殺戮の彼女(キラードール)
|
■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:9 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:16人
冒険期間:05月10日〜05月15日
リプレイ公開日:2007年05月22日
|
●オープニング
「き、きさま、何者だっ!!?」
貴族の身なりをした男は浮き足立ちながらも剣を構え、浮かび上がる女の影に立ち向かった。その後ろにはまだ少年と、そしてそれを庇う彼の妻がいる。男は引くわけにはいかなかった。
たとえ、この家に住まう衛士の類の総てがこの女の術中に落ちて、主君である男に刃を向けていたとしても。
「しがなき楽士でございます。今日はこの家の破滅を歌いに参りました」
その言葉が言い終わらぬうちに、男は人影へと突進し、先手必勝とばかりに剣で斬りかかった。
が、彼らを取り囲む者達がそれを許すはずもなく、さしたる力もない男はたちまちに完全に抵抗力を奪われる羽目に陥った。
「貴様たちっ、何を考えておる、これは反逆行為だぞっ、はなせ、はなせっ!!」
「大した政もできず、体裁ばかり立派。弁が立つといえば聞こえはよいが、口先だけのこと。臣下の心一つ満足に捉えてやれぬ男の言葉ではありませぬな。心の奥底からわき上がる気持ちを歌ってやれば、皆もう迷いもありませぬ」
ほ、ほ。と女は笑って、男の前に立った。
言葉遣いは古めかしく、鼻につくような感じではあるが、よく見ればぞっとするほどの美女であった。長いまつげから覘くぬばたまの瞳はもの悲しげで正視すれば引き込まれそうだ。長い黒髪は毛先まで整っていて、その下から見える色とりどりの衣と混ざり合って、視覚を幻惑した。紅の唇、白い肌。これが幻影のような姿でなければ、このような出会いでなければ、男の心はたちまちに乱されていたことであろう。この状態でも、心が揺らぐのだから。
女は男のそばを通り過ぎ、彼の妻子の元へと向かった。
「まて、妻と子供に危害は加えさせんぞ。まて、まってくれ!!!」
「危害? ふふ、ご安心召され。少し私が煉獄に取り置いていたいたモノを預かってもらうだけでございまする」
女はその衣の袖から浮き上がるように姿を現した二つの白い珠を男の妻と、その息子の前に差し出した。
「人はこれを魂と呼びまする。しばしお預かりくださいませ」
妻は拒否を示したが、人影がどうこういうよりもずっと早く、周りを取り囲んでいた者どもが近づき、短刀で腹をえぐった。そして魂を無理矢理に詰め込み、ポーションで無理矢理その傷を消していく。それは懸命に庇っていた息子も同様であった。絶叫をあげようが腹圧のために内臓がこぼれそうになろうがお構いなしだ。
「魂の温かみを感じるでしょう。子を持つ身なれば、その温かみもよく知っておるでしょう」
「ま、待て。それは誰の魂だ? だ、誰が取りに来るというのだ‥‥」
問いかける男に、女の人影はくすりと笑った。
「詩の末尾を聞くとは、まことに野暮なこと。何日かすればすぐ理解できましょう」
●
「魂はほしいかい? 敬愛する人の欠けた魂返してほしいかイ。ヒーホホホー」
テミスが目覚めたのは、真夜中に小さく響く甲高い声であった。
「約束通り、魂を返しに来たヨ」
牢獄の小さな監視窓に腰掛けるデビルの姿を見て、テミスは体を起こした。それが、リリス・リディアであることは暗闇であっても十分理解することができた。監視の兵士がいたはずだが、反応がないところをみると眠らされたか、魅了で前後不覚に陥っているかのどちらかだ。
しかし、テミスにとってはそんなこと、どうでもいいことであった。待ちに待った瞬間なのだから。
「どこにあるの‥‥?」
「あなたのオ・ウ・チ。うふふ、憎らしいお母さんと弟くんのお腹の中にねじ込んであげたのヨ。下手に傷つけたら傷を治すためにアストレイアちゃんの生命力、使っちゃうかもネ。取り返すときは、まず首をはね飛ばすのヨ。それか、ハラワタをその手で引きずり出すか」
家族を殺せ、と?
テミスの時間がぴたりと止まった。
悪魔の眷属になる手段として、最愛の人物や身内の生命を捧げるという話をテミスは十分知っていた。それはつまり、アストレイアの代わりに地獄へ赴くことを意味する。
誰かが言っていた。もし契約すれば、今度はあなたの魂を使ってアストレイアに契約を持ちかけることでしょう。と。
また、騎士見習いが泥をかぶって済む問題ではない、と。
でも、だけど。
「一つはアストレイアの魂か。もう一つは誰のだ?」
そんな低い男の声が響いた。この城の主であり、そしてテミスの主君となるべき人、ウード・ユスティースその人だ。鋭い目つきは鷹のようで、気迫は空気を張りつめさせて、そばにいるだけで息をするのも忘れて倒れてしまいそうである。
「あラ、起きてたのネ」
「侵入者が来るのが分かって、何の準備もせぬと思ったか。小童。答えろ。二つめの魂は誰のものだ」
「ここにいるテミスちゃんのモノ。テミスちゃン、見て分かるようにたどり着くには多くの困難があるワ。冒険者もきっと止めに来るだろうシ〜。だけど、あんたは素手。鎧無し、道具無し。ま、たちまち捕まって、異端審問送りネ。あ、そんな面倒なことしないか。アストレイアちゃん共々、デビノマニとして処刑よ、ショケイ。火あぶりにして、八つ裂きにして、手も足も失った状態で、首くくられて、腐り落ちるまで放置ね。きゃー、人間ってコワーイ。
そうなる前に、
チ カ ラ
ホ シ ク ナ イ ? 」
ウードが剣を振るってリディアに攻撃する。剣圧だけで小さな監視窓を吹き飛ばし、奥の壁にまで傷を付けるが、リディアはまるで予期していたかのように、牢内に滑り落ちてそれを回避した。
「あなたは死ぬか、契約するか、二つに一つヨ。でも安心シテ。特別大サービスでテミスちゃんの魂、無事に取り返したら、それも返してアゲル。その時点でアンタも人間に戻れるから、万々歳よ? どーぉ?」
ばんっ!
すぐにウードと二人の少女を隔てていた扉は開かれた。
たいまつの光を背に受けてシルエットだけ浮かぶウードの姿。
「悪魔の戯れ言には耳を貸すな。悪魔の投じる『賭』に分の良いものなど一つもない」
ウードはそういうと、飛び回るリディアに剣を振り上げた。
どすっ
鈍い音と共に血が剣を伝って滴り落ちた。
「あは、アハハハハっ」
リディアが狂ったように笑い声をあげた。その手には作り上げられたばかりの白い珠が握られている。
そう。ウードの剣が振り下ろされるよりもずっと早く、テミスが生命と引き替えに得た真黒い刀身の剣は、鎧の隙間を縫うようにして側面から胸を貫いていた。
「て、テみ、‥‥」
「分のないことは百も承知。だからこそあなた如きに止められるわけにいきません。
お父様もお母様も弟ができてから私に見向きもしなくなった。ならば縁も切れたと同じ。首でもハラワタでも切り裂いてみせます。私はただアストレイア様がご無事でいるだけで良いのですから」
冒険者の人たちが止めようと、もはや振り返らぬ。どの道、もう戻ることもないだろうから。
倒れたウードを踏み越えて、テミスは走った。止めようとするかつての先輩も友人も皆殺しにして、自らを強化できるものはすべて奪ってただ走る。
血の絆を断ち切りに。
●リプレイ本文
●テミス
「この一連の事件にしがらみの無い者の意見として言わせてもらうが、今回のテミスの行いには同情の余地はない。彼女はすでに罪を重ねすぎている。このまま斬り捨てるのが妥当な判断だろう」
デュランダル・アウローラ(ea8820)の問いかけは最も当を得ていた言葉であった。主君を刺し、悪魔と契約し、仲間を殺し。どう考えても助けるような存在ではなかった。
しかしそれでもリュリス・アルフェイン(ea5640)は迷うことなく答えた。
「斬って済むなら頭悩ませてねーよ。敵のシナリオにはいつだって『テミスを見捨てる冒険者』があったはずだ。オレ達はそれを回避するために、敵の予定外の結果を求めて動いてたんだぜ?」
そんな存在でも救う。リュリスの言葉にデュランダルは頷いた。
その想いにきっと価値はあるだろうから。
「作戦通り、いくぞ。行かせるなっ」
シャンパーニュ家の邸宅にたどり着いたリュリスは皆の前で大きくそう叫んだ。シャンパーニュ母子の確保へ向かったメンバーはそれに頷き、リスターの情報を元に既に館の中へ侵入し始めた。残るレオパルド・ブリツィ(ea7890)、十野間空(eb2456)、ナノック・リバーシブル(eb3979)。そして不破、ラスティ、セイル、タケシ、修、奇の12人は、僅かに後ろから追いかけてくるテミスとその周りにいるだろうデビル達を打ち払うために足を止め、振り返った。
シャンパーニュ邸は周りに堀が張り巡らされ、橋が一つかかっており、それが唯一の道であった。今、この橋の両端で冒険者達が陣形を整え、正反対の方向から軍馬にまたがったテミスが周りにインプ達を取り巻きながら、全速力で駆け込んでくる。
異形の者達が咆吼をあげながら、冒険者達に襲い来る。その数は数十。禍々しい群雲のようであった。
オオオオォォォォォォォォっっっっっっ
一斉にそれぞれの得物を抜き放ち、魔法を使う者は詠唱を開始した。
「弱くなったな、テミス‥‥」
そんな中、ナノックの呟きに呼応したかのように、アイギスが翼をはためかせ、天を駆け始める。
取り巻きのインプ達がその飛行を邪魔するかのように突っ込んでくるが、風ごとなぎ払うようなアラハバキの前に立ちふさがることができようはずもなかった。
「キギィィ、ぎぃ、キキっ」
それでもインプ達は数で押し、アイギスの体に取りついてその羽をもごうとした。2,3匹かわすことなどどうとでもない作業だが、数が増えるにつれ、次第に乗り手であるナノックの意図に素直に従えない状況に追いやられていった。
明らかに統制の取れた攻撃。空はそう判断すると詠唱の終えたムーンアローをときはなった。
「月の光よ、矢となりて我が敵を討て。敵の名は我に最も近しきリリス・リディア!!」
空の詠唱に応じて、ムーンアローがテミスの馬の頭部に腰を落ち着けていたリディアに直撃した。
直後、ちらばっていく灰。
「っ!?」
アッシュエージェンシー!!
リディアを探る者と認識された空は逆にインプ達が襲いかかる。邪悪な爪が視界の中で存在感を大きくしていく中、突如鈍い金属音が響いた。
「仲間を傷つけるようなことは、させませんっ」
レオパルドとセイルがそれぞれの武器で攻撃を受け止めていた。
その間にもテミスはインプを壁にして、冒険者の間をすり抜けていく。奇の目つぶし攻撃も修のシャドウバインドも全速力の騎馬移動には効果を発揮しない。
最後に立ちふさがるのはリュリス。
「魂はオレ達が確保する。だからお前は‥‥大人しくしてやがれ」
双剣を構えるリュリスに対して、全くスピードを緩めることなく突き進むテミスの影が交錯した。
リュリスの左手に構えられたアルマスがテミスの剣と遭い混じる‥‥のは影だけだった。
「!!!?」
リュリスは太陽の光を一瞬にして覆い隠した軍馬を呆然として見やった。直線的なテミスならば必ず剣を交えるはず。だが、その直前でテミスは手綱を引いて、馬に天を駆けさせた。
軍馬はリュリスの数メートル後ろに鋭い蹄鉄の音を響かせて着地すると、そのまま一気に駆け抜ける。
「くそっ!!!」
ぐんぐんとテミスとの距離が離れていくと同時に、インプ達がその追撃をさせじとその道を防ぐ。
この邪魔なインプ達を切り倒していてはとてもじゃないが捕まえられない。レオパルドがラーンの投網で複数匹を捉え、ナノックがインプを雨のように撃墜していってもまだ半数が健在であった。
また、止められないのか?
ゴォォォォッ!!!
絶望の色がにじみ始めた世界に、強烈な冷気を伴った嵐が吹き荒れた。
「まだ、諦めるのは早いですよ。それこそが楽士の狙いでしょう」
振り向けば、冷気のブレスを吹き終わった希望(いのり)を従えた空がにこりと笑った。前を塞いでいたインプ達はその威力に陣形を保つことは出来なくなっていた。
心が不思議と落ち着き、可能性を模索する力が蘇ってくるのは、ラスティのメロディのおかげか。
「‥‥まだ中には母子保護に回っているいる人達がいます。可能性はまだ0ではありません」
レオパルドはそう言うと、タケシに依頼し、レジストデビルを突入メンバーにかけ直していく。
「行きましょうっ!!」
●母子1
「リスターの情報力は大したものだな」
李風龍(ea5808)は感心した声で屋敷の中を見回した。彼の言葉通りの構造と敵数を目の当たりにすると、その隠密能力の高さに驚かされる。
「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」
リト・フェリーユ(ea3441)は兵士の小隊をストームが吹き飛ばし、続いてデュランダルが兵士の武器を叩き折り、風龍と玄間がスタンさせた上で、ロープで縛り上げた。時間はかかるが確実に一人ずつ殺さないように無力化していく。
「あなたたちは‥‥操られているのです。どうか、目覚めてください」
「貴様達こそ操られているのだろう。貴様達の方が、悪だ」
チサト・ミョウオウイン(eb3601)が説得を試みるが兵士達はまるで信用しようとしなかった。
操られているの意味が違う。
あれは、ミーファと同じだ。テミスと同じだ。自らの意志で彼らは戦っている。
「これは楽士という悪魔が仕組んだ‥‥」
「説得するだけ無駄よ。主君に牙をむいた以上、彼らは戦闘をやめることはできない。それが楽士のやり方。ゼロとマイナスを選ばせる案内人」
平然と倒れた人の上を踏み越えていくディアドラの後ろ姿をチサトは悲しい気持ちで眺めた。しかしそんな時間すら現状は与えてくれない。新たな兵士達が武器を構えて一行を止めようとする。
「ここは俺が食い止める‥‥先に行け」
デュランダルが階段の入り口に陣取り、一行を奥へと進ませた。母子の監禁されている部屋は二階。まだ兵士達はいるが、この階段で食い止めれば、半分以上を足止めすることができる。
「すみません‥‥お願いします」
「母子を確保したらすぐ戻る。それまで、頼む」
「お願いするね。でも、気をつけて‥‥楽士の狙いはたくさんの魂だって。ミフが言ってた」
そんな言葉で見送られると、階段を背に半円形に兵士達が取り囲む中、静かに目を閉じて言った。
「心眼に死角は、ない」
闇の世界に映る気迫の固まりは震えながらも突撃していく。武器が壊れようが全員で突撃して少しでも手傷を与えようと押さえ込む。
だが、数激受け止めきれずにいてもデュランダルの勢いはまるで止まらなかった。魔法の装備を含んだ厚い防備を誰も貫くことができない他、リトがあらかじめ設置しておいたライトニングトラップが発動し、それが警戒の種となって動きをさらに鈍くさせた。結局、何人もの剣や手がデュランダルに触れても、その肌を切り裂いた者は一人もいなかった。
「たわいもない」
デュランダルは戦場に背を向けた。
が、そこから体が動かなかった。
決して血の流れない戦いをしていたはずなのに。
そこは血の池地獄であった。
●母子2
「か、金か? 名誉か? な、なんでもやるぞ。こ、こうみえても私は王族と親しくて、だ、だから、い、命、命だけはっ」
冒険者を見るなり貴族の親子はそう喚いた。不憫なほどに顔を引きつらせて涙をこぼす目は今にもこぼれ落ちそうで。
「助けに来ました。信じていただけますか?」
親子から少し離れたところで膝をついたリトは優しい口調で話しかけた。その後ろから、チサトも声をかける。
「あなた方に埋め込まれたのは、テミスお姉ちゃんとアストレイアお姉ちゃんの、悪魔に奪われた魂です。テミスお姉ちゃんは、それを取り返そうとしています」
その言葉に、親子は正気を抜かれた顔になった。
「そ、そんな。なぜ姉さんがそんなことを。姉さん。一家の恥さらし!!!」
感情が不安定なのだろう。今度はひどく憤慨すると、殺してやる。と暴れわめいた。
弟はもう止めどもなく涙を流し、母は嫌悪と憎悪の顔で、腹をかきむしった。
「御二人の命を守るためにも‥‥私達に摘出させて下さい」
「も、もちろんだ。早く、早く! そしてテミスを殺しておくれっ」
娘の殺害を依頼する父。自分の娘の魂かもしれないとしても今すぐにでも取り出してしまいたいらしい母。恥さらしと罵る弟。楽士の所為だと分かっていても、切なさで身が切られるようであった。
「ここじゃ、危ないから安全なところへ行くぞ。テミスはもうそこまで来ている。仲間が食い止めているはずだが‥‥」
風龍がそう言った瞬間、背にしていた扉が吹き飛んだ。そして現れる軍馬と、黒い刃を手にした女騎士の姿が。
「アストレイア様‥‥今、その魂をお持ちします。もう苦しむ必要はありません‥‥」
「救う方法はあるの。あなたの魂もアストレイアさんの魂もっ! だから私たちに任せて!!」
リトが叫んだが、テミスはそれを聞き入れるような顔はしていなかった。
「させない‥‥そうやって奪うんでしょう? 幸せも希望も、夢も‥‥」
テミスの声は、泣いていた。無力さにうちひしがれた少女の叫びだった。
刀身がどす黒い輝くをもって閃く!
ドガッッ
「悪いが、全力で止めさせてもらうっ」
軍馬の首を下から錫杖で強打し、動きを止めたのは風龍であった。激痛に悲鳴を上げた馬が大きくのけぞり、騎手であったテミスを振り落とした。
テミスは即座に立ち上がると馬を壁にして、そのまま父親の元に走った。あくまで目標は自分の家族であり、魂であるようであった。
チサトやリトが魔法を使っても、止まらない。剣が振り下ろされる。
しかし剣は淡く光る壁を散らせたが、父親の命にまでは届かなかった。
ホーリーフィールドだ。テミスが後ろを振り向くとそこにはウェルスが立っていた。そしてリュリスも。追撃してきた兵士にはリリーが入り口にダークフィールドを張って阻害していた。
「アストレイアさんは平和と流血、愛する者の生と死、幸せと闇に堕ちる事、どちらを喜ぶでしょう」
「いい加減、落ち着きやがれ。おまえが戦う必要はもうないんだ」
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
半狂乱になってテミスは剣を振り回した。それを易々と剣で受け止め、ラングの刀身を思い切り叩きつけると、肩の骨が砕ける鈍い感触が手から伝わってくる。
その次の瞬間、風龍の錫杖が首筋を襲った。意識を刈り取ることはできなかったが、弱点を襲われて、視界がゆがんだのだろう。何もない空間をテミスの剣がよろよろと走った。
「‥‥誰もそんなこといってないだろ。おまえは十分頑張ったよ。がんばりすぎたんだ」
リュリスの双剣が振り下ろされる。
そこで、テミスの意識は途絶えた。
●楽士
狂乱したデュランダルは文字通り、敵がいなくなるまでその刃を振るい続けていた。めいがデュランダルにメンタルリカバーを行わなければ味方もその巻き添えになっていたかねしれない。
その上ディアドラも立ち向かった敵の全てを容赦なく打ち倒したため、敵となる相手は総て消え去っていた。
「血の海が‥‥見えた」
「楽士の仕業でしょう。きっとデュランダルさんのことをどこかで知って、イリュージョンで手を打ったのだと思います」
その隣では母と子の開腹手術を行っていた。薬草で強い眠りを呼び起こし、同時にイリュージョンのスクロールで感覚を奪った上で、リトが触診して魂の位置を確認、風龍がそれを取り出す。
「取れた‥‥」
血にまみれてはいたが、輝きは失われることのない白い珠。
その内、一つをテーブルに慎重に置き、もう一つ、弟の中に入っていた魂、はナノックが手に取った上で、空がムーンアローを唱えた。
「我が敵の名は、テミスの魂を持つ者」
ナノックの元にムーンアローは突撃していく。
「これが、テミスの魂か‥‥」
「本来あるべき人の所に返しませんか‥‥?」
レオパルドの答えに皆は頷いた。異論のある者は、いない。
ふふふ、おめでとうございます。
不意に頭の中に囁かれる声にリュリスは立ち上がった。
「リュリスさん?」
極悪人であっても助ける。素晴らしきかな、その意志。少しは過去の精算できましたか?
「っ、の、やろう!!!!!」
冷静な自分が囁きかける。だが、テミスは殺さずにすんだ。親子の生命も救った。魂も取り返した。目的は全部達成し、楽士の目論見は潰えた、ハズ‥‥
『この家の破滅を歌いに参りました』
『楽士の狙いは、たくさんの魂だって』
じゃあ、デュランダルを狂化させたのは、敵を容赦なく死に追いやるディアドラを依頼人として同行させて、母子班の兵士の足止めにという提案を余儀なくさせたのは。最初からそれを狙っていたためか?
遠い昔に聞いた言葉が戻ってくる。
どんな奇麗事を並べても勝った奴が正しいのさ‥‥オメデトウ冒険者! あーっはっはっは‥‥
リュリスは虚空に消えていった思念波に怒りを爆発させないように、歯ぎしりをして耐えた。
「なんでも、ない。ともかく、‥‥魂はさっさと返しちまおう。もう二度と余計な騒ぎに発展させないためにもな!」
すう、と音もなくそれは吸い込まれていき、テミスに少女らしい赤みが頬に挿した。同時に彼女の目が覚める。
「大丈夫‥‥?」
のぞき込むリトに、テミスは総てを悟ったようであった。‥‥そのままの姿勢で彼女は涙をこぼした。
「どうして止めたんですか。どうして、どうして私を殺さなかったんですか‥‥」
うわごとのように呟くテミスに風龍が厳しい顔をして言った。
「命を軽んじるな! 人の命も自分の命も平等に大切だ。それが理解できんからお前は平気で人を危め、そしてそんな弱音を吐くんだ」
その言葉にテミスは泣き崩れた。
ずっとこらえ続けた涙が溢れて、止まらない。
「殺して。平等というなら私を殺して」
殺戮人形が人の心を持ったとき。
その罪の重さに耐えられず、崩れ落ちる。
一同は静かにその泣き声を聞いていた。