【救出作戦】人買い馬車がゆく

■ショートシナリオ


担当:江口梨奈

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月11日〜01月18日

リプレイ公開日:2005年01月18日

●オープニング

 疲れた。やっと眠れる。
 両親が死んだ僕と姉さんを叔母さんは引き取ってくれた。それは感謝しなければならない。毎日食事もくれるし、ベッドも貰えた。それが水ばっかりの粥と、薄い毛布一枚だけだとしても、ありがたいと思わなければ。だから水くみも薪割りもかまど番も、言いつけられる仕事は全部しなくては。
 今日の仕事は終わった。おやすみ。

「起きろ!」
 まだ真夜中だ。突然、叔母さんに叩き起こされた。姉さんと二人、寝間着のまま外に出された。
 そこには幌付きの馬車が2台、止まっていた。
 正装した男が立っていて、叔母さんの手に布袋を乗せた。それは重さを感じさせない音がした。
「これっぽっちかい?」
 不満そうな叔母さんに、男は言う。
「娘は田舎臭いし、ガキは使い物にならない。妥当ですよ?」
「ふん。まあいいよ、これでこっちも清々するからね」
 何がなんだか分からないまま、僕たちは縛られ、荷台に乗せられた。
 中には他にも女の子が4人、手足を縛られた状態で座っていた。
「何なの?」
「‥‥売られるのよ、あたし達」
 まだ気丈そうな女の人がいて、訳の分からない僕たちにいろいろ教えてくれた。
「あたしの名前はララ。あんたは?」
「僕はジョン」
「私はこの子の姉のジェシカ。‥‥教えて。ジョンはどうなるの?」

 この馬車を動かしているのは人買いの集団らしい。この辺りの村を回って、自分たちのような子を安く買って、この先にある大きな街で高く売るのだという。
「あたしが一番最初に買われて、一昨日からこれに乗ってるわ。昼間に寄った村で食事などを買い足して、夜は野宿の繰り返し」
 もう諦めているのか、ララは乾いた笑みを見せた。
「街までまだ何日かはかかるらしいわ。覚悟してなさい、満足な食事も貰えないし、夜も毛布一枚しかないんだから」
 どこかで聞いた話だ、と、ジョンは思った。
「逃げようとは、思わなかったの?」
「考えたわ。考えたけど‥‥」
「お前ら、ぺちゃくちゃうるさいぞ! 静かにしてろ!」
 馭者の一人が振り返り、叫んだ。
 ララはジョンの耳に顔を近づける。
(「今のが用心棒のジャイアント。隣にいるのはここの頭だけど、それでも腕が立つから」)
 ふと見ると、他の少女が震えていた。おそらく、彼女は逃げようとして用心棒に酷い目にあったのだろう。
(「それから、後ろから来る馬車、あれも仲間よ。3人、乗っているけど、どれも油断ならない連中よ」)
 このまま、売られるのを待つしかないのか。
 と、ジェシカが、ジョンの手を縛っている紐を歯でほどき始めた。
「姉さん‥‥!」
(「しっ、静かに」)
 ジェシカは長い時間をかけて、何とか結び目をほどいた。ジョンは自由になった手で、次はジェシカの紐をほどこうとする。
(「だめ、ジョン。あなただけ逃げなさい」)
(「どうして!?」)
(「いいから、私の肌着に縫いつけてあるポケットを破って」)
 姉に従って肌着を探ると、なんとそこには数枚のコインが入っていた。姉が、叔母の目を盗んで隠し持っていたものらしい。
(「これを持ってキャメロットへ行きなさい。あんたの足ならすぐに着くわ。そこのギルドに、頼りになる冒険者を呼んで貰いなさい」)
 ジェシカも、逃げようと思えば逃げられた。けれど、目の前にいるララや、他の弱った娘を見捨てられないと思ったのだ。
(「あとは、この子が逃げる隙を作らなくては‥‥」)
(「ジェシカ、夕食の時に、あんたとあたしで酌をして回ろう。その間に、ジョン、気づかれないように行くんだぞ」)
 姉とララが機会を作ってくれているのだ。失敗するわけにはいかない。
 ジョンはわずかな金を握りしめて、ひたすらにキャメロットを目指した。

●今回の参加者

 ea1854 獅子王 凱(40歳・♂・志士・ジャイアント・ジャパン)
 ea7373 クー・ダリネット(25歳・♀・レンジャー・人間・インドゥーラ国)
 eb0360 リリィ・ヒューイット(28歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb0464 ジュン・リード(35歳・♀・レンジャー・人間・エジプト)

●リプレイ本文

 助けて。時間がない。
 ジョンがギルドに駆け込み依頼を出して貰ったが、やはりあまりにも急すぎるのか、集まった冒険者はわずかに4人であった。
「諦めたりなんかするんじゃないわよ。あんたのお姉さんは助けてあげるからね」
 不安そうなジョンの背中をリリィ・ヒューイット(eb0360)は思い切り叩いた。初対面の4人だが、幸い気のいい人たちで、個性的な面々が揃ったのだ。うまくいくに決まっている。
「君たちみたいな子どもを売ろうとするなんて許せないよ! その人買いをやっつけてやろうね」
「‥‥? ごめん。ぼく、おねえさんの言葉わかんないけど、でも、ありがとう」
 残念ながらクー・ダリネット(ea7373)はまだイギリス語を使いこなせない。ギルドの中ではシフール達が通訳をしてくれたが、もう彼らはいない。それでもジョンには、クーが自分を励まそうとしてくれていることは何となく分かったので、素直に喜ぶことにした。
「とにかく急ごうか。ジョン殿、道中でもう少し詳しく話を聞かせていただくでござる」
 獅子王凱(ea1854)に急かされ、ジョンは元来た道に戻る。もう馬車は、あれから移動してしまっているだろう。自分が逃げたことで、残された姉やララたちは酷い目にあっていないだろうか、それが気がかりだ。
「さっさと終わらせて、さっさと帰るわよ。おたくの案内が頼りなんだからね、しっかりやりなよ」
 ジュン・リード(eb0464)の口調は面倒くさそうであるが、決して仕事を嫌がっているわけではない。無駄を省き効率よく正確に依頼を遂行したいと思っているのだ。
 5人はいよいよ、馬車のあとを追い始めた。

 幸い、人買いの目的地は分かっている。そこまでの道にかかる村々を訪れると、連中が通りかかったという話を聞くことができた。間もなくジョンは、あの忌まわしい幌付きの馬車を見つけることが出来た。
「あの男達だ、間違いないよ」
 なるほど、話の通りに馬車は二台。先頭には優男と厳ついジャイアントが並んで座っていた。
「あれが用心棒でござるな。ジャイアントの風上にも置けぬやつでござる!」
 同じ人種として、凱は憤っていた。せっかくジャイアントという恵まれた体躯に生まれながら、それを悪事に用いることが彼には許せないのだ。
 気付かれないように、冒険者達は追跡を続けた。狙うのは夜。連中が、暗いなか馬車を降りる、その時なのだ。

 待ちに待った闇が訪れた。
 馬車は道から外れた場所へ移った。
 後方の馬車から男女が3人、荷物を抱えて降りてきた。どうやらここが、今夜の寝床のようだ。
 火を熾し、食事が始められる。
「今だっ!!」
 この瞬間を待っていた。
 馬車から5人が全員離れる時、すなわち、人買いと少女達が離れる時を。
 物陰に隠れていたクーが、5人に向かって矢を放った。すっかりくつろいでいた連中に、これは思いもかけないことであった。
「誰だっ!?」
 バッと立ち上がり、物陰に向かおうとする5人。と、その間に反対側に回り込んでいた凱とリリィが飛び出した!
「な、なんだぁ?」

「今のうちよ」
 混乱に乗じて、ジュンがダガー片手に囚われの少女達を救いにきた。縛られている手足のロープを手早く切ってやった。
「だ、誰?」
「誰って聞かれても‥‥。あえていうなら、救世主?」
 ジュンはにやりと笑い、答える。
 だが、ここでゆっくり語り合っている場合ではない。仲間達が時間を稼いでくれている間に、早く少女達をここから遠ざけねば。
 なのにどうしたことだろう。少女達は誰も動こうとしないのだ。いや、二人‥‥ジェシカとララは、他の娘の手を取っているのに彼女たちは、がたがたと震えるだけなのだ。
「大丈夫よ、絶対逃げ切れるから‥‥」
 そう説得しているが、首を左右に振り、せっかく握られた手もほどこうとする。
 そこへつかつかと、ジュンは近寄った。
 そして‥‥。
「きゃっ」
 強引に首根っこをつかみ、まるでズタ袋を捨てるかのように、馬車の外に放り出したのだ‥‥ぐずぐずしている3人とも。
「おーい、子どもゲットぉ」
 こちらはうまくいった。それを知らせるためにジュンは、攪乱をしている仲間達に呼びかけた。

 人買いとの乱闘は、まだ続いていた。
 最初は、挟み撃ちにあってすっかり慌てていたが、ララの言ったとおり、彼らもまた百戦錬磨の連中なのだ。
「狼狽えるんじゃねぇ!」
 用心棒が喝を入れると、すぐに冷静さを取り戻していた。そうなると今度はこちらが不利だ。手強いのはジャイアントだけかと思っていたが、そうではない。他の4人の腕も素人のものではなかった。
「く‥‥こんな人でなし共に手間取るなんて」
 リリィは歯痒くて仕方がなかった。己の力ではまだ依頼をとるには足りなかったのか、そんなことまで思ってしまう。
 否、自分は冒険者を名乗ったのだ。その瞬間から、自分は冒険者なのだ。
「駆け出しとはいえ‥‥意地を見せつけてやるわ」
 両手に構えた長短それぞれの剣を握り直す。
 そして、懇親の力を込めたダブルアタック。
 手応えを感じた。人買いの数が減っていた。

 だからといって、リリィも無事にすんではいない。この人数で5人を相手にするのは無理があったのだ。
(「今は、娘御たちを逃がしてやるのが先決でござる‥‥」)
 凱は掌の風を動かした。そこに生じたものは勢いよく掌から離れ、目の前にいるジャイアントに向かっていった。
「なんじゃ、こんなもの!」
 男は自慢の拳で振り落とそうとする。
「ぐぉっ!!」
 凱の造ったものは真空の刃だ。拳を切り裂き、血を噴き出させた。
「いまのうちでござる、退却でござる!!」
 うまくいった。連中は追いかけてこない。
 追いかけてこられない。
 
「それで? この子たち、どーすんの?」
 ジョンから受けた依頼は、完了したはずだ。もう関わることもない、とジュンはやっぱり面倒臭そうにいう。
「まあ、安全なところまで送ってあげるぐらいはしてもいいでしょう?」
 送ってもらって、その後彼女たちはどうなるのだろう。
 帰る家もない、家族もない。生まれた土地からも遠く離れてしまった。
 不安がこみ上げてくる。地獄から抜けても天国に繋がっているのではないということに。
 と、彼女たちの耳に、柔らかな歌が聞こえてきた。
 誰が歌っているのだろう。異国の、初めて聞く歌だ。なのに懐かしい。
「これは‥‥あなたの国の歌?」
 クーは優しく微笑むだけだった。歌は、まるで母親の胸に抱かれるような穏やかさに満ちていた。
 夜明けまであと少し。
 少女達は子守歌に包まれて、短い眠りについた。