リッキー氏からの依頼
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■ショートシナリオ
担当:江口梨奈
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月07日〜07月14日
リプレイ公開日:2004年07月14日
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●オープニング
リッキーは芸術家だ。自分でそう言っているのだから、誰も否定してはいけない。芸術家だと名乗ったときから、人は芸術家なのだ。
だから、彼が『菓子でできた家』などというものを作っているからと言って、狂人と思ってはいけない。彼の内にある想像力が、形として現れただけなのだから。
リッキーは自宅から少し離れた場所に、工房と呼んでいる空き地を持っていた。画材や彫刻刀のような道具を置いてある掘っ立て小屋がひとつと、あとはよくわからないオブジェがあちこちに立てられている。2、3ヶ月に一度ぐらい、蒐集家を集めて作品を見せて、金に換えているようだ。彼の作品のようなものに大金を出す者がいるのだから、世の中はいろいろな人がいる。
彼が今、取り組んでいる作品が、『菓子の家』。パラの家族が住むようなこじんまりとした家をつくり、そのまわりをいろいろな焼き菓子や干し菓子でとても細かく可愛く飾り付けようとしていた。どうやらリッキーは料理の腕もそこそこのようで、近くに行くと半分出来上がった家から、上等な店で売られている菓子と同じような匂いがした。世界中の子供が誰でも夢に見るようなお菓子の世界、まるでその夢が現実となってそこに現れたようだ。次に蒐集家が来る日にこれがあると、さぞ話題になるだろう。
薬や香で虫除けはした。屋根をつけて雨避けもした。その辺の野生動物では破れないような頑丈な網も張った。一帯は彼の工房地で他に誰も住んでおらず、街道からも遠く離れているので邪魔が入ることはない。リッキーの制作活動は、順調に進むかと思われた。
ああ、なのに。いったい誰が?
ある朝、リッキーが家から工房へ入り、いつものように制作を続けようとしたら。
壁の一部が、何者かに食べられているではないか!
網が刃物のようで破られていた。そして菓子の家の周りに、明らかに人ではないものの足跡が、少なくとも3匹ぶん、あった。一番手のかかった模様編みを施したパンの壁が食いちぎられ、土台の板が丸見えになっていたが、そこにもくっきりと、歯形が残っていた。どんな鋭い歯があれば、堅い土台にこんなに形を残せるのだろうか?
「‥‥こいつぁ、おいらの手に負える相手じゃないかも知れねぇ‥‥」
次に蒐集家を集めるまで、もう数日しかない。これ以上食べられては、その日に間に合わない。
リッキーは迷わず、冒険者ギルドに向かった。
依頼を掲示して貰うために。
●リプレイ本文
まずは敵が何者かを見極めなければならない。
リッキーの工房に集合した冒険者達は、まずその作業から取りかかった。
「それでは、僭越ながら私が、モンスター講座を開かせていただく」
転がっていた空き箱を教卓にし、ゼファー・ハノーヴァー(ea0664)がコホンと小さく咳払いをした。
(「‥‥面倒」)
それは確かに大切な事だろう。しかし麗蒼月(ea1137)は自分の背後から漂ってくる『いい匂い』の素が気になって仕方ない。講座? 証拠集め? それよりも一日中、リッキーの手が紡ぎ出す、甘く香ばしい作品を眺めていたい。
しかし蒼月の思いは届かず、『モンスター講座』は続く。
「私が見たところ、足跡は3匹ぶんとみて間違いないだろう。網の切り口は、あまり綺麗じゃない。上等な刃物を持っているわけではないようだ」
スプリット・シャトー(ea1865)が、調べて分かったことを教えてくれる。
「その足跡と、土台に残った歯形。これで自分は、正体はコボルトと睨んだが、どう思う、ゼファー君?」
見事なレイヴァント・シロウ(ea2207)の推理。それを聞いてゼファーは拍手した。
「うん、私もそう思う。鼻の効く連中が、この甘い匂いを嗅ぎつけたに違いない」
「だとすると、ここをよい餌場と思って、今度は仲間を引き連れて来るかもしれないね」
不破真人(ea2023)は一刻も早い予防と、そのために罠を仕掛けることを提案した。
「僕、さっきリッキーさんに、道具小屋の中を見せて貰ったんだ。かなり使えそうな道具があるよ」
「キミ、準備がいいわね」
「私も手伝いますよ」
ヒンメル・ブラウ(ea1644)もルーウィン・ルクレール(ea1364)も、罠作りに賛成する。
「その罠と、あとは交代で見張りをすれば完璧だろう。今夜からさっそく始めよう」
準備万端なのはルシフェル・クライム(ea0673)も同じ。何もないこの工房のために、野営に必要な道具を一揃え持ってきていたのだ。
工房を囲む網の外側に、鳴子と落とし穴、そして2人一組で見張りをする方針で、まず第一夜が始まった。
「それでは皆さん、あとはよろしく頼む。私は一旦、家に戻る。これは残り物で悪いが、夜食にしてくれ」
リッキーは制作に使ったパンの、成形のために切り落とした部分をくれた。
「‥‥これが、‥‥あの窓枠のパン‥‥」
蒼月の目が輝く。午前中に焼いたパンらしいが、まだ柔らかい。切り落としとはいえ、味も匂いも同じだ。我慢ができなくなったのか、蒼月はそれをさっそく一口、かじった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ああ‥‥」
恍惚の表情。
隣でその経過をずっと見ていたルシフェルは、あまりの分かりやすさに苦笑する。
「それにしてもリッキー殿も、普通のパンとして売っても良いだろうに。芸術家とは、よく分からんものだ」
パンがこれほど美味しいのだから、他の部分‥‥贅沢に砂糖や果物を使って彩りよく仕上げてある部分は、いったいどんな味なのだろう‥‥蒼月がふらふらと、吸い寄せられそうになる。
「麗殿、それを食べては‥‥」
ルシフェルはコボルトを警戒していたはずであった。しかし今、もう一人注意しなければならない者が、目の前にいるのだった。
二夜目。何度かの交代を繰り返して、今度はヒンメルと真人の順番だった。
「よろしくお願いします、ヒンメルさん」
「こちらこそ。さあ、今夜もがんばって行くよ。れっつごー!」
夜の闇におどおどする真人とは対照的に、元気に張り切っているヒンメル。もっとも、彼女がこれほど楽しそうなのには、別に理由があるのだが。
「こ、怖いですね、ヒンメルさん‥‥敵って、いつ来るんだろう‥‥ひゃあっ!」
鳥が羽ばたいて派手に木の枝を揺らした、その音に真人は驚いて、ヒンメルの腕にしがみつく。と、自分で自分の行動が恥ずかしかったのか、真人は顔を赤くした。
「あ、ごめんなさい‥‥?」
見ると、ヒンメルは嬉しそうにこちらをみている。
「あの? ヒンメルさん‥‥?」
「ふふふ。なんでもないよぉ〜」
この夜の警戒も、何事もなく終わった。
スプリットとルーウィンが、今度の見張りの順番だった。お菓子の家の周りを重点的に、全ての方角に目を光らせた。
「それにしても」
スプリットは言う。
「リッキー氏はおもしろい作品を作る。このドラゴンの彫刻なんか、まるで生きているみたいじゃないか?」
「それはそうでしょう。何しろ、ここに生えていた木をそのまま彫ったと言ってましたから」
「そうなのか!?」
「ええ。ですからもう少ししたら、どこかから枝が伸びてくるかも知れませんよ」
「なるほど。おもしろいことを思いつくな」
スプリットはただただ感激していたが、ルーウィンは頭を悩ましていた。
普通の芸術品なら移動も可能だろう。だが、これは地面に根を張っているのだ。もしこの工房の中で戦闘をするはめになったら?
依頼は成功させたい。リッキーの作品を守ってやりたい。できればこのまま、何も起こらないままであってほしかった。
レイヴァントとゼファーの見回りをする番になった。
「今夜は天気が悪いな」
ゼファーが空を見上げた。黒い雲がかかり、月も見えない。見張り組が順番に使っているランタンの明かりだけが今は頼りだ。
「レイヴァント殿、夜目は効く方か?」
「自信はある。網の向こうの、落とし穴の目印もここから全部見える」
「ああ、あの目印か。あれはレイヴァント殿、あなたが描いたのか? 上手ではないか」
「リッキー氏が塗料を使っても良いと言ってくれたのでな」
「芸術家とはおもしろい道具をたくさん持っているものだな。おかげで罠作りも順調に進んだ」
「そうそう、不破君が工夫してくれて‥‥‥‥ふふ」
「? どうしたのだ?」
「いや、思い出しただけだ。そういえば不破君は、ヒンメル君と一緒に見回りをしていたな‥‥」
「何を思い出したかは、聞かないでおこう」
「そうしてくれるとありがたい」
この夜も何事もなく終わった。
お菓子の家は確実に完成に近づいていた。
リッキーは、最後の仕上げとばかりに、一番上等の香料をふんだんに使ったクリームを塗り始めた。
工房の全てが、いや、その外の森も更に外の村も、全てがお菓子の王国になったかのような、かぐわしい空気が満ちあふれる。
「‥‥我慢‥‥できない‥‥」
蒼月が呟くのも無理はない。
それほどまでに、この工房は『おいしそう』であった。
仕掛けた鳴子が派手な音を鳴らしたのは、その夜だった。
「網の外だ! 中に入れるな、入れる前にやるんだ!!」
レイヴァント達が見張りの番だった。すばやく矢に火をつけて、合図として空に放つ。
音で目を覚ましていた他の皆は、それで方角を確かめ、急ぎ、罠の落とし穴のあった場所へ駆けつけた。
「いた、2匹だ!」
「2匹? もう1匹いるはずだよ!」
「ああっ、中に!!」
ルシフェルがライトニングサンダーボルトを放つ。稲光に照らし出されたのは、網をくぐり抜け、お菓子の家に突進している1匹のコボルトだった。
「貴様の相手は私だ!」
ルシフェルのコアギュレイトはしっかりとコボルトの体を押さえつけ、それ以上の進行を止めた。
「お菓子の家も、リッキーさんの作品も守るんだ!」
3匹のコボルトはいなくなった。
網も綺麗に張り直された。
翌日。リッキーは笑顔で蒐集家達を出迎えた。お菓子の家は彼らから賞賛を引き出させた。
「いやー、ありがとうありがとう。君たちのおかげで『お菓子の家』は大成功、お客さん達にも喜んでいただけたよ」
リッキーは8個の革袋と1個の箱を持ってきていた。箱から漂う甘い匂いを、蒼月は嗅ぎ逃さない。
「これが約束の報酬だ。少なくて申し訳ないが、受け取ってくれ」
「‥‥ああ、焼きクリームが‥‥」
「こっちの箱はおいらの作った菓子だ。帰りの道中で食べてくれ。‥‥あれ?」
報酬を一人一人に手渡しながら、リッキーは冒険者達の人数が足りないことに気が付いた。
「あれ? 二人はどこへ行ったんだ? ジャパンの男の子と、細ッこい女の子がいただろう?」
「ああ」
全員が気が付いた。しかし、全員が気付かなかったことにした。
「どうぞお気になさらずに。真人とヒンメルのぶんはお預かりして、あとで渡しておきます」
「そうかい? じゃあ頼むよ」
依頼は無事に終了した。
依頼と直接関係ないことについては、彼らの関わることではない。