グレンド氏からの依頼
|
■ショートシナリオ
担当:江口梨奈
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 20 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:08月17日〜08月24日
リプレイ公開日:2004年08月23日
|
●オープニング
博打である。賭博である。ギャンブルである。賭け事である。
これは、身を持ち崩すものである。
「うちのバカ息子の性根を叩き直していただきたい」
依頼主であるグレンド氏はそう言った。
古今東西、賭け事はどこででも発生する。武闘家同士を戦わせ、その勝敗で大金を動かしたり、次に店に入るのが男か女かで酒を一杯おごらせたり。
グレンドの19歳になる息子、カン・グレンドは、最近、怪しげな酒場に出入りしているそうだ。あまり評判の良くない、朝から酔っぱらっているゴロツキ共しか寄りつかないような店だ。1階が酒場、2階が宿になっているようだが、その窓は開けられたことが無く、いつもどんより、じっとりしている。
そこにカンが毎晩のように入り浸っているというのだ。財布にずっしり金貨を詰めて。
「私の家は、他よりもゆとりのある暮らしをしています。ですから、あのバカ息子も金に不自由してのことではないのでしょう。あれは面白がっているだけです」
グレンドは『バカ息子』を連呼する。よほど腹を立てているのだろう。
「グレンドさん、カンさんは素直な人なんですよ。あの酒場の人たちに、いいように騙されているだけですわ」
と、隣にいる女性が言った。
「あの、こちらの方は?」
「ミキ・トゥーチーと申します。カンさんとこの秋、結婚する予定ですの」
「いやいやミキさん、その話は白紙にしたんですよ。うちのバカ息子と一緒にさせるわけにはいかない。ミキさんの名に傷を付けてしまっては、あなたのお父上に申し訳ない」
「いいえ、私はカンさんを信じてますもの。婚約は続けてください」
「あのバカ息子は、いまのままではあなたを質草にしかねませんぞ!」
要するに、カンという男は、変な店に出入りしてそこで博打にはまってしまい、父親からの信頼と可愛い未来の妻を失いかけている状態なのである。
「ともかく」
グレンドは続ける。
「誰がどこで博打の場を作り、どんなゲームをしているのかは分かりません。店の客全員が博打をしているわけでもないようですし、もしかすると店の中でも秘密なのかもしれません。私も一度店に入りましたが、明らかに雰囲気が違い、怪しまれてしまいました」
それでもグレンドは、店内の様子を教えてくれた。
「皆さんには種金をお貸しします。そして、多少の手荒なことも許します。あのバカに、博打をすることで痛い目を見させてください」
●リプレイ本文
名も無い薄汚れた酒場に、珍しく泊まり客があった。
アリア・バーンスレイ(ea0445)は一人で、レーヴェ・フェァリーレン(ea3519)は朱華玉と一緒に部屋を取った。あちこちにカビが浮いた布団を敷いたベッドに、ネズミのかじった跡があるテーブルがしつらえてある。せめて空気だけでも入れ換えようと窓に手をやれば、がたがたうるさい音を立てて、ついには外れてしまった。酒場の亭主は、本当に商売をする気があるのだろうか?
肝心の亭主は1階の酒場にずっといる。客と一緒になって自分も酒を飲んでおり、素面でいる場面を見たことがない。
そしてこの酒場には、アッシュ・クライン(ea3102)と鳳瑞樹(ea4089)とレイヴァント・シロウ(ea2207)が、代わる代わる出入りしている。グレンド氏から事前に中の雰囲気を聞いていた彼らは、雰囲気になじむような格好をそれぞれして、水で嵩増しされた不味い酒をちびりちびり飲んでいた。
酒場であるが、決して陽気ではない。むしろ、病むほどに飲んでいる連中ばかりだ。ある男はテーブルに突っ伏し、自力では起きあがれない状態にもかかわらず、舌を伸ばして酒を嘗めている。ある女は空(くう)を指さして、何が悲しいのかずっと泣いている。
それが、何故か急に、どっと笑い声が上がった。
「用心棒だとよ。このナイトさまが、この店の用心棒をしてくれるとよ」
酔った亭主と話をしていたのはウェントス・ヴェルサージュ(ea3207)だった。他の仲間とは違う手段でもって酒場に潜入しようとしたが、あまり上手くいかなかったようだ。もともと用心棒を必要としていない店なのだから、雇ってくれと言っても難しいものだ。それどころか質の悪い店の人間は、ウェントスをからかう態度をとったのだ。
「ありがたいねぇ。育ちのよさそうなお方なのに、何を考えていらっしゃるのやら」
「ここはごらんの通り平和な店さ。あんたのお情けなんか、必要としちゃいないよ」
数人に囲まれて、ボールのように突き飛ばされている。ウェントスは特に抵抗することもなく、彼らの気が済むまで小突かれると、服の埃を払って立ち上がり、無礼な連中であるにも関わらず、丁寧に頭を下げて店を出て行った。
しばらくは店の中も、闖入者をネタにして笑っていたが、また元通りの陰気な酒場に戻った。
(「見ろよ、カンだ」)
扉の人影に気が付いたアッシュは、近くの席にいた仲間達にこっそり目配せをした。
カンは、恐ろしいほどに場違いな、綺麗な格好をしていた。ただ、他の客達は常連の彼に慣れているのだろうか、カンの登場に驚くこともなく、見向きもしない。
カンが亭主の正面の席に座ると、何も言わなくても酒が出された。それは一滴の水も混ぜていない、上等の酒だった。優雅な手つきでそれを受け取り、まるで晩餐会の一品のように味わいつつ喉に流すカン。
金貨を1枚、亭主に握らせて(それは1杯の酒代にしては多すぎる額だ)、カンは2階へと上がっていった。
「なあ、あれはいったい、どういう男なんだ?」
瑞樹はそばにいた別の客に、それとなくカンの事を聞いてみた。
「グレンド家のお利口な息子だよ。酒なんかよりママのミルクの方が似合ってるのにね」
そう言って客は嫌味たっぷりに笑った。
どうやら若造が大人ぶってこの店に出入りしていることを、他の客は冷ややかに見ているようだ。
「カンの評判は、どこで聞いても芳しくないね」
ミキに会いに来たアシュレー・ウォルサム(ea0244)は言った。金持ちの道楽息子が、何を気取っているのか汚い酒場へ遊び歩いている‥‥皆が口を揃えて、そう言うのだ。なぜミキは、それでもカンの許嫁でいたがるのか。
「どうしてあなたは、そこまで彼を信じられるんですか?」
「どうしてって‥‥私たち、小さいときからずっと一緒だったんですよ。私は、あの人の良さを誰よりも知っています」
ミキは真剣だった。一朝一夕にカンを愛しているのではない。そして、いつか博打から足を洗うと信じている。こんなけなげな恋人を裏切っているのだから、カンは罪深い男だ。
「ミキさんには悪いですけど、今回だけ、カンさんを誘惑させていただきますね」
冗談ぽく笑いながら、李明華(ea4329)は言った。明華は胸元を開けた挑発的な服に着替え、濃い色の紅をさしていた。
「でも、ミキさん。本当にいいのですか? あたし達がカンさんを止めることが出来るのは今回限りでしょう。また、いつ博打にはまるとも‥‥」
「大丈夫ですよ」
心配そうに尋ねる明華に、ミキは明るく答えた。何を根拠にしてそう言うのか。無邪気なのだろう、よく言えば。
宿に泊まって数日が過ぎた。アリアは、まだ賭博場がどこか特定できずに焦っていた。
場所を特定させるにも、彼女は具体的な手段を見つけ出せず、ここにきてまだ辺りの様子をうかがっていただけなのだ。
「カンが、この階に上がってきているのは分かるんだけど‥‥」
日によって入る部屋が違う。博打は、どこで行われているのか?
「部屋は、1階で亭主から聞いているようだな」
酒場と宿屋、両方を行き来していたレーヴェがそこまで調べられたが、それでもそこまでだ。
カンは、部屋の一つに入ってしまっている。他の客が泊まっている部屋だ。そこへ踏み込むわけにもいかない。
グレンドが最初に言っていた。
『誰がどこで博打の場を作り、どんなゲームをしているのかは分かりません。店の客全員が博打をしているわけでもないようですし、もしかすると店の中でも秘密なのかもしれません』。
博打は、おおっぴらに行われているものではなかったのだ。もし掛け金が高額であったなら、なおさらだろう。それなのに彼らは、酒場に入ればすぐに賭博場に潜り込めると思っていたのだ。
そんな中で、明華の作戦がもっとも手応えを得られた。
「カンさん、噂は聞いてますわ」
そう言って、必要以上に体に触りながら明華はカンに擦り寄り、甘い声を出したのだ。
「あたしも興味があるのですが、ご一緒させていただけません?」
綺麗な女に言い寄られて、カンは有頂天になっていた。図々しくも明華の肩を抱き、宿の一室へ連れ込んだ。
「まあ、これは!?」
部屋の中には、カンと同じように着飾った、ここの酒場に似つかわしくない上品そうな連中が集まっていた。
「ここでは、何のゲームをされてますの?」
「カードさ」
一人が、テーブルの上にカードを広げて見せてくれた。
「どうだ、王家の血筋にあたる家でかつて使われていたという、由緒あるカードだ。本当ならお前みたいな女に見せるのも勿体ないほどだぞ」
彼は高飛車に言うが、確かに、そのカードは綺麗なものだった。描かれた絵も芸術品のように美しく、それがあるだけでここは特別なクラブを名乗ることを許されているようだ。
そしてゲームは、きちんとした手順が組み込まれている、立派なゲームだった。
最低の酒場で行われている最高のゲーム。
この差異が逆にこの場を、妖しい秘密に満ちあふれさせた、甘美な空間に仕立て上げていた。
カンが、ここを好む理由はこれなのだろうか。
明華は、そこの元締めらしい男にそっと耳打ちをした。
(「今日はカンさんを徹底的に負かせて下さいな」)
男のポケットに金貨を数枚滑り込ませると、彼は素早くそれをしまい込んだ。
数時間後。
憔悴しきったカンが、ため息をつきながら、店の外へ出て行った。
「羽振りが良さそうだな」
そのカンを、何者かが背後から呼び止めた。
「毎日、博打か? そんな金があるなら、俺が使ってやろうか?」
背後の声‥‥顔を隠した瑞樹が、カンの背中に剣を向けていた。
カンも身の危険を感じたのか、両手を挙げ、無抵抗を示す。それでも瑞樹は剣先で服を切り裂き、腰の財布を切り落とした。
「なんだ、空か‥‥。なんなら、君の家に取り立てに行かせて貰おうか、カン君?」
盗人が自分の名前を知っている!
これは脅しではない、本気だ。そう思いこんだカンは怯えてしまった。後ろを振り向かず、必死になって逃げ、しかし家に戻るわけにも行かず、また酒場に戻ってきた。
「どうした、帰ったんじゃなかったのか?」
空とぼけてレイヴァントが言った。
「まあ、飲め。このアッシュが奢ってくれるらしいからな」
同じテーブルにアッシュがいた。そして彼も、やっぱりカンが戻ってきた理由を知らないふりをしている。
「いや、君の身に起こったことは、全部察しがついているのだが」
レイヴァントの言葉に、カンがぎょっとする。
「博打で身ぐるみはがされたんだろう? 皆、知っているぞ。君の親御さんや婚約者さんにとっては、身を滅ぼしかねない醜聞だろうな」
「はン。カードは紳士のたしなみだ。このくらい遊べなくてグレンドの3代目が務まるか」
「そうだ、次に勝てばいいんだよ。あんた、婚約者がいるんだろう? そいつを連れてくれば、金の代わりになるだろうよ」
話に割り込むようにアシュレーが来た。言葉汚くにやにやと厭らしく笑いながら顔をつっこむ。
「なるほど、金が底をついたので、まだ妻でもない女性を差し出す、と‥‥。すばらしい紳士だな。初めて見るぞ」
レイヴァントは冷ややかにカンを見た。貴族の一人と思っているカンの自尊心を否定するかのように。
「それは‥‥‥‥」
この辺りが潮時じゃないのか、とアッシュが言った。名家の子息であるならなおさら、こんな危険な場所で遊ぶことはない。いずれ、もっとふさわしい場所を与えられるのだ。可愛い妻と一緒に訪れることが似合う場所が。
「この店に二度と来ないというなら、ここで決意しろ。何なら誓文を書け。自分たちが証人になる」
カンは家路についた。
「本当にまっすぐ、帰るんだろうか?」
彼らの一連のやりとりを見ていたウェントスは、まだ心配していた。
「仮にも貴族を名乗るなら、誓文の重さも知っているだろう」
「それに、ミキさんが大丈夫って言ってるんだから、信じましょう」
明華が言った。少なくとも、彼の再起を信じている人間が一人、いるのだ。
「怪物を相手にしたいたほうがいくらか楽だった‥‥。ま、これに懲りて、大人しく家をついでくれたら良いのだが」
それから彼らも、グレンド家へ向かった。
すべての経過を報告するために。