50年ぶりに村に戻った男からの依頼

■ショートシナリオ


担当:江口梨奈

対応レベル:7〜11lv

難易度:易しい

成功報酬:3 G 45 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月14日〜09月19日

リプレイ公開日:2005年09月24日

●オープニング

「ふふ、50年‥‥いや、60年かな?」
 この村を出た時にはまだ細っこい髭しか生えていなかったガトリオだが、今は喉まで垂れ下がり、それもすべて真っ白だ。
「荒れたな。仕方ないか、誰もいなくなったんだからな」
 レンジャーとなって世界中を飛び回るのだ、と大きな事を言って飛び出したガトリオ。夢は叶ったが、あれから50年。寄る年波には勝てなくなった。旅で出会った若い仲間達にすべてを譲り、こうして生まれた村に戻ってきたのだが‥‥。
 彼が村を出てしばらく後、この村は捨てられたと聞いた。土地が痩せ作物が育たず、全員で違う土地に移ったという。
 それでもガトリオがここに戻ってきたのは、やはりここが故郷だからだ。懐かしい家々が崩れずに昔の姿のまま残っているのを見つけると、ますますその気持ちは強くなった。
「父さんも母さんも、もう生きてはいないだろうな‥‥親不孝な息子だよ、まったく」
 教会のあった場所へ向かう。もしかしたら、両親の墓があるかもしれない。なら、手でも合わせてこよう、と。
 道だったところは全て雑草で覆われている。ひどくなると自分の背丈を越えるものまである。
 前も見えない茂みの向こうで、何かが動いたのを感じた。
 何だろう、きつねでも住み着いているのか‥‥と思ったとたん、背筋に悪寒が走った。
 この気配は、殺意を持つ死者の気配。
 火に触れたかのように後ろに飛び退るガトリオ。同時に、茂みが割れ、茶色いグールが現れた。

「‥‥クソッ、俺も老いたもんだ」
 悔しさに歯ぎしりする。若い頃は、あんな死に損ないなど、一撃で倒したものだ。それが今は逃げるだけで精一杯とは。
「ははっ」
 思わず笑いがこみ上げる。
 俺の時代はいよいよ終わった。これからは、若い奴らの時代だ。

「さあ、これが俺からギルドに出す初依頼だ。優秀なやつらが来ないと承知しないぞ」

●今回の参加者

 ea0356 レフェツィア・セヴェナ(22歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ea0504 フォン・クレイドル(34歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea0850 双海 涼(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea1466 倉城 響(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea1501 シュナ・アキリ(30歳・♀・レンジャー・人間・インドゥーラ国)
 ea2179 アトス・ラフェール(29歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2634 クロノ・ストール(32歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7528 セオフィラス・ディラック(34歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea9037 チハル・オーゾネ(26歳・♀・バード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

「ひゃあ、高い高い! これはいい眺めだ」
「フォンさーん、大丈夫ですかー?」
「全然平気だよ。風もないし、快適だ」
 フォン・クレイドル(ea0504)は今どこにいるかというと、空の上だ。双海涼(ea0850)に借りた大凧に体を縛り付け、浮かび上がっていたのだ。雑草に覆われた地上では教会の周囲が分かりづらい、ならば上空からということで、彼女は空の旅を‥‥いや、綿密な調査を行っていた。
「どうだ、爺さん。あんたもアレが羨ましいんじゃないか?」
 凧を見上げて、シュナ・アキリ(ea1501)がガトリオに言った。満ちあふれる魔力があの凧を浮かび上がらせ、そして怖いもの知らずの冒険者が操り飛び回る‥‥今のガトリオにはもう出来ないことだ。
「世界を飛び回ったレンジャーも、歳には勝てねえな」
「おまえもいずれそうなるぞ」
 まったく、身も蓋もないことをいってくれる‥‥と呆れるガトリオ。寂しいのは否定しない。だが、同時に警告も発する。今は瑞々しい若い彼らも、その輝いている瞬間はすぐに過ぎてしまうと。
「‥‥そう。時は、無駄には出来ない‥‥」
 2人の会話を聞いていたのか、クロノ・ストール(ea2634)はひとり呟く。失ってみて初めて、大切だったと気付くものがこの世にはたくさんあるのだ。彼もまた、知らぬ間にいくつも失ったものがある。
「ガトリオさーん、こっちへ来てくださーい」
 レフェツィア・セヴェナ(ea0356)が手をぶんぶん振って呼んでいた。そう、まだ今回の作戦は動き始めたばかりなのだ。次々やらなければならないことが出てくる。
「フォンさんが戻ってくるまでに、これを完成させておきましょうか」
 アトス・ラフェール(ea2179)はそう言うと、筆記具を広げて大まかな図を書き始めた。
「‥‥この点を、あそこの樹としましょう。右側の家がこれで、‥‥ガトリオさん、教会の位置は?」
「どうです、覚えてらっしゃいますか?」
 心配そうにチハル・オーゾネ(ea9037)は覗き込むが、ガトリオはにやりと笑って、すらすらと図を書き足した。
「一番奥の方だな。そこのずっと手前、この辺が雑草のカーテンになってる。グールを見たのもここだ」
 身体は衰えたが、頭はまだしっかりしているのだ、とガトリオは言った。
 50年前と先日の両方の記憶をたどり、みるみる村の見取り図は出来上がっていく。
 村自体は狭い。誰も住んでいない、つまり獲物のいないこの場所にはそんなに何十匹もグールが住み着いていることはないと考えられる。
「ですが、少ないと逆に気配を捉えづらいですね」
 溜息混じりに倉城響(ea1466)がもらす。大群でいるならあの茂みは今でもざわざわ動いているだろう。ここから見る分にはとても静かだ。猫の子1匹いそうにない。
「ガトリオさん、あなたならグールがどこを本拠としているとお考えですか?」
 出来上がった見取り図をガトリオに向け、セオフィラス・ディラック(ea7528)は尋ねた。
「そうだな。露わになった墓を開けているんだろうな。墓地は1カ所だ、村中の人間が死んだらここへいく」
「ガトリオさんも、お墓へ行こうとするまではグールに遭わなかったんですよね?」
 ステラ・デュナミス(eb2099)の問いに頷くガトリオ。
 全員の予想は一致した。グールは教会の周辺に住み着いている。

「どう、見えますかぁ?」
「う〜ん、こんなにボウボウだとね」
「風がまったく無いわけじゃないですしね」
 レフェツィアが慎重に、茂みに手をかける。視力がいくらよくても、四方をこれだけ囲まれていれば前が何も見えない。いっそのこと全てを透視できる力があればよいのに、と思う。
 ならばと響は耳をすますが、この草のきしむ音がグールによって発せられているのか風が擦れ合っているのかは区別が付かない。
「この草が、草が!!」
 いらだつシュナは、一歩進む事に周りの草を刈っていった。要するに、この草があるからグールの姿が見えなくて苦労するのだ。ならばこれを排除するのみ、だ。
「そんなに音を立てては‥‥」
「分かってるけど、これじゃ戦おうにも戦えないじゃん」
「どうせこんな人数が歩いていたら、見つかるのは時間の問題だって」
 言うが早いかフォンは、それまで静かに持っていたチェーンホイップを、突然振り回し始めた。
 ぶん、ぶん。がさ、がさ。
 重たい鎖が宙を舞い、茂みをかき回し、とたんに彼らのいる場所が騒がしくなった。
「教会はあっちだったぞ、遠回りなんかしてられるか!」
 そしてフォンは、凧から確かめた方角に惑うことなくまっすぐ向かって駆けだした。
「あ、ああっ、フォンさん‥‥もう‥‥」
「どうしたんだ?」
 先行していたレフェツィアたちの様子がおかしかったので、離れて歩いていたセオフィラスが早足で近づいてきた。
「ええ、こういうワケで‥‥」
「なんと、せっかちだな」
「誰が?」
 ぴょこん、とフォンが顔を出す。戻ってきたのだ。
「うわっ、何だ急に」
「いや、教会の前まで行ってしまったからな」
「? グールに遭わずにか?」
 驚いて冒険者達は、フォンのあとに続く。
 すぐに、開けた場所に出た。教会の正面側だ。入り口周囲には石畳が敷き詰めてあって、その場所には何も生えてない。
「奇妙な場所ですね‥‥」
 その場所を涼はそう表現した。まるでここだけ丸く切り取られたかのように何もない。周りはぐるりと雑草が取り囲み、それが外とここを分ける明確な境界線になっている。
「何も、無さ過ぎます」
 辺りの様子を伺う涼は、だんだん、悪寒を感じてきた。
 何も、無さ過ぎる。
 何故、ここには何もない? 周りにあれだけ生えている雑草が、何故ここにはない?
 誰かが踏み荒らしている。
 誰が?
 もっと早く気が付くべきだった。
 こちらがグールの様子を伺っているように。
 グールもまたこちらの様子を伺っているのだ。
「5体です!!」
 デティクトアンデットを詠唱し終えたアトスが叫ぶ。
 囲まれた!

 死人の腐った脳みそでも、考えることをするのだろうか?
 ガトリオの時はたった1人だった。だからグールも容赦なく襲いかかってきたのだろう。
 冒険者は10人いる。
 住み慣れたこの廃村を動き回り、冒険者達の出方を探っていたのだ。
「‥‥まずは闘気を高めるべきか‥‥」
 クロノはしかし冷静に、己の次に取るべき行動を考える。敵の位置を把握し、士気を高め、武器を手に取る。
 槍の先にオーラが満たされていく。
「アトス殿、位置は?」
「等間隔に、1体ずつ‥‥2人で1体とするべきでしょう」
「その前にあの茂みから引きずり出さねーとな!」
 シュナは足下の石を幾つか拾うと、その1カ所に向かって続けざまに打ち込んだ。
 茂みは激しく揺れ、ついにグールが姿を現した。5カ所から、同時に。

「よーし、来なよ。当たると痛ェぞ!」
 突進してくるグールに、フォンはまたもやチェーンホイップを振り回した。
 グールの伸ばした手の先が吹き飛ぶ。腕がもげていく。顔面が抉れる。だがしぶとい、まだ動く。
「それを止めて!」
 シュナは叫ぶと、同時にスリング弾を腹に叩き込んだ。鈍い音がした。体勢が崩れる。前屈みにグールは転ぶ。
 ぐしゃり、と踏みつぶすと、臭い体液が飛び散った。

 なんてすばしこいモンスターだろう、とセオフィラスは舌打ちする。剣が弧を描く、その一瞬前にかわされる。なのに絶えず、歯をがちがち鳴らしてこちらに噛みつこうと構えている。‥‥いや、狙っているのは自分ではない、自分の後ろでじっとしているレフェツィアの方だ。気を抜くと脇をすり抜けて、彼女に喰い付きにかかるだろう。
 早くしろ、レフェツィア。
 早く。
「‥‥コアギュレイト!」
 間に合った。詠唱は完璧で、グールの爪一つ逃さなかった。あれほどちょこまか動いていたグールが丸太のように転がる。
 クロスソードは、グールをまっぷたつに切り裂いた。

「このっ、近づかないでっ、きゃっ」
 涼はひたすら真正面のグールに向かって木剣で殴りかかっていた。一撃、一撃と当たるのだがグールには効かない。まったくたじろぐことなく、涼に近づいてくる。
 涼は後ずさりながら、しかし笑っていた。
 徐々に、広い場所へ動いている。
「クロノさん!」
 涼はさっと身をかわす、と、グールの背中に槍が突き刺さった。それは胸を貫通するほどの勢いで刺されたものだ。
 かつチャージングで全ての力を注ぎ込んだ渾身の一撃だ。効かないはずがない。
「我が造りし光が導く‥‥迷わず逝け‥‥」

「あぶないっ」
 ステラの詠唱は早い。一瞬にしてアイスブリザードが一帯に吹き荒れた。風圧に押され、グールの動きは鈍くなる。
「助かりました、ステラさ〜ん」
「油断しないで、響さん。グールはこの寒さも感じないはずよ」
 そのステラの言葉どおり、吹雪が止むとまたグールは迫ってくる。
「もう一度行くわよ、だから‥‥」
「了解しました」
 響は霞刀の柄をぎゅっと握って構える。
 再び、アイスブリザードが。
 グールは嵐の発生源であるステラに目標を定め、3度目の嵐を起こさせまいと突進する。
 響の方を見ていなかったのだろう。こうもあっさりとひっかかるとは。

 チハルの発するムーンアローは、確実にグールを貫いている。命中した箇所の肉が裂け、ヒトの形を崩していく。なのにグールは動き続ける。その歩みが鈍ることもない。
「アトスさん」
「ええ」
 アトスは頷く。そして唇から、この場に最も効果的な魔法の名を発した。
「コアギュレイト!」
 これが最後のグールだ。
 最後のはずだ。
 アトスはもう一度、周囲を調べた。
 動き回る屍は、もうどこにも無い。
 教会の裏に周ると、そこは墓地だった。 

 花を持ち合わせてなどいない。でも頑張って、可憐な野の花を少し摘んでそこに並べた。黙祷するガトリオの後ろで、冒険者達も冥福を祈る。
「よく頑張ってくれたな」
 振り返ってガトリオは、若い冒険者達に礼を言った。誰もいない村の墓がこんなに綺麗なはずがない。たった今、誰かの手で土を盛りなおされたのは明白だ。
「それで、爺さんは余生をどう過ごすんだ?」
 シュナが尋ねた。
 予定はない。気候のいい土地でも見つけて、のんびり過ごしてみようか。
「もったいねえな」
「もったいない?」
「生涯現役ってことで、次の夢でも追ってみたらどうだい」
「そうだな‥‥」
 実は考えなくもなかった。
 今日の依頼に集まった、活気溢れる若い10人の冒険者。彼らに触発された、と言ってはあまりに単純すぎるだろうか?

「それでは、また会いましょう」
 それを彼らは別れの言葉とした。
 もしかしたら、また会うかもしれない。
 依頼がたくさん貼り出されているあの場所で。