ハンシャルディ氏からの依頼

■ショートシナリオ


担当:江口梨奈

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 29 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月02日〜11月09日

リプレイ公開日:2004年11月09日

●オープニング

 ハンシャルディは預言者だった。
 今は違う。虚言を繰り返す、老いぼれた爺さんだ。
 「天が落ちる」だの、「地が割れる」だの大げさに叫んでは人々を驚かせていた。いや、彼にとっては真実だったのだろう。本当に彼の中には、神の声が届いていた‥‥もっとも、その神は彼の中にしか存在しないのだが。
 あまりに嘘がひどいので、村人は誰も彼を信用しなくなり、数年前にはついに妻にも子どもにも見放された。それでもハンシャルディは預言を届ける。誰にも聞いて貰えない預言を。

「世界が終わる!」
 ハンシャルディは叫んだ。
「はいはい、そうですか」
 年のせいで足の悪くなったハンシャルディは、若いときのわずかな蓄えと、村人からの施しでなんとか暮らしていた。
 こうして毎日交代で来る村人は、彼を好ましく思っていなかったのでまともに話を聞いていなかった。いつも適当な返事でごまかして、今日の分の食事を用意して、さっさと帰っていた。
 だが、今日のハンシャルディはしつこかった。
「世界が終わる! じゃが、安心せよ。救世主が現れた! 南の村じゃ、いますぐ連れて来よ!」
「ああ、そうですか」
 次の日も、次の日もハンシャルディは同じことを言い、村人は同じ返事をした。
 何日目かに、その言葉が代わった。
「ギルドに手紙を送って冒険者を雇ったぞ。彼らに救世主を連れてきて貰うのじゃ!」

「ハン爺さん、冒険者を雇ったってよ。どこにそんな金があったんだろうね」
「でもそうなると、依頼を受けたお方がこの村に来るんだろう? ホラ話だって知ったら、怒っちまうんじゃないのか?」
「ギルドに依頼は? ああ、もう貼り出されたようだ。冒険者はこっちへ向かっているってよ」
「爺さんは村の外にまでやっかいなことをしてくれた!」
「じゃあこうしよう。穏便にお帰りいただくんだ。ハンシャルディなんて爺さんはこの村にいない、ギルドの依頼はなにかの間違いだ、ってことにして‥‥」
「そうだね、わざわざ来て貰って申し訳ないけどね。ハン爺さんのホラ話で、これ以上迷惑はかけられないよ」
 村人が集まってそんな相談をしている中。
 ハンシャルディだけが一人、ベッドの中で嬉しそうに救世主への御使いが到着するのを待っていた。

●今回の参加者

 ea2388 伊達 和正(28歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea4460 ロア・パープルストーム(29歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea5934 イレイズ・アーレイノース(70歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5984 ヲーク・シン(17歳・♂・ファイター・ドワーフ・イギリス王国)
 ea7623 ジャッド・カルスト(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea8218 深螺 藤咲(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 依頼を受ける前に。
 この、ハンシャルディというのはどんな人物なのか。
「どんな方なのか、依頼を持ってきた人物の似顔絵を用意して頂けませんか?」
 イレイズ・アーレイノース(ea5934)やヲーク・シン(ea5984)は、まずそれを確認したいと思った。
「いや、手紙での依頼でしたので、顔は存じ上げないんですよ」
「手紙で? それで依頼を受理したのか?」
「ご高齢で足が悪いとありましたので、ギルドまで出てこられないのも仕方ないと思いましたのでね」
 深螺藤咲(ea8218)は、シフール飛脚がよこしたというそれを見せて貰う。住処と、依頼の内容が書かれてあり、『不明の点は直接説明する』と最後に記して、ハンシャルディのサインがされてある。老齢を証明するかのような震えた文字で、なるほど、特におかしなところはない。
「とにかく、氏の村へ向かいましょう。詳細をご本人から聞くのは、これまでの依頼でもあったことでしょう」
 と、伊達和正(ea2388)は言った。キャメロットから遠い村になるほど、連絡が届きにくいのはよくあること。ギルドに回ってくるのは情報の一部だけで、残りは依頼主から教わるというやり方は、決して珍しくはない。
「和正の言うとおりだな。ただの人捜しだ、すぐ終わる仕事だろうぜ。な、早く終わらせて、その後で‥‥」
「お茶? 私を誘うなんて、よほど上等のお茶を用意できるんでしょうね?」
 まだ何も片づいていないのにジャッド・カルスト(ea7623)はロア・パープルストーム(ea4460)を口説きにかかり、そして激しい肘鉄砲を喰らっていた。

 そう、彼らは、村へ着くまで、これはよくある普通の依頼だと思っていたのだ。村へ着くまで。
「はんしゃるでい? そんな人は、この村にはいませんよ」
 二日ほど歩いて目的の場所に到着し、そこで最初に会った人間に尋ねたが、彼はハンシャルディの存在を否定したのだ。
「いない?」
「はぁ。ギルドに依頼? この村じゃ、だれも困り事なんて抱えていませんよ」
「そんな‥‥!?」
 依頼主が存在しない! こんなおかしな話があるだろうか?
「念のため、他の方にも聞いてみましょう」
 しかし、結果は同じだった。誰もが「知らない」という。そして同時に、「何かの間違いだから、早く帰れ」と。
「‥‥おかしいと思いませんか?」
 イレイズが最初に気が付いた。
「ハンシャルディという人は、本当にいないのでしょうか?」
 なら、誰が依頼を出したのだろうか? ただの悪戯か? それにしては内容が具体的すぎる。そして同時におかしく感じることがある。誰もが同じ返事をすることだ。「居ない」「帰れ」。
「普通なら、冒険者が来たんだから、何か事件が起こったのかと興味を持つ人もいるはずよ。それなのに、皆の素振りは不自然だわ‥‥」
 ロアも同じことを思った。村人は何かを隠している。
「ちょっと突っついてみようかな」
 と、ヲークはフライングブルームを取り出すとそれに跨り、一気に空に昇った。そして360度、ぐるりと下界を見渡して、川縁で洗濯をしている女性の集団を発見した。
(「あの人たちなら‥‥」)
 籠一杯の肌着を叩き洗っている中年女性達の真上に場所を変えた。そしてそこから、彼女たちに向かって叫んだのだ。
「ハン爺さんの家はどっち!?」
「きゃあっ!」
 女達は驚いていた。いきなり頭の上から声をかけられたのだから仕方ない。
「ハン爺さんの家だ。知らないか?」
「えっ、あ、ハン爺さんなら‥‥」
「ちょっと、あんた!」
 若い女性が何か言おうとした、それを隣の女がたしなめた。
(「やっぱり何か知っている!!」)
 女の反応で確信した。ハンシャルディはこの村にいる。いるのに、存在を隠されている。
 彼女たちは動揺している。いまのうちにもっとつつけば、生じた綻びは大きくなるだろう。
 そしらぬ顔をして、ジャッドが近づいていった。
「困ったな‥‥本当にハンは居ないのか。タダ働きになるなんて‥‥気が収まらないな」
 怒りを強調した独り言を呟いてみた。この依頼のために1週間ほど時間を使うことになる。それが全くの無駄になってしまうのだ、と憤りを剥き出しにして。
「悪戯の依頼だったのでしょうか? でしたら、その悪戯の主を捜してギルドに報告しないと。調べますので、ご協力頂けますか?」
 藤咲は、脂汗を浮かべて黙り込んでいる女達に向かって、柔らかく言った。
「悪戯にしてもひどい。世界の終わりがくるなどと脅していますからね」
「せ、世界の終わりなんか来るはずありませんよね」
 返事をしないと変だとでも思っているのか、言葉を選びながら返事がされた。
「あなたは信じますか、世界の終わりなんてものを」
「まさか、そんな」
「そもそも、終わりの予兆みたいなものってあった? 天気が荒れたとか、動物が死んだとか」
「いいえ。ちっとも」
「そうよね。平和そうな村だもの」
「そうですわ。ここは平和な村よ」
「まったく。その予言者の『婆さん』も、人騒がせだな」
「いえいえ、ハンは男性で‥‥!!」
 ジャッドはにやりとした。
 藤咲達が世間話のふりをして、女達の警戒を解いたところに、引っかけを振ってみたのだ。みごとにひっかかってくれた。彼女たちはハンシャルディを知っている。否定できない。
「案内していただけますか?」
 女達は観念していた。

「おおお、冒険者よ! よく来てくれた!!」
 どやどやと部屋に入り込んだ来客に、痩せた老人は眼をぎょろりと見開いて歓迎した。案内した女はシュンと小さくなり、老人のそばで食事の食器を片づけていた女はもう少しでそれを落とすところだった。
「こちらの女性から事情は聞いたわ。別にこの爺さんがホラ吹きでも恨んだりはしないから安心して」
 ロアが言った。依頼があり、それを受け、実行すれば報酬が手にはいるのだ。彼女がこの村に来た目的はそれであり、寧ろそれを邪魔されて、一銭も手にすることなく帰されてしまう、そのことの方が怒りを覚えるのだ。
「それでは、早速ですがハンさん。その、救世主のことを教えて頂けますか」
 『世界の終わり』、物騒な話だ。しかし、単なる老人の戯れ言にも思えない。和正は一刻も早い解決を望み、ここへ到着するまでの遅れを取り戻そうと、話を急かした。
「ここから南の村じゃ。救世主は男じゃ」
「特徴は?」
「分からぬ。だが、歳は21歳じゃ。母親と二人暮らしのはずじゃ」
「それだけでは‥‥」
 予言者の言葉はあまりにも漠然としていた。しかし、何度聞いても、同じことを繰り返す。すると、案内の女が、イレイズの袖口を引っ張った。
「あの。もしかしたら‥‥」
「なんでしょう?」
「別れた、息子さんじゃないでしょうか。キヤさんといって、確か歳が、ちょうど21歳です」
「!!そうか!」
 それで和正にはすべて合点がいった。
 そして同時に、事態は緊急を要すると知った。
「早く行って連れてきましょう。世界が終わってしまいます」
「なんですって!?」
「いいえ、この村は無事です。終わるのは‥‥ハン氏の世界です」
 皆が一斉にかけだした。南の村の息子、彼をここに連れてくるために。
「あんた、貴重な情報をありがとう。お礼にこのあとデートしないか?」
「いやいや、ジャッドみたいな若造じゃだめだ。ぜひ、俺と今夜一緒に」
「あのー、他の方は、行ってしまいましたけど‥‥」
 ジャッドとヲークが代わる代わる女性の手を握りしめている間に、他の仲間はどんどん先に進んでしまっていた。

 変人の父親との縁をとっくに切っているという息子は、最初は会うのを渋っていた。母親、つまり、別れた妻も会わせるのを嫌がっていた。だが、冒険者達の熱心な説得で、なんとか折れてくれた。
「夜明けまで待てません、行きましょう」
 馬を走らせて、帰路を急ぐ。
「寒いな‥‥霜が降りている」
 いやに冷え込む夜だった。風が体を撫でて体温を奪うが、それでも速度を弛められない。
 うっすらと東の空が明るくなったときに、ハンシャルディの家が見えた。
「ああ、みなさん! 息子さんは?」
 世話係の村人が、青い顔で飛び出してきた。
「連れてきました。ハンさんは?」
「意識が‥‥」
 村人が集まっていた。ベッドに横たわったハンシャルディの隣には医者がおり、脈を測りながら厳しい顔をしている。
「‥‥父さん?」
「キヤ、か‥‥?」
 弱々しい声だ。かさかさの手で息子の頬に触れた。
 父と息子の間では、それで全てが通じたのだろうか。満足そうにハンシャルディは、瞼を閉じた。

 ホラ吹きで頑固な、厄介者の似非預言者だったハンシャルディ。しかし彼の預言は正しかった。
 彼にとっての世界は終わった。
 彼にとっての救世主に救われた。