●リプレイ本文
依頼主であるフーゼルユ達のいる村へ向けて、依頼を受けた冒険者達が旅立った。丸一日ほどかけて馬を走らせ、ようやく村の入り口が見えてきた。
「殺気だっていますね」
村の雰囲気を、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)はそう感じ取った。朝から晩まで、侵入者に怯えている村。若く血気盛んな者はめいめい武器を携えているが、それがますます嫌な緊張を生み出していた。
「毎度〜。冒険者ギルドでーす」
その緊迫を裂くように、リオン・ラーディナス(ea1458)の明るい声が響く。
「冒険者ギルドから?」
「来てくれたんだ!」
「村長、ギルドから来てくれましたよー!」
一転、村の空気が変わった。力強い助っ人のお出ましだ、誰もがそれを歓迎した。
「早速だけど、馬を預かって貰えるかな?」
「でしたら、うちが」
「何をおっしゃいます、うちで」
ヒースクリフ・ムーア(ea0286)の頼み事を、皆が一斉に引き受けようとする。
「えーと、それから。村の地図のようなものは無いかな? 無ければ、誰かに案内を頼みたいけど」
「私にお任せを!」
「いえいえ、私こそが」
アシュレー・ウォルサム(ea0244)にも同様。誰もが、彼らの役に立ちたくて仕方ないのだ。
「すごい歓迎だ! 嬉しくなってきたぞ」
危険な冒険だというのに、わくわくして思わず踊り出しそうになるボルジャー・タックワイズ(ea3970)。今にもキット・ファゼータの手を取り、ステップを踏みそうだ。
「じゃあ、みんなにお願いするよ。僕たちも別れて調べた方が、効率がいいもんね」
ユニ・マリンブルー(ea0277)の解決案。数人で手分けすれば、手伝いは多く頼める、早く調べ終わる、良いことだらけだ。
「そうだな。下調べは早めに済ませて、あとは夜のために仮眠を取っておこう」
紅天華(ea0926)が言う。ニミュエ・ユーノの手を借りてではあるが、休んでおくつもりだったのだ。
「我が家でお休みください」
「いいえ、私の家で」
村人はやっぱり、次々と家を提供してくれた。
さてその頃、レーヴェ・フェァリーレン(ea3519)とルシフェル・クライムは村の外にいた。馬に乗って周囲を駆け、ゴブリン達が通りそうな場所を探していた。
(「周りは‥‥野ッ原に、川に、岩山‥‥か」)
特に、行き来の障害となるものはない。レーヴェが馬に乗ったまま動けるが、逆に言えば、ゴブリンが侵入するのに妨げとなるものが無いのである。
(「巡回は、早めに始めるか」)
そのまま、村の周りを歩き出した。
絶対にゴブリンを村に入れない、その覚悟で以て。
これまでに3度、この村はゴブリンの侵入を許していた。抵抗したものの相手の数の方が多く、家族を守ることで手一杯だった。図に乗った連中はどんどん大胆になり、たとえば扉を開けるにも『閂をこじ開ける』ではなく『扉ごとたたき割る』のようになっていた。
「これはひどいね」
襲われた3件の家を見て、ヒースクリフは言った。扉は壊れ、中のものは散乱し、何もかもが踏み荒らされ、所々に血の跡があった。
3件とも普通の家だ。見た目は、他の家と変わらない。特に門構えが立派なわけでも、大きな厩舎を持っていたわけではない。強いて言えば、より村の外側に近かった、ということか。
「でも大きな距離の違いは無いね。村全体を見回るべき、ということだね」
それがヒースクリフの結論だ。最初の予定通り、2〜3人ずつの班に分かれて、夜通し見張ることになった。
警戒する範囲を3つに分けた。一晩で数周回れるほどの範囲になり、おかげで目をつむっても歩けるほど、道もすっかり覚えてしまった。
「いや〜。夜中に出歩くのって、なんか新鮮かもね。おっ、あの星、きれいじゃん」
村に入って数日が経った頃。まだ、ゴブリンの姿は見えなかった。十分な準備期間が与えられ、状態を万全にすることができたリオンは、夜空を見上げる余裕もできていた。
「ほんとだね、キレイだね〜」
ユニも一緒に空を見る。雲一つ無い、穏やかな夜空だ。辺りの家々は寝静まっている。
「今日も何事もなければいいんだけど」
この村はゴブリンに狙われている。
ヒースクリフはそれでも平穏を願っていた。
「変な動きはない?」
「全く無い。気味悪いぐらい、静かだ」
村の外を見回っていたアシュレーとレーヴェは、それぞれの報告をしあう。これまでの間隔から、そろそろゴブリンが現れそうな時期なのに、それがまだだ。
「まさか、見落としたなんてことは」
「もう一度、回ろう」
村の外は広い。野原に、川に、岩山、この全てが『村の外』なのだ。たったこれだけの人数で全部を把握するのは難しい。何らかの罠を仕掛けるにしても、範囲が広すぎてまかないきれなかった。だからこうして、己の五感で確認をしているのだ。村人達の目も期待できる内側に比べて、これは過酷な作業だった。
一方こちらは、歌など歌って呑気に‥‥。
いや、ボルジャーにとっては真剣そのものなのだろう。だが、端から見ると、この仕事を心から楽しんでいるようだ。
「早く来い来い、ゴブリン達め。大ボスゴブリンと対決だ♪」
「今、歌ってましたよ」
「え? ‥‥ううん、歌ってない、歌ってない」
ケンイチに指摘されて、あわてて口を塞ぐボルジャー。依頼の間は歌わないように我慢しているつもりなのだ。
「いや、歌っていたぞ」
「歌ってない〜」
天華からも指摘されてしまったから、本当なのだろう。ボルジャーはもう一度「よし」と気合いを入れて、見回りを再開する。
「‥‥ボルジャーさん、ダンスのステップふんでます?」
「ううん! そんなこと、しないよ」
「ボルジャー殿じゃない、というなら‥‥?」
ザッ‥‥ザッ‥‥ザッ‥‥ザッ‥‥。
規則正しい足音が聞こえてくる。
「どこだ!?」
「あの道の向こう!」
「村長の家の近くだ!!」
反対側を見回っていたリオン達も気がついた。
急ぎ走り、足音のする方向へ向かう。
足音が止まった。
木の割れる音がした。
「やめろ!」
追いついた冒険者達が見たものは、10匹のゴブリンが家を壊そうとしているところ。そして扉はすでに半分壊されていた。
冒険者達が周りを取り囲むと、一旦、その手が止まった。
なるほど、最初の情報通り、1匹だけ格好の違う者がいる。そいつが、こちらを目を爛々とさせて睨んでいた。
ギィギィ耳障りな声で一言、二言話したかと思うと、今度はゴブリン達は棍棒を握り直し、一列に並んで冒険者の方を向いた。
「さてっと‥‥やるか」
ゴブリンはやる気だ。なら、こちらも手加減はしない。リオンはきりっと唇を噛んだ。
9匹のゴブリンがぱっと広がった。冒険者達を取り囲むように位置を変えた。
そしてその位置についたと同時に、中央にいる冒険者達に向かって、一斉にとびかかってきた。誰かが合図を出したわけではない。目配せひとつせず、どのゴブリンも全く同じタイミングで仕掛けてきたのだ。
「くぅっ‥‥!」
ヒースクリフはその一撃を左腕で受け止めた。彼の顔は突如受けた鈍痛に歪む。
‥‥否。否!
ヒースクリフは笑っていた。そう、この機会を待っていたのだ。
わざとこちらに接近させて反撃に出る。この時のために剣の威力を増幅させていたのだ。
『ギャアアッ』
まず、1匹のゴブリンが倒れた。
「僕だって負けないから!」
ユニはショートボウを構えてゴブリンを狙う。ゴブリンが外周になったことは、却って好都合だった。これが逆なら、仲間に当てないように狙うのは難しかったかもしれない。そしてもう1匹が倒れた。
「天華、早く!」
「もう少し‥‥あと、もう少し‥‥よし!!」
カッと目を見開いた天華から発せられたのは、ディストロイの魔法。そして彼女が狙っていたのは、あのリーダー格のゴブリン、ただ1匹。
命中!
司令塔を失ったゴブリンは明らかに狼狽えていた。そして1匹がくるりと背を向け、逃げようとした。するとそれに触発されたのか、他の残ったゴブリンも、我先に逃げようとする。
「逃げられはしない」
だが、すでにレーヴェとアシュレーが回り込んでいた。
レーヴェの目標は、ゴブリンの全滅。
そしてそれを達成した。
「盗まれたものを取り返せれば良かったのですが」
ゴブリンが全滅した今、それがどこにあるかは分からない。アシュレーは申し訳なさそうに頭を下げた。
「いやいや、あの畜生にとられたものが無事とは思ってません。どうせめちゃくちゃになっているでしょう。それより、よくぞキレイに退治してくれました」
フーゼルユは全員の手を握り、頭を下げた。
「お礼を用意しました。どうぞ、召し上がっていってください」
「うちでもご用意しました。どうぞどうぞ」
「こちらへも寄って下さいな」
来たときと同様、めいっぱいの謝礼を受けた冒険者達。
帰るときには胃がずっしりと重く、ゴブリンを退治するよりへとへとになったのだった。