ミモザ嬢からの依頼

■ショートシナリオ


担当:江口梨奈

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 62 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月03日〜07月10日

リプレイ公開日:2004年07月12日

●オープニング

 それは冒険者ギルドには、似つかわしくない依頼だった。
 『姉の結婚式を一緒に盛り上げて下さい!』。
 依頼主はミモザ・フォレスト。
 彼女の姉、ローズ・フォレストは、来週、結婚式を挙げるのだ。
 式を盛り上げる‥‥わざわざ、冒険者に頼まなければならない依頼だろうか?
 それには、こんな事情があったのだ。

「お世辞にも昔の姉は、貞淑な女性とは言えませんでした」
 ミモザが言うには、ローズは自由奔放で、友人が多く、そして男性の友人も少なくなかった。神の教えを畏れておらず、ふしだらな女と親戚中から忌み嫌われるほどだった。
 それでも、ある時、運命の出会いをした。それが今度の花婿だ。
 すばらしい男性であり、おかげでローズは己の不貞を恥じ、これからは誠実に一人の男性を愛しぬくと決めたのだった。
 家族は大賛成した。
 だがかつての愛人に、そう思わない者がいた。
 ローズは結婚を機に、全ての愛人との関係を絶ったつもりでいた。しかし、綺麗な上に羽振りよく遊んでいたローズと別れるのが惜しいと思う男が、1人だけ残っていた。
「私も知っている男です、スティンガーという名前です。そいつが、私を脅したのです。『ローズの結婚を取り止めさせろ。さもないと、仲間を連れて結婚式に乗り込み、ローズと相手の男と、その家族も全員殺してやる』と」
 その時のことがよほど恐ろしかったのだろう、ミモザはまた、ぶるぶると体を震わせた。
「そのことは、お姉さんには?」
「言ってません。私は、姉に幸せになって欲しいんです。親戚は姉を悪く言いますが、いま、立ち直って新しく生まれ変わろうとしているのです。それをあんな男のために汚されたくありません」
 そうしてミモザは、革袋を差し出した。
「姉の結婚式に来て下さい。そして、スティンガーから護って下さい」
 中には、報酬と言うには寂しい量の銅貨が入っていた。
「私に用意できるお金はこれで精一杯です。これだけのお金で姉を護ってくれというのは虫が良すぎると思います。でも、お願いです、皆さんしか頼る人がいないのです」
ミモザは何度も何度も、頭を下げた。

●今回の参加者

 ea0017 クリスタル・ヤヴァ(22歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0254 九門 冬華(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0261 ラグファス・レフォード(33歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 ea0294 ヴィグ・カノス(30歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0734 狂闇 沙耶(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea0780 アーウィン・ラグレス(30歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea4089 鳳 瑞樹(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 晴れた!
 眩しい太陽の下、綺麗な衣装に身を包んだ花嫁、ローズは現れた。
 「おめでとう」「おめでとう」‥‥あちこちから、祝福の声があがる。近所の小さい子供たちがかわいい花束をそれぞれ持って、ローズに渡してくれる。持ちきれないほどの花束になったが、それでもなんとか右手を空けた。
 その右手は、目の前にいる花婿に差しのばされた。花婿は、それを左手で受け取った。
「おめでとう、二人とも! うちから音楽のプレゼントよ」
 お祝いに駆けつけたというシフールのバードがオカリナで楽しい曲を奏でながら、空を舞う。
「ミモザさんのお姉さん、ご結婚おめでとうございます」
 ローズの知らない人まで集まってくれた。妹の友人らしいが、うれしいことだ。
 花嫁と花婿は仲良く手をつなぎ、村はずれの教会へ入っていった。
「‥‥始まっちゃったね」
 オカリナの手を休めて、クリスタル・ヤヴァ(ea0017)は言った。
「ふむ。昨日までスティンガーが何も動かなかったと言うことは、今日、仕掛けてくるのだろう」
 二人を見送った九門冬華(ea0254)も、心配そうに言う。出来ることなら今回の件は、結婚式当日まで持ち込みたくは無かった。だが、問題のスティンガーは姿を消していた。
 
 話は少し前にさかのぼる。
 冒険者達がミモザからの依頼を受けたあと、彼らはすぐにスティンガーについて調べ、愚かな行動を止めようとした。けれど、彼はいなかった。あの脅迫は本気なのだ。本気だからこそ、今、着々とその準備を調えているのだろう。
「‥‥考えるんだ。人を殺すために仲間を集めるとしたら? 狙うとしたら? 確実に殺すとしたら?‥‥」
 傍目には鳳瑞樹(ea4089)は、村をのんびり散歩しているように見えただろう。しかし、彼の頭の中はめまぐるしく動いているのだ。
「どうやって来るか、だな。人混みに紛れてくるのか、遠くから狙うのか」
 日差しが気持ちいい。適度な風がラグファス・レフォード(ea0261)の頬を撫でる。その風の匂いを嗅ぐようにラグファスは顔を上げたが、その視線の先は教会の庭に向けられていた。
「この庭、どう思う? まわりががらんとして、何も守るものが無いよね」
 同じようにアシュレー・ウォルサム(ea0244)も庭に目を遣る。
「弓なんかで遠くから狙われたら、盾にするものも無いな」
 不安になったアシュレーは、スティンガーが弓で狙うことを警戒して、周囲の高台を調べることにした。
「じゃあちょっと俺は教会の中を見せて貰ってくるよ。まさかとは思うが、スティンガーがすでに中に隠れていないとも言い切れないしな」
 そう言ってヴィグ・カノス(ea0294)はそこで別れた。一方では狂闇沙耶(ea0734)が、宴会の料理に毒が盛られはしないか見張るために、ミモザと一緒に新郎の家に行くことにした。
「‥‥平和な村だよな‥‥」
 仲間達がそれぞれの調査のためにいなくなったあとで、残ったアーウィン・ラグレス(ea0780)は呟いた。
 平和な村なのだ。
 辺りの気配を探ってみたが、激しい憎しみや恨み、殺意なんてものがあるとは思えない。多少の悪意は、それはあるだろう。けれど、新郎新婦とその家族まで皆殺しにするなどと考えるほどに殺意を抱く人間が、ここにいるとは思えない。
 スティンガーは完全に村から消えていた。
 事件は、結婚式当日に起こすつもりだ。
 アーウィンはぞっとした。

 教会の中では、新しい夫婦が婚姻の誓いを立てていた。教会の狭さ故、これに立ち会っているのはミモザたち家族と、近い親戚だけだ。友人や、それ以外に集まった村人達は、庭で待っていた。ヴィグは教会の周りを一周し、別の入り口が開けられていないかを確かめたが、それは存在しなかった。出入り口は庭に面している一カ所だけ。いわば、ここに入っている間はローズたちは安全なのだ。
 怪しい人物はいない。皆、にこやかに談笑し、式の終わりと宴会の始まりを待っていた。
(「スティンガーは、いったいどこから‥‥?」)
 その人混みからそっと離れ、瑞樹は茂みに身を潜めた。少し離れた場所から、怪しい動きをする人間を捜すためだ。
 捜索の目は空にもある。クリスタルはシフールという特徴を存分に生かし、空から周囲を伺い続けていた。
「うーん‥‥いったい、いつになる‥‥あら?」
「どうしたんですか?」
 冬華が聞く。クリスタルは、街中を調べていたアシュレーを見つけたと答えた。
「合図を送っているわ‥‥行きましょう!」

 たかが村の中で一組の夫婦が誕生する、それだけのことであるが目出度いことなのだ、村を挙げて祝ってやるのが当然だろう。だから、今日はほとんどの村人が結婚式に繰り出している。そうして人通りの少なくなった道を、むさ苦しい男が5・6人、のそのそと歩いていた。
(「あの真ん中にいるのは、スティンガーじゃ!」)
 花婿の家の中で、宴席の準備を手伝っていた沙耶が、窓の外を通る男どもに気が付いた。いそぎ飛び出し、彼らの後を追う。全員、がっちりした体つきの、乱暴そうな連中だ。沙耶は慎重につけていく。
 と、彼らの足が止まった。
 その先に、立ち塞がる者がいたのだ。
「よう、せっかくの結婚式だっていうのに、しけた顔してないで、楽しもうじゃないか」
 最初に声をかけたのはラグファスだった。酔ったふうな口調で、そう言った。
「邪魔だ、そこをどけ」
 酔っぱらいにかまっているヒマはない、と、スティンガーはラグファスを押しのけ、更に進もうとする。
「通すわけにはいかないよな。こんなものを腰にぶら下げている男は、な」
 アーウィンが肩をつかむ。スティンガーの足音の間に、刃物がかちかち当たる音があるのを聞き取ったのだ。
「関係ないだろうが」
「関係あるんだよね。ローズさんの結婚式を、守らなきゃいけないんだから」
「!!」
 スティンガーは驚いた。そして同時に、目の前の彼らが自分の計画を邪魔する存在だと悟った。
「てめえらも一緒に殺してやろうか!」
「無粋‥‥貴様らからは醜い臭気しか感じぬな‥‥」
 最高のタイミングだった。
 結婚式の真っ最中の今、街中には誰もおらず、これからの乱闘を見られる心配はない。
 そして正面にアシュレー達が構えているのはもちろん、後ろには沙耶が既に待機して、更に上からクリスタルが狙っていたのだ。
 スティンガーはとっくに取り囲まれていた。
 この状況で、たかが体がでかいだけの荒くれ者が、幾多の冒険を繰り返してきた冒険者に敵うわけがない。しかもこちらの方が数が多いのだ。
「これは警告だ。繰り返すようならば次はこんなものでは済まされないぞ」
 ボロ切れのように積み上げられた男達に、ヴィグが睨み付ける。
「返事は?」
「は‥‥はいぃ‥‥」
 折れた前歯の隙間から、弱々しい返事が聞こえた。

 冒険者達が教会に戻ると、もう式は終わっていた。
 そしてミモザが、彼らを見つけると、一目散に駆け寄ってきた。
「あ、あの‥‥」
「大丈夫です。終わりましたから」
 冬華が短く、そうとだけ答えた。それでミモザには全て分かった。ぱあっと笑顔になり、皆に抱擁をした。
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!! どうぞお疲れになったでしょう、これから宴会をしますので、ぜひ来て下さい」
 ミモザに引っ張られるままに、皆は今度は新郎の家へ入った。
 家の中から外まで、ありったけのテーブルを継ぎ足して、その上にたくさんのごちそうが並んでいた。
「お言葉に甘えて、‥‥今のうちに食いだめさせて貰おうか」
「うちも飲ませてもらうよ! 歌も歌うよ! みんなも一緒にね!」
「ふむ。異国の婚礼とは、よい経験だ。俺も祝わせていただいてかまわないか?」
「ええ、ええ! もちろんよ。みなさん、飲んで、食べて、楽しんで下さいね!」
 楽しい宴会だった。夜が更けるまで、それは続けられた。
「ミモザ。あなたの連れてきてくれたお友達のおかげで、とても楽しい結婚式になったわ。ありがとう」
 ローズが妹のところへ近づいて、言った。それから、冒険者達の方を見た。
「皆さん、本当にごめんなさい」
「おねえちゃん‥‥?」
 もしかしたらローズは、彼らが冒険者だと気づいていたのかも知れない。そして彼らが、自分の不貞の後始末をしたということも。
「いろいろあるだろうけどさ。過去は過去、今は今、そして未来は未来。新しい夫婦の、新しい門出のために!」
 クリスタルが歌う。ミモザも歌う。ローズも歌う。
 結婚式は、まだまだ続く。