●リプレイ本文
村に滞在する間の宿は、キャッセが提供してくれた。冒険者達が到着したのはもう陽も落ちた後だった。
「あれは先週だったかしら、ちょうど今ぐらいの時分から、男達が見回りを始めたのよ‥‥」
「そうそう、○○君と××君が行ってね」
「可哀想になあ」
キャッセの家には人が集まっていた。気味の悪い事件を解決してくれる者が来たと知って、彼らの役に立てるならと、進んでこのように詳しい話を聞かせてくれようとしているのだ。
「屋敷を調べるのは、明日からにしたほうが良さそうだな」
フェシス・ラズィエリ(ea0702)はそう思った。彼らの話を総合するに、死人が出るのはいまからの時間帯。屋敷がどんなものかも分からないのに、いきなり入り込むのは危険すぎる。
「いまのうちにいっぱい教えてくださいね。亡くなった方を見つけたときの様子とか」
そうと決まれば時間はたっぷりある。それに、せっかく人が集まってくれているのだ。サリュ・エーシア(ea3542)は、これまでに起こった3件の殺人事件についてもっと詳しく知りたがった。
彼らは饒舌に語り続ける。しかし、アルンチムグ・トゥムルバータル(ea6999)がある話題に触れたあたりから、妙に口が重くなった。
「屋敷の前の住人がおらんようになったんは、いつ頃なんや?」
村人達は、どう答えたらよいものかと、お互いに顔を見合わせる。
「さあねえ、夜逃げみたいなものだったから」
キャッセが言った。家具の運び出しでもあったら気付いただろうが、それらを一切合切残して消えてしまったのだ。いつ、どんなふうに居なくなったのか、誰も知らない。
アルンチムグはそう話す彼らの表情を注意深く見ていた。誰か嘘をついていないか、屋敷の娘の行方について知っているものはいないか‥‥けれど、そこに嘘は無いようだった。
夜が明けて、冒険者達は問題の屋敷を目指した。少し高台になっているところに、他の家々を見下ろすように建っていた。その頑丈そうな作りと大きさから、元の住人はかなり名のある人物だったのだろうとすぐに分かる。フェシスが馬を走らせて屋敷を1周したが、それにはかなりの時間を要したほどだった。それほどの人物が村を追われる羽目になったのだ、娘の作った醜聞の大きさを思い知らされる。
「娘の生死が気になりますね」
パルシア・プリズム(ea9784)が呟いた。
「生死? パルシアさんは、娘さんが死んだと思ってるの?」
驚いたように、レフェツィア・セヴェナ(ea0356)が聞き返す。
「人が傷もなく殺されたとなると、怨念の存在を考えてしまいます。殺されて、埋められて、怨念がこの世に留まって呪いを‥‥なんて、あくまで空想ですけどね」
事件は怨霊によるものなのか、それとも噂を利用した生身の人間によるものなのか。まずフィーナ・ウィンスレット(ea5556)はステインエアーワードを用いて、屋敷に出入りしたものがいないかを尋ねた。空気の答えはこうだ。「誰も住んでいない、入ってきていない」。
おそるおそる扉を開けると、中は埃と蜘蛛の巣だらけで、誰の足跡も残っていなかった。これでますます、『人ではないもの』の疑いが大きくなる。
「‥‥お化けは‥‥嫌いです」
体を小さく震わせて、萌月鈴音(ea4435)はなんとも頼りないことを言うが、幸い誰にも聞かれていないようだ。平気なふりをして、そっと部屋を出、庭に回る。そう、これまで4人の屈強な男達を殺した庭だ。
(「そう、もしかしたらお化けじゃなくて、毒のあるものに触れたのかもしれない」)
ささやかな希望を持って、鈴音は庭の草を調べた。手入れのされていない、草ぼうぼうの庭に貼り付くように調べたが、毒を持つ植物は見つからなかった。鈴音の希望ははかなく砕け散ったのだ。
「へえ、あんたも庭に目ぇつけたんかいな」
と、スコップを担いだアルンチムグが声をかけた。びくっと体をこわばらせる鈴音を気にするでもなく、アルンチムグは一方的におしゃべりを続けた。
「泥棒達は庭で死んではった、となると、庭におなごはんの死体があると思わんか?」
「死体‥‥?」
「せや。例えばや、おなごはんが関係を持っとったんは村の男全員やったとか。それで、女達が嫉妬で殺したとかな‥‥どや、うちの推理、冴えてへんか?」
「はあ‥‥」
突飛な推理だと思う。けれど、アルンチムグは自信たっぷりに、庭をウロウロ歩き、男が倒れていた場所にスコップをあてた。
その頃フィーナ達は、引き続き屋敷の中を調べていた。
「じゃあ、次の部屋を開けますよ」
「ちょっと待って」
部屋を移るたびに、サリュがホーリーライトで穢れたもの達を遠ざける。扉を開けたとたんにバッサリ、なんてことにはなってほしくないのだ。
そうしていくつもある部屋の全てを開けていく。どこも埃だらけで、盗人が物色したのか家具の引き出しは乱暴に開けっ放しにされていた。パルシアは、収穫の無かった泥棒なら次にどんな場所に興味を持つだろうかと考えて、壁を叩き始めた。引き出しが空なら、今度は隠し金庫のようなものを探すのではないか。そして違うものを見つけて、命を落としたのではないか‥‥そんなことを考えて。
徐々に日が暮れていく。
「一旦退きましょう。庭の方にいる人たちと、もう一度打ち合わせをしましょう」
それぞれ調べた結果を持って、冒険者達はキャッセの家に戻った。
夜になり、もう一度装備を調えて、屋敷へ向かう。相変わらず人の気配はなく、しいんと静まりかえっている。
部屋の位置はだいたい覚えている。1階はダンスパーティーでも開けそうなほどの大広間、そこへ続く厨房と、おそらく使用人達の部屋。しゃれたバルコニーのようなものがせり出してあって、その向こうには荒れた庭が。
ゆったりとした階段を上がると、住人たちの部屋と寝室が細かく並んでいる。その数は多すぎて、さらに奥に階段があるほどだった。
部屋は手分けして、内と外から順々に調べられていく。
と、レフェツィアは、気になった1つの部屋を、外から見上げた。
残されたベッドや家具から、若い女性の部屋であったことは分かる。つまり、淫乱と噂された娘の部屋だ。
そして、あることに気が付き、背筋が凍りそうになった。
自分が今立っている場所は、男達が倒れていた場所なのだ。
本能的に彼女はレジストデビルを唱えたのだろう。それは正解だった。部屋のベランダに、女が現れたのだ。
美しい女だ。ゆきずりの貧しい男でも、富に恵まれた男でも虜にしてしまいそうな。透き通る白い肌にただ一点、違う色がある。爛々と燃える赤い瞳だ。
レフェツィアの詠唱があと少し遅れていれば、まともにあの声を聞いてしまっていただろう。女の喉から発せられた、全ての生き物を死へと導くあの咆吼を。
耐えたはずだ。しかし、くらった衝撃は大きく、レフェツィアは庭に膝をついてしまった。
「レフェツィア!!」
異変に気が付き皆は庭に駆け出し、そしてベランダの亡霊を見つけた。
亡霊は月明かりの下、高台の下に走る道をじっとみていた。その道はこの辺りでは一番広い道で、ある者はそれを使って村に入り、ある者は出て行く道だった。
女の口からは小さな息が絶えず漏れている。「おおお、おおお」と、愛を歌うようにも、別れを泣くようにも、恨みを刻みつけるようにも聞こえる。
「あなたが‥‥ここの主なのですか?」
フィーナはまず、声をかけた。
女の息がぴたりと止まり、集まっている『侵入者ども』を見下ろした。
呼吸が変わった。
と、そこに真冬のような寒さが襲いかかった。皮膚を刺すような痛みは、この亡霊には人間らしい会話は無理であることの証明のようだった。
「安らかな眠りについてもらいます‥‥」
この世に恨みを残し、生きている者に害をなす亡霊に与えられるものは只一つ。
怨念から解放してやることだ。
「やはり娘は、死んでいたんだな‥‥」
無念そうに、フェシスは言う。ここで死んだ娘の魂が化け物へと変わったのだ。
「しかし、いったい誰が?」
そうなると、娘を殺したのは誰か、ということになる。
「あ、あの‥‥」
おずおずと、鈴音が口を開いた。
「あの、庭の草むらに、様子がおかしいところが‥‥」
昼間に毒草を調べたときに見つけたらしい。彼女の性格故に言い出せなかったらしいが、雑草の伸びていない場所があるという。
「よっしゃ、そこを掘り返すで!」
かなり深く掘った。
スコップの先に何かが当たった。
高価そうな腕輪をはめた腕が見えた。
寝間着姿の女だった。
肉の半分は無くなって、薄汚れた骨が見えていた。
サリュが死者の声を聞き出そうとした。
涙があふれてきた。
『パパ、苦しい』。
父親と母親は、村から消えている。
娘は様々な人の名誉を傷つけた、許されないことをしたのだろう。しかし、その罰は十分に受けたはずだ。もう許してやって欲しい、それが冒険者達の願いだ。
娘を哀れむ心があれば、せめてあの屋敷を綺麗にして新しい命を吹き込んでやって欲しい。冒険者達はそう言い残し、村を後にした。