生きる道(ゆめ)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:1〜5lv

難易度:易しい

成功報酬:1 G 29 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月13日〜07月20日

リプレイ公開日:2005年07月19日

●オープニング

「あら、竪琴の音」
 家の扉を開けようとした姉は、窓から流れるその音に気がついた。お世辞とも上手とは言えないものだった。まだ正しい音階が出せていないし、それぞれの音階を紡ぐにもたどたどしいのがよくわかる。それでも何度も何度も繰り返して上達しようしているのが、音を聞くだけですぐに理解できた。
 耳を澄ます姉に対して、庭の手入れをしていたメイドが走り寄ってきた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。今、この竪琴を弾いているのは誰?」
 姉の問いかけにメイドは嬉しそうに微笑んだ。
「ミーファ様ですよ。最近音楽に深い興味を示されるようになったご様子です」
「そう。‥‥綺麗な音ね」
 メイドはきょとんとして、満ち足りた顔で耳を済ませる姉を見た。どちらかといえば近所迷惑の部類に入るだろうと思っているのに、どうして綺麗というのだろうか?
 そんな疑問の視線を投げかけるメイドと、ふと視線が合い、姉はくすりと笑った。
「音に乗って届く心が綺麗といったのよ。ひたむきな心。勤勉さは大いなる父が喜ばれるものよ」

「き、ぼ、う  の、う、た、を‥‥」
 ミーファは竪琴の音を一つずつ確かめるように、弦を一本、一本と弾いた。思っていた音ではない。じゃあ隣か。とまた繰り返す。
「き、ぼ、う  の‥‥」
 あの時、心に響いた言葉。衝撃。景色。音。
 その燃えるような思いを何度も何度も弦の手触りで確かめていく。何度間違えても心に残った風景は消して途切れたりしない。
 指に痒みを覚えた。
 ふと見れば、爪弾いていた指の皮が裂けて血が手首まで滴っていた。
「んもぅ、せっかくいいところなのに。柔な指っ!」
 ミーファはそっと竪琴を机に置くと、包帯を取り出して乱暴に巻いた。と、ふと思い直して、慎重に巻きなおす。ぐるぐるに巻いて、弦の間に指が通らなかったら練習ができなくなってしまう。薄く巻いておかないと。
 その時、ドアの向こうから声が飛んできた。穏やかな声。姉だ。
 ミーファは慌てて指とあまった包帯を隠して、扉を開け姉を迎えいれた。
「あ、姉さん。おかえり。どうしたの?」
「ただいま。ミーファ、外にも貴女の弾く竪琴の音色が流れてきていたわ。音楽を始めたのね」
 好奇心と嬉しさの入り混じった瞳。
 ミーファはなんだか気まずいような気がして、小さくうなずいた。
「う、うん。でも全然へたっぴだから」
「誰でも最初から上手に弾ける人なんていないわ。私はぜんぜん楽器は触ったことないから、多分、ミーファよりさらにへたっぴだわ」
 笑って姉は、机の上に置かれていた竪琴に触れたその瞬間、ミーファは叫んで目いっぱいの力で竪琴を奪い返した。
「だめっ!」
「あ、ごめんね‥‥」
 ミーファは何故にこんなに一生懸命になったのか、自分でもよくわからなかった。突然のことで呆然とする姉を見て、ふと我に返ったミーファは慌てて謝った。
「ご、ごめん。‥‥触られたくなかったの」
 どう動けばいいのかわからず、そのまま竪琴を抱きしめた格好でミーファはそう言った。その言葉に姉も理解を示したらしく、柔らかな笑みを取り戻す
「そういえば、その竪琴は買ってもらったの?」
「ううん、自分で買った。音楽だけはできるだけ頼ることはしないでおこうって思ってたの」
 姉は優しく微笑んだ。自力を持って立ち上がろうとしているミーファの姿は頼もしささえ感じられた。姉は心の内で信仰する大いなる父に感謝の詔をささげていた。
「それじゃ私の協力は無用かしら。音楽のお勉強できる場所を教えてあげようと思ったけど」
「え、どこ!?」
 思わず身を乗り出すミーファの様子に、姉は吹き出しそうになった。でも、それだけ音楽に情熱を注げるなら、協力を惜しむことはない。
「冒険者ギルドよ。バードもたくさんいるし、そうでなくても歌が得意な人はたくさんいるわ。試しに頼んでみたら?」
 それに音楽と出会ったのは冒険者がきっかけなんでしょう?
 その言葉は告げる必要はなかった。ミーファの瞳は明るく輝き、今にも飛び出さんばかりだ。
「教えて!」
「いいわよ。でも、冒険者に頼むならちゃんと報酬を出してあげないといけないわ。お金はミーファが頑張って作るのよ」
「もちろん。なんだってやる。だから早く場所を教えてっ」

 見下ろせば、少女が竪琴片手に通りを走っていく姿が見える。元から物事に集中し始めると止まらない子ではあったが。
 姉はそんなミーファを見送りつつ、大いなる父に祈りを捧げるのであった。どうかご加護がありますように。と。

●今回の参加者

 eb0594 マナミィ・パークェスト(33歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0844 ソフィア・ライネック(29歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 eb2375 セフィ・ライル(29歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2482 ラシェル・ラファエラ(31歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

●聴く
「お久しぶり、ミーファ。すっかり元気になっちゃって」
 ラシェル・ラファエラ(eb2482)の目の前にいるのは、ほんの少し前まで生きる希望を見失っていた少女の姿があった。あの時のミーファの姿は、瞳に意志の力はなく、頬はこけ、死人のような雰囲気を与えていたが、今目の前にいる彼女はまるで別人であった。瞳の輝きは鋭く、ともすれば心を射抜いてしまいそうに。赤みの挿した頬は、生の象徴そのものだ。
 新しく生きる道を進むために協力を申し出てくれた冒険者の面々の姿の中に自分を救ってくれた勇者の姿があることを認め、照れくさい笑顔を浮かべた。
「こんにちわ、ミーファさん。初めまして」
 ソフィア・ライネック(eb0844)は物腰柔らかく、丁寧に頭を下げた。そして小さく「失礼しますね」と声をかけたかと思うと、ミーファの手を取って、『リカバー』の詠唱を行った。
「あ、あの‥‥」
 癒しの力を感じつつ、ミーファは複雑な様子でソフィアの顔を見上げたが、聖女は穏やかに微笑むばかりであった。彼女にとってそうするのが当然であったからだ。それを感じたのか、ミーファもそれ以上戸惑った表情を浮かべずに、礼儀正しく頭を下げた。
 しかし、穏やかな笑顔の下でソフィアは顔を曇らせていた。包帯の下の指は肉が抉れていた。ひたむき、を通り越して、鬼気迫る様子をそこから感じさせられる。それでも努めて柔らかい調子で言葉を紡いだ。
「ミーファさんは音楽が好きなんですね。私もです。聞くのももちろん好きですが、歌う事も好きです‥‥まだ余り上手くはありませんが、体さえあればどこでも歌えますから」
 ソフィアの表情を見て、幾分か和らいだ顔つきでミーファはその言葉を聞き入った。音の道を歩む者が知り得る幸せと喜び。この場を取り巻く風が音色を奏でるなら、きっと妙なる調べが聞こえたことであろう。
「私が歌を好きになったきっかけは、教会のミサの賛美歌でした。人前で歌うのが恥ずかしくて、初めは聞いているだけだったんですけど」
「そういえば、何故音楽の道を?」
 聞き入るミーファの輝く目を見て、ラシェルは問うた。音楽に進むきっかけがあったはず。それを聞かなければこれから進む道も微妙に違ってくるかもしれない。そう思ったのだ。
 ミーファはどのように答えたものかと、言葉を選んでは止め、と繰り返し、少しずつ話し始めた。
「初めて冒険者の人たちと出会って、色んなものを教えてくれた。みんなそれぞれに気持ちを込めて教えてくれた。でも、その中で一番嬉しかったのはみんなで輪になったことなの。料理を作って、火をおこして。私だけでなくてみんなで取り組んで楽しみ合うってすごいなと思ったの。その一番の象徴が音楽だった気がして」
 言葉一つ一つはたどたどしいが、少女の熱意だけは言葉の端々から吹き出ているのがよくわかった。
 なるほど。みんなで喜びを共有することが音楽の原点なのね。
 たしかに。
 ラシェルはいつぞやのキャンプファイアーをふと思い出した。
「それなら、まず音楽を聴きまくることね」
 ラシェルには音楽に関する知識は乏しかったし、皆と喜びを分かち合うというにはもっとたくさんの人間が必要になるだろう。たくさんの人と音を通してふれあうことが必要であるように感じられた。
「それじゃ、先生のいるところまでいきましょうか」
 その言葉に、ミーファの顔が輝いた。

●奏でる
「きっと奏でられる様にして差し上げます」
 上品な口調でミーファにそう語りかけたセフィ・ライル(eb2375)は、愛用の竪琴『リューフィス』を取り出した。銀色の輝きの中に青や深い緑が時折混じる。誰の目から見てもため息の出るような芸術品であった。
「まずは、基本からきちんとしておかないと意味が無いと思いますので、弦の扱いからお教えします」
「よ、よろしくお願いします」
 楽士の言葉に合わせて、ミーファも荷物から竪琴を取り出した。それはまだ手に入れて間もないはずなのに、すでに手垢でくすみ始めていた。
 相当の訓練をしているみたいね。セフィは目を細めて準備をする様子を眺めていた。
 実際、彼女に弦をつま弾かせると、一ヶ月前までは触れたこともなかったとは思えないほどの腕前だ。しかし、ほとんど独学だったのであろう。指使いも持ち方もまるでなっていない。彼女の指が包帯だらけになっているのもそうしたところに原因があるように見えた。
 セフィは一つ一つそれらを訂正してゆき、また音の鳴らし方にも細かく指導した。
「音は、弦を通して想いを伝えるモノですよ」
「想いを伝えるのが音。私の想い‥‥」
「そうです。もう一度、かきならしてください」
 指導が入るごとに、ミーファの音は変わっていく。セフィの指導力とミーファの集中力から、錆びた音をあげていた竪琴は、本来の美しさ。空気をふるわせるような響きへと変貌していく。
「ミーファ様は元々音楽に才能があったのかもしれませんね」
 その言葉にミーファは恥ずかしそうな嬉しそうな表情を顔いっぱいに浮かべてうつむいた。
「セフィさんが丁寧に教えてくれるからです。もっと弾きたいんです。もっと表現したいんです。教えてください」
 そう言いながら、教えてもらったことを、その場限りのものとしないように、ミーファは音をつま弾き出す。
「そうですね。慣れてきたようですし、簡単な曲でも弾いてみようと思うのですが‥‥」
 音がある程度安定してきていることを感じとり、セフィは次のステップを考え始めていた。そこに彼女と職を同じくするマナミィ・パークェスト(eb0594)が提案をした。
「そうね、音遊びをする様に奏で綴る‥‥って感じでいってどうかしら?」
「音遊び‥‥?」
「そもそも音楽は音を楽しむことでもあるしね」
 ミーファにとっては思いもよらない言葉であった。いかに響かせるか、音に想いを込めるか、どれだけ専心できるかを重視していたミーファは、喜びを与えるものであるということは知っていたはずなのに、マナミィからその言葉を聴くまで、楽しむという要素にまるで気づいていなかったのだ。
「それじゃ、音をセフィさん私が奏でるから、その後に続いて音を奏でてくれるかしら? 問題ないかしら?」
 セフィもそれに賛同し、ミーファも緊張した面もちながらも了承したので、そこから新たなセッションが始まった。
『あの日見た』
『‥‥あの日 みた』
 簡素な音の流れが流れる。童謡のように素朴ながらも耳にリズムが残る。そんな音が後から後から幾度も続く。
 マナミィがリードして音が少しずつ紡がれる。彼女はミーファが間違った音を奏でても、くすくすと笑うだけで、特に注意はしなかった。マナミィは宣言通り、音を楽しむことを優先していたからだ。ミーファも次第にその意図が伝わったのか、時折童心が戻ったかのようにあどけなく微笑んで、音を連ねた。
『風に吹かれて』
『風に吹かれて』
 〜♪
 リズムが乗ってきたその合奏に、新たな音が芽生えた。柔らかく耳を包み込むような音色。それは十野間 空(eb2456)のオカリナの音色だった。
 ほんのわずか、驚いて周りを見渡したミーファだったが、すぐに新たな音色を向かい入れ、次第に音を紡ぎ上げていく。そこにソフィアの歌声も合流する。即興演奏会が開かれたような華やかさが場を満たした。

『…あの日見た夢の欠片を追いかけて
  駆け出したその希望の道を
  風に吹かれて旅する私達
  例え悲しみの雫が溢れても
  心に強く熱い想いを秘めて行く…』

「みなさん、ありがとうございます」
 深々とお辞儀をするミーファ。弾けたという喜びか、顔を上げたその顔は、桜色に上気し、涙が今にも頬を濡らしてしまいそうだった。
 マナミィはそんな彼女の髪を優しくなでて言った。
「私にとっても音楽は一生の糧にして行きたいものよ。思い通りにならなくて歯痒い事もあるけど、努力は何時か報われる、そう信じてるわ。貴方ならきっと大丈夫よ」
「はい、私ももっともっと努力して、私の糧としていきたいです」
 勢いのある声でそう言うミーファ。彼女は本当に音に心動かされたのであろう。十野間もそんな彼女に優しく言葉をかけた。
「このオカリナと言う楽器も、使い続けて時間が経つほどに優しい柔らかな音色になっていくのです。奏者もきっと同じ。心にゆとりを持ちゆっくり少しずつ歩んでいけばいいのだと思いますよ」
 ミーファという少女の言葉には溢れるような熱意の波や、堅忍不抜の精神力が備わっているのは誰の目にも明らかであった。
 そうした時に十野間には思い人のことが頭にふと浮かんだ。彼女とミーファとは、どこか通じるところがあるのかもしれない。少女の心は竪琴の弦のように張りつめた糸がある。彼女はそれを弛めようとしないのではないか。
 理想に邁進して、自分を省みない。
 そんな憂いから言葉が飛び出たのであった。
「苦しみや絶望を知っている人は、人に優しくなれます。人を救う力を持っています。それは時に武力などではなく、あなたが救われたように想いのこもった歌であったりするのです」
「私の奏でる音が誰かの心まで届けば嬉しいわ。そうなれるようにもっと自分を磨かないと」
 言葉をそう返し、ミーファは竪琴を鳴らした。
 その音は最初に耳にしたそれよりもずっと希望に満ち、夢がこぼれ落ちそうであった。