●リプレイ本文
元々深い皺だらけの顔なのに、更に眉間に皺を寄せて、その老婆はこちらを睨んでいた。
「‥‥うちの女中に? 紹介状も無しに?」
ジャックの屋敷に使用人として入り込もうとしたセレス・ブリッジ(ea4471)とライラック・ラウドラーク(ea0123)は、家政婦長だという老婆と面談をしていた。紹介者も無しに突然戸を叩いてきた二人はすぐに返してもよいのだが、熱意に負けて、とりあえず話を聞くことにしてくれたのだ。
しかし、老婆はなめ回すように上から下を見て、嫌味なほど大きく溜息をついた。
「一度に二人も雇うほど、こちらは困ってはないのよね」
「なんだったら、アッチの方のお世話をさせていただいてもかまわないよ」
ライラックは臆面もなく言う。つまり、主の夜の相手ということだ。だが、老婆は更に表情を険しくした。
「ふざけないでいただきたいわね。うちはそんな店じゃないのよ。体を売りたいんだったら、他を当たって頂戴」
そうして二人は、屋敷を追い出されてしまった。屋敷に住まわせるほどの愛妾という立場に、何処の誰か分からない者が簡単になれるはずがなかった。ましてや黒い噂のあるジャック、そう簡単に他人を内側へは招き入れてはくれない。
(「ふうむ‥‥芳しい結果では無かったようだな」)
屋敷の門がよく見える木の上で、風霧健武(ea0403)はその一部始終を見ていた。背の高い屈強そうな男が、二人の腕を掴んで門の外へ捨てるように放っていた。あれが用心棒の一人なのだろう、そんなことを考えながら。
(「なかなか強うそうな用心棒だが、さて‥‥」)
健武は、次の来客の登場を待つ。
しばらく後に、また二人組が訪れた。
アリアス・サーレク(ea2699)とウォル・レヴィン(ea3827)である。
「悪いが、金を借りにきたんじゃねえんだ」
門の前にいた男に、アリアスは言う。
「ここの旦那に、俺の腕を買ってもらいたいんだ」
それを聞いて、腕の太さはアリアスの倍ほどもあるその男は大笑いした。
「ははは、あんたみたいな細っこい兄ちゃん達は、うちには要らないよ」
「肉があればいいってものじゃないだろう?」
「なんだ、このガキ」
明らかにアリアスが挑発しているのが分かった。男は、その誘いに乗ってやることにした。
「痛い目を見る前に、出て行った方がいいぞ」
「おまえこそ、早く俺を旦那の所へ案内しな」
庭先で派手なケンカが始まったのを、他の家人が気付かないはずはない。部屋中の窓が開き、庭師や犬までが集まってきて、闖入者と用心棒のケンカを見物している。
「何事じゃ!」
と、鋭い一喝が轟いた。その声に、用心棒の男の動きが止まった。
「庭で何をやっておる! お客さんのおかえりじゃぞ」
背の低い老人が姿を見せた。老人に咎められて男は小さくなり、頭を掻いた。
「リィさんや、失礼をしたね」
「いえ。ありがとうございました」
老人‥‥ジャックの後ろから、リィ・フェイラン(ea9093)が現れた。なんと彼女は大胆にも、この高利貸しに金を借りに来ていたのだ。大事なお客様ゆえ、リィは部屋の中まで通され、ジャックと会うことも出来たのだ。もっとも、今回は借金の約束をしただけで、まだ1Cも借りていない。今日はとりあえず、顔を見せに来ただけと言うところか。
「それじゃ、出立の前日にまたいらっしゃい。それまでにご用意しておくからな」
リィは、庭の騒ぎなど他人事だと、そしらぬ顔でそこを立ち去った。
そして後に残ったのは、アリアスとウォルだ。
「どこの賊じゃ? 事と次第によっては容赦はせんぞ」
にこやかな顔が一転した。だが、ウォルは怯むことなくジャックの前に進み出た。
「俺たちは冒険者として各地を回っている者だ」
「ほォ?」
まだ疑わしげなジャックに、ウォルは自分たちの冒険の話をした。どれほどの活躍をしたか、名を広めたか、等々。
「しかし、前回の仕事は大変だった。おかげですっかり金を使ってしまった。ギルドの仕事じゃ上前をはねられてしまう。そこで手っ取り早く金を稼ぎたくなったってわけだ」
あくまで金目当てなのだと、ウォルは強調した。ジャックはそれで安心したのか、表情を和らげた。
「こりゃこりゃ。正直な男よのう。そこまで言われれば、考えないわけにも‥‥」
ジャックは目を閉じて、しばらく考えていた。先ほどのセレスたちの時のように、ただ熱意だけでは雇って貰えない。屋敷に必要な用心棒は、腕っ節よりも口の堅さなのだ。
と、その時だ。庭の反対側から、犬の吠える声がした。
「‥‥ちょうどいい。また盗人が入ったようだな。そいつを捕まえてこい、お手並み拝見じゃ」
好機を手にし、アリアス達は犬の方へすっ飛んでいった。
ガウガウとやかましく吠え立てる犬が茂みに鼻先を突っ込み、別の用心棒が棒でその茂みを叩いていた。
「俺が」
アリアスは茂みの中に体を滑り込ませ、中に潜んでいる侵入者の足首を捕まえた。
「うわあ〜〜んっ」
子どもの声だ。
「違うよ、違うよ。ボク、おともだちと隠れん坊してただけなんだ」
か弱く震える声で、侵入者は言った。
その顔を見てアリアスは反応に困った。
潜り込んでいたのは、キット・ファゼータ(ea2307)だったのだ。
「うわあん、うわあん、ボク、何にも悪いことしてないよお。ワンちゃんが怖いよお」
キットは『こども』という立場を最大限に生かし、努めて可愛らしく振る舞う。元々の彼の正体を知っているから、アリアスは困っていたのだ。
とにかく、キットを抱え込んで、ジャックの前に突き出した。キットはカミナリ親父にゲンコツを喰らい、外へ放り出されたのだった。
「まあ約束じゃて。二人で裏門の見張りをしておれ」
こうしてアリアスとウォルは、犬と一緒に門番となる役を勝ち取ったのだ。
‥‥ただ、これでは屋敷の中へは入れない。
すぐそばにジャックの寝室もあるのに、そこまではまだまだ遠かった。
犬は、大人しく二人のそばにいた。
「部屋の形は、こんなものかな‥‥で、リィさんが入った部屋ってのが、ここで‥‥裏門がここで‥‥」
アリエス・アリア(ea0210)が、全員でかき集めた屋敷の内情を一つにまとめる。彼女自身が外周を回って見た様子と、実際に内側へ入った者たちが見た部屋の場所。それらを総合して、主寝室の場所はおおかたの目星がついた。
「しかし、どうやって中に入るか、ですよ」
結局、使用人としても用心棒としても、屋敷の内部には入れなかった。これでは中から誘導するという、最初の計画が頓挫してしまった。
「協力者も、いそうにないか‥‥」
健武は残念そうに呟く。もしかしたら、『借金の形に』売り飛ばされた娘が愛妾にされているかもしれない、などと淡い期待も抱いていた。しかし少なくとも、ここにいるのはジャックの信頼に足る上質の女達ばかり(仮に、ジャックが娼館を営んでいれば、そっちにはいたかもしれないが)。こうなれば最後の手段、自力で忍び込むしかないようだ。
「一応、体を洗って臭いを落としたつもりだけど‥‥」
犬の鼻に対しては、気休めでしかないだろうが、アリエスは悔いの残る行動はしたくなかった。
「犬なら、たぶん大丈夫」
アリアスは言った。あそこの番犬は訓練された犬。ならば、一度見た彼らの顔は忘れていないだろう。その二人が連れた客人に向かって、吠えることはないと信じたい。
「こちらの準備も出来ているからな」
ウォルはにやりと、草の束をつかみ上げた。
いよいよ実行の時だ。
ウォルとアリアスは白々しく、裏門の門番達に挨拶をした。
「どうしたんだ?」
「まいったよ。新入りは休憩なんかするなって、旦那に叱られちまった」
「というわけで、代わりますよ先輩。どうぞ休んでて下さい」
「おお、そうか」
門番達は揃ってあくびをしながら、自分の部屋に戻っていった。なんてあっさり引っかかってくれたのだろう。犬も、二人のことを覚えていて、大人しくしている。
「伏せ。そのまま」
忠実な犬は、命令にも従う。その隙に、二人は他の仲間を招き入れた。
全員が入ったところで、ウォルはおもむろに草の束に火を付けた。
もうもうと煙があがる。
それから、声の限り思いっきり叫んだ。
「火事だっっ!!!」
とたんに屋敷は大騒ぎになった。至る所の扉が開き、桶やタライやコップを抱えて、皆が水場を目指す。
その混乱に乗じて、冒険者達は屋敷の中に突入した。
「一番奥、景色がいい部屋がジャックの部屋だ」
リィが先頭を走る。彼女たちの予想が正しければ、大切な借用書は、彼自身が保管しているはずだ。
屋敷の主たちの部屋は、扉からして作りが違っていた。彫刻の施された立派なもので、主と、その妻の部屋だと一目で分かる。
そしてその扉が開き、見覚えのある老人があたふたと出てきた。
「な、なんじゃ、おまえ達‥‥」
「借用書はどこだっ!!」
ライラックはジャックが何か言い終わる間もなく、襟元をつかみ、ねじ上げた。
「しゃ、借用書、それが、狙いか」
「がたがた言ってないで、早く出せっていってんだよ」
激しく揺さぶり、時には殴り蹴り、容赦なく吐かせようとするライラック。まるで自分を愛人としなかったジャックへの恨みを晴らすかのように。
「‥‥失神しやがった」
「やりすぎでしょう」
「ともかく、今のうちに探すぞ」
寝室に入り、あちこちひっくり返して借用書を探す。続きの部屋に大きな机があり、その引き出しを開けると数枚の書類が出てきた。
「‥‥‥‥レオの父親の名前だ」
間違いなく、それが目的の借用書だ。違う名前のものもある。それも全て、持って帰ることにした。
間もなく、どやどやと人が集まってくる音がした。偽の火事とばれてきたのだろう。
「退路は、俺が開いてやる」
キットもまた、こども演技の鬱憤を晴らすかのように大暴れを開始した。
目的は達成した。あとはこれを、無事にレオの元へ届けるだけだった。
「‥‥酷い内容ですね。10日で倍額? よくもまあ、こんな契約を」
レオは改めて、父親の借用書を見た。それから、他の名前のものも。どれもこれも、めちゃくちゃな内容であった。
「リィさん、あなたもお金を借りに行ったと言ってましたが、まさか‥‥?」
「まだ借りてない。しかし、一歩間違えれば、私もそれに名前を書かされるところだったんだな」
これでジャックの悪事を全て暴くことが出来るだろう。レオは何より、これで自分の父親がこれ以上苦しまなくてもいいということが、何より嬉しかった。