●リプレイ本文
さすが由緒正しきシロコシロッコ一座。その屋敷も大きく立派なものである。今は練習をしているところなのか、綺麗な音楽が庭まで聞こえてきた。
「機会があって演奏を拝聴したことが御座いますが、それはもう、過ぎゆく時間が惜しくなるほどの素晴らしいものでしたわ」
座長に挨拶に来たレジーナ・オーウェン(ea4665)だったが、それよりも一座に会えた感激の方が先に現れてしまった。
「その未来の花形の危機ともなれば、力を貸さずにいられません。必ず、連れて戻ります」
「なんて頼もしい! ぜひお願いします」
シロコシロッコは、まるでもうヤヤが戻ってきたかのように喜んだ。まだ気が早いが、今回集まった面々を見ると、座長がそう思ってしまった気持ちも分かる。
「ところで座長さんは、どうしてヤヤさんが家を出たと思ってるの? 心当たりみたいなのって、あるかな?」
「それは俺も聞きたい。家を出る前に、なにかいつもと違う言動が無かったか、思い出してくれないか」
キリク・アキリ(ea1519)とエルド・ヴァンシュタイン(ea1583)が、順番にシロコシロッコに尋ねる。彼は、しばらく考えて、答えた。
「そうですな‥‥あの『赤錦きてれつ団』が我が家の真ん前で見せ物をしていた、それをしきりに見ていたな‥‥」
そこまで思いだして、ハッと何かに気がついた。
「そう、あそこの団長が、ヤヤと同じ楽器を持っていたんですよ。ジャパンの弦楽器を。確かに、腕はよかったが‥‥」
「ヤヤさんより上手、ということでは?」
紅天華(ea0926)がずばりと言った。シロコシロッコは、ためらいつつも、肯いた。
団長である錦乃獺の演奏に惚れ、ヤヤがついていった。考えられなくはない。
「しかし失礼ながら、ヤヤ殿が、旅芸人の下積みとして一から修行をできるとは思えぬ」
天華は言う。座長の5番目の娘であるヤヤ。それはたいそう、可愛がられているだろう。そして生まれたときから最高の楽団員の一人として扱われ、事実、名に恥じぬ芸をしていたのだ。それが一転、定まった家もない、危険で奇抜な一団の仲間入りをして、そんな暮らしに耐えられるのか?
一座を離れて数日が経つ。
きてれつ団と一緒に隣の村へ行ったヤヤは、どうしているだろうか。
団員全員の洗濯物を抱えて、ヤヤは水場で慣れない洗濯をしていた。
その隣には、クリス・シュナイツァー(ea0966)とサリエル・ュリウス(ea0999)。同じく『下っ端』として、洗濯係となっていた。
「生卵でお手玉はいいけど、最後に頭で割るのは勘弁して欲しいな」
誰の衣装もいろいろなものがこびりつき、どれもこれも洗い落とすのが大変だった。ヤヤはしかし、少しも嫌な顔をせず、むしろそうして皆の役に立てていることを嬉しく思っているようだった。
クリスとサリエルは、一足早く馬を走らせ、きてれつ団と接触していた。団の中に潜り込むため、団員達の前でサリエルが得意のナイフ芸をしてみせ、認めさせたのだ。とはいえ、誰でも最初は下働きから。そのため、クリスもサリエルも、そして数日だけ先輩のヤヤも、やっぱり並んで洗濯係なのだ。
「おまえはあのシロコシロッコにいたそうじゃないか。どうしてきてれつ団に入ったんだ?」
世間話の流れで、サリエルはヤヤに尋ねた。
「こっちの方がずっと楽しいわ。決まったお客様の前で接待のために使われる演奏なんかより、よっぽどね」
ヤヤは、獺率いるこの団が、いかに魅力的であるか喋ってくれる。
「ご家族はなにもおっしゃらなかったんですか? 反対は?」
「反対されたわよ。でもね、あたしだって理想を追いたいわ」
「子供は親の玩具じゃないさ。自分の意志を持つのは立派だ」
「サリエルさん、分かってくれるのね! 嬉しい。いいお友達が出来たわ」
何の疑いも持たず、ヤヤはクリス達とうち解けていた。
そうこうしているうちに、他の仲間達も村に到着しつつあった。
『さあさあ、遠く遠く東の国から、数多の月道をくぐりぬけ、我ら赤錦きてれつ団がこの村にやってきましたよ』
広場が急に賑やかになった。小さな踊り子達が空を舞い、大男が組み体操をし、美男美女が珍しい楽器をかき鳴らしていた。
「へえ、ちょうど芸を始めるところだ。いい時間に到着したな」
村へ着いたと同時にきてれつ団に遭遇したキリクは、そのまましばらくそこで演技を見物することにした。
最初は歌と踊りだったが、徐々に砕けてきた。足で楽器を弾いてみたり、ヒヨコや椅子でお手玉をしたり、ナイフを飲み込んでみたり‥‥なるほど、シロコシロッコでは絶対に見ることなど出来ないものばかりだ。
「サリエルたちも中にいるはずなんだが‥‥」
エルドが彼女らの姿を探す。しかし、舞台にはサリエルもクリスも、そしてヤヤもいなかった。
「まだ入団したばかりだから、舞台には立たせてもらえないそうですわ」
レジーナがよく見ると、幕で覆った後ろの方で、何人かが小道具の準備をしている、さらにその後ろにヤヤ達がいた。助手の、助手。それが彼女たちの立場らしい。
『お名残惜しくはありますが。本日はこれにてサヨウナラ。またアシタ、またアシタ』
今日の演技は終了した。明日、同じ時間にまたやるそうだ。
「団長殿」
後かたづけをしているところへ、天華とエルドが声をかけた。長身の、黒毛の男が振り向いた。彼が獺らしい。
「団長殿。そしてヤヤ殿。話をする時間をいただけないか?」
(「あのお二人はどうなさるおつもりでしょう?)」
(「まあちょっと、聞いてみようか」)
掃除をしながら、クリスたちの耳は獺たちに向けられている。天華の話はこうだった。
「実は、ヤヤ殿の父御から、連れ戻すように依頼を受けている。ヤヤ殿の事情もわかったが、このままいくと獺殿が人さらいと訴えられかねない。一度、父御の元へ戻ってはもらえないだろうか?」
「嫌です」
獺よりも早く、ヤヤは言った。
「訴えるなら、訴えればいい。あたしは負けないわ。父様の言いなりになるもんですか」
「あんたの熱意が本物なら、父君も分かってくれるだろう。こんなことで親子の仲が断絶するのは忍びない」
「あの人は自分の意見を曲げない人なの。16年間一緒に暮らしていて、よく分かってるわ。だから戻らない。戻ったら、二度とここに帰ってこられないもの」
「まあ、待ってくれ」
と、獺がヤヤを止めた。
「天華さん、エルドさん。事情は分かりました。しかし、もうヤヤは私の家族です。モノではないのですから、そう簡単にやりとりできません。私にも、ヤヤと話をさせてください」
獺と、他の『家族』とも話をしなければ。返事は明日になるとして、今日は二人は帰ることにした。
『さあさあ、遠く遠く東の国から‥‥』
翌日。予告通りまた演技が始まった。昨日の噂を聞いたのか、今日はまた一段と人が集まっている。
今日もヤヤ達は後ろの後ろにいる。
演技も佳境にさしかかった頃。
「きゃああっ!!」
女の悲鳴が聞こえた。そして、馬が暴れる音が。
「だ、誰か助けて! 馬が暴れて!!」
レジーナを乗せた馬が、観客の山めがけてつっこんできたのだ。
危ない、押さえつけろ‥‥。あちこちで怒号が飛び交う。まろび倒れながら、黒山はばらばらに散らばっていく。
(「始まってしまったか‥‥これだから、血の気の多い輩と組むのは嫌だというのに」)
馬はレジーナと一緒に、広場をひっかき回すだけひっかき回していなくなった。彼女の大胆な行動に、天華はため息をつきながら、あとに残った怪我人の世話に回る。
「ヤヤは‥‥」
ああ、やられてしまったな。
天華は慌てなかった。こうなることは予想されていたからだ。
「もっと大騒ぎしてなよ。ヒヨコたち、逃げろ。後ろの暗幕、やぶれちまえ」
「‥‥サリエル殿、ヤヤは連れ去られてしまったんだから、もうそこまでしなくてもいいだろう?」
「見つかってしまったか。残念」
そう、ヤヤは冒険者達の手で連れ去られてしまっていたのだ。
「離してよ! 離しなさいよ!!」
「ごめんね。お父さんから頼まれてるんだ」
騒ぎの隙をついて、キリクは実力行使に出ていた。
「お父さんとの説得も応援しますよ。でもその前に、まず話し合いのテーブルにつきませんと」
クリスが馬をどんどん走らせる。
「あの人と話したって無駄なのよ!」
「それでも連れ帰る約束だ。‥‥悪いな、俺たちは、冒険者なんだ」
エルド達はシロコシロッコ座長の依頼を受けた冒険者。暴れるヤヤも何のその、馬はあっという間にシロコシロッコの屋敷に到着した。
「‥‥父様、ひど過ぎるんじゃないですか?」
「何を言うか。黙って出て行く方が悪い。それも、あんな得体の知れない連中のところへ!」
「それがひどいって言うのよ。獺さんは立派な人よ。演奏の腕も素晴らしいわ」
「そんなところで修行したことが、何の箔になる? 恥をさらすだけだ、みっともない!」
「きてれつ団が恥ですって? 演奏の腕は認めないの?」
「いくら白鳥でも、泥に落ちれば羽が汚れる。そんなもの、何の価値もない」
「なんて侮辱なの!? 許せないわ」
「あのー‥‥」
激しい言い合いが続くなか。エルドが申し訳なさそうに口を挟んだ。
「シロコシロッコさん、約束の報酬を早く頂きたいのだが」
「ああ、そうだった。ご苦労さん」
座長は約束通りの額を、人数分の袋に分けて渡してくれた。
「どうも。それでは‥‥」
依頼解決、とドアを開けようとしたときだ。
勢いよくそれが反対側から開けられ、獺が飛び込んできた。
「ヤヤ!」
「獺さん!!」
「シロコシロッコさん、ヤヤさんの話も聞いてください!」
「ええい、ここは貴様らの来るところじゃない。帰れ!」
「座長殿、とりあえず落ち着いて、話をしようではないか」
『連れ戻せ』という依頼は終了した。
だから、ヤヤのこれからのことなど、冒険者達はまったく無関係なのだ。
それなのに、まだこうして彼らのために働きかけようとする。
全く、面倒見が良いというか。
これだから、人はギルドに依頼を次々と出すのだろう。