博打好きの男からの依頼
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■ショートシナリオ
担当:江口梨奈
対応レベル:3〜7lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 25 C
参加人数:7人
サポート参加人数:3人
冒険期間:04月26日〜05月02日
リプレイ公開日:2006年05月05日
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●オープニング
草太は博打好きな男だった。籠サイコロだったり札カルタだったり、西洋のカードに手を出したこともある。賭け事と名が付けば何でもやった。金が無いときには親の着物を売ったりした。大金が転がってきたときには派手に遊んだ。とっくの昔に両親から縁を切られた、親類縁者からも見向きもされなくなっていた。
行方しれずになって数年が経つ。
草太の両親は、そんな碌でもない息子のことを忘れ、子供などなかったのだと言い聞かせて暮らしていた。
そして月日は流れ、まだまだ働き盛りの父親が亡くなった。息子のせいで苦労をして早死にしたのだと、母親は憎むために息子のことを久しぶりに思い出した。
それから更に数年。
いよいよ母親にもお迎えが来る頃になった。どんな薬も効かない。寿命なのだから。
夫亡き後、一人でなんとか頑張ってきた。お天道様に恥じない生き方をしてきた。穏やかな気持ちで、来るべき日に備えようと思っていた。
ああ、それなのに。
それなのに、いなくなってから30年も経って、あの馬鹿息子がひょっこり顔を出したのだ!!
「よォ。母ちゃん‥‥」
にやけた薄笑いを浮かべて、草太は擦り寄ってきた。
「何のつもりじゃ! おまえの顔など、見たくない!!」
一日の半分を布団で過ごしていた母親が、目を見開いて起きあがる。
「いや、話を聞いてサ、気になったもんで。父ちゃんの時にゃ、間に合わなかったし」
「おまえが来なかったから、父ちゃんはせいせいしてただろうよ!」
「そう言うなよ母ちゃん。俺だって、親孝行しなくちゃなと思って、『鰯水』を汲んでこようかと思ってンだ」
『鰯水』とは、この辺りに伝わる、万病に効くありがたい水のことである。狼のうろうろする危険な山を乗り越えた先にあると噂されている。
「そんな有るのか無いのか分からんものを! おまえは親の死に水まで博打に頼る気なんか!!」
鰯水など単なる噂、誰も飲んだことなどないのだ。水の湧いている場所すら見たことはない。
「あるのは確かだってばヨ。冒険者様に頼んでつれてって貰うことにしたからさ」
「冒険者様を雇う金だって、おまえば博打で稼いだんだろうが! 誰がそんな水なぞ要るか! さっさと出て行け、出て行けェ!!」
母親はこの親不孝者をさっさと追っ払おうと、手元の茶碗を投げつけた。
苦しそうに肩で息をし、頭を抱えて布団に潜り込んでしまった。
しかし、草太は本気である。
本気で親孝行のために、危険な狼の群れる山を越えて鰯水を汲んでこようとしているのである。
彼の誠意は通じるだろうか?
●リプレイ本文
8人が隊列を作って進むその真ん中に草太はいた。手にはナノック・リバーシブル(eb3979)から渡されたタガー。森に潜む狼は群れをなしているという、それの全てから依頼主を守るつもりはもちろんあるが、万が一ということもある。狼への威嚇の意味もこめてのことだ。
森は鬱蒼と茂り、足下は岩や根がごろごろとして歩きづらい。それなのに冒険者達は、まるで平地を進むかのようにすたすた歩いていく。草太は犬のように舌を出して、ぜいぜい言っていた。
「この辺でいったん休むか。草太殿、横になれ」
榊原康貴(eb3917)が言ってくれたので、草太は遠慮無くへたりこんだ。荷物を下ろし、靴の紐をほどく。がちがちになったふくらはぎを揉んでいる、その手にも力が入らない。
あまり若いと呼べない草太が、ここまで頑張っている、その姿にレヴィアス・カイザーリング(eb4554)はとりあえず安心していた。
最初、この依頼を聞いたときは気乗りしなかった。「冒険者に連れていって貰う」、という他力本願な物言いがひっかかったのだ。それ以外にも、どうも草太には自分の過去を反省している様子が伺えない。
そう思っていたのは彼だけではなかったようだ。フォルナリーナ・シャナイア(eb4462)も同じようなことを草太本人に言っていた。
「鰯水さえ汲めば許してもらえるなんて甘い考えじゃだめよ。へらへらしている場合じゃないんだから」
と。
その言葉が効いたのか、これまでのところ、草太は泣き言漏らさずここまで付いてきている。
しかし。
しかし、もっと根本的な問題がある。
草太は、博打を止めていない。
ローガン・カーティス(eb3087)の手の中には、草太から受け取った、鰯水のありかを書いた地図がある。この地図を書いたのは誰か。草太の知人の絵師である。その絵師とはどこで出会ったか。‥‥他でもない、賭場だった。金が底をついていた絵師が草太に売りつけた、それがこの地図なのだ。
なんとあやふやな地図だろう。ローガンが念のため周辺に暮らす人らに同じ場所の地形を尋ねて、そこでおおかたが一致したので何とか信じようということになったぐらいだ。
草太の母は、自分の死に水まで博打に頼るのかと息子を罵った。まったく、それには同意だ。あるのかないのか分からない水。それを捜しにいくなど、博打そのものだ。
それなのに、冒険者達はこの賭けに乗ってしまった。
草太が、桂春花(ea5944)の問いかけに答えなければ、そうはしなかっただろう。
「どうして、今更戻ってきたのですか?」
草太は答えた。若い頃は親の死に目など何も感じなかったが、歳を取るにつれて後悔ばかり感じると。母親までいなくなりそうになった今も博打は止められず、家に戻るに戻れない。そんなときに転がってきた鰯水の地図。
これが最後の大博打だ。
鰯水が見つかったら、こんな勝利はない。もう博打に未練なぞない。すっぱり止めてやる‥‥草太はそう決意していた。
不器用な男である。
そこまで言われれば協力しないわけにはいかない。
「あと半日も歩けば到着だな。今夜はもう休むか」
手頃な場所に寝床を作り、交代で眠ることになった。
鰯水の森に入る前、室川風太(eb3283)は草太の母に会っていた。自分が草太に雇われた冒険者だと言うと、母親はぼろぼろと涙をこぼした。
「うちの馬鹿がお手を煩わせて、申し訳ありません」
くだらない噂話に、わざわざ冒険者を付き合わせるなど、息子はどこまで人に迷惑をかければ気が済むのか、と母親は泣きじゃくる。
「あなたは優しいお母さんだな。息子さんの代わりに謝るなんて」
風太は慰めた。
「草太さんを憎みながらこれまで生きてきたということは、裏を返せばそれだけ息子さんのことを思って生きていたということだ」
その通りだ。
まるで固く被っていた仮面をはぎ取られたかのように、母親の表情から曇りが消えた。
「‥‥ええ、ええ! あの馬鹿息子のことを、一日たりとて忘れたことなどありません!」
博打好きで親不孝でろくでなしでも、腹を痛めて産んだ子だ。どうして忘れられよう。
だが、長い時間にできあがったわだかまりが簡単に溶けるはずもない。親と子とはいえ、一人の人間どうしなのだから。
「水を汲んで来る、だから飲んでくれ。冒険者の僕たちから受け取るということにしてくれてればいいんだから」
背を向け合った親子が向き直るのに、冒険者でよければいくらでも口実に使えばいいのだ。
水はもうまもなくの所にある。半日も歩けば到着‥‥それは、何事もおこらず、順調に進めたら、の話だ。
容易にたどり着ける場所であれば、幻の霊水などと語り継がれることもなかっただろう。
夜に体を休ませている冒険者達は、風に乗ってかすかに流れてくる獣の匂いに気が付いた。
生温かい気配がする。
そして闇の中に点々と、赤い目がいくつも並び、それらはこっちをじっと見ていたのだ。
「起きて、草太さん」
春花に体を揺すられて草太が目を覚ます。彼でも、今が緊急事態だと瞬時に悟ったのだろう。春花が焚き火に薪を放り込み、大きく火の粉を巻き上げたその隙に、ナノックの後ろに回り込んだ。
「よく腰がぬけなかったな」
タガーを渡してあるとはいえ、素人がこんな状況で怯えないわけがない。それでもこうして逃げてこられたのだ、なかなか肝が据わっているではないか。
「これを持って」
ローガンが松明に火を移し、草太に持たせる。普通の獣なら、火を恐れる。煌々と燃えるこの火の中に、飛び込んで来ようとは思わないだろう。
普通の獣なら。
鰯水の番犬たちは、まったく怯むことなく、荒い息を響かせながらジリジリと近付いてきた。
「去れ」
火を蛇のようにくねらせ、姿を露わにしている狼の前にかすませる。‥‥これに恐れて、後ずさってくれ。その願いも虚しく、高いところに居た大きな狼が「ウオオ」と高らかに吼えた。
突進!
焚き火を踏み潰しながら、黒い狼が十数頭迫ってきた。
「そこでじっとしていろ」
レヴィアスはガディスシールドで草太を庇う位置に立つ。
「フォルナリーナ!」
「分かってるわ」
あうんの呼吸でフォルナリーナが詠唱を始める。呼び出した魔法はブラックホーリー。狼をはじき飛ばし、怯ませる。
「失せろッ」
一角の崩れた陣営をさらにバラバラにするために、大脇差を突きつける。じりじりと後ずさりはするが、まだ数が多い。
消耗戦になるか、と思われたときだ。
ミミクリーで狼に姿を変えた風太がひときわ大きな声で吼えた。
「ウオオォオォオ!」
仲間ではない者の声に、全ての狼は気を取られた。その油断を縫って、康貴の日本刀が弧を描く。
「動物相手は気が進まないが‥‥」
大人しく引き下がれば、深追いはしない。けれどこれだけの抵抗を見せてなお襲って来るというなら、容赦はしない。
キャンキャンと犬のように鳴きながら、狼たちはついに居なくなった。
その、逃げた方角をナノックがじっと見ていた。
(「獣も飲み水を欲するだろう。あの狼たちが去った方向、あっちは‥‥」)
ローガンにもう一度地図を見せて貰う。間違いない、同じ方向だ。
鰯水があると言われている場所と。
山頂に、ついに草太たちは鰯水を見つけた。
何のことはない、麓の川をつくる源流だ。岩の隙間からちょろちょろ流れるそれを皆も舐めてみたが、体に何の変化もない。
けれども草太は、まるで神か仏にあったかのように、その源流に手を合わせて、長い間祈っていた。
勝ったのだ。最後の賭けに勝ったのだ。
「約束だ、草太」
レヴィアスが言う。
「ああ」
草太が答える。
鰯水を得るのは、自らが更正したことを示す手段でしかない。あとは残された短い時間、離れてしまった心を近づけることに尽力するのだ。
「まずはお互いの、偽らざる気持ちを知るところからだ」
「お母様が安心して旅立てるように、ね」
「早く帰りましょう。飲んで貰わないと」
母親は飲んでくれるだろうか。
母親は許してくれるだろうか。
複雑な思いで草太は、元来た道を戻るのだった。