根無し草の恋人からの依頼
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■ショートシナリオ
担当:江口梨奈
対応レベル:4〜8lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 40 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:03月15日〜03月20日
リプレイ公開日:2006年03月23日
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●オープニング
算左(さんさ)は根無し草の旅人であった。笛を持って世界中を歩き回り、それぞれの土地で聞いた伝説や英雄譚を次の国で歌い聞かせていた。一度どこかへ行ってしまうと、半年も帰ってこないこともあったが、それでもそんな算左を待ち続ける女がいた。実柚(みゆう)である。
実柚は算左の歌が好きだったから待つことも苦にならなかったし、算左も実柚が待ってくれているから、家も家族もないこの江戸に必ず帰ってきていた。
その算左があっさり死んだ。どこかの国で熱病を患い、実柚の元に戻ったときには手遅れだった。
実柚はもちろん悲しんだ。泣いて泣いて涙も枯れ果てた。しかし、いつまでも悲しんではいられない。恋人をきちんと弔わなければ。
根無し草の算左。家も家族もない。誰が葬式をあげるのだろう? それはもう実柚しかいない。
両親に叱られるのも構わずに奉公人を何人か連れ出して、棺桶を用意し、算左を着替えさせた。奉公人に穴を掘らせている間に実柚は、経をあげてもらうための住職を呼びに行く。多少の順序の違いはこの際仕方がないことだ。形式も違うかもしれないが、大目に見て欲しい。
あいにく、この日の住職は他の葬式へ行かなければならなかった。根無し草の算左。後回しにされるのも、これまた仕方のないことだ。恋人の棺の元へ戻り実柚は、雨を凌ぐものもないそこで、住職が来るのを待つことにした。
少しうとうととした、が、そばにいた奉公人の悲鳴で目が覚めた。
「ひ‥‥ひえぇえええ!!」
「ば、バケモノだっ!!」
実柚が目を覚ましたときにはすでに、棺桶の蓋は外され、白装束の恋人が体をまっすぐに起こしていた。
「ああ、算左‥‥」
恐怖よりも愛しさがこみ上げてくる。算左は死んではいない、生きていたのだ!
「あぶない、お嬢様!!」
算左が手を差し出す、それに触れようとした実柚を奉公人が突き飛ばした。彼の背中に、算左の手が当たる。
「ぎゃっ!!」
男の背中に激痛が走った。
「お嬢様、逃げますよ!」
「お前もしっかりしろ、背中は大丈夫か。走れるな?」
実柚は呆然とした。
あの凛々しい若者は、恋人ではないのか?
「なんてことだ、怨霊か」
話を聞いた住職はわなないていた。
「怨霊?」
「成仏できない悪霊じゃ」
「なんですって、じゃあ、算左は‥‥!」
算左は化け物になってしまったのか?
「いやいや、以前からあの辺にいた怨霊が、近くに来た算左の体に取り憑いたのじゃろう。質の悪いことじゃ」
「どうすれば‥‥」
算左は自由な心を持った清らかな男だった。そんな算左が、得体のしれない怨霊などのせいで汚されてしまうなんて!
「‥‥冒険者! 冒険者なら、算左を救えますか?」
「そりゃ、頼れるだろうが、しかし算左の体が傷つけられるかもしれんぞ」
「構いません。死んだ肉体が傷つくことなどよりも、私は算左の魂が汚されることのほうが我慢ならないんです!」
これが先ほどまで泣いていた娘だろうか?
実柚は気丈にも、ギルドに依頼を出したのである。
●リプレイ本文
初めて会った依頼主は若い娘だった。恋人の死などという悲劇に、よく耐えていられるものだ、と冒険者達はただただ感心していた。
「おまえの恋人は、俺たち冒険者と似たような生活を送っていたんだな」
アルバート・オズボーン(eb2284)には根無し草の算左の気持が、なんとなく分かる。己の信念に基づき世界を旅する。そこには病も含めたいろいろな危険がある。分かっていながら旅を続けるのは、求める道があるからだ。そんな旅人にとって実柚という存在は、どれほど励ましになったことだろう。
「愛した人の『魂』こそ守りたいなんて、言ってくれるじゃないさ!」
軽くウインクしながら、シルフィリア・ユピオーク(eb3525)は実柚の心意気を讃える。
「ただ、どうしても肉体が無傷のままというのは‥‥」
口ごもるマクファーソン・パトリシア(ea2832)。今の彼女では、算左の体に全く触れずに怨霊を追い出す良い方法が思いつかない。それは実柚も分かっているので、依頼を出したときから覚悟もしていた。
「僕らがきちんと、算左さんに取り憑いた悪霊を退治するよ」
「私も約束する。聖母の愛に誓って」
月下真鶴(eb3843)とアレーナ・オレアリス(eb3532)は、それぞれ力強く、依頼主に宣言した。
「ありがとう、ありがとう皆さん。よろしくお願いします」
実柚と、彼女を取り囲む冒険者。彼らから少し離れて、アザート・イヲ・マズナ(eb2628)と南天陣(eb2719)は立っていた。
「あの娘、‥‥それなりの権力者の家の生まれのようだな」
「両親から仲を歓迎されていないふうだしな」
愛だ恋だと騒ぐうちは、まだ幼い証だ。それに今日出される報酬だって、実柚自身が働いて稼いだものではないだろう。はてさて実柚は恋愛ごっこに興じているだけなのか、それともこの若さで運命の伴侶を知ってしまったのか。
「陣様、怖い顔になってらっしゃいますよ?」
北天満(eb2004)に指摘され、陣は表情を整え直す。根無し草にいい印象を持っていないのはあくまで個人的な感情、実柚にそんな顔を見せるわけにはいかない。
「実柚さん」
アザートが声をかける。
「それでは、そろそろ行くが‥‥あなたはどうする? 見届けるのか?」
正直なことを言えば、怨霊と戦う術を持たない素人を連れて行くのは、よけいな手間が増えるだけだ。だが、実柚が来たいと言えばそれを止めるつもりはない、そして自分たち冒険者なら、そんな依頼主を守りながら戦うことも出来る。
実柚はしばらく考えた。
「‥‥いいえ、待ってます。お邪魔をしてはいけませんから」
複雑な思いだろう。見届けたい、けれど、自分が足手まといとなり算左を助けられなければ? ‥‥それが彼女の結論だ。本当は付いてくるつもりもあったのか、手には雑嚢があった。
「これを」
自分にはもう必要がなくなった、と、譲ってくれた。中には食料の他、リカバーポーションや聖水といったものがぎっしり詰まっている。
「それじゃ、行ってくるわ!」
冒険者達は、算左が最後に消えた場所へ向かった。
小高い丘になっている場所だ。背伸びをすると、湖なのか川なのかわからないがともかく煌めく水面がちらりと見える。永い眠りにつくには良い場所かもしれない。
奉公人達が掘った穴がぽっかり開いて、脇には空っぽの棺が転がっていた。何人かの足跡が残っている。実柚たちのものだろう。大幅なものは走って逃げたときのもの、そして、一つだけ違う方向へ行く足跡が。
「これ、か?」
シルフィリアは注意深く、その足跡を見た。裸足で、大きさからいって男性のもの。足跡は丘の下に降り、人気のない雑木林の方に向かっていた。地面は草ぼうぼうで、途中からはもう足跡は分からない。
「足場が、悪いな‥‥」
アルバートは舌打ちする。彼の用意した武器は、銀の首飾り。対悪霊の武器として使えないかと拳に巻いているのだが、それにしても殴ってみないことには分からない。しっかしとした一撃をぶつけるためにも、力強く踏ん張りたい。
そう、相手は悪霊だ。拳や普通の武器では通用しない。だからこそ、魔力を含んだものが必要になってくるのだが‥‥。
「しかし、それは武器なのですか?」
言いにくそうに満は、陣に尋ねる。
陣が担いでいたのはラッキープロー。豊穣の女神の加護が与えられた鋤。
「言うな」
陣だって分かっているが、手持ちで使えそうなものはこれしかない。言うな、百姓一揆みたいだ、なんてことは。
徐々に陽も暮れ始め、ただでさえ薄暗い雑木林の中はどんどん暗くなってくる。
「夜になる前に、決着を付けたいね‥‥」
真鶴は焦りを隠せない。いつでも迎え撃てるよう、日本刀をぎりりと固く握る。
「こうしている間も、どこかからこっちを見ているのか?」
目があったら聖水をぶつけてやろう、とアレーナの手には清らかな聖水の壺が下げられている。鳥や獣が枝を揺らす音にも反応し、何度投げてしまいそうになったか。
「焦るな‥‥相手は一体だ」
アザートが皆にも、己にも言い聞かすように言う。そう、たった一体。数で言えばこちらが圧倒的に有利なのだ。だから落ち着いて、普段通りにやれば、まず負けることはない相手なのだから。
落ち着いて。
落ち着いて、辺りをもう一度見る。
耳を澄ます。
そうしたら、気付くはずだ。
「‥‥‥‥いた!!!」
見つけた。白装束の男だ。
幾重に重なる枝の向こうを逃げるように走っていたが、冒険者達が気付いたと知ったのか、急に向きを変えて真っ正面から迫ってきた。
「『ウォーターボム』!」
マクファーソンは高速詠唱で水を作り、その固まりを向かってくる算左にぶつけた。勢いよくぶつかったそれは算左の体勢を一瞬崩させたが、彼に何の痛みも与えていない。
「えっ、効かない!?」
「まず動きを止めるのが先だぜ」
「そうですね」
シルフィリアに言われ満は急いでシャドウバインディングを発動させる。
だが、影は捕まえられるのか? 草むらの上で、まっすぐには伸びていない影。陽も落ちて、ほとんど闇と同化している。止まってくれ、と祈るように満は詠唱を終えた。
『グッ‥‥』
効いた! 算左の動きが止まる。
「算左の体から出ろッ!」
動けなくなった算左の腹に、アルバートは拳をねじ込んだ。今度こそ痛みを感じたのか、表情をゆがめている。
そしてアルバートは同時に、頼りない手応えを感じた。人の肉体というものは、たとえ自分が殴ったとしても筋肉が抵抗し、簡単に拳はめり込まない。けれど算左の体は今や空っぽ。力を込めて殴ったそのままの力が吸い込まれているようだ。ぐにゃぐにゃの水袋を押したような感触。ああ、やはり実柚の恋人は、もう死んでしまっているのだ。
「アルバート、頭を下げて!」
アレーナは言うが早いか、聖水壺の栓を開け、中身を算左の頭から浴びせかけた。
『ギャアアアア!』
今度こそ間違いなく効いた、算左はもがき苦しんでいる。
「出てこい!」
陣の恫喝が響く。
「出てこい、自分のこの体は、年を食ってもその死体よりは活きがいいのは見ての通りだ。勝てると思うな」
算左の体が青く光った。いや、青白い光が体から放たれた。
光はそのまま空中で8の字を描きながら浮いている。
算左の体は地面に倒れた。
浮いているそれに向かって、真鶴はオーラパワーを纏わせた日本刀で斬りかかる。さっきまであれほど手応えの無かった光が、どんどん動きを鈍らせている。
弱々しくなる光。陣はラッキープローを高く、高く掲げた。そしてそれを一気に振り下ろし‥‥。
今度こそ、間違いなく算左を弔おう。
作り直した棺に収め、穴に埋める。上から土を被せる。その間住職が、ずっと経を読んでいた。
その後ろからは歌が聞こえる。算左の得意だった北の国の歌。
冒険者達が実柚と算左のために歌ってくれている。
そこへ、花吹雪。麗しき薔薇の見せる夢。
「私たちの役目はこれで終わり」
マクファーソンは別れ際に言った。
冒険者の役目は、これで終わり。
恋人を失った悲しみから立ち直るのも、残された生を精一杯過ごすのも、全て実柚自身が行わなければならない。
「頑張ります」
実柚は答えた。
胸に、算左の笛をしっかりと抱いて。