ビジュー女史からの依頼

■ショートシナリオ


担当:江口梨奈

対応レベル:1〜3lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 93 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月02日〜08月09日

リプレイ公開日:2004年08月09日

●オープニング

 ビジュー女史とは、かつては冒険者として少しは名を馳せたウィザードである。いまはもう年齢を理由に隠居して、森の奥の広い屋敷に一人で暮らしている。
 一人で、広い屋敷で、何をしているのか?
 今の彼女は、若返りと美顔の研究に没頭しているのだという。成果がそれなりにあるのか、ビジューは年齢の割には綺麗な肌で、一見では十歳も二十歳も若く見える。
 それはさておき、ビジューからの依頼である。
『森の奥にいる子熊を捕まえてほしい』

「凶暴なブラウンベアじゃなくて、普通の熊だから、若いあなた達なら捕まえるにも苦労しないでしょうね」
 と、ビジューはいうが、なら何故、報酬が良いのだろうか?
「捕まえてほしいのは、膝下ぐらいの背丈の、小さい熊ね。2匹ぐらい欲しいところだけど、1匹いれば十分だわ」
 そう、ビジューが欲しがっているのは子熊である。ということは、つまり、すぐそばに母熊がいると考えて間違いない。
 そして、熊に限らずヒトでも他の動物でも同じなのだけど、子育て中の母親というのは気が立っている。そして、一時も子供のそばを離れたがらない。報酬が高い理由は、主にここにあるのだ。
「奥の方へ行けば、こんな地形になっている場所がいくつもあるから、そこに洞穴があれば熊のねぐらと考えて間違いないわ」
 言いながらビジューは地面にガリガリと絵を描き、熊のいそうな場所と、なわばりの見分け方を教えてくれた。
「この季節、巣穴の中には、4・5匹の子供がいると思うけど、1匹捕まえてくれればいいからね。ああ、もちろん、生きたままよ。くれぐれもよろしくね」

●今回の参加者

 ea0504 フォン・クレイドル(34歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea0823 シェラン・ギリアム(29歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea0839 ロルベニア・アイオス(18歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea1045 ミラファ・エリアス(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea1125 トーカ・イサンケン(29歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3140 ラルフ・クイーンズベリー(20歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5442 エリカ・ユリシーズ(33歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea5600 クリストフ・フォレストロード(54歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 若返りと美顔の研究に、生きたままの子熊である。
(「どうするんだろ‥‥って、深く考えちゃいけないよね」)
 シェラン・ギリアム(ea0823)がビジューからの依頼を受けると聞いて、急遽自分も飛びついてしまったロルベニア・アイオス(ea0839)であるが、その内容を詳しく聞いて複雑な気分である。
(「少し可哀想な気もするけど‥‥仕方ないよね」)
 ここで変に感情的になっては失敗してしまうかも知れない。せっかく初めてシェランと一緒の仕事なのだから、絶対に成功させたいと思う。
「ロルベニア様、その下の方が見えますか? 熊の爪痕では?」
 と、後ろからシェランが声をかけた。まるで頭の中を読まれたかのように、ロルベニアは過剰に心臓を鳴らす。
「し、下の方‥‥? ああ、そうだ。ビジューさんが教えてくれた、熊の爪痕だよ」
 シェランの役に立っただろうか。ロルベニアは自分の顔が火照ってくるのが分かった。

「さてさて、巣穴を見つけたのはいいですけど‥‥」
 爪痕のそばに熊の巣穴は見つかった。エリカ・ユリシーズ(ea5442)はこれからどうすべきか、腕組みをして考える。
「あン中に、熊の家族がいるってわけだな?」
 フォン・クレイドル(ea0504)は嬉しそうだ。子熊を見つけたという喜びではなさそうだ。どちらかといえば、彼女の興味は母熊の方にある。
 ビジュー女史が言うには、1頭の母熊に、4・5匹の子熊だ。必要なのは、そのうちの1匹の子熊だけ。しかし女史の話では、母熊はそばを離れたがらないらしい。
「ここはやはり、母親が離れる機会を待つべきではないか?」
 クリストフ・フォレストロード(ea5600)が言う。
「母熊が離れたら、私がそこで足止めをして」
「その隙に巣穴に入って、子熊をつかまえよう。僕の持ってる食料をあげれば、大人しくなると思うよ」
 トーカ・イサンケン(ea1125)は簡単そうに言うが、子供とはいえ野生の熊。野良猫を触るのとは訳が違う。
「私がアイスコフィンを使えますから、子熊を大人しくさせましょう」
 ウィザードのミラファ・エリアス(ea1045)が胸を叩く。こちらのほうが、手っ取り早いだろう。どちらかといえば乱暴な手段であるが、相手は獣、修羅場をくぐった冒険者であっても油断しない方がよい。
「僕も、暴れる子熊を相手にするようになるのは嫌だから、ミラファさんのお手伝いをしますね」
 凍らせて捕獲、に賛成するラルフ・クイーンズベリー(ea3140)。彼もウィザード故、直接戦闘を得意とはしていない。依頼を受けた冒険者のひとりなのだから、そんなに控えめにならずもっと前へと出てきた方が活躍の場が広がるのだが。しかしそれも、彼の華奢な体つきを見ると強くは言えない。
「ブレスセンサーで、母熊と子熊の位置を把握しておくよ」
「じゃあ、そういうことで決まりだな。待機する場所は風下にしよう。私たちの臭いが気づかれるかもしれないからな」
 クリストフは千切った草を放って風向きを確認すると、その場所へ皆を導いた。
「? エリカ君、どこへ?」
「ええ‥‥保険をひとつ、かけておこうと思いまして」

 エリカには引っかかることがあった。
 皆は、母熊が子熊から離れる機会は、餌を探すときだと言う。
 そしてビジューは、母熊は子熊から離れたがらないと言う。
(「餌を探すときには、子熊も一緒に連れてくるんじゃないかしら?」)
 だとすれば、ただ待っているだけでは、母熊のいない隙が出来ることはない。もし、ずっとべったりくっついているのなら、無理矢理にでも引き剥がさなければ。
 エリカの掛けた『保険』、それは、母熊を落とし込むための落とし穴作りだった。彼女の杞憂かも知れないが、万一のときのためだ。保険というのは、そういうものなのだ。

 シェランがインフラビジョンを用いて巣穴の中を覗く。中で熊は、動く様子もなく、じっとしていた。
「寝ているのでしょうか‥‥?」
 お腹と思われる部分が、規則正しく上下している。
「これで、子熊だけでも起こして、誘い出してみようか」
 ロルベニアは持っていたオカリナを取り出した。これで楽しげな音楽を奏でれば、子熊が喜んで出てくるのではないか、と考えて。
 そっと、音を鳴らした。
 熊の体が動いた。
 子熊ではない。最初に気が付いたのは、母熊だった。大きな体で信じられないほど素早く体を起こし、耳をぴくぴくさせて外の様子をうかがっていた。
 熊の警戒心が強まってしまったのだ。
 しかし、それ以上の変化が無いと分かると、また体の向きを変えて座り込んだ。
 また、しばらく待つだけの時間が経過した。
 熊というものは1日何食食べるものだろうか。じっと待っているだけの冒険者達のお腹が鳴ろうかとしているのに、熊はいっこうに動こうとしない。さきほどのオカリナで生じた警戒心がまだ解けないのか?
「いったい何時に‥‥」
 ミラファが今日は諦めようかと思ったときだ。巣穴からのそりと、熊が顔を覗かせた。
「ああ、やっと!」
 やっと熊が動き出したのだ。いよいよだ。誰もが色めき立った。
 だが、喜んではいられなかった。
 その母熊のうしろを、ちょこちょこと4匹の子熊が付いて歩いていたのだ。
「どうしましょう、これでは‥‥」
 ラルフはおろおろする。母熊と、子熊の距離はぴったりくっついている。母熊の目を盗んで子熊を、などということは全く出来そうになかった。やはりエリカの懸念が当たってしまったのか?

「だったら、その母熊を倒しちまえばいいじゃないか!」
 単純明快な解答を出して誰よりも先に飛び出したのは、フォンだった。
「囮になるっていうの?」
「囮? 違うね、ただ、あの熊と戦ってみたいだけだよ!」
 言い終わらないうちにフォンは大きな剣を振り回し、熊に向かっていった。
 母熊は牙をむき出しにし、後ろ足で立ち上がって、さらに両手を上にのばし、体を大きく見せる。
「援護するぞ、フォン君!」
 クリストフが剣を抜き、共に戦おうとする。が、彼女の返事はこうだ。
「要らねぇ! これはあたいと熊との勝負だ!」

 はっと気が付いて、トーカは叫んだ。
「今の内に、子熊を!」
 母熊は完全に子熊から目を離していた。ミラファは何に邪魔されることなく詠唱を終え、子熊の1匹を凍り漬けにした。
「とっとと退散するぞ!」
 トーカが子熊を抱えて走り出す。きょうだいを浚われたことで他の3匹が抵抗する危険もあるのだ。全部捕まえてビジューに差し出しても良いが、それではあの母熊があまりにも哀れだ。
「これでとどめだ!」
 ずぅうん、と地響きが轟いた。
 母熊が倒れたのだ。
 残された3匹が、きぃきぃ鳴きながら、母親にすり寄っていく。
「か‥‥勝った!」
 フォンは拳を天に突き上げた。
 初めて『熊』というものと戦った。そして勝利した。それは彼女にとって有意義な体験だったのだ。

「あらあら、毛づやのいい、ちょうど良い大きさの子熊を捕まえてくれたわね」
 約束の子熊を受け取って、ビジューは嬉しそうに言った。そしてすぐに、約束の報酬を約束通りの額、きちんと払ってくれた。
「あ、あの、ビジューさん‥‥?」
 ミラファは、ずっと気になっていた。
 ビジューは、この熊をどうするというのだろう?
「ビジューさん、この子熊を、どうされるんですか?」
「どうって、‥‥だから、薬の材料にするのよ」
「それは、つまり、どういう‥‥」
「お嬢さん、あなた、まだ若いわね?」
「? ええ」
「若い子はショックに慣れていないわ。知らなくていいことの方が、世の中にはあるのよ」
 それはほとんど、答えを言ったようなものだった。
 本当は2匹欲しいけど、1匹でいい、と言ったのが、ビジューのせめてもの良心だったのかもしれない。