●リプレイ本文
ウィジョ村長に会った。目の下にクマができていた。部屋の中央の、一番いい場所に乾いた丸太があった。どうやらこれが『聖木』らしく、リキアたちに奪われやしないかと、夜もおちおち寝ていられないのだという。幸い、まだ無事だ。今のところは。
「そもそも、御火祭りはいつから、どんな由来で行われているんだ?」
アンドリュー・カールセン(ea5936)が尋ねた。祭りを続けるためには、その祭りが意味のあるものと納得させるだけの理由が必要だと考えたのだ。
「俺の友人のバルタザールも調べてくれたが、村長のほうが詳しいだろう」
双海一刃(ea3947)の手には、彼から届けられた調査報告があるが、やはり現地のほうが情報は充実している。
「それは遠い遠い昔のことじゃ。冬の悪霊と、春の賢者がおっての‥‥」
ウィジョが話してくれたそれは、どう聞いても、現実にはあり得ないおとぎ話だ。しかし、この村の者には慣れ親しんだ話なのだろうか、ウィジョは淀みなく語り、周りにいた彼の家族達も、うんうんと頷いていた。
祭りの根拠はこんなにも薄い。これでは貴重な燃料の消費を憂える反対派を説き伏せるのは困難かもしれない。
「反対派の人達‥‥リキアは分かるけど、それ以外の人ってのは、どんな人なんだ?」
キット・ファゼータ(ea2307)が聞くと、ウィジョは困ったように、こう答えた。
「中心となっておるのは分かるんじゃ。リキアと、彼の友人の○○とか、××とか。しかし、こうしている間も彼らは賛同者を増やしているかも知れない。そうなるともう、誰が誰やら‥‥」
それでも、首謀者たちの名はなんとか知ることが出来た。
彼らの家を覗いてみる。
誰もいなかった。
祭りの前。不気味なほどに彼らは、静まりかえっていた。
いよいよ今夜。日没と同時に祭壇に聖木が運び込まれ火が灯され、祭りが始まる。村はにわかに賑わい、まだ何も運ばれていない祭壇の前には早くも人だかりが出来ている。彼らの手にはランタンや油壺がぶら下がっている。行列の数を考えれば、たしかに、油の量はかなりのものだった。
「まあね確かに、普段は灯さない真昼にもずっと灯さなくちゃいけないってことなんでしょ?」
その量を見て威吹神狩(ea0322)が呟いた。
「油だけじゃありませんね。向こうの小屋に積んである薪は、あれは全部この3日間のためだけのものなんですよね」
祭壇の隣に作られた簡素な小屋の中を見て、アレス・バイブル(ea0323)も言う。あれを全て燃やすというなら、なんと勿体ないことだろうか。
反対派の言い分は分からないでもないが、伝統は伝統、何でもかんでも合理的にすればよいというものでもないだろう、というのがウィジョの考えでもあるし、それは彼女たちも同感できる。
「ですから、双方がもう少し歩み寄ればいいと思います。リキアさん達も実力行使は良くないですし、村長さんもこの極端な量は考え直した方がよいのではないでしょうか?」
と、クラリッサ・シュフィール(ea1180)。いまはまだお互いが頑なになっているのだろう。話し合いの余地はあるはずだ。だが、それも一朝一夕に結論が出る問題ではない。時間をかけて理解しあう必要がある。
「理由はどうあれ、守りますよ」
ケンイチ・ヤマモト(ea0760)は冷静に言った。祭りは今夜。結論を待っている時間はないのだ。
祭りの始まり。火を熾す役のウィザード達が聖木を囲んで詠唱を始めた。彼らの手から炎が産まれ、一瞬、周囲がオレンジ色に輝いた。
しかし、喜びもつかの間。
彼らを中心に水があふれ、あっという間に産まれたばかりの火が消えてしまったのだ。
何だ、何事だと周囲が騒ぎ出した。
「あの女です!!」
アレスは物陰に隠れるように祭壇を伺っていた、反対派の一人を見つけた。皆が一斉にその方向を振り返る、それよりも早く飛びかかり、2回目の詠唱を始めようとしていた女の口を塞いだ。
「聖木は無事だ、もう一度火を!」
キットは聖木に油をぶちまけて叫んだ。びしょぬれのウィザード達はハッと我に返り、急いで炎を呼び出した。濡れた寒さのために思うように集中が出来ず、観客達をはらはらさせたが、何とか無事に火は聖木に移った。
聖木は予定の時間より少し遅れて燃え始め、ぱちぱち音を立てた。観衆は安堵の溜息を漏らして拍手をし、今年もなんとか春を迎えられる喜びに感謝していた。
あとは行列が次々となだれ込み、あっという間に受け継がれた火の数は膨大になり、冬とは思えない暖かさになった。
神狩もその列に並び御火を頂戴する。
なんて事のない火だが、妙に美しい。
反対派が何人いるかは分からないが、これで全ての火を同時に消すのは難しくなったには違いない。おそらく、これから祭りが終わるまでの3日間をかけて、虱潰しに消していくのだろう。
村人は順々に火を貰い、嬉しそうに家路につく。ひときわ大きな松明を持っているのは、各所にある灯籠に火を付けに行く役割の者なのだろう。ケンイチが彼らに同行し、無事に全ての灯籠に火が行き渡ったことを確かめた。
「あなた達はこれからどうするのですか?」
ケンイチが尋ねると、彼らはこう答えた。
「ここで3日間、火の番ですよ。リキア達が何をするか分かりませんが、なあに、この火は守りますよ」
もちろん、交代で行うのだろうが、それにしても大変なことだ。ランタンと違ってこの灯籠は大きく、熱い。そのそばに祭りが終わるまでついていなくてはいけないのだ。油が切れないように、風で消えないように、よそへ燃え移らないように。
夜の間、アレスと神狩、キットが祭壇の見張りとなった。遠巻きにこちらを見る人影がいくつかあったが、直接的な行動に出る者はいなかった。
御火祭りは、こうして始まった。
夜が明けても、炎は煌々と輝いている。しかし、中に数件、御火のない家があった。その一軒に、アンドリューは顔を出していた。風俗学者という怪しげな肩書きをぶら下げての訪問だったが、手みやげの酒を見せると喜んで招き入れてくれた。
「あんた達は御火祭りとやらには参加しないのか?」
「あんなふざけた祭り、なんで続けているのか理解に苦しむね!」
酒が入って饒舌になった。男は反対派の一人。
「しかし、面白い風習だよ。君たちのご先祖様は実に素晴らしい。誇るべきだ」
「まあそう言うけどよ。あんたも見ただろう? あの燃料の山を! おいらはご先祖よりも自分の家族だよ」
同じような説得を、アンドリューは何軒かで行った。だが、どこも答えは同じ。彼らは揃って祭りの不条理ではなく、燃料の損失を憂えているのだ。しかも話を聞く限り、この祭りは彼らの生活を圧迫している。そのため、アンドリューの話はどこも聞き入れては貰えずに終わった。
祭壇は夕べほどではないが、賑やかさを取り戻した。火を貰い損ねた者や、新たな火を欲する者、祭壇に手をあわせに来た者と様々だ。
一刃とクラリッサが昼の間は祭壇を守っている。彼らが御火を守る冒険者と知って声をかけてくる者もいた。
「それで〜、これまでにはどんな風に邪魔されたんですかあ?」
世間話のついでに、いろいろと聞いてみる。
「そりゃあ、いろいろだよ。灯籠に水をぶっかけたり、家に上がっちゃランタンをひっくり返したり」
「まあ、強引なことをするんですね〜」
などと話していると、アンドリューが戻ってきた。そして、説得がうまくいかなかったと知らされた。
「そんなに不満が多いのなら、反対派に賛同する者は増えているんじゃないのか‥‥」
一刃がそう言っていた時だ。
人の塊が近寄ってきた。手に何かを提げている、20人ぐらいの集団だ。
「あっっ!!」
気付いた時には遅かった。彼らは祭壇に向かって駆け出した。手にしていたのは桶やタライ、そしてその中には水が並々と入っていたのだ。
「危ない!!」
クラリッサがミドルシールドで聖木を庇う。水の量が多すぎる、シールドでは庇いきれない。
だが、間一髪だ。一刃が放った春花の術が、皆を眠らせてしまった。桶は地面に落ち、その上に反対派達は眠りこけてしまった。
村中に緊張が走る。賛同者がこんなに膨れあがっていたとは。
警戒はさらに強化された。眠りから覚めた者は再び水を汲んでは聖木に挑み、それは何度も繰り返され、その度に数が増えていたのだ。
祭壇の周りは物騒になったと、他の者は近寄らなくなった。そうなると、村人は自分の家にある火が消えても点け直しには来られない。3日目の朝には、最初の火の半分ほどに減ってしまった。
もう半日もすれば祭りが終わる。
一刃は、自分の持っている油の量を計算して、ぎりぎり火が保つ今まで御火を貰うのを待っていた。そろそろ大丈夫だろうと、火を貰ったときだ。
「あ‥‥‥‥」
これまで以上に大量の村人が、祭壇を目指していた。手には水桶が。
ずらりと取り囲まれた。
「そんなことはさせないよ!」
人数は多いとはいえ、所詮はただの人間。修行を積んだ冒険者達の敵ではない。ただ、モンスターと違って殺すわけにはいかない。鞘に入れたままの剣で、針の先を潰したダーツで、人波を退けている。
ジリジリと壁は後ずさる。
だが、彼らはすっかり目の前の水桶に目を奪われていた。
「きゃあっ!!」
突然、水があふれ出た。祭りの最初にウィザード達を水浸しにしたような可愛いものじゃない、圧力で思わず体が歪むほどの水が現れたのだ。
「ああ、消える‥‥消える‥‥」
わずかな火に、手元にあるだけの油をかけてみるが、虚しくその火は消えた。
「これで祭りは終わりだ!」
姿を見せたのはリキアだ。
リキアが、高らかに自分たちの勝利を宣言した。
「残った火は?」
家々と、灯籠と。しかし、それも燃え尽きれば終わりだ。
「最低でも‥‥1つは残っていれば‥‥いいってことだったわね‥‥」
今、彼らの手元にあるのは神狩が貰ってきた火と、一刃がついさっき取ってきた火の二つ。
あと半日。油はなんとか足りる。これを消さずに祭りの終わりを迎えられれば、こちらの勝ちなのだ。
「あと半日‥‥」
リキアも、追い込みにかかった。それまではノックをして開けていた扉を、足で蹴破るほどになった。そして開けられた家では火が消される。
村の火が一つ、また一つ消えていく。
「これで全部か?」
村は闇に包まれた。リキアは仲間達に聞く。
「まだ残ってるからな!」
松明を持って彼らの前に現れたのはキットだ。実はその火は、たった今起こした意味のない火なのだけれど、彼らにその区別はつかない。キットの火を消そうと追いかける。
「こっちだ、こっち」
「今度はこっちです」
キットが乱暴にケンイチに投げ渡すが、彼はそれをしっかり受け取り、違う方向に走る。
「次はこちらです〜」
クラリッサの手に渡り、やはりでたらめに走って混乱させる。
「面倒だ!!」
リキアが最後の力を振り絞って水を呼ぶ。
「ざまあみろ」
「ざまあみろ、はそっちだ」
にやりと、キットは言った。
祭壇に、二つのランタンが運ばれる。
神狩が守っていたものと、一刃が守っていたもの。
そして御火祭りは終了した。
翌朝は轟音で目が覚めた。
雪崩が起きたのだ。御火のおかげか自然の出来事なのかは分からないが、春が来たことだけは本当だ。
「ちくしょう、ちくしょう」
座り込んだままのリキアが拳を地面に打ち付ける。
「これに懲りたら、おまえも大人しくしておくことじゃ」
カラカラと笑うウィジョ。そこへ、クラリッサが間に入った。
「リキアさんや、反対派の皆さんのお気持ちも、分かってあげて下さい」
それから、彼女が最初から感じていた意見を言った。
来年の祭りは、どうなるだろうか。