【レイクワ研究所】姉妹、家移りの回

■シリーズシナリオ


担当:江口梨奈

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや易

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月12日〜10月17日

リプレイ公開日:2005年10月23日

●オープニング

 依頼主であるレイクワ姉妹を訪れようと、近所の人らに道を尋ねた。彼らは、揃って怪訝な顔をした。「あの家に何の用なんだい?」と言いながら。
 自分たちは冒険者だ、と明かすが、それでも表情は柔らがない。「関わり合いにならないほうがいいよ」と言い捨られてしまった。
 ようやく家を見つけ、扉をノックする。
「ギルドの依頼を見て、詳細をお伺いしようと思いまして‥‥」
 来意を告げると、扉が開けられた。珍しいことに、二重扉だ。
「ようこそ、おいで下さいました」
 妙齢の女性が出迎え、中に招き入れてくれる。そうして、奥の扉が開かれると‥‥。
『ギャーーーーッッ』
 けたたましい声。
「ご心配なさらないで。うちで飼ってます、コボルトですの」
 ‥‥そうアニゼット・レイクワは言った。

 村はずれにあるこの屋敷は、『レイクワ研究所』と看板が掲げられていた。暮らしているのはアニゼットと、その姉のアマレット。そして2匹のコボルト‥‥牝のカールちゃんと、雄のドットくん。なんと2人は独学で、コボルトの生態を研究しているというのだ。
「慣れたら可愛いものよ、ほら」
 と、アマレットは雄コボルトを抱きかかえてくれたが、コボルトの口は轡で固定され、抱いているアマレットの手も新旧いくつもの傷だらけだった。
「それで、依頼の内容というのは?」
 訪れた冒険者はあっけにとられながらも、本来の目的を果たそうとした。ギルドで貼り出されたいたものには、引っ越しの手伝いとあった。
「そのまんまよ。引っ越しをするの。それを手伝ってもらいたくてね」
 客用の綺麗な器に人数分の茶を入れて、アマレットはそれを皆の前に出してくれた。
「引っ越し‥‥まあ、大変でしょうね」
 話を聞いていた冒険者は、部屋を見回した。『研究資料』らしいものが、壁一面の棚にぎっしり埋まっている。中には見るからに高価そうな本が一揃えあったりして、量もさることながら運搬にも細心の注意を必要としそうだ。
 それに‥‥。
 冒険者は、アニゼットの膝の上でじたばたしているコボルトを見た。
 そうか、2匹のコボルトも運ばなくてはならないのだろう。この様子では大人しく荷台に乗ってくれるわけはない、油断すると逃がしてしまいそうだ。
「それで、場所はどこなんです?」
「すぐそこ、チェルムスフォードです。道も悪くないし、ちゃんとした荷車を用意しますので、道具はすんなり運べると思いますよ」
「途中のゴハンぐらいは妹に作らせるから、手ぶらで来てくれたらいいわ」
 依頼の内容はだいたい分かった。しかし、腑に落ちないことがある。
 ただ、荷物運びが欲しいのなら、近所の人にでも頼めばよかっただろう。なぜわざわざ、それも安くはない報酬を用意して、2人はギルドに依頼を出したのだろうか?
「なんでもね、その引っ越し先なんだけど、ビリジアンスライムがいるのよ」
「元の持ち主の方が、長く家を空けていたらしいけど、その間に、ね」
「おかげで信じられないくらい安く譲ってもらえたわ。みんなの報酬を差し引いても、買い得だったわねー」
 ビリジアンスライムだと!?
 荷物運びよりなにより、それが一番肝心なことではないのか?
 ああ、なのにこの姉妹は、まるでカビかクモの巣が塞いでしまったかのような呑気さだ。
 ギルドの貼り紙をいますぐ訂正すべきだろう‥‥冒険者達は、そんなことを考えていた。

●今回の参加者

 ea1466 倉城 響(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea1679 丙 鞘継(18歳・♂・武道家・エルフ・華仙教大国)
 ea1685 皇 荊姫(17歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea4329 李 明華(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea7528 セオフィラス・ディラック(34歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb0117 ヴルーロウ・ライヴェン(23歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

マージ・アエスタース(eb3153

●リプレイ本文

「平らなものを下にして! ほらほら、どんどん奥に奥に!」
「そっち引っ張って下さい。しっかり縛って、落ちないように」
「重たいッ。入れすぎだ、これは」
 朝も早くから、レイクワ研究所は引っ越しの準備で大にぎわいだ。倉城響(ea1466)が全体の指揮を執り、それに従って皆が荷物をどんどん荷車に積み込んでいく。
「陶器は全部布でくるみました。アマレットさん、綺麗な器をお持ちですね」
 厨房を担当しているのは皇荊姫(ea1685)。ちまちました食器を手際よく種類毎に分けて箱詰めしていた。
「そうよォ。のみの市で見つけたんだけど、すごくお気に入りでね。大切にしてんの」
「じゃあ気をつけて運びませんと‥‥よいしょ、っと」
 箱にふたをして、持ち上げようとしたときだ。
「‥‥姫、俺が運びます」
 返事を聞く間もなく丙鞘継(ea1679)が箱をさっと奪い、荷車へ積み込んでしまう。
「素早いわね」
「じゃあ、この空いた棚を拭いておくわ。ええと、踏み台は‥‥」
「姫、そのような汚れることは俺が‥‥」
 またも鞘継。荊姫が一つ動けば二つ止め、何もかも自分が代わろうとする。
「あたしだって依頼を受けたのよ。そんなにぜんぶ鞘継に代わられては申し訳ないわ」
 荊姫は苦笑する。彼の気持ちはよく分かっているし有難いと思う。だからと言って何もせず座っていていいはずがない。
「しかし、姫‥‥」
「荊姫ちゃんの言うとおりよ。鞘継くんにはもっと違うところで頑張って貰わないとね」
 と言ってアマレットは、鞘継の腕を掴み、ずるずると書庫の方へ引きずっていった。

 そう、書庫である。
 コボルト研究に使用する資料に、姉妹の作成した記録。どこからどうやって集めたのだろう、背の高い棚をびっちりと埋め尽くすほどに、大量にある。ここは男性陣が担当だ。
「気をつけて運んでね。もろいのよ」
 アニゼットが言った。資料はともかく、記録用紙は安価な質の悪い羊皮紙や木版がほとんどだ。力の入れ加減を間違えるとあっという間に割ってしまいかねない。
「おや、これも資料か? 何て綺麗な色だ!」
 書物を降ろしていたヴルーロウ・ライヴェン(eb0117)の動きが突然止まった。粗末な記録紙とは比べものにならない本物の紙で出来た、美しい本があったのだ。しかも、ヴルーロウ好みの、深い青で染めた生地で装丁のなされた。
「こんなのは初めて見た。俺も欲しいぞ」
「ぜぇええったい、あげないわよッ!」
 それまで柔和な顔つきだったアニゼットが豹変した。
「それはあたし達の命よりも大事なのッ、すごい貴重なのッ、宝物なのッッッ!!」
「ヴルーロウは『くれ』なんて言ってないぞ」
 興奮するアニゼットの後頭部を、セオフィラス・ディラック(ea7528)は小突く。
「あら、つい」
「責任を持って新居へ運ぶから、あなたは『大事なコボルト』を動かす準備をしてくれ」
「そうね、そうさせてもらうわ」
 取り乱したことを恥じたのか、アニゼットはそそくさと書庫を出て行った。
「よっぽど、大切なんだな」
 ヴルーロウは何気なく、その本をぱらぱらとめくる。内容は、やはりコボルトの飼育に関するものだ。
「コボルトが人に慣れるものだと考えるのは、あの姉妹だけじゃないのだな」
 セオフィラスは呆れたように言った。
 冒険をしているといろんな人に出会う。
 姉妹が好んで研究をしているのならそれ以上言うことはないが、彼女たちが変わり者だという印象はやはり拭えない。
「この本は一番上に置こう。それ以外の書をどんどん降ろしてくれ」
 荷造りが続行される。

「そっちはどう?」
 アマレットが李明華(ea4329)の様子を伺う。
 ここは姉妹の私室。やはりレディの部屋、同じレディに手伝ってもらわなければ。
「衣類は片づきましたが‥‥この家具はどうしましょう?」
「大きいのは置いていくわ。新しい家に家具は一揃いあるって聞いたし」
「それで安心しました。全部運ぶとなると何日かかるだろうと思ってたんですよ」
 響も胸をなで下ろす。姉妹が用意した荷車は小さくて、ベッドやテーブルを載せるなんて無理だと思っていた。引っ越し総監督としてどうするかと悩んでいたのだが。
「置いていくんですか? このベッドなんて綺麗なのに。ほら、花の彫刻があって」
 勿体ない、と言いたげに明華は驚く。だがアマレットは「興味ない」と言ってのけた。
「次にここに住む人が使えばいいわ。小さい女の子がいればいいかもね」
 次に住む人。そんな人がいるのだろうか?
 部屋中に獣の匂いが染みついている、村から外れた場所にあるこの研究所に。

 2匹のコボルトが檻に入れられ、荷車の最後に載せられた。
「ごめんね、ドットちゃん。カールくん。ちょっとの辛抱だから我慢してね」
 コボルトは檻の隙間から手をだして、ギイギイ落ち着かなく吠えている。アニゼットが近づくが、彼女にもひっかかりそうだ。
「暴れてるな」
 セオフィラスは眉をしかめる。姉妹は彼の忠言を受け入れ檻にコボルトを入れることを同意してくれた、だがこの鳴き声までは押さえきれない。これから街中を進むというのに、こんな騒がしいモノがあっては他の住人に不安を与えてしまう。
「みんな知ってることだから、大丈夫よ」
 アニゼットの言葉を信じて、そのまま出発した。
 確かに、コボルトが通るというのに村人達は怯えなかった。遠巻きにこちらを見ながら、ひそひそ話すだけだった。良い噂ではなさそうだ。慣れているのだろう、姉妹は顔色一つ変えずそこを通り抜けていった。
 時間の経過と共にコボルトも大人しくなって、道中は順調なものだった。何の問題も起こらず、予定通りにチェルムスフォードに到着した。

 だが、大きな問題がここに残っている。
「いよいよ、だな」
 新しい屋敷が見えた。
 小高い丘の上に立っている、古いが風格のある建物だ。
「用意はいいですか? オーラパワーをかけますよ」
 扉を開ける前に、明華は皆の武器の威力を高めてやる。中に入るまでビリジアンスライムの数は分からない、念には念を入れてだ。
「怪我をしたらすぐに言ってね、リカバーを使えるようにしておくわ」
「ありがたい。思う存分戦える」
 荊姫の力に期待するセオフィラス。それを聞いて鞘継ははらはらしている。姫は最前線で戦う者達のそばにいるというのか、そんな危険な!
「ふふん、心配なんでしょ?」
 見透かしたようにアマレットが言う。
「当然だ」
「じゃああんたが、はりきらなくちゃね!!」
 鞘継の背中を遠慮無く叩くアマレット。鞘継はそれで気合いを更に入れられる。
 扉に手をかけた。

 ひやりとした、黴臭い空気が漏れてくる。長く人のいなかった空間特有の匂いだ。うっすら埃の積もる床に、さっと外の明かりが線を描く。それに追われて、何かが動いた。
「影に隠れましたね」
 明華は息をのむ。ビリジアンスライムは形を自在に変えるゼリーのようなモンスターだ。どんな狭い隙間でも構わず入り込むし、床も天井も変わらず這い回る。姉妹は後ろから「気をつけろ」と言うが、言われるまでもない。
「頑丈そうな家でよかったな」
「は?」
 セオフィラスの言葉の意味が分からない。姉妹が首をかしげていると、セオフィラスは激しい音を立て、壁に左手の盾を叩きつけた。
 壁と、盾の間から力の抜けたビリジアンスライムが流れ落ちる。
「上からもだ!」
 1匹だけじゃない。天井にはりついたビリジアンスライムが、セオフィラスを狙っていた。
 ヴルーロウはすかさずレイピアで刺す。貫通させる、というより、天井から落とすために。目一杯突いてしまっては、新居に穴が開いてしまう。
 一瞬が勝負だ。ビリジアンスライムの酸を雨のように撒き散らされては、こちらもたまらない。
 床に落ちたビリジアンスライムを、明華は大胆にも足で蹴り上げ、拳をめり込ませた。
「‥‥貴様らになど、姫に手出しはさせぬ」
 守る荊姫は鞘継の後ろにいる。酸性の飛沫の一滴も触れさせるつもりはない。
 1匹、また1匹、緑色のモンスターは動きを無くしていく。
 屋敷の中で繰り返される激しい戦闘に、檻の中のコボルト達は怯えてキャンとも鳴かなかった。

 長く閉ざされたいた窓を全て開け放す。
 家具にかぶせられていた布をはがす。
 響は、桶に一杯水を張り、埃と粘液で汚れた床にいっせいにぶちまけた。
「荷物を入れる前に、まずは大掃除です。あと一息、頑張りましょう!」
 総監督の仕事もあと一息。響の掛け声も力が入る。
 新しい研究所はなかなかのものだ。大量の書物を入れても、まだ部屋が余る。コボルト達にも専用の部屋が与えられた。
 全ての運び込みが終わった。アニゼットが新しい厨房で慣れないのにごちそうを作り、冒険者達にふるまってくれた。
「やつらは大人しいな」
 コボルトは静かだった。理由は分からなくもない。
「あなた達、もちろん研究は続けるんだろう?」
「ええ」
「くれぐれも、今後もそいつらを逃がさないでくれ。外で見かけたら、済まないが始末するぞ」
 セオフィラスは別れ際に、姉妹にそう言い残した。
 飼っているものは、危険なモンスター。彼女たちが抹殺を依頼したビリジアンスライムと同じなのだ。
「分かってる」
「なら、いい」

 冒険者達は新しい依頼を求めてギルドを訪れる。チェルムスフォードでコボルトが暴れている依頼が出ていないかとつい確かめてしまう。
 どうやら、研究所は平穏に続いているようだ。