【死神の顔】聖人という悪魔

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:7 G 30 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月18日〜05月23日

リプレイ公開日:2007年05月30日

●オープニング

死神の顔は赤い発疹に覆われ、腫れ膿んでいる。
午前中に5人死に、午後にはさらに死ぬだろう。
人は散り、白い教会の塔、10の花壇の先には
数限りない墓標が並ぶだろう。


 その町に訪れた男の姿を、見忘れるような人間はいなかった。
 旅の衣からのぞく日焼けした肌と深い皺がちらりと町の人の目に止まっただけで、町人は期待と驚きのこもった眼差しを向けて、男に近づいた。
「アガートさん? アガートさんかい?」
 アガートは町人にとっては、聖人であった。そし再びこの町の入り口に立っている彼の姿は聖者の帰還と言っても良かった。
 ああ、間違いない。この町を救うきっかけを与えてくれた男だ。町全体が病魔にむしばまれ、滅びるかと思っていたところ、彼はやってきた。そして、一人を診察し、井戸を見ただけで、その原因を特定したのである。この町が行ってきた森林伐採を、そしてそれによって水はけが悪くなったことから、毒カビが地底に目覚めたことを。
 誰もが信じがたいことであったが、彼の言ったようにすると苦しんでいた人々はみるみる回復し、再発することもなくなった。
「おお、神よ。再会に感謝いたします。アガートさん、あなたがこの町に来てくれることを皆待っていた。私たちはあなたに礼の一つもしていない」
「気にするほどのことでもない。無闇な伐採は考え直すようになったか?」
 すがりつくような町人の顔を見つめることもなく、アガートは周囲の山々を眺めていた。豊かな自然の緑がこの村を覆っていた。遠景はともかく、この近景には森林が少ない。そこに代わりになるようにと苗木や草花が多く植えられていることはすぐにわかった。
「ええ、皆で取り組んで森の恵みを節度を守っていただくようにしているんですよ。ささ、どうぞ。町のみんなもきっとアガートさんが来て下さったことを歓迎するでしょう」
 町人に案内されながら、アガートは遠くの緑を眺め続けて、小さくつぶやいた。
「‥‥自然の中で生きること、人はそのことすら忘れたか」



「なんてひどい」
 新たな預言の事件かもしれないということで調査に来ていた冒険者のヴァレリアは呻いた。
 目の前にあるのは、動物たちの死骸であった。どれもこれも皮膚が炎症を起こして、ずるずるとただれていた。死骸は犬、猫、ネズミなど動物であれば種類は問わず、目の前にいる数だけで数十匹はいた。まだ生きている、いわば末期症状の動物もいた。もはや地面につけることもできない足をブルブルと震えさせる者達。それは見るだけで血の気が引いた。ペットをこよなく愛する彼女にとって、大量の死骸は見るに堪えない代物で正視することすらままならない。
「人間への被害はあるの?」
「村でまだ幼い赤子に同様の状態が発生しています。ひどい高熱とこの炎症が出ていて‥‥」
 抵抗力の弱い者順だろう。ヴァレリアの仲間であるプリエは直感した。
 そして先行してやってきていたヴァレリアに声をかける。
「例の解毒薬は?」
「使ったらましになった‥‥が、規模が非常に広大だ。近郊を見て回ったが三つ先の村まで全部で同じ症状が出ている」
 それだけではない、被害は少しずつパリへと近づいている。解毒剤はあっても被害数が尋常ではない。村単位で感染にかかるものだから、数十人、数百人が被害に遭っている計算だ。とてもじゃないが解毒が間に合わない。
「誰か、ここに来た旅人はいなかった?」
「いえ、あなた達が年明けてからの旅人です」
 旅人など悪意ある者が旅をしているわけではない。だとしたら、どうやって、この症状はやってきている?
 プリエは地図をにらみ付けながら、考えた。そして一つの仮定が生まれる。
「この辺りの水源は全部井戸ね?」
「ええ、そうですが」
「原因は地下水脈を通ってきている。とすると水源地は‥‥」
 プリエはスクロールホルダーから一本巻物を取り出すと、それを広げると同時に地図が燃え始めた。
 バーニングマップ。求めるはここから伸びる水源地への道。それはすぐに症状を発しているいくつもの村を駆け抜け、ジャルダンの町の南側を指し示した。
「ああ、そういえば。ジャルダンにアガートというすごい冒険者が滞在しているそうだ。町の救世主とか言われるような活躍をしたらしい」
「救世主だとか言われるヤツが親玉なんてパターンよ、パターン。だいたいアガートってデビノマニ容疑がかかっているブラックリストじゃない。同業者とやり合いたくはないけど、犯人は確定ね」
「信望非常に篤いというぞ。下手に討伐しにいったらジャルダンの人間が絶対に止めに来る」
 ヴァレリアが慌てて止めに入るが、プリエは聞いていなかった。
「ギルドで増援を頼むから一端パリへ戻ろ。冒険者の不始末は冒険者がとる。基本よ」
 そして、冒険者の再編成がなされたのは、それからすぐのことである。

●今回の参加者

 ea1787 ウェルス・サルヴィウス(33歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4465 アウル・ファングオル(26歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8737 アディアール・アド(17歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea8898 ラファエル・クアルト(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0346 デニム・シュタインバーグ(22歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb3979 ナノック・リバーシブル(34歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

十六夜 蒼牙(ea4312)/ 十野間 空(eb2456

●リプレイ本文

●水源地
 新たな地図を燃やして、確認できた水源地は確かにジャルダンの町はずれの森であった。緑の天蓋から漏れる木漏れ日の元、森の地面を一面美しい花が敷き詰められていた。白、桃、青、紫、橙、黄。絨毯のように一面に咲き誇って、その上を踊るの風の姿を花びらたちが揺れ動いて形を示していた。
 それはやがてゆっくりと近づき、一行の髪を優しく撫でて、そのまま広い空へと駆け抜けていく。
「ここが、ジャルダン・ド・フルール‥‥」
「綺麗‥‥」
 明王院月与(eb3600)とシェアト・レフロージュ(ea3869)が動きを止めてその光景を見入っている間に風が二人の髪の間を踊りながら過ぎ去っていく。そんな一枚の絵としてもありそうな光景をラファエル・クアルト(ea8898)とデニム・シュタインバーグ(eb0346)が見守っていた。
 できるなら、戦いも悲しい思いもせずに、平和と豊穣を謳歌していたことだろうに。
「本当に綺麗‥‥」
「一枚の絵みたいです‥‥」
 シェアトが風の舞う森の花畑を歩く様子を見て、デニムはどこかの絵の世界に迷い込んだのではないかと錯覚して、思わずそんな言葉を漏らしてしまう。幸か不幸かそれは聞かれていなかったようだけれども。
「本当、素敵よね。こんな自然をアガートさんっていう人は守りたかったのかも知れない」
 ラファエルはふっと薫る緑と花の香りのする森の広場に腰を下ろして森を見上げた。
 風の歌だけが鮮やかに聞こえるし、人を刺す悪い虫の姿もない。
 虫もいない、さえずる鳥もいない‥‥?
「‥‥っ」
 ラファエルはすぐさま起きて、シェアトと月与を捕まえた。
「あ、あのラファエルさん‥‥!?」
 顔を真っ赤にして、ラファエルに抱えられるシェアトは、その顔が酷く曇りながら、景色に見入っていることに気が付いた。そしてシェアトも月与も、この森が普通の森でないことに気づいた。
 花は相変わらず優しく風になびいて目を和ませる。だが、それに気づいた瞬間、もうそこは天国のような風景には見えなかった。一瞬でも、自らの過去に温かい恵みを与えてくれた、そして、星読みの歌姫と言われるほどに成長したシェアトの歌を聴き続けてきた故郷の森と重ねあわせたことに後悔をしたほどだ。
「ら、ラファエルさん、どうしたんですかっ!?」
「命がないのよ。この森。虫の音も鳥のさえずりも、動物の鳴き声も」
 異変があったのだと急いで駆けつけたデニム立ち止まって、森の音に耳を澄ませた。静かな、優しい風だけが、皆の頬を撫でていく。
 月与も凍り付いたまま、向こう側に広がっている水たまりを見つめていた。光の加減によって虹色に輝く水がそこかしこの水たまりで彩りを為している。その毒まみれの水の中に、更にその下に隠れていた悪意が潜んでいる。
「み、見て、こんなところにヒルがいるよ、セーヌ河にいたヒルじゃないかな」
 それは確かにヒルの形状はしていたが、体表は水と同じように虹色に輝いており、その下に透けて見える体内は青黒く染まっていた。これがダゴン、そしてアガートと戦の刃を交えた時、セーヌ河で月与もみかけていたから間違いない。
 すぐにシェアトは水たまりに向けてパーストをかけて、少しずつ過去をさかのぼった。
「‥‥エルフの男性が、ヒルを放っています」
 それ以上は言えなかった。そのヒルを獲物にした動物が、連鎖するように毒でただれていっている。その体もみるみると腐り溶け落ち、骨もすぐバラバラに砕けてしまった。そうしてできた新たな毒が大地に染みこんでいく。
「そういえば、セーヌ河のボランティアに行った際、思ったより毒の量が少なかったって言ってたわよね」
 ラファエルは顔をしかめて言った。いつも太陽のような性格で、人々から親しまれてきた彼も、この時ばかりは心を覆う暗雲を振り払いきれずにいた。
 プリエ達が鉱物毒に対しての解毒薬を処方しても多少良くなる程度で止まってしまったのは、生物毒に由来するところもあるためだろう。
 多くの命を抱えていた森は今や、巨大な毒の生成工場と化してしまっていた。


●町
「おとなしく捕縛されてくれる相手?」
 依頼主でもある冒険者のプリエはアディアール・アド(ea8737)の申し出に顔を曇らせていた。
「できるだけ穏便に事を進めたいのです」
 その言葉にプリエ一行は顔を見合わせたが、以前にも一度顔合わせのしたことがある協力者からそう申し出られるとそれに了承せざるを得なかった。プリエは一言だけ付け足すと素直に引き下がってくれた。
「まぁ、いいわ。だけどデビノマニは下手なデビルより邪悪よ。出し抜かれないようにね」
 それと同時に町で情報収集をしていたメンバーがベースキャンプである、ジャルダン・ド・フルールの入り口に戻ってきた。
「‥‥どうだった?」
 問いかけるナノック・リバーシブル(eb3979)に、変装用に使っていたローブを荷物袋に入れて、デニムは言った。
「夜に時々、この森に出かけているそうです。アガートさんが戻ってきた時期は今から1ヶ月ほど前で、下流の地域に被害が出始める前後です」
 デニムの報告はアガートが真犯人であることを裏付けるには十分であった。ジャルダン・ド・フルールの自然の力を利用して、毒を広めるところも自然に詳しい人間しかできないことはアディアールにはすぐ分かった。
 そうするとここだけが安全であるという理由がどうしても考えつかない。アディアールは自らが調べてきたことが、実際の周辺で起こっていることとのギャップがあることに首を傾げた。
「井戸のことはどうでした?」
「‥‥普通に使っているそうです。でも、夜にでかける前に必ず井戸にもよっているということですから、何か仕組んでいることがあるはずです」
 その言葉を聞いてアウル・ファングオル(ea4465)が頭を軽くかいて答えた。
「ここが安全でないと、自分も被害を被るからでしょうね。それに『盾』を捨てるのは、普通仕事が終わった後でしょうし」
 冒険者が接触してくるだろうこともアガートは予測していただろう。万が一の為に人々は生かされているのだ。
「せっかく、前の件も誤解が解けて来たっていうのに‥‥」
 その道すがらで、町長の息子の地道な説得で冒険者に対する不信感は軽減されつつあることを知ったデニムは本当に嬉しかった。だが、その矢先に、再び町の救世主を捕まえなければならないことになるとは。
 デニムは自分の手をじっと見た。‥‥他の人を守るため、敢えて汚れ役を引き受けるのも騎士だとは自覚している。
 だが、答えのない迷宮を遙か未来に通り抜けた時、真っ赤に染まった僕の手は、誰かを守る手であり続けられるのか?
「デビルとはそういう奴らだ。人を泥沼に導いていく。アガートを導いたのもそういう輩だろうな」
 ナノックは遠くからウェルス・サルヴィウス(ea1787)と月与が手を振っているのを見つけて立ち上がった。彼女の側にはいつぞや出会った町長の息子の姿が見える。
「え、アガートさんはダゴンに唆されて、じゃなかったんですか?」
「だとしたら、ダゴンが倒された時にその魂が見つかるはずだ。実際には見つからなかったと言うことは‥‥別の存在と契約している可能性がある」
 そしてその可能性を示すレベルのデビルについてはいくつか候補を知っていた。しかし、それを語るのは、今来た青年の前ではしない方が良いことくらい、ナノックは知っていた。
「町長さんの息子さんなんだ。前の依頼でもね、協力してくれたんだよ」
「デビルの仕業に、みんな気づいていなかったからね。でも今はみんな健康になった。魂を取り返してくれたおかげだと思ってる」
 青年は一行に頭を下げてそういった。確かに彼の笑顔を見る限り、他の町の人とは冒険者に対する印象は異なっているようであった。一行が揃うと、まず月与が語り始めた。

「アガートさんのお陰でこの町も、そしてこの町を去った後に出会った坑夫さん達も、そして鉱毒に苦しむ人達も救われたの‥‥。でも、悲しい心を利用されて皆を苦しめているんだよ」
「アガートさんが、デビルの手先だっていうのか‥‥?」
「他のデビルが暗躍している可能性も十分ある。だが、そのつながりがあるのはやはり、アガートと考えるべきだ」
 ナノックの冷静な言葉に、青年の顔色はみるみる失っていった。
「そんなの、信じられないよ。アガートさん、毎日俺たちの体の様子を心配してくれているんだぜ。アガートさんがそんな悪者なはずがない、信じていないのか。あの人を」
 青年は震える声で月与の言葉を否定した。命が助けられている横で、別の命が危機にさらされているだなんて想像もできないのだろう。その瞳に狼狽がうつるのを見て、ウェルスは優しい、だけれども強いまなざしで青年を見つめて言った。
「信じています。信じているからこそ‥‥。だから、祈っていて下さい。そしてできれば、町の人たちに理解を。私たちは決してこの町を、アガートさんを悪くするものではありません」
「‥‥‥」
 青年はその答えを述べなかった。ただ精一杯の声で、アガートさんは今夜もジャルダン・ド・フルールに姿を現すだろうということだけ話してくれた。



「アガートさんですね」
 ジャルダン・ド・フルールにゆっくりと姿を現したアガートを、先に待っていたアウルが声をかけた。日に焼けた肌、エルフの割にはがっしりとした体つきが長い旅をしていたことを感じさせた。経験や識見では恐らくこの男の方が上だろうか。
「様々なお話を伺い、智慧を教わり道標にしたいと、人々を護り自然と共生しながら復興を進めるためにお力をいただければと。アガートさん、教えて下さい。あなたの真の想いを」
「共生? ただの世迷い言だ。自分たちの欲にまみれた殺しあいですら、止められぬ。そんな人間達が共生などできるはずもない」
 アガートは吐き捨てるようにして言った。僅かにこちらを見る目は憤怒と悲嘆で染まっていた。だが、それで黙っている冒険者などここにはいない。
「そうかしら。人は醜いかもしれないけれど、もう一度本当にそうか考えて欲しい。貴方は絶望するのが早すぎる。もう、本当に人はどうしようもないかしら? 私はボランティアの人々、ここの村の人々色んな人を見て、言ってわからない、全てを駄目だと諦める程とは思えないわ」
「善い人間もいるだろう。だが、少なすぎる。そしてほとんどの人間は無関心だ。この比率はいくらしても変わらん」
 アガートは恐ろしいほどに冷静だった。それは長年の経験が彼らの考えを幾度も試行し、そして儚く散っていったことを知っているようであった。アディアールが最後に語りかけた。
「貴方に救われた人々は、貴方の言葉を語り継ぐでしょう。これからも貴方にならできることがあるはずです。この森も生態系が破壊されています。貴方が守ろうとする物を思い出して下さい。お願いですから私達と来てください」
「自然には回復し、適応する能力がある。寄生虫にその根を腐らせるくらいなら、その部分毎切り捨てるのも手法の一つだ」
 その答えと同時に、アウルは剣を抜きはなった。
「毒を撒いたのは貴方であることは間違いないようですね。今のあなたの考えは本筋から大きくずれていること気づいていますか? 愚か者を罰する為に自分までもが愚者となってどうするんですか」
「道化は誰かがやらねばならんのだ」
 アガートの手がゆっくり動いた。

 それにもっとも速く反応したのはアディアールであった。アガートに向けてアグラベイションを放ち、行動を抑制させる。だが、次の瞬間に花畑に石壁がそそり立ち、一行の視界を遮る。
「蝶の動きを確認‥‥アガート、完全に堕ちたか」
 ナノックが剣を抜きはなった。とは言っても目はアガートただ一人をとらえているわけではなかった。デビルの軍勢がどこに潜んでいるかわからないのだから。第一、そこいらの茂みが不自然に揺れているのも気に掛かる。
 ナノックがアガートに対して距離を詰めた瞬間、その茂みから人影が飛び込んできた!
「お前は‥‥」
 それは昼間に話をしていた青年であった。青年はアガートを背にして一行の前に立ちふさがった。
「‥‥悪いのはアガートさんじゃないだろ? デビルなんだろ? 意見の相違だけで戦って、つぶし合ってどうするんだよ。それこそデビルの思う壺じゃないか!」
 それと同時に、遠くから明かりが近寄ってくる。町の人たちだろう。彼らは憎しみを冒険者に向けることはなかったが、さりとて理解を示してくれる様子もなかった。
「他でどうだったかしらないけど、アガートさんは俺たちの救世主であったことには間違いない。アガートさんを牢屋に押し込めるようなこと、できないよ」
 冒険者とアガートとの間に、町人たちが一人、また一人と間に入って、両手を広げる。
「アガートさんもだ。俺たちは冒険者たちにも助けられたんだ。どっちが傷つく姿も俺たちは看過できない」
 何十人もの人壁が、冒険者とアガートの間につくられる。

 男も女も、老いも若きも。一人一人が十字架のように手を広げる。その瞳は鉄のように固く、揺るぎない力を見せつけた。

 アガートもそれ以上冒険者に手出しをするつもりはないようで、人垣の向こうに見える冒険者の様子をじっと見つめていた。
「なんだか連れて帰れる雰囲気じゃなくなったわね」
 ラファエルが困ったように笑った。ボランティアの人たちもそうだったけど、人々が急に強く感じるときがある。まさか、それが自分たちに向けられるとは思っても見なかったのだが。
「ここで戦っても被害は必ず出るでしょうね。問題を先送りにすることになりますけど」
 アウルは頭を軽くかいて、剣を納めた。ここで依頼を優先しても町人に甚大な被害を及ぼし、こちらも相応の手傷を負った上で、アガートには逃げられる可能性がある。引かざるを得ないのは明白であった。
「お兄ちゃん‥‥どうして。アガートさんが守ろうとしていたもの、その手で壊しちゃうかもしれないんだよ」
「価値を決めるのはアガートさん自身だ。俺たちは馬鹿だから細かい理屈わからない。だけど、アガートさんを捕まえてそれで答えがでるわけじゃないっていうことくらいはわかるさ」



 シェアトは町へ戻る灯火の列を見ながら、竪琴の弦を小さくつま弾いた。

「思い出して
 木霊にとけた歌声
 緑の風に抱かれ
 水と一緒にはしゃいだあの日

 耳を澄まして
 木々の囁きは子守唄
 深い森の木陰の揺り篭 
 今もあなたを包んでる」

 みんな同じ気持ちだ。自然を失わせたくない。
 それが、今ある自然を守るのか、これからの自然を守るのか、それとも無くしてしまった自然を再生させるのか。そこに違いはあるけれど。
 でも、同じ気持ちでいればきっと答えは出てくる。悲しい知らせは耳に入り続けるだろうが、最後に見える幸せを目指して、歩み続けたいと思った。