【レイクワ研究所】姉妹、話し合いの回
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■シリーズシナリオ
担当:江口梨奈
対応レベル:7〜13lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 80 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月21日〜12月26日
リプレイ公開日:2005年12月31日
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●オープニング
「シェリー! あんた無事だったの!?」
行方不明になっていたシェリー・サンガリーが戻ってきた。可哀想に、顔から肩にかけて傷が出来ていた。
「‥‥最後の、頁を、写させて‥‥ください」
俯きがちに、シェリーは言った。
ここは『レイクワ研究所』。アマレットとアニゼットの二人姉妹がコボルトの飼育と研究を行っている。シェリーは最近、ここで彼女たちの研究資料を写しに来ていた小さな弟子だった。だが、突然行方不明となり、噂ではコボルトの多く出る山に一人で入ったと聞き、その身を案じていたところだった。
「山に入ったのは本当だったの? よく生きてたわね」
「‥‥‥‥」
シェリーは黙っていた。触れられたくないところなのだろう、そう思って姉妹はそれ以上何も聞かず、静かに勉強させてやろうと部屋を離れた。
午後になり、アニゼットは地下室にいる2匹のコボルトの様子を見に降りた。
と、そこに誰かいるではないか。
「‥‥シェリー? 何してるの?」
声をかけられて少女は、ハッと振り返る。
手には短剣が握られていた。
「シェリー!?」
「ご、ごめんなさい!!」
少女の目から、ぽろぽろと涙が落ちた。何度も「ごめんなさい」を繰り返す。
「どうしたの、何があったの。言いなさい、シェリー!」
落ち着いたシェリーは、ようやく事情を話し始めた。
あの日、浅はかにも一人で山に入ったシェリー。当然のように迷い、コボルトに見つかり、襲われそうになった。顔の傷はこのとき受けたものだという。
それを助けてくれたのは、偶然にも『コボルト狩り』のために山に入っていた5人の集団だった。彼らはあっという間にコボルトをまっぷたつにし、シェリーを助けてくれた。
だが、彼らはシェリーがコボルト研究を志すものだと知ると烈火のごとく怒った。コボルトに限らず、モンスターというものは人間に害なすケダモノなのだ、世界を平和に保ちたいなら、それらを一掃するべきなのだと。
事実、シェリーは傷を負った。命の危険にさらされた。この時のシェリーは、男の言うことの方がもっともだと思った。コボルトを理解しようとした自分は愚かだった。あの犬鬼は、自分を殺そうとしたではないか!
命の恩人である男に付いていった方が正しいと信じた。だから、言われるまま、この研究所へ戻り、飼われているコボルトを始末し、『ジュレップ・ノート』を奪ってこようとしていたのだが‥‥。
「でも、分からなくなりました。あたし、ジュレップ先生の書を読んで感動したハズなんです。でも、コボルトが怖くなったんです‥‥!」
「それでいいのよ。あなたは若いんだから、いろいろと悩んで当たり前なの。どっちもあなたの正直な気持ちだわ」
アニゼットは泣きじゃくるシェリーを抱きしめてやる。
「それで、あなたにここに来いって言ったのは、誰?」
「ボルガさんです。キャメロットに暮らしている」
「どんな人?」
シェリーはボルガと、その仲間の4人の事を話した。アマレットの顔が険しくなる。
「アニゼット。その5人‥‥」
「覚えがあるわよ」
コボルト狩りの5人組。そしてここにいる2匹のコボルトと、ノートの存在を知っている‥‥。
以前、アニゼットをさらった5人組に間違いない。
「ここはひとつ、きっちり話を付けておかないといけないわね」
●リプレイ本文
「キミ、シェリーちゃんネ。顔の傷は大丈夫、すぐ治る。だからココロの傷、治すネ。明華さん、この子にそう言ってネ」
羽鈴(ea8531)は李明華(ea4329)に、この初めて会う小さな友人に自分の言葉を伝えるよう頼んだ。シェリーの顔から首にかけて、鋭いもので抉られたような跡があったが、だいぶ日数も経過し、ひきつれのようになっている。少女の肌の若さなら、いずれそれもすっかり消えるだろうから、しばらくのがまんだ。鈴はこういう場合の化粧の仕方を知っている、それをシェリーに教えるために今日は来たのだ。
「ごめんなさいね、あたし達が追いつけなかったばっかりに」
明華はシェリーの顔を撫でながら、そう謝る。彼女が一人でコボルトのいる山に入ったと知っていながら、助けに行ってやれなかった。その結果がこれだ。元の可愛らしい顔を戻してやりたいと心から思う。
「とにかく、今は何も心配しないでお休みなさい。色々あって、疲れたでしょう?」
アデリーナ・ホワイト(ea5635)が勧める。その前にちょっと、と、ジークリンデ・ケリン(eb3225)が呼び止めた。
「手紙を書いてくれませんか? あなたを助けたボルガさんに、お礼の手紙を」
書庫。
崩れそうなほどに積み上げられた資料達の前で、レイクワ姉妹とフィーナ・ウィンスレット(ea5556)、そしてヴルーロウ・ライヴェン(eb0117)が、青い本を囲んでいた。
「うん、相変わらず綺麗な本だ」
ヴルーロウは『ジュレップ・ノート』をそっと撫でる。淡い群青色の布で周囲を貼った、丁寧な作りの本。何人もの研究者が写本に来たと言うが、それでも傷みが無いのは、誰もが大切に扱ってきたからだろうか?
フィーナの頁を繰る手も、静かなものだ。一枚一枚、そっと捲る。
「‥‥長年、観察されてたんですね」
フィーナは感心した。
そして同時に落胆した。なんらかの成果を期待してた。けれど、彼女が欲した結論はそこには無かった。ジュレップですら、コボルトの言語を理解しきれなかった。せいぜい、喜怒哀楽の感情の見分け方。それも研究対象の一個体だけのことかもしれないという但し書き付きで。
「解明できなかったから、あたしたちが受け継いだのよ」
と、アマレットは言う。
喩えるなら、いまだ世界のどこでも、犬や猫の言葉を解する者はいないのと同じだ。あんなに身近な大人しい動物ですらそうなのだ、コボルトも同じこと。
「これは、言いたくないのだが‥‥」
結果を知り、ヴルーロウは言い難そうに続ける。
「2匹のコボルトを、ボルガ達に渡した方がいい。これ以上囲い続けても、お前達の不利になるだけだ」
「な、なんですって!!!」
みるみるアニゼットの顔が紅潮した。
「首を刎ねろと言うような連中よ? そんなやつらのところにどうしてドットくんとカールちゃんを渡せる? あんたはあの子達に死ねって言うの!?」
アニゼットは取り乱していた。髪を振り乱し、ヴルーロウに激しく抗議する。
「冷静になれ、アニゼット」
「これが落ち着いていられますか。あの子達はあたしの子供よ。有利か不利かなんて何の意味があるの!?」
予想以上に激しい反発だ。これではヴルーロウの口から話の続きを聞いて貰えそうにない。
「聞いて、アニゼットさん。殺させるつもりはないわ。正式な研究と認めさせましょう」
と、フィーナはなだめるように言った。
「正式な研究?」
「ここ、チェルムスフォードの領主様の後ろ盾を貰うんですよ。そうすればボルガさんも、うかつには手を出さない。あなた達はボルガにコボルトを引き渡した事実が出来る、それでどうかしら?」
「でも、そんな、後ろ盾なんて‥‥」
「聞いてみなければ分かりませんわ。一緒に領主様のところまで行きましょう。行ってくれますか?」
それでアニゼットはようやく納得して、フィーナと共に領主の元を訪れることにした。
領主の回答は一朝一夕に得られるものではない。だが、あまり悠長なこともしていられない。アマレット達はシェリーの礼状を持ち、大胆にもこちらからボルガの住処へ乗り込むこととなった。
場所はキャメロットのとある一角。
喧嘩を売りに来たわけではない、あくまで話し合うためだ。
アマレットは咳払いをひとつし、後ろを振り返る。キラキラの服に身を包んだ鈴がにっこりと微笑み返す。
「大丈夫よ、アマレットさんも綺麗ネ」
そんなつもりで見たわけではないのだが。困ったようにアマレットは、となりの明華の顔を見る。
「ご心配なさらないで。相手に丸腰だと分かりやすく見せているだけですよ」
明華が言うには、鈴の浮かれた格好も今のこの場には必要なのだ。
意を決し、アマレットはボルガ邸の扉を叩いた。
「!! アマレット‥‥?」
中から顔を見せた女は驚いていた。まさか、アマレットがこの家を知っていただなんて!
「誤解しないで。今日はお礼を言いに来たのです」
と、ジークリンデはシェリーの手紙を渡す。
「シェリーのことも含めて、こちらのボルガさんと話がしたいのですが、よろしいですか?」
シェリーが助けられた経緯を聞くに、ボルガは暴力に狂ったりしていない、理性的な人間だとジークリンデは思っている。ならば、隠し事などせず、堂々と来意を知らせた方がよい、そう考えて彼女は正直に告げた。
「そ、そこで待ってなさい」
女は扉をもう一度閉めた。
しばらくして、また女が出て来た。ぶっきらぼうに「どうぞ」とだけ言って。
家の中央らしき場所の部屋に通された。
髭のある若い男と、坊主頭のでかい男が座って待っている。机の上には読み終えた手紙が広げて置かれていた。
「お久しぶり、と言うべきでしょうか?」
髭の男が立った。彼がボルガだ。
「シェリーはあなた方の企みを、あたし達に教えてくれたわ」
アマレットが言うが、ボルガは「そうですか」と短く答えただけだ。眉ひとつ動かさない。
「あなた方がレイクワ研究所をそんなに憎む理由はなんですの?」
と、アデリーナは単刀直入に聞いた。
なぜこれほど執拗にジュレップノートと2匹のコボルトを狙うのか? それだけ手に入れれば、もう研究所は襲われないのか?
「理由があれば教えて下さいませんか。まさかあなたは、コボルトに特別な恨みがございますの?」
アデリーナが続けざまに尋ねると、ボルガは、短く鼻で笑った。
「恨みなどないよ。ただモンスターが害獣だというだけだ。我々は害獣を駆除する。お前達もそうだろう、ギルドでモンスター退治の依頼を受け、殺してきただろうに、何を今更?」
「それは害をなすモンスターだったからネ。ドットくんとカールちゃん、何もしていない」
鈴がつんと横を向いたままで、そう言い返す。
「人を誘拐するようなキミたちが、モンスターを害獣だなんて言えないネ」
「鈴様の言うとおり、わたくし達も闇雲な殺戮を喜んでいるわけではございません。乱暴を働けば済むと考えるのは低俗すぎるとは思いませんか?」
「『低俗』とは俺たちのことか!?」
坊主頭が机を叩いて立ち上がった。
アデリーナが特別悪い言葉を使ったわけではない。はなからまともに話を聞くつもりの無かった彼らは、因縁をつける機会を窺っていたのだ。
「さあ、いますぐ出て行って貰おうか! それとも、ここで死ぬか?」
部屋の反対の扉が開いた。そこには手甲をはめた小柄な女と棍棒を持った男がいた。
「‥‥やる気か? 前に俺のレイピアにあっさりやられたのを忘れたのか!」
ヴルーロウは柄に手をかけた。
彼らは、本気で殺す気でいるのか、単なる脅しなのか。
お互い間合いを測り、じりじりとにじる。
剣を抜いていいのか。話し合いは完全に決裂したのか。ここで先にヴルーロウから斬りかかっては、自分たちがボルガにとって完全な敵であるという宣言になってしまう。
凍り付いた空気に誰もが沈黙した、その時だ。
「研究は、レイクワ姉妹の個人的なものじゃないんですよ」
柔らかな声がした。明華だ。
「‥‥どういうことだ?」
「領主様からの後援をいただこうという話になっています。まだ決定ではありませんが、だからこそ、決まる前に手を出してしまっては、あとで問題になると思いませんか?」
「くっ‥‥‥‥」
ボルガは言葉に詰まった、ように見えた。俯き、かすかに震えている。だが。
「くっ、くっくっく‥‥ははは!」
笑っていた。さきほどまで表情ひとつ買えなかった男が大笑いしている。
「なるほど、うまく考えたものだな。決まるまでは手を出せない、たしかにそうだ」
それを聞いて明華はほっと胸をなで下ろした。周りの皆も、雰囲気が和んだことを知った。
「座れ、ブル。コザックもカイピリーニアも武器を降ろせ」
ボルガの命令に、男達は大人しく従う。
そしてボルガは、アマレットに向かって言った。
「いいか。2匹のコボルトが逃げ出し、暴れるようなら俺たちは確実に殺す。覚えておけ」
「肝に銘じておくわ」
「それから、研究だ。領主の後援まで貰って完成しないとなると、もう言い訳は聞かないぞ」
「それなんですが、ボルガさん」
と、そこへジークリンデが間に入る。彼女の提案があるそうだ。
「あなた達もレイクワ研究所へ入りませんか? コボルトをボルガさんの監視下へ置くんですよ。それに、アマレットさんの暴走も止められるでしょう?」
「誰が暴走するってのよ」
「あり得ますね」
うんうんと頷く他の冒険者達。レイクワ姉妹との付き合いは短くはない、その猫のかぶり方までよく知っている。
「研究所は広くて部屋はいくつも開いてるわ。それに、アニゼットさんの作る料理は絶品よ」
さて、領主と会い、前向きに検討するとの返事を貰ったフィーナとアニゼット。
研究所に戻ってきて驚いた。
姉のアマレット。
7人の冒険者達。
ちっちゃなシェリー。
そして場違いな5人の男女が、同じテーブルに集まって茶を飲んでいたのだから。