【ケンブリッジ奪還】肉屋と豚鬼
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■ショートシナリオ
担当:江口梨奈
対応レベル:1〜4lv
難易度:易しい
成功報酬:1 G 0 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:09月21日〜09月26日
リプレイ公開日:2004年09月27日
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●オープニング
「なに? モンスターがケンブリッジに!?」
円卓を囲むアーサー王は、騎士からの報告に瞳を研ぎ澄ませた。突然の事態に言葉を呑み込んだままの王に、円卓の騎士は、それぞれに口を開く。
「ケンブリッジといえば、学問を広げている町ですな」
「しかし、魔法も騎士道も学んでいる筈だ。何ゆえモンスターの侵入を許したのか?」
「まだ実戦を経験していない者達だ。怖気づいたのだろう」
「しかも、多くの若者がモンスターの襲来に統率が取れるとは思えんな」
「何という事だ! 今月の下旬には学園祭が開催される予定だというのにッ!!」
「ではモンスター討伐に行きますかな? アーサー王」
「それはどうかのぅ?」
円卓の騎士が一斉に腰を上げようとした時。室内に飛び込んで来たのは、老人のような口調であるが、鈴を転がしたような少女の声だ。聞き覚えのある声に、アーサーと円卓の騎士は視線を流す。視界に映ったのは、白の装束を身に纏った、金髪の少女であった。細い華奢な手には、杖が携われている。どこか神秘的な雰囲気を若さの中に漂わしていた。
「何か考えがあるのか?」
「騎士団が動くのは好ましくないじゃろう? キャメロットの民に不安を抱かせるし‥‥もし、これが陽動だったとしたらどうじゃ?」
「では、どうしろと?」
彼女はアーサーの父、ウーゼル・ペンドラゴン時代から相談役として度々助言と共に導いて来たのである。若き王も例外ではない。彼は少女に縋るような視線を向けた。
「冒険者に依頼を出すのじゃ。ギルドに一斉に依頼を出し、彼等に任せるのじゃよ♪ さすれば、騎士団は不意の事態に対処できよう」
こうして冒険者ギルドに依頼が公開された――――
「こいつめ、こいつめ! いったいどこから!?」
肉屋の親父であるノッチ・ガガリーは勇ましくも、目の前に現れた1匹の豚の化け物に、片手鍋一つで立ち向かっていた。
今、町の中は騒然としていた。どこからともなく現れたというモンスター達が、至る所を襲っているらしい。
「あの子達は大丈夫だろうか‥‥?」
ガガリーはぞっとした。
彼はいくつかの学校の食堂に、毎日、肉や腸詰めを配達していた。そこで、時々子供達に会うし、挨拶も交わす。名前を知っている者もいる。
「いいや! そんなことはない。あの子達とて騎士なんだ! きっとがんばっているはずだ!」
オークをようやく追っ払うと、ガガリーは今日のぶんの荷物を荷車に載せ、全速力で配達に回った。
「しっかり食べろ。そして戦え! こんなモンスター達に負けるんじゃないぞ!」
しかし、これでは終わらなかった。
次の日。またオークが現れた。昨日のオークとは違う。それも、2匹に増えていた。今日の配達のぶんの荷物から漂う匂いに誘われたのか、それに食いかかろうとしている。
「こいつめ、こいつめ!!」
「あんた、あたしも加勢するよ!」
のし棒を持った妻に援護され、ガガリーはやっと荷車を出し、今日のぶんの配達を終わらせることが出来た。
その次の日。オークの数は4匹に増えていた。
今度は老いた両親も手伝って、何とか店を出ることが出来たが、荷が少し食われてしまった。
家族の誰もがへとへとに疲れてしまった。このままではこちらが負けてしまう。
もっと圧倒的な勝利を!
なめられてはならない。豚に食わせる肉など無いのだ。
ギルドに出された依頼に気づいてくれた冒険者はいるだろうか? いるなら、一刻も早く来て欲しい。小さな店のことだと、見過ごさないで欲しい。
明日も明後日も、配達はあるのだ。
●リプレイ本文
「ああ、親父、お袋!」
「大丈夫じゃ。この程度の怪我、何ともない」
「もうこれ以上は無理だ。明日は、俺が」
「おまえ一人で、あの数は無理じゃ!」
ついに、ガガリーの老いた両親は立ち上がれなくなった。今日になって、オークの数は6匹。そして、荷の半分を食べられてしまった。このままでは、明日にはもっと多くのオークが来、そしてもっと多くの荷が食べられてしまう。もう戦えるのはガガリーとその妻しか残っていない。
「ガガリーさんの肉屋は、ここですか?」
と、急に店の外ががやがやと騒がしくなった。見てみると、なんと10人以上の冒険者がやってきていたのだ。
「あ、あんた達、ギルドから来た人かい?」
「はい。お待たせ致しました。私たちはどんな小さな依頼でも、困っている人を見過ごしたりしません」
ユーリアス・ウィルド(ea4287)がにっこりと微笑みながらそう言うので、ガガリーは涙が出そうになった。
「ありがとう、ありがとう!」
礼には及ばない、と皇蒼竜(ea0637)とシェラン・ギリアムは言う。ここを守ることは、ひいては周りの学校を、この町全てを守ることに繋がる。
「腹が減っては戦は出来ぬ、とも言います。今回の騒動で町を支えているのは、実はガガリーさんなのかもしれませんよ」
食料の確保が勝利を約束するのだと世良北斗(ea2685)の言葉。ここを守らなければ町の皆が弱るばかりか、オークのような雑魚敵を力づけてしまうかもしれない。今回の件は、しくじるわけにはいかないのだ。
「それで、今朝もオークは来たのか?」
「ああ、6匹だった」
「じゃあ明日は、もっと増えるかもしれないんだな」
ガガリーの話を聞いて、クラム・イルト(ea5147)は歯を見せて笑った。
「くっくっく‥‥久々のモンスター退治だな。腕が鳴るぜ」
「一匹残らず、退治してやる。オークの分際で、人間様の喰う肉を狙うなんざ、しゃらくせえ」
武藤蒼威(ea6202)もまた、嬉しそうな顔をしていた。彼はまだ、依頼を多くはこなしていない。『戦う』という機会は、願ってもないことなのだ。
「明日は早くから、このシャルナクス達も連れて、店の周りを護るつもりだよ。だからガガリーさん、今日の内に、いろいろ話を聞かせてね」
レフェツィア・セヴェナ(ea0356)が言った。
「目には自身があるからね、屋根の上を借りるよ。見張りをするからね」
そう言ったのはアギト・ミラージュ(ea0781)。目だけでなく耳も良い。男性にしては小柄で軽く、屋根を乱暴に歩くことはしない彼がそこでの見張り役を受け持つのは、一番ぴったりのように思える。
「気配の察知は、俺も自信があるよ。この、ソニアも援護にきてくれているしね、ひょっとしたら、みんなの出番は無いかもよ?」
などと冗談めかしてユウ・ジャミル(ea5534)は言った。それで皆も、自分がいかに強くて腕に自信があるかを披露しはじめた。明日に大事があるなら、どうしても人は緊張してしまうものだが、それがどうだろう、ガガリーの肉屋は和んでいた。毎日の抵抗と配達で疲れ切ったガガリーも、その妻も、足を折った老父も背中を殴られた老母も、皆、何の心配事も無いかのように笑っていた。
これまでと同じ時間にオークが来るなら、明日、戦いが始まるのは日の出前、ということになる。ガガリーはまだ薄暗い時から、今日の配達分の荷物を荷車に載せる。配達先の食堂は数カ所有り、昼食の準備に間に合わさなければならないので、そんな時間なのだ。
「なにかお手伝いできることはありますか?」
老父母が寝込んでいるなら、人手も不足している。ユーリアスの親切を、ガガリーは喜んで受け入れた。
「いろいろなお肉があるんですね。まあ、この腸詰めなんか、美味しそう」
「このでっかいのは一番の人気なんだ。熱々に茹でたのをかぶりついてみろ、よだれが止まらないぞ」
自慢げに、ガガリーはそれを見せてくれた。彼が言うには、月末の学園祭にはこれを提供し、子供達をもっと喜ばせようと思っていたらしいが。
「‥‥このぶんじゃ、その学園祭も出来ないかな、こんなありさまじゃ、な」
「何を弱気なことをおっしゃってるんですか。ケンブリッジからモンスターはいなくなります! なくしてみせます! 学園祭が待ってるんですから」
「頼もしいな、君たちは」
と、店内で準備が整っている頃。
屋根の上のアギトが、鼻をくんくんさせていた。
(「‥‥ああ、なるほど。外の荷車から、すごくいい匂いだ。これじゃあ、オークじゃなくても近寄ってくるよ」)
街はまだ眠っている。朝もやで隠された家々はしぃんと静まりかえり、ガガリーのような商売人達だけが、他の誰も起こさないようにこっそりと一日を始めようとしていた。
「オークはどの道から来るんだろうね」
見回りをしているレフェツィアは、先刻から何度も前の道を往復している。大通りから、裏道、塀の隙間、オークが通れそうな場所は幾通りもあり、どこでも気が抜けない。
「いよいよ出発か、親父さん?」
蒼威が声をかける。ユーリアスが手伝ってくれたおかげで、いつもより早い時間に出かけられそうだ。
「ひょっとしたら、オークが来る前に、ここを出て行けそうだ‥‥」
ガガリーはそう思っていた。
だが、ユウの顔色が変わった。
「‥‥足音が‥‥」
足音がする。
たくさんの、乱れた音が。
1、2、3、‥‥‥‥8匹!
「走りますよ、ガガリーさん!」
北斗がミスリル・オリハルコンと一緒に、荷車を後ろから押す。ユーリアスがその背を庇い、ガガリーとその荷物を護った。
「まずはここから離れてください」
オークのいる道の反対側に向かって、ガガリーは全力で荷車を引いた。
それを追いかけようとするオーク。
「おまえらの相手はそっちじゃない」
だが、その前にクラムが立ち塞がる。
「俺をどれだけ楽しませてくれるかな? さあ、かかってこい!」
オーク達はおそらく、彼らを甘く見ていた。
この肉屋は大した武装もしていない人間がおり、少し力押しをすれば美味しい肉が手に入るのだと、他のオーク仲間が言っていた。
だから、目の前のこいつらもそうだろう、少し脅せばよい。数だって、こちらの方が多い。
さあ、今日も美味しい肉をいただこう。
「最初の配達先は?」
「二つ先の角を曲がったところだ!」
北斗は後ろで器用にスピードを調節して道を曲がる。最初の学校が見えた。前に出て裏口の門を開けると、ガガリーはそこへ勢いよくつっこんだ。
高い塀の、門が再び閉められた。
「引き返しましょう、皆さんの応援に」
ガガリーが配達に出ても、まだ店には肉が大量に残っている。しかも、家人は戦えない。
「店には、近づけるな」
蒼威は隣の三好石洲に言った。
蒼竜もまた、握りしめた両手の拳を前後左右に振りかざし、オーク達を威嚇する。
「この肉屋に一歩でも近づけば、お前達を逆にこの肉屋に吊して喰ってしまうぞ」、そう言いたげな眼で睨み付け、じりじりと間合いを詰めていた。
さあ、今日も美味しい肉をいただこう。
まずは手前の、あの鍋ものし棒も持っていない男から脅してやれ。
オークが蒼竜に向かって飛びかかった。
「チッ!」
一番近い場所にいたから。それが原因か、一斉に蒼竜が狙われた。両の手だけが武器の蒼竜には、少々厄介な状況だ。
「俺たちがいるってのを、忘れてるの?」
アギトはがら空きになっている1匹のオークの足下を狙い、ナイフを投げつけた。オークは悲鳴を上げ、バランスを崩しそこに倒れた。
「こっちも相手にしてやるぜ。さあ、来な」
クラムは楽しんでいた。今の彼女には、豚鬼程度のモンスターは手こずる相手ではない。遙かに自分の方が強い。ガガリーの求めた『圧倒的勝利』、彼女にはそれが出来る。そしてそれは同時に快感でもあった。
逃がすな。
殺せ。
全滅させろ。
「僕はなるべくなら殺したくないんだけど‥‥今回は、仕方ないんだね」
2度と、オークがここへ来ることが無いように。
レフェツィアは心を鬼にする。
圧倒的勝利。
圧倒的勝利。
それが、依頼を成功させるための条件だ。
あとはガガリーが配達を終えて戻ってくるのを待ち、約束の報酬も貰えば全て終了だ。
「じゃあさ、まだ時間があるようだから、ちょっと俺と話をしない?」
いい機会とばかりに、ユウは女性達をいきなり口説きにかかった。
「ねえねえ、どこに住んでるの? 次はどんな依頼を受ける? また一緒にやらない?」
そんなふうに、軽い感じでユウは女性に擦り寄っていく。けれど、顔をマスカレードで隠し、褌をたなびかせている男になびく女性がいるのだろうか?
「‥‥あの〜、クラムさん。あの人は、いつもああなんですか?」
ガガリー夫人がこっそり聞いてくる。
クラムは返事に困っていた。