スズランの花

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月06日〜05月11日

リプレイ公開日:2007年05月16日

●オープニング

「あなたに幸せがありますように」
 そう言って渡されたスズランの花をシャンゼリゼ厨房にそっと飾って、ミーネはなにやら考え事をしていた。
 ミュゲ(スズラン)の日。スズランをもらった人は幸せになるという伝承に基づき、人々は家の庭で育ててきたスズランを街角で渡しあうノルマン地方に伝わる慣習であった。

 ミーネももちろんその機会に人から貰ったわけなのだが。
「あの人の方が大変そうだったけど」
 スズランをくれた女の人は、明らかにすり切れた着物は土で汚れ、髪も手入れされていないらしくぼさぼさであったのを、カーチフで隠していた。毎日満足にご飯を食べていないためにやせ細っていたけれども、笑顔はとても清楚で綺麗だった。
 リブラ村の人か、それともセーヌ河沿いに住む人か。ここ最近の預言騒ぎで家屋を失い、仕事を失った災害難民は多い。パリの治安も悪化しているなどと囁かれる中、そんな人はたくさんいた。だけど、彼女は辛い様子を欠片も見せず、幸せがありますようにって言ったくれたその表情はとても優しかった。
 ミーネはといえば、シャンゼリゼの調理スタッフの一人。毎日目が回るくらいに忙しいけれど、お金には困っていないし、とりたてて不幸なこともない。親類はドレスタッド方面で過ごしており、毎月のやりとりしている手紙では最近姉に子どもができたという吉報が届くほどである。
「困ってる人たちの方がすごく親切なのってなんか変だよね」
 だけど、具体的にどうしたらいいものか。良い案の一つも浮かばぬまま、ミーネはふらふらと小休憩をとっているシャンゼリゼのホールに足を運んだ。

「災害募金?」
 ノルマン王家の紋章を付けた兵士が持っている箱に書かれた文字を見て、ミーネは小首を傾げた。
「そうそう。預言された災害で、たくさんの村が被害を被っているだろう? だから、みんなの真心のお金を少しずつ集めて、村の復興や物資の購入に充てようと思うんだ。ついては、これをシャンゼリゼに置いてもらおうと思ってね」
 兵士の言葉にはぁ、とミーネは生返事で答えた。世の中思い立つのはみんな同時期らしい。
 箱は急場をしのぐように作られたのが丸わかりで、愛想の欠片もない作りであった。災害募金とかかれた字もインクがにじんで見にくいことこの上ない。
 ノルマン王国からのお達しなら拒否なんかできようもないが、さりとてこれはちょっとひどい。片隅に置かれて、みんなから見向きもされなくなるのは目に見えていた。
 兵士はまだいくつも訪ねて回らないといけないから、と足早に立ち去ったのを見送ってから、ミーネはウェイトレスであり影の支配人と噂されているアンリ・マルヌにこそりと声をかけた。
「ねぇ、アンリ。この箱本当に設置するの?」
「仕方ないじゃないですか。お店の景観を損ねそうな感じですけど」
 やはりアンリも不満らしく、困った顔をしていた。
 アンリは店の雰囲気にはいつも気を遣っており、ひどい酔っぱらいや悪さをする者は客であったとしても容赦しない性格であった。たまにアンリ自身の黒い噂を囁く者もどさくさに紛れて始末しているという噂ではあるが。ともかく、そんなアンリもやはり他に方法があるだろう、という気持ちでいるのはありありと分かった。
 そこでミーネは突如ひらめいたアイデアを、アンリにぶつけてみることにした。
「ね、こういうのどうかな。災害募金用の特別メニューを作るの」
「特別メニュー?」
「うん、冒険者にちらっと聞いたんだけど、ジャパンの江戸でも大火事があってみんなが困っている時、酒場でそんなメニューが開発されたんだって。他の料理より少し金額が高めで、その一部が募金に回されるっていう仕組みなの」
「いいですね。それ! 期間限定メニューっぽくていいですよ。お客さんも喜んでくれるかもっ」
 ぱっと顔を輝かせるアンリの顔を見て、ミーネもまた同様に顔を輝かせた。
 この案いけるかも。
「で、どんなメニューにするの? やっぱり災害といえば鍋?」
「シャンゼリゼっぽいメニューじゃないよ、それ。どうせならノルマンらしい料理にしたいなとは思うんだけど」
 厨房の片隅に飾ったスズランの花を思い浮かべながら、ミーネは考えた。
 人の幸せを純粋に願うミュゲの日。この気持ちはきっと災害に困っている人へ差し伸べる気持ちにも通じているはずだ。
 だけど、スズランは残念ながら食べられない。スズランは全ての部分に強い毒を含んでいて、間違って口にすると死亡するケースもある。香りにも毒が含まれるという噂が流れるほどに強烈だから、食材にするにも添え物にするにも不適当だ。
「スズラン、スズランをテーマになにかできないかなぁ‥‥」
 幸せな気持ちを今度はあの人に返してあげるんだ。

 結局何も思い浮かばなかったミーネは一人で考えることを諦め、冒険者ギルドに相談した。シャンゼリゼのメニューの多くも冒険者が作り、そして人気のあるものを選んだものだ。
 冒険者ギルドもやはりあの箱が回ってきていたらしく扱いに困っていたようで、ミーネの話を好意的に受け取って、すぐに依頼を作って呼びかけてくれた。

 みんなで幸せにしてあげたい気持ちを呼び起こせるようなものはないだろうか。アイデア募集中である。

●今回の参加者

 ea2004 クリス・ラインハルト(28歳・♀・バード・人間・ロシア王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb0916 大宗院 奈々(40歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1165 青柳 燕(33歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb2735 スズナ・シーナ(29歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 ec2472 ジュエル・ランド(16歳・♀・バード・シフール・フランク王国)

●リプレイ本文

「ほう、これが話にあったスズランか」
 青柳燕(eb1165)は物珍しそうな顔で、シャンゼリゼの厨房でひっそりと咲いている花を見つめた。ミーネはそういうのを飾るのが苦手なためか、どことなく照れたような顔をして燕の反応を待っていた。
「可愛いお花ですよね。花言葉も‥‥。災害が訪れた人達にも小さくてもいいから幸せが訪れますように」
 優しい目で、おっとり微笑むシェアト・レフロージュ(ea3869)に言葉に思わず、ミーネは顔を真っ赤にしてしまった。きっと仕事一筋で女の子らしい一面、真心から生まれる素直な気持ちを横に置いていたのかも知れない。それに感づいた大宗院奈々(eb0916)がクスリと笑う。
「ダメだぞ。せっかく女の子なんだから、少しはそういう事も知っておかないとな」
「と、とりあえず料理だよ。料理を作ろう」
 ミーネはそう言うと皆を厨房の中央へと案内した。



「アヒルさん、がぁがぁがあ♪」
「どうしたの、があがあがあ♪」
 クリス・ラインハルト(ea2004)と明王院月与(eb3600)が一緒になって歌いながら、料理を作っていた。クリスはホワイトソースを混ぜながら、月与はパイ生地を型抜きしながら。作っている料理はまるで違うけれども、リズムは見事にそろい、楽しいリズムを刻んでいる。
 それを意図してかどうかはわからないが、ジュエル・ランド(ec2472)もパン生地を全身を使ってこねる作業もどことなくそのリズムに合わせているようであった。他の面々も知らず知らずに音に合わさっている。まるで風に揺られて音を奏でるスズランのよう。
 皆のアイデアを形にする料理人として、このシャンゼリゼの厨房を冒険者に入れている責任者として、目を離すことができないはずのミーネが、そんな冒険者たちの様子を一番よく見つめていた。
「みんな仲がいいですね」
「まあ、息はあっとるとはわしも思うな。だが、それほど珍しいことでもなかろう。チームワークというヤツじゃよ」
 燕は募金キャンペーン用の看板の絵を描きながら、ミーネにそう答えた。冒険者達も募金の話を聞いて、発想は悪くないにしろ、方法にいかんせん問題があるように感じていたようだ。だから、こんな看板も作ってくれるし、特別にウェイターとして宣伝までやってくれるという申し出をしてくれた。
「それって、仕事だからできるものなのかな?」
「仕事やからっていうのもあるよ。でも、できるならいい物にしたい、って思うことあるやろ?」
 同じく燕がスズランの絵付けをしてくれた皿に、クリームやフィッシュチップを並べていくジュエルがそう言った。押し黙るミーネの顔をちらりとだけ見ると、ジュエルは奈々に声をかけた。
「どうやろなぁ、大宗院さん、盛りつけどないしたらいいと思う? このクリームとかチップを花に見立てて、後で茎になるパンを起きたいんやけど」
「そうだな。皿にも絵があるから、それに似せるように置いたらどうだ。遠近感が出るかもしれんぞ」
 奈々はそう言いながら、ささっとジュエルの皿に手を入れていく。一見乱雑なようでありながら、うまくばらしてさりげない華やかさを作り出す。
「できるだけいい物を、か」
 どんな小さなことでもいい、善い事しましょうね。
 もしかしなくても自分より上手く盛りつけられた料理を見てミーネはジュエルの言葉を一人で繰り返した。
「ああ、そうだ。スズラン型のパスタってあるか?」
「あ、自作するしかないかな。生パスタを伸ばして切ればできると思うけれど」
 もちろん、昔から庶民に広く親しまれているパスタの中に、スズランに似た形のものもいくつかあるのは知っていた。だけど、取り組んでくれる以上はそれですましたくないだろうし。
 ミーネは貯蔵庫で眠っている生成途中のパスタをとって、引き延ばし、手際よくそれを指で細工してスズラン型に仕上げると、スズナ・シーナ(eb2735)がそれを引き取り、茹でていく。
「これは何の料理?」
「名付けてブライダルナイトだ。人が一番幸せな時はこれだと思って表現してみた。スズランの花言葉の『幸福の再来』は初夜の再来ってことだな。『純潔』はバージン、『意識しない美しさ』は初夜での女性の美しさを表現している」
 胸を張って嬉しそうに答えるとミーネは思わず咳き込んでしまった。そんな経験、再来以前の問題だ。
 お母さん冒険者のスズナもそんな説明を聞いて照れたように笑いながら、奈々の作るパスタ料理と共に自分のシチューの火加減を調整していた。それに加えてシェアトのパン作りも指導まで行い、達人ぶりを発揮している。
「ともかく、幸せの基本、美味しいものを食べる事とゆっくりと眠る事ですけれど、それらが訪れるようなものにしたいですね」
 果物の蜂蜜煮を軽く混ぜながら、微笑んで話すシェアトは、それに続けてこの料理も被害にあった人たちに届けれたらと思うのですけど。と独りごちた。
「喜んでくれるかな」
 自信がない。あの無償の優しさに返せるだけの喜びを与えてくれるかわからない。
 ちょっとでも喜んでくれたらと思う気持ちはどこまでも伸びていくんだけどな。
 ミーネはぼんやりとそんなことを考えながら、クリスの作ろうとしていたスズラン型ニョッキの形を整えていた。
「どうしたですか? そんな暗い顔してちゃダメですよ♪ ミーネさんも一緒に歌いましょう」
 怖い気持ちもどこへやら。
 クリスの歌声がそんな不安の欠片も吹き飛ばしてくれるようであった。
「アヒルさん、がぁがぁがぁ♪」
「さぁ行こう、がぁがぁがぁ♪」



 料理は一通り完成した。
 それぞれの試食はもっぱらアンリと、少しばかり心ここにあらずなミーネが担当した結果、どれもいいね、という反応が返ってきた。アンリファンクラブ会員のクリスにはそう言われただけでとてもうれしいものである。
「よっし、それじゃみんなにも周知徹底させないとね」
 OKをもらった月与はガッツポーズをすると他のメンバー達になにやら合図を送っていた。
「おお、そうじゃったな。ほれ、約束のものははできておるぞ」
 燕が立ち上がった女性冒険者にそれぞれ羊皮紙で作ったワッペンを手渡していく。そこには鮮やかな色彩で描かれているスズランの姿が。
「え、え?」
 依頼はここまでだったはずなんだけど。
 そう言おうとしたミーネに、月与が件の募金箱を差し出した。それはあの兵士が出したものとは同じ物とは思えないほどに綺麗に飾り付けられていた。質素な、というか貧相な木目調の木箱は白い布で覆われ、刺繍で募金の旨が刻まれていた。
「これから、みんなで臨時店員を務めるの」
「よろしくね、ミーネさん☆」
 呆然としている間に、クリス、シェアト、スズナがウェイトレス姿で戻ってくる。
 ピンクのブラウスに白いハーフエプロン。それからピンクの飾り縫いがついたキャップという姿。
「あ‥‥似合いますか? 制服‥‥」
 照れて、白い肌を赤く染めながらこそっと覗うシェアト。普段吟遊詩人として神秘的な衣装が中心になりがちな彼女の変貌には、きっと彼女を知る者は皆驚くであろう。
「うん、とてもよく似合ってるで。みんなの注目のまとやな」
 ジュエルはくすくすと笑うと扉の方へと飛んでいって、手を振った。
「さぁ、いくでー」
「こ、これで外出歩くのって、は、恥ずかしいですね‥‥」
「ナンパするにはちょうどいいと思うぞ。このまま店員として雇ってくれてもいいぞ」
「あ、アンリ、いいの、あれ?」
「シャンゼリゼの募金開始広告もしてくれるということらしいですよ。でも、大宗院さん。スタッフは間に合ってますのでごめんなさいです」
 依頼人のミーネの知らないところでそんな話が進んでいたとは。ミーネはもう唖然として、声も出なかった。
 でもちょっと羨ましい。その行動力がきっとたくさんの人を幸せにするんだろうな。

 募金広告という名はしているものの、それは実際シャンゼリゼによる『ミュゲの日』であったのかもしれない。燕が作った看板が立ち、シャンゼリゼの臨時オープンカフェが開かれた。
 そこにはまだ続くミュゲの日に集まり、幸せを交換する人々。
 そこには老若男女の別はなく、貧富の差もない。互いに互いの幸せを祈り、スズランを渡す。
「あなたに幸せがありますように」
 ベテランウェイトレスのスズナは慈愛に満ちた笑顔で、自身で作ったクルトンを浮かべたシチューを被災者の人に手渡した。
 被災者の男は驚いた顔でシチューとエプロンドレス姿のスズナの顔を見ていたが、その何物にも動じない笑顔に緊張と警戒を説いて、感謝の言葉を述べた。
「善意の募金もお願いするです♪」
 ニョッキのトリコロール仕立てを出した後、ちょっと威圧感の混じった顔で、新しい募金箱を手に、一般客にどぉです? と勧めるのはクリス。スズナより笑顔が基本ですよ。と教えられていたのだが、笑顔の種類が違うのは気のせいか。
「ブライドナイトだ。どうだ、幸せを思いだしてみたくないか」
 妖艶な笑みで、ブライドナイトこと、野菜のワイン炒めパスタを出すのはもちろん奈々。美形のお兄さんは思わずたじろいでおろおろとしてしまうあたりがかわいらしい。
「アストレイアお姉ちゃんやテミスお姉ちゃんにも届けてあげたいな」
 月与は御花畑の果物の詰め物とティーセットを集まった女性客に出しながら、遠い空を見つめている。
「メインディッシュは別メニューやで」
 そう言いながら、子供たちを相手しているのはジュエル。食器は上げられないが、その代わり燕と組んで、ワッペンのスズランを募金した人に渡す役目をしていた。
「お、お待たせしました。スズランパンです‥‥」
 ようやく気恥ずかしさも押さえ込むことができるようになったシェアトは二種類のスズランパンをお客に渡していたが、応援に入っていたミーネが一カ所をじっと見つめていることに気がつくと体を起こして、彼女の見つめる方をまたシェアトも見つめて、ようやく何かを悟った。
「スズランの花言葉は幸せの再来、ですよ」
 シェアトはミーネにワッペンを渡してそう囁いた。
 あの人がいなかったら、きっとミーネは依頼をしなかっただろう。自分より他人の幸福を祈ってくれたあの女性。
 おそるおそるミーネは近づいて、彼女に声をかけた。
「あなたに幸せがありますように」

 幸せは人と共にやってくる。
 ちょっとした勇気と行動力がいるけれど。

 今日はミュゲの日。
 幸せをあなたへと運ぶ日。

●ピンナップ

シェアト・レフロージュ(ea3869


PCシングルピンナップ
Illusted by maca