サイン氏からの依頼

■ショートシナリオ


担当:江口梨奈

対応レベル:4〜8lv

難易度:易しい

成功報酬:2 G 40 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月29日〜04月03日

リプレイ公開日:2005年04月05日

●オープニング

 長く子どもに恵まれなかったサイン夫妻の、これが初めての子どもであった。そして大切なサイン家の後継者となる子でもある。
 だからこそ、無事で産まれて欲しい。
 もう夫妻も若くはない。今回が駄目だと、次はないかもしれないのだ。
 だが、産婆の判断は厳しかった。
「予定の日を過ぎているのに、産まれてくる気配がない。難産になりそうじゃ」
 難しいお産。それを聞いてサイン氏は狼狽えた。しかし、ここで男がうろうろしても何にもならない。せいぜい、妻の腹をさすってやるぐらいだ。無事に産まれますように、無事に産まれますようにと祈りながら。

 ふと、サインは思い出した。
 今では廃れてしまった風習のことを。

「赤ん坊の産湯に使う水を汲んできて欲しい」
 サインからの依頼である。
「この村を流れる川の、源流からくんできて欲しいんだ」
 源流の水は、つまり産まれたばかりの清らかな水。それを赤ん坊に最初に使う水にすれば、健やかな子に育つと言われていた。
 なぜ、その風習が廃れたのか。
 源流のある山が、物騒になったのだ。
「でっかいカマキリですよ、カマキリが住み着きだしたんです。ちょろちょろとしか染み出していない源流から水を汲むのは時間がかかる、その待っている間に奴らが集まってくるんです。危なくて、危なくて」
 しかし、藁にもすがりたい今のサインには、自分も産まれた時に浴びたその清水の恩恵を、我が子にも与えたいと思っているのだ。
「この樽にいっぱい溜めるには、半日は覚悟しなくちゃいけない。どうだ、やってくれるか?」

●今回の参加者

 ea0396 レイナ・フォルスター(32歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea1003 名無野 如月(38歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea1493 エヴァーグリーン・シーウィンド(25歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea3524 リーベ・フェァリーレン(28歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea4164 レヴィ・ネコノミロクン(26歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea4295 アラン・ハリファックス(40歳・♂・侍・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6879 レゥフォーシア・ロシュヴァイセ(20歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea6880 フェルシーニア・ロシュヴァイセ(18歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

「こんな時間に行かれるのですか?」
「明るいうちに戻ってきたいからな」
 夜明けにはほど遠い、月が夜を支配している時間だ。それなのに依頼を受けた冒険者達は、水を入れる樽を持って、源流へ向かうというのだ。
「これをあげるわ。お守りだから」
 と、レヴィ・ネコノミロクン(ea4164)は持っていたアーモンドブローチをサインに渡す。
「花言葉は『希望』よ。赤ちゃんは無事に産まれてくるし、あたしたちは水を持って帰ってくるわ。安心して待ってて!」
 なんて力強い励ましだろう。サインは今にも涙を流しそうなほどに喜んだ。
 そうして馬の背に樽をくくりつけ、彼らはいよいよ夜の山へ向かった。

 とはいえ、川に沿って進む道は、まともに通れる場所ではない。すぐに、樽は人の背中に移された。
「樽は俺が持つ」
 今回の仕事は、どうしたわけか女性ばかりだ。唯一の男性であるアラン・ハリファックス(ea4295)は自ら紳士的な行動をとる。
「力仕事なら手を貸すぞ」
 名無野如月(ea1003)が言うが、アランはまだ軽いからと断った。もしかしたら彼は自らを厳しくすることで気を引き締めているのかもしれない。そう、女性ばかりのこの場所で鼻の下を伸ばしているなどと思われることがないように。
「源流まで、まだしばらくありそうだね」
 ランタンの油は保つだろうかと、リーベ・フェァリーレン(ea3524)は心配になる。事前にサインから聞いた話では、距離はそれほどでもないという。だが、闇の中、荷物を抱えて道なき道を進むとなれば、話は違う。
「夜の間はカマキリも眠ってくれているといいんですけど」
 エヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)がそんなことを言う。そう、源流のちかくにジャイアントマンティスがいるらしいが、そこ以外の場所にいないとは限らないのだ。
「そのおっきなカマキリって、どのくらい大きいのかなあ〜?」
 呑気なことを言っているのはフェルシーニア・ロシュヴァイセ(ea6880)。
「全高がレイナさんの12倍ぐらいあったりして」
「その中途半端な数値は何?」
 しかしフェルシーニアは、まじまじとレイナ・フォルスター(ea0396)の方を見ている。上から下まで。そして胸の辺りで目線を止める。
「‥‥あの、どうやったら、こんなにおっきくなっちゃったんですかあ?」
「どこを見て言ってるの?」
「そう、巨大な昆虫には巨大で勝負ですよね〜」
「巨大って‥‥」
「さながら私たちは、古の風習を絶やさぬために、巨大な昆虫に挑む勇者ということでしょうか」
 レゥフォーシア・ロシュヴァイセ(ea6879)は一人で納得して、一人で頷いている。
「じゃあ恩恵にあずかろうかしら?」
 レヴィがレイナの勇者の印を掴む。それは柔らかくて温かくて可愛らしい。
「うむ、そうだな。験担ぎも悪くはない」
「エリもエリもー」
「いーやーあーー」
 こんな時はどうすればいいのだろう。
 唯一の男であるアランは、ただただ困るだけだった。

 澄み切った空気が清々しい。木々に覆われて遅い夜明けを迎えて、一行は太陽の光に輝く水を見つけた。
「ゴハンでも食べながら、気長に待ちましょう」
 樽をその湧き口に設置して、レヴィは大きなあくびをした。普段の彼女は、肌のために夜はぐっすり眠っているのだろう。いつもと違う時間の行動による負担はさっさと軽減させておきたいのだ。
 穏やかな朝の光を浴びながら、ピクニックのような朝食を摂る。
「この穏やかさが、ずっと続けばいいのですけど」
 その間も周囲の警戒は怠らないレゥフォーシア。辺りから聞こえてくる小鳥の鳴き声や小川のせせらぎ。物陰が動いたと思っても、それは可愛いネズミの親子だったりする。平和そのものとしか思えないこの場所が、化け物の巣窟とは今はどうしても思えなかった。
 しとしとと水は貯まり、今はようやく3分の1ほどだ。

 不気味な羽音が聞こえてきた。
「‥‥近いな」
 如月は匂いと煙を気にしてか、煙管の火を消す。彼女の耳に届いたのは、これまでの音とは違う、大きな生き物の動く音だ。それは彼女たちの位置より離れたところで止まり、それから、まったくの無音になった。
「どこ‥‥」
「こっちの様子を伺っているのか‥‥?」
 ジャイアントマンティスから見れば、冒険者達は手頃な大きさの『エサ』なのだろうか。だとすれば、それを捕まえる瞬間がもっとも慎重に動く時であるし、そしてもっとも近づいてくる時である。
「ぐるぐる‥‥回ってる?」
「背後に回ろうとしているのか」
 また羽音。そして止まる。今度は彼らの頭の上で止まった。
「あそこ!!」
 エヴァーグリーンが振り返りざまに、光の矢を飛ばした。彼女が狙ったのはモンスターの羽。姿を見せたジャイアントマンティスは、体勢を崩して巨体をよろめかした。だが、受けた衝撃は大きくなかったのか、すぐにバラバラの羽を羽ばたかせて位置を変えようとする。
「そっちへ行かせるか!」
 カマキリの鎌に負けない大きな木槌で、アランはモンスターの腹を押す。あのまま動かれていたら、水の溜まりつつあった樽を蹴飛ばしていただろう。
 エサ達が抵抗してくる、しかしモンスターは小さな獲物にひるむことはなかった。鎌を振り上げ、間近にいるものから挟み捕まえようとする。
「蟷螂風情が‥‥。そのようなナマクラ鎌で勝てると思うてか!」
 如月の刀が煌めき、まず左側の鎌を切り落とした。汚れた色の体液がにじみ出て、生臭い匂いが周囲に放たれる。
「これがとどめよ!」
 そして最後にレイナのスマッシュが、モンスターの息の根を止めた。
 この時点で樽の水はようやく半分。
 まだ油断がならない。

 そして陽が西に傾いて。
 ようやく樽がいっぱいになった。
 またしてもアランが担ぐが、行きとは比べものにならないほど、重い。
「麓まで降りたら、あたしの驢馬のドンちゃんに運ばせるから、それまでの辛抱よ」
 レヴィが一緒に背中を押しながらそう言ってくれるが、その距離は遠い。もし今、またモンスターに襲われては手も足も出ない。
「‥‥悪い予感って当たるわね」
 明るく笑っていたレヴィの顔が変わった。アランにもその原因が分かる。あの羽音が聞こえてきたのだ。
「先に行って!」
 真っ先に飛び出したのは、レゥフォーシアとフェルシーニアだ。音のする方向に向かって立ち、誰よりも早く詠唱を始めた。
「聖なる母セーラさま‥‥慈愛の願いにて、邪悪なる魂を束縛する奇跡を起こさせたまえ‥‥」
 フェルシーニアの体が白く輝いたかと思うと、轟音が響いた。飛ぶことを封じられたモンスターが、地面に叩きつけられたのだ。
「大いなる父タロン‥‥ご加護を持ってわが目の前に立ち塞がりし邪悪なるものへ破滅という名の破壊をもたらしたまえ!」
 レゥフォーシアの体が黒く輝いたかと思うと、空気が震えた。光をかわすことの出来ないモンスターが、この世から存在を消したのだ。
「さあ、行きましょう。サインさんが待ってます‥‥」

 水をこぼさないように急ぎながら、サインの家に戻ると、扉の前に近所のおかみさん立ちが集まっていた。
「ああ、戻ってきたよ」
「旦那さん、みんなが帰ってきたよ!」
「あんた達、早く早く。奥さんが産気づいたんだよ!」
 いよいよお産が始まるらしい。冒険者達は樽の中身を鍋に移し、かまどでどんどん沸かし始めた。
 夫人は高齢で、これが初産らしい。時間がかかるのは百も承知だが、なかなか産まれない状況に、サインはただウロウロするだけだ。
「俺も、もうじき子どもが産まれるんだ‥‥」
 そんなサインに、アランが声をかけた。
「そうか、あんたもか」
「なのにさ、思うよ。産まれそうな時、俺は彼女に何ができるか、ってね。おそらく言葉をかける以外は何も出来ない‥‥そんな俺を、あんたは軽蔑するか?」
「いや」
 サインは言う。
「同じだよ。男は何も出来ん」
 長い長い時間が過ぎる。
 と、女性達の歓声が聞こえた。
 真っ赤な塊が、湯気の出ているタライに運び込まれた。

 周りがみんな笑顔でおめでとうと言っているのに、サインは涙でぐしゃぐしゃで何も答えられないでいた。
「おめでとサン。飲もうぜ。俺からの祝いだよ」
 村に産まれた新しい命を囲んで、宴会が開かれる。
「この子に、大いなる神のご加護と小さき精霊達のご加護があらんことを」
 誰もが誕生を喜んでいた。