●リプレイ本文
「じゃあ、もう一度説明するわね。裏庭には昨日のうちにロープを張ったわ。そこから出たらダメよ。あたしは家の中で待ってるわ。日暮れにあたしの前に相手のタスキを持ってきた方と結婚するからね♪」
娘‥‥リズは柔らかな朝日の中、日傘をくるくると回しながら嬉しそうに言う。今、彼女の前には自分を奪い合う男が二人と、彼らをそれぞれ勝たせようと加勢する者達が集まっている。自分のために、こんなにも人間が動くことを、リズは誇らしく思っていた。
「必ず、あなたの元へ戻ります」
ビートとワンはそれぞれリズの前に跪き、手の甲にキスをした。
「それぞれ北側と南側に別れて待機してちょうだい。しばらくしてから狼煙を上げるわ、それを合図に始めてね♪」
いよいよ決闘の開始だ。
「おい、あんた!」
フォン・クレイドル(ea0504)がワンに向かって指をさした。
「この勝負はあたい達が勝つ! 後でピーピー泣かせてやるからな!」
フォンは自信たっぷりに胸を張り、鼻息荒くそう宣言した。
「その言葉、そっくり返してやらあ!」
相手側にも血の気の多いのはいるらしい。男がワンの前にしゃしゃり出て、親指を下に向けた。
「おいおい、もっと紳士的にしないと‥‥」
「いいじゃないの♪ あたし、勇ましいの大好きよ♪」
ビートがたしなめようとしても、リズはそれすらも嬉しそうにはしゃぐ。
「さあ、みんな頑張ってね〜♪」
仕切りのロープが見える、南の端ぎりぎりにビート達は到着した。
「さあ、早く準備をしましょう」
と、アレス・バイブル(ea0323)がいそいそと取りだしたのは、前日に作っておいたタスキの偽物だ。つまり、本物は隠しておくという計画なのだ。だが、この期に及んでビートは渋い顔をしている。
「本当に‥‥大丈夫なのか? 偽物を用意するなど‥‥騎士道に反する卑怯な手だと‥‥」
「何をおっしゃってるんですか」
アレスは言う。
「この決闘は一見簡単そうで、何気に難題なんですよ。囮を使ったり罠を仕掛けたりは戦いの常套です」
「あんたもマジメな男なんだね」
クリムゾン・コスタクルス(ea3075)が言った。
「どんな時でも騎士道を大事にするってーのは偉いと思うぜ」
財産目当てに婿入りしたがる似非騎士かもしれないと思っていたが、ビートはそんな男ではなかった。そうなると、ますます勝たせてやりたくなる。
「‥‥もう‥‥狼煙が見えてもいい頃では‥‥」
辺りを伺いながら威吹神狩(ea0322)は周辺に鳴子罠を仕掛けていた。今居るこの場所を本拠地としてビートを残し、ここを中心として動く段取りなのだ。罠といっても範囲の広さや道具の限界、そして彼女自身の空腹もあってそれほど多くは作れない。気休め程度と言った方がよいだろう。
「そんなことはない、助かるよ」
クレハ・ミズハ(ea0007)は言う。ここにビートと共に残り防衛に徹するとはいうが、警戒する視界の広さに対してこの人数は少なすぎる。鳴子の存在は確かにありがたいのだ。
「‥‥おお、そろそろこれともお別れだ」
空に一筋の煙を見つけ、名無野如月(ea1003)はくわえていた煙管の火を消した。
「どんな人がくるんでしょうね」
獅臥柳明(ea6609)も本拠に残り、ビートを守る。そして他の者はワンのタスキを奪いにいくのだ。
「さて、行ってくるとするか」
そう言って双海一刃(ea3947)は偽タスキを腕に目立つように巻き付け、クリムゾンと共に北へ向かった。
「では、私たちも」
アレスと神狩がもう一つの班としてワン陣営を捜しにいく。
「よぉーしっ! 行ってくるぜぇえっ」
そして一人おお張り切りなのはフォン。右手にチェーンホイップを、左手にタスキを持ち、両方をぶんぶん振り回して、森の奥へ消えていった。しばらくすると、からんからんと音がした。鳴子に当たったのだろう。
さて、5人がワン捜しに走ってくれて、その間のビートは大人しく待っていろと言うことだが、そうなると徐々に退屈になってくるのも仕方のないことであろう。目線は外に向いたままで、ぽつぽつ世間話が出始めた。
「あのお嬢様も、こんな方法を使うなんて、変わった方だな」
「昔からああなのだ。今更何とも思わない」
「へえ、古い付き合いなのか?」
クレハは続きを促す。
「同じ村だし、歳も同じだ。子どもの頃から3人で遊んでいたよ」
「というと、あのワンもそうなのか?」
驚いたように如月は言った。ビートは頷く。
「じゃあワンの仲間の8人のことを知ってるか?」
残念なことにそれは分からないという。唯一知っているのはパン屋の息子のナイン。彼の焼くパンは絶品で、おそらく向こうの陣では楽しい昼食会を開けることだろう。
「ははは、なんだ。タダのパン屋が仲間入りしているから、どんな強敵かと思ったら!」
そう、如月は大笑いした。
「うぎゃっ」
突然、フォンの体が硬直した。コアギュレイトに絡め取られてしまったのだ。
「気をつけろ、こんなに目立つ奴は絶対に囮だ」
「周りを探しなさい」
「‥‥えーと、本当に誰もいないわよ‥‥」
木々を揺らして派手に走り回るフォンは、見つけて下さいと看板を掲げているようなものだ。あまりに露骨なので束縛したワン自身も、大きな罠が待ちかまえているのではないかと不安になった。
「はっはー。やられたぜ。まさか大将直々に出てきてるとはな」
「とにかく、そのタスキはいただきますが‥‥」
フォンの左手を広げさせ、タスキを外させる。ビートのタスキなのだろうが、どうも信用できない。
「とにかく、縛り直して連れて帰ろう」
こうしてフォンは森を走り回る自由を奪われた。
アレスと神狩は注意深く森を進んでいた。戦場は狭く区切られているし、時間は丸一日ある。隅々まで歩いて相手の陣を探すことは難しくないが、しかし気の遠くなる作業だ。
「それに、‥‥向こうも、こちらを探しているでしょうし‥‥」
神狩がそう言ったときだ。前方で何かが動く気配がした、と思ったらすぐに消えた。
「‥‥何かの動きが、止まったわね」
判断力のある生物が、こちらに気付いて警戒しているのだ。
と、淡い光が見えて、足下の草が騒がしく動いた。
「プラントコントロール!?」
絡まる草を引きちぎり、アレスは光の方角に突進した。それは相手も同様で、光の隣から両手に剣を構えた女が飛び込んできた。
「なかなかやるわね!」
女はアレスの一撃を片手で受け止め、反対の手で脇腹を打とうとする。そこに向かって神狩が援護のためにダーツを放つ。
だが、その狙いは外れてしまった。彼女はここしばらく何も食べていないのだ。ふらふらする神狩にさらにとどめを刺そうというのか、ウィザードは木に命じて太い枝を振り下ろさせた。
「神狩‥‥あっ!」
恋人を庇おうと、アレスは目の前の女から視線を外してしまった。一瞬の油断が、雌雄を決する。
「はあ、はあ。手こずったわ」
「連れて帰りましょう。お腹もすいたし」
「ところで、あなた達も一緒に食べる? うちのナインが焼いたパンは最高よ」
陽が徐々に西に傾く。予定の時間は半分以上過ぎただろうか。
「誰も戻ってこないな‥‥」
ワンを捜しに出た者達が、まったく帰ってこない。不安になるビートは、今すぐ自分も出て行きたい衝動を精一杯抑えていた。
と、からから音が聞こえた。鳴子に何かが引っかかったのだ。
すると、それまで静かに歩いていただろう数人の気配が、まるで開き直ったかのように駆け足になった。
「あの鳴子で、ビート君の居場所が近いと思ったんでしょうね」
間もなくワンの仲間が来る、そう知って柳明はライトニングアーマーを纏った。
駆け足はまっすぐこちらに向かってくる。
「ビートはそこを動くな!」
クレハのホーリーフィールドがビートを守る。その結界が完成したと同時に、茂みから2人の男が姿を見せた。
「ヘイ、ビートがいるゼ!」
「そのタスキ、貰ったぁ!!」
たった2人にも関わらず、勇ましくそう叫んで飛び込んできた。
「先に私が相手だ」
如月は男の拳を盾で受け、力でそれを押し返した。だが二人はすばしこく、空中で一回転して簡単に体勢を立て直す。
「そうそう、そうでなければ戦い甲斐がありませんね」
なかなか手練れの相手だと、嬉しそうに柳明は微笑む。こうなれば容赦するつもりはない。
やはり数の有利も手伝って、男達を大人しくさせることが出来た。
そして、彼らの口から、すでにこちらの4人が掴まっていることを聞かされたのだった。
「よりによってフォンが、ねェ」
「本物のタスキだからな」
クリムゾンと一刃の耳にもその話は伝わり、二人は歯ぎしりをした。このままの状態では、ビートが負けてしまう。
「早いとこ、見つけないとな」
「人が通った跡があるから、この辺だと思うんだけどな‥‥」
あちこち見ながら歩いているクリムゾンの肩に、何かが触れた。すると、木の枝に下げられていた鳴子が音を立てたのだ。
「チッ、ワンも同じことをやっていやがったか!」
すぐに二人はそこを離れ、物陰に隠れる。
しばらくすると、ワンの仲間が数人現れた。
(「陣が近いな‥‥」)
音を立てないように、一刃達は今は手薄だろう本拠を目指す。思った通り、少し広くなった場所に、ワンと、彼の護衛だろう男と、掴まった仲間達がいた。
(「挟み撃ちでいくぜ‥‥」)
目配せをして、左右に分かれる。
そして合図と同時に、一斉にワンのタスキをめがけて飛び込んだ!
「一刃! クリムゾン!!」
全員のロープを切ってしまえば、これで6対2。先程、鳴子につられて出て行った連中が戻ってきたときには、もうワンのタスキは消えていた。
「よーし、あとは時間いっぱい、とにかく逃げろ!」
「任せろッ。走って走って走り回るぞッ」
「あんたは頼むからじっとしてろ」
リズの前にうやうやしく2本のタスキを差し出したのはビートだった。姫はそれを受け取ると、騎士の頬にキスをした。敗れたワンだったが、親友の健闘を讃えて、握手と固い抱擁をする。
「結婚、か‥‥」
皆の祝福を受けて結ばれようとしている二人を見て、ぽつりと神狩は言った。
「神狩」
「‥‥何だ、アレス?」
「まだ先かも知れませんが、私たちも一緒になりましょうね」
「うわっ、プロポーズだプロポーズだ!」
周りの連中がそれを聞いて子どものように囃し立てる。アレスの背中をばんばん叩き、肘で小突いて、口笛を吹いた。
「じゃあ今から全員で酒場に行くぜ! 今夜はめでたいんだ、とにかく飲もう!」
こうして騎士達の愛を賭けた決闘は終了したのだった。