トレイス氏からの依頼

■ショートシナリオ


担当:江口梨奈

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月23日〜11月30日

リプレイ公開日:2004年12月02日

●オープニング

「ありゃァ、間違いなく逆子じゃな」
 これまで何十人もの妊婦を診てきた産婆は、ミイ・トレイスの腹をそう判断した。
 ミイはまだ18歳。そして初産である。産婆の話を聞いて夫であるカルア・トレイスは青ざめた。
「ミイは、腹の子は、大丈夫なんでしょうか?」
「難産になるじゃろうな。‥‥最悪のことも、考えとかんと、ならんほどナ」
「最悪のこと‥‥子どもは、無事に産まれないと?」
 だが、産婆は首を横に振る。
「子どもだけで済むなら‥‥」
「ああ!」
 トレイスの眼から涙があふれる。しかし、それをぐっと堪えた。産婆が言っているのは、最悪の可能性というだけだ。必ずしもそうだと言っているのではない。ミイはまだ若く、体力もある。きっと持ちこたえるはずだ。
 しかし、万一。その万一が起こる確率は、低くはない。
「あの嫁ッコ、隣村の娘なんじゃろ? 親兄弟がおるじゃろう。呼んでおいた方がエエんじゃないか?」
「よそに嫁いだ姉たちがいたはずで‥‥彼女たちはすぐに連絡がつくでしょう。それから、親は‥‥」
 と、トレイスは思い出した。 
 ミイの母親、レイのことだ。
 7年前に夫(ミイの父親)の突然の死を機に、世捨て人となった女。人が何故産まれて、そして死ぬのかという疑問を抱き、どんな神の教えからも彼女は納得する答えを導けず、家族を捨てて一人で暮らしているというのだ。
 そのレイを連れてきて欲しい、と、トレイスはギルドに依頼を出した。

 小さな島がある。家と畑を一つずつ作ればそれでもういっぱいなので、島と呼ぶにはおこがましいのだが。レイはそこで毎日瞑想している。
 島は目と鼻の先。だが、そこへ行くまでの手段がないのだ。
 船? いや。水深が浅すぎて、座礁してしまいかねない。
 泳ぐ? いや。もう冬が始まろうとしている。こんな時に海に入れはしない。
 そして島にたどり着いても、家族を捨てたレイがミイに会おうとするだろうか?

●今回の参加者

 ea0885 アーサリア・ロクトファルク(27歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1180 クラリッサ・シュフィール(33歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2231 レイヴァート・ルーヴァイス(36歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2890 イフェリア・アイランズ(22歳・♀・陰陽師・シフール・イギリス王国)
 ea3731 ジェームス・モンド(56歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea4109 ヴィルジニー・ウェント(31歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5934 イレイズ・アーレイノース(70歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6647 劉 蒼龍(32歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)

●サポート参加者

シルフィード・インドゥアイ(ea5287)/ ノエル・エーアリヒカイト(ea5748

●リプレイ本文

 木枯らしが海に抜ける。ヒュウゥッという、甲高い音が鳴っている。どす黒い空と波、それを見て集まった冒険者達は、体を小さく震わせた。
「このくらいの距離なら、俺達は飛んでいけるんだけどなあ」
 シフールの劉蒼龍(ea6647)は同じくシフールのイフェリア・アイランズ(ea2890)と顔を見合わせ、呟いた。彼らだけなら、島まで行くのはたやすいこと。しかし、今回の依頼は、島に住むレイを連れてこなければならないのだ。
「あたしがレイさんを抱えてウォーターウォーク‥‥って、重くなりすぎるわね。やっぱり船が必要かしら?」
 ヴィルジニー・ウェント(ea4109)はそう思い、辺りを見回す。だが、ここらはとても船を出せるような場所ではなく、一艘も見当たらない。
「借りて‥‥は、来られなさそうですね〜。筏を造りますぅ?」
 用意のいいことに、クラリッサ・シュフィール(ea1180)はロープと斧を馬に繋いできていた。
「そんな凝った物じゃなくても、樽か桶のようなもので十分だろう」
 ジェームス・モンド(ea3731)は言った。
「‥‥だが、二人は空を飛ぶとして、残りの者が乗れるだけの物となると‥‥」
「心配しなくていい! 俺は水に入って、その船を引っ張っていきます」
「私も引っ張りましょう。なに、足の着く深さです、溺れたりはしません」
 どよめきが沸く。レイヴァート・ルーヴァイス(ea2231)とイレイズ・アーレイノース(ea5934)は、この冬の海を泳ぐ宣言をしたのだ。シルフィード・インドゥアイがレジストコールドをかけてくれるというが、それも含めても体力勝負だ。
「舵取りをお願いできるなら、簡素な船で大丈夫だよね。要は、レイさんが濡れなければいいんだ」
 アーサリア・ロクトファルク(ea0885)は、あばら屋に残されていた戸板を見つけてきた。所々腐って穴も開いているが、十分水に浮く。
「穴に布を張って、周りに小樽でもくくりつければ十分でしょう。クラリッサくん、ロープを貸して下さい」
「俺も手伝うぜ」
「よっしゃ、でき次第出航や! ミイはん、待っとりや。絶対おばちゃんを連れて来たるしな!!」

 幸運にも天気はよい。一日二日ぐらいは凪が続きそうだ。
 徹夜で作った筏もどきは、素人なりにも頑丈なものに仕上がった。馬や荷物の一部をノエル・エーアリヒカイトに預け、一行はいよいよレイのいる島に向かった。
「‥‥海底は岩だらけですね」
「滑らないように気をつけて」
 レイヴァートとイレイズは、筏を引っ張って海を歩く。息の心配は必要ないが、気を抜くと岩や砂溜まりに足を取られそうだ。
「怪我はない? いつでもリカバーをかける用意はできてるよ」
 荷物が濡れないように番をしつつ、牽引役の二人にも気を遣うアーサリア。
「俺たちのことはいいから、荷を見ててください」
「そうそう、毛布は濡れて欲しくありませんからね」
 島に着けば、すぐレイを乗せて連れ戻すつもりだ。潮風は冷たい。片道30分足らずとはいえ、彼女の体を冷やしてはいけない、そのための毛布だ。
「そう‥‥レイさんは、すぐに来て頂けるでしょうか?」
 ふと、ヴィルジニーは言った。
「何?」
「いえ。なんて言えば戻ってきてくれるんでしょう? あたし、レイさんが考えているような高尚な問題は分からないわ」
「そうだよな。頭のいいヤツの考えることは、わかんねぇや」
 同意する蒼龍。
「いろんな神様の教えも聞いたんだろう、家族を捨てて瞑想もしてるんだろ、‥‥それも7年も。結論が出ないから、まだ島にいるんだろうしな」
「難しいことは言わんでエエんちゃう? まずは今のミイはんの状況を教えてやらんとな」
 イフェリアは明るく言った。
「そろそろ、着きます」
 水深が浅くなると、筏はどっと重く感じる。イレイズはそれを力一杯引っ張る。ずるずると引っかかる手応えがあり、ようやく岸にたどり着いた。
「二人とも、早く体を乾かして。すぐ火を熾すからね」
 必死で庇っていた荷物の中には薪もある。濡れていない。他の荷物も、大丈夫だ。

 島‥‥と言っていいのか。4枚の板を立てて屋根を乗せただけの家が一つ、その隣に何かを植えた畑が一つ。盛り上がった岩があり、その頂上に誰かが座っていた。
「すみませーーん。レイさんですかーーー」
 声をかけると、その人影はゆっくりとこちらを振り返った。
「‥‥誰?」
「お伝えしたいことがあって参りましたーー。降りて頂けますかーー?」
 レイが近づいてきた。髪は脚まで伸び、頬はやせこけている。まだ4.50歳ぐらいと思われるが、それ以上に老いて見えた。
「あの、何か?」
「おばちゃん、ミイはんのお母はんやな?」
「ええ」
「ミイはんが子どもを産むんやけど、逆子で難儀しとるさかい、来てくれへんかな?」
 イフェリアは真っ正面からそう言った。
「‥‥ミイが?」
 レイは驚いた顔をした。同時に、嬉しそうな顔をした。別れたときはまだ11歳、幼い娘だった。それが人並みに成長し、人生の伴侶を見つけていたのだ。
 しかしすぐさま、レイの顔は曇った。
「‥‥戻れませんよ。いまさら、どんな顔をしてあの子の前に出られるというの?」
 娘を捨てた母親。
 ミイは、自分を憎んでいるだろう。
「おぬしは、ご主人をとても愛していたんだな」
 俯いたままのレイに、ジェームスは言った。
「ご主人を愛していた故、その死を受け入れられなかった。‥‥俺も分かります、俺も、妻を亡くしているからな」
「あなたも‥‥?」
「最愛の人が亡くなって悲しむのは自然なことだわ。その気持ちは止められない。でも、同じように素晴らしいことを喜ぶ気持ちも持って欲しい」
 と、ヴィルジニーは訴える。レイは、ミイの近況を聞いたすぐは、確かに喜んだ。喜びの表情を見せた。それは素直な気持ちのはずだ。
「ミイさんが出産することを喜んでほしいの!」
 行くべきか。会いに行ってもいいのか。許されるのか。
「あの〜、レイさんは大きな問題を抱えていると思うんですけどぉ」
 クラリッサが、最後の後押しをした。
「ご自身がお産みになったミイさんが、次の命を産もうとしてます、それを見れば何かがつかめるかも知れませんよ〜」

 レイの決意は固まった。
 行きと同じように、筏を二人で引っ張って、シフール達が案内をしつつ、元の浜に戻ってきた。到着と同時に今度は馬に乗せ、一目散にトレイス家を目指す。
「! ちょうどいいところに。陣痛が始まってるんです!」
 トレイスは、戻ってきた冒険者達の労をねぎらうのも忘れ、汗だらけの顔で飛び出してきた。しかし、彼らの後ろに、行きは見なかった女性が増えているのに気が付いた。
「! この方が?」
「ミイの母でございます」
「ああ、よく間に合わせてくれた! ありがとう!!」
 トレイスからの依頼は、これで無事に終わらせたことになる。

 夜が明けた。
 長い夜だった。
 誰も彼もが憔悴しきっていた。
 ミイは、流す涙も枯らしていた。
「島に、戻られるのですか?」
 イレイズが声をかけた。戻るなら、同じ方法で送って行かなくもない。
 レイは首を横に振った。
「しばらく、ここにおります。あの子のそばに」
「それがいいと思います」

「どうして、人は死んでしまうんでしょうね」
 昇りゆく太陽を見つめて、レイは言う。
「最愛の者を失うのは悲しい。悲しすぎます」
 産まれることも叶わなかった命がある。人はなぜ産まれて、そして死んでいくのだろうか。
「そんなことは、いまはもう、どうでもいいんです」
 と、レイはきっぱりと言った。
「どうでもいいんです。今はただ、ミイのそばにいてやりたいんです。たとえ憎まれても、哀れな娘の傷が癒えるまで、そばにいてやりたいんです」
 彼女たちの間に存在する7年という溝は、大きいのだろうか小さいのだろうか。
 いつかミイの悲しみが癒えることを願って。
 そして、レイが再び島に戻ることがないよう願って、冒険者達は村を後にした。