●リプレイ本文
冒険者達が村に到着したのは、いよいよ月祭りを明日に迎えた日だった。気の早い露店商人達が品物を並べていた。あちこちで演奏を練習しているのも聞こえる。子ども達も負けじと大はしゃぎで、大人達に混じって飾り付けを手伝っていた。
サザ村長の家も例外ではない。大きな彼の屋敷は集会場にもなっており、冒険者と話をしている間も入れ替わり立ち替わり人が入ってきて、詳細を聞き出すにもいつもの倍以上の時間がかかってしまった。
「すまないのう、バタバタしてしまって」
話が終わると同時に、3日間の宿となる2階の部屋に追いやられてしまった。忙しいのだから仕方がない、それでも一通りのことは聞けたのだから、あとはそれを素にこれからの計画を練ればよい。
「5人の特徴が分かればよかったんだけどな」
残念そうに劉蒼龍(ea6647)は言う。5人組は女が4人と男が1人、ということまでは分かった。けれど目立つ容姿をしているわけでもなく、ただシフール、とだけ言われている。
「どこからやってくるのかが分かればね」
クロエ・コレル(ea2926)も肩をすくめた。村は360度、どこからでも入ってこられる。ましてや空を飛べるシフールともなれば尚更だ。
「村は広いですけど、お祭りの会場は、中央の広場だけみたいですから‥‥」
エリアル・ホワイト(ea9867)がテーブルに指で円を描き、それから、その円の更に中央‥‥『月の花嫁』の舞台がある位置を叩いた
「月の花嫁に対する悪戯を狙ってると思うんです。ですから、これに重点を置いてみては?」
「隣村でも、衣装を破かれたって言ってましたしね」
賛同するマルティナ・ジェルジンスク(ea1303)。
「エリアルさんのおっしゃるとおり、それを中心に、2人1組ぐらいで交代で見回るようにしましょう」
「なら、マルティナ。一緒に行ってくれるか?」
ガイン・ハイリロード(ea7487)が彼女を指名した。
「シフールの視線で、いかにも面白そうだと思うものを教えてくれ。きっとそこが5人組も狙うところだ」
残る6人も組み分けがなされた。クロエは蒼龍と。アストレア・ワイズ(eb0710)はナロン・ライム(ea6690)と。ライラ・フロイデンタール(ea6884)は今日は残念ながら恋人のアシュレー・コーディランがいないので、エリアルと組むことになった。
「そのシフール達はしっかり捕まえて、ちょっとお灸を据えてやりましょう!」
大人しいナロンが珍しく高揚しているので、皆もつられて拳を突き上げ、決意をそれぞれ口にした。
夜も遅いというのに、家々の明かりは落ちていない。賑やかな声も聞こえる。おそらく、気分だけはもう始まっているのだろう。冒険者達も見回りを始めた。中央の広場まで続く道と、その両端に並ぶ露店。作り物の花と月で飾られた門。それをくぐると一段高くなった舞台があり、それもまた月の模様で彩られている。
「派手な祭りですね」
感心したようにナロンは言った。
「これが台無しになっては悲しいですね」
アストレアは想像してみた。隣村からも人が訪れ、飲み、歌い、この舞台の上で綺麗な娘達が踊りを披露する‥‥なんて楽しそうなのだろう! そして、それが出来ないとなれば、村人達の悲しみは深いに違いない。
「ウインドレスで守っておけば、被害を半分に食い止められるでしょうか?」
「それよりもシフール達が行動に出る前に止めたいですね」
どこも壊れずにすめばそれが一番ありがたい。それが無理でも、せめてこの広場だけは‥‥。
見回りは順番で。なので待っている間は、体を休めておけばよいのに、マルティナは仕立屋の一角を借りてせっせと裁縫をしていた。
「根を詰めるなよ。アストレア達が帰ってきたら、次は俺たちだからな」
「ありがとう。でもさっき寝たから大丈夫ですよ」
マルティナのことだから無茶なことはしないとガインも分かってはいるが、それでもやはり心配だ。
「本物は隠してきたよ。誰にも分からないところに、ばっちりとね」
宝探しごっこをしている子どものように、いたずらっぽく笑いながらクロエが戻ってきた。
「『誰にも分からない』? 俺は目には自信あるからね、見つけるかもよ」
「さあ、どうかな?」
蒼龍もクロエの行動に興味があるようだ。
「そろそろ完成‥‥っと、できました!」
マルティナも突然、ぱあっと笑顔になった。手にしていた布を広げてみる。それは月の花嫁のための衣装であった。
「へえ。急いで作ったにしては立派、立派」
もともとこの仕立屋で作られた衣装、余り布や糸がいくらかあり、偽衣装を作るのは困難ではなかった。時間的な制約もあり完璧とは言い難いが、それでも、しばらく騙すぐらいはできるものが完成した。
「おはようございま〜す、奥さん。待ちきれなくて来ちゃいました」
ちょうどその時、店の扉を開けて娘が入ってきた。綺麗な娘である。月の花嫁の一人なのだろう。
「おはよう、可愛らしいお嬢さん。いいときに来てくれました。彼女の作った衣装を見てくれませんか?」
と、クロエは誰よりも早く娘に近寄り、背中に手を回して部屋の中へ招き入れた。
「こほん。クロエさん‥‥」
「‥‥おいおい、勘違いしないでよ。下心なんか何もないから、何も」
「そうそう。俺だってそんなヨコシマなことは考えてないぜ〜。ねー、お嬢さん。今宵の祭りはご一緒しませんか?」
「お、奥さーーん。この人達、誰なんですかーー」
ラッパの音がけたたましく響いた。
いよいよ、祭りの始まりだ。
けれど、まだ5人組の姿は見えない。
「まあ、マルティナさん、完成させたんですね」
仕立屋の窓際に、可愛らしいドレスが並べられているのをエリアルは気付いた。
「目立ちますね」
つい、とそこに目を遣るライラ。たしかに、普段ではあり得ない色鮮やかなドレスが丸見えである。もし道なりに進んで村の正面から入ってくれば、いやでもこれが見えるだろう。
「問題は、そのシフールが普通に入ってくるかどうか、ですが‥‥」
昼になり、全員で見回りにあたってはいるが、この時点でまだシフール達の影はどこにも無かった。
‥‥と思っていたのだが。
「きゃあ!」
「うわあ!!」
「いやあん!!!」
まるで嵐のような突風が吹き付けた。風だけではない、そこに水があった。道沿いの露店の屋根がめくれ、並べてあった売り物が水浸しになる。
「キャキャキャ、すごいすごい♪」
「今度はあたし♪」
「そーれっ!!」
そんな会話が聞こえてきたかと思ったら、今度は大きく地面が揺れた。簡素な作りでしかない店はことごとく倒され、道はまるで祭り以前の、何もない状態になった。
「すごいねすごいね♪ こんなにたくさんの人が、ミイちゃんの魔法で動かせるんだね♪」
「ソラちゃんだってすごいよ♪」
「ねえねえ、この村も踊り子を出すんでしょ? ドレスが見たいな〜♪」
「探しに行こうよ♪」
会話をしているのはどれもシフールだ。5人いる。4人は女で、1人は男。彼女たちはふわふわと飛びながら、瓦礫で埋もれた道を進み、その先にある仕立屋の前で止まった。
「見〜つっけたっ♪」
「雪祭りよりカラフルじゃん♪ いいね、いいね♪」
「‥‥って、おたくら、いい加減にしろーー!!」
その時だ。空を切るように鋭い蹴りが、一番前にいたシフールを地面に叩き落とした。
「悪事はすべて聞いてるぜ。同じシフールとして迷惑してるんだ、手加減なしでやらせてもらうぜ!!」
蒼龍だ。空中で構えて、次の手に移ろうとする。
「痛ったぁ〜い。よくもやったわね」
乙女を足蹴にするとは何事ぞ、と蹴られたシフールは髪を逆立てながら詠唱を始めた。
「!?」
だが、女は口をぱくぱくさせるだけで、一向に魔法を発する気配がない。
「しばらくは呪文の詠唱はできませんよ?」
アストレアが間に合った。女はどうすることも出来ず、おたおたと慌てるだけだ。
けれど、まだ4人いる。全員の詠唱までは止められない。残る者達が、それぞれの精霊を呼び出そうとした。
そのうち2人の口を塞ぐかのように、衝撃が続けざまに顎に入る。
「この『早撃ち』ガイン様に撃ち合いで勝てるつもりか?」
呪文を素早く詠みあげ、オーラショットをぶち込んだ。その早さに負けたシフールは、それ以上の詠唱が出来ずに、顎を押さえてへたり込んでしまう。
「逃がしませんよ!」
3人の仲間を捨てて逃げようとした残る2人を、マルティナと蒼龍が追いかけてとどめを喰らわせた。
「大人しくしていてもらいます」
ライラがロープを取りだして全員を縛り上げ、念押しに猿ぐつわも噛ませた。こうなればいくら悪名高いシフールとはいえ、何も出来ない。睨み付ける以外には。
「逃げないで下さい。まず傷を治しましょう」
エリアルが近づき、怪我の場所に手を添える。血を流したままでは、落ち着いて話しも出来ないであろう。
「ずいぶん無粋な真似をしてくれたわね」
その間に、クロエが聞いた。
「なんでこんな事をするの? あなた達の悪戯で、みんなが迷惑してるって分かる?」
「知らないよ、そんなこと」
そっぽを向いたままのシフール達。
「どうします? こんな何の反省もない連中は、村の人に任せて役人にでも引き渡してしまえば?」
ナロンが言う。反省の兆しのない彼らを逃がしてしまっては、この村で何もしなくても、来週の花祭りでまた暴れるかも知れない。
「そうですよね。雪祭りの例もありますし」
普段のエリアルとは思えない、厳しい口調だ。魔法を悪用する者には寛大な気分にはなれないという、彼女の真面目さゆえの叱責だ。
「まあまあ、もうそのくらいで許してあげましょう」
マルティナが止める。そしてシフール達に、こう言った。
「お祭りを、楽しみましょうよ」
「そうですよ、みなさん」
と、アストレアが5人に向かって、こんな提案をした。
「お願いがあります。みなさんは素晴らしい精霊使いと聞いてます。ですからその力を、お祭りを成功させるために役立てては貰えませんか?」
5人の力は素晴らしいもの。あえてそこを強調してみた。
「それに、月の花嫁の衣装が欲しかったら、あの窓に吊ってるものをあげますよ」
「そうですよ、楽しみましょう。月祭りだけじゃなく、花祭りも」
今年の月祭りは例年になく見事なものとなった。
夜でも灯りは煌々と照り。
水の欠片が光を映して煌めき。
広場中の木々の枝が歌うように鳴り。
花びらを乗せた風が舞台で一緒に踊る。
3日間の祭りは大成功だった。
来週の祭りも、きっと大成功だろう。