。
そんな向こうからジュネが声をかける。
「広場でスエズラが演奏会するみたいですよー」
「耳栓準備しなきゃ!」
「おれの歌をきかんかーーーーーっ。いえーい!!! さぁ、さあさあさあさあ、ニッと笑ってぇぇ♪」
「ぎゃー!!! やめろこの音痴っ!」
広場の人々を巻き込んだ喜劇のような一時にルフィアは心からの笑い声を存分に上げたのであった。
●優しい痛み
「ルフィアさんの瞳が破邪の瞳だと言い切れたらよかったのですが‥‥」
めいの調べた結果では、破邪の瞳と呼べる瞳にかような眼は存在していなかったのに対し、悪魔に邪眼をもらった者の中には同じような瞳を持つ者がいたという。もちろん怪我と偶然の産物である可能性も捨て切れてはいない。チサトのミラー・オブ・トルースは何の影響も見えなかったというし。
「いや、それだけ調べてくれたら十分じゃ。おぬしらにはたくさんの物をもらったしの‥‥これに加えて真相までもらうのはきっと貰いすぎになるじゃろて」
爺は申し訳なさそうにするめいに笑顔で答えた。彼自身はある程度、向き合う覚悟が出来ていたのであろう。
だが、ルフィアはそうはいかなかった。
「やだー、やだっ、いかないで。いっちゃヤだぁぁぁ!!」
ルフィアは月与にしがみついて離れなかった。
「ごめんね。あたいも一緒に居たいんだけど‥‥このまま怖い思いや悲しい思いだけ、ぎゅぅ〜〜〜って押し出せたらいいのに」
月与も離れがたく、ルフィアをぎゅうっと抱きしめて返す。こんなに頼ってきてくれる子を離したくなんかない。
「これ、ルフィア。皆さんは忙しいのじゃ。無理を言ってはならんじゃろ」
「やっ、いやっ。ママやお姉ちゃんと居たい〜!!」
ずっと手にとってくれていた冒険者達の温もりは、ルフィアにとって離れがたいものになってしまったようであった。
「こりゃ、ルフィア!」
叱りとばし引きはがそうとする爺に、ガブリエルがそっとそれを制した。
そしておもむろに彼女は温かい声が呼びかけるように歌い始める。
「 ♪さぁさ友よ、顔上げ今歌え 春と芽吹く花の夢を聞け
追いすがる冬闇の手は最早なく 今目閉じ俯かせるはそなた自身
目を開けよ、ほら 手をつなげ 外へ出よ、ほら
肌を撫でるは友の手か、風の腕かすぐわかる
暖かな地で生命を歌え♪ 」
「ルフィアちゃん‥‥」
もう見えなくなったルフィアと爺の姿を追って、月与は最後までその場から離れなかった。
「今度は私たちから会いに行けばいいじゃありませんか」
寂しそうな背中をめいが優しく手を当てて、月与にほほえみかけた。
今度はお茶をもって会いに行きましょう、と。