●リプレイ本文
●Princess of Light 外伝 -小鳥達の休息-
エンフィルド家の屋敷。
この屋敷で、冒険者達を集めて作戦会議という名の新年パーティが開催されることになっている。
「パーティという気分でもないんだが‥‥」
そう呟きながらやって来たのはソウジ・クガヤマ(ea0745)。知り合いのだすてりあす嘉月と一緒だ。
「‥‥貴族の屋敷は好かぬ」
だすてりあすはロングクラブを地面に突き立て、入り口で見張りに立つ事にした。
「じゃあ、行ってくるぜ‥‥前に依頼で知り合った仲間も来ているようだしな」
ソウジの言葉に、首を縦に振って無言で返答するだすてりあす。
その頃、パーティ会場で。
大隈えれーな(ea2929)は当日前からパーティ会場の準備の為、エンフィルド家の屋敷に通っていた。
「ミリエーヌさんの恋人ってどんな方なのですか?」
準備が進む中、さり気無く屋敷の給仕達と会話を交わし、ミリエーヌの恋人について聞いてみた。
給仕の間でも、ミリエーヌの恋人について噂になっているようで「彼の名前はリュミナスって言うそうよ」とか「あそこの酒場で歌っているのを聞いたことがあるわ」とか噂はいくつも聞くことができた。
そして、えれーなは一番重要な会話を聞き逃さなかった。
それは「恋人同士なのに親の公認ではなく、会うことが出来ない」という話だった。
「それはちょっとかわいそうですね。せっかくの新年パーティなのに、一緒にいることが出来ないなんて‥‥」
えれーなは準備を終えた会場を見渡しながら思った。自分達だけが楽しむのは申し訳ない、そんな思いが彼女の脳裏を過ぎった。
*
「さーって! 新年パーティだから、おもいっきり楽しむわよ!」
満面の笑顔でパーティ開催を宣言するブリジット。隣にはミリエーヌもニコニコしながら椅子に腰掛けている。
「あれれ? 作戦会議って聞いてきたんだけど‥‥何か様子が変だな〜」
疑問を浮かべながら飛び回っているクリスタル・ヤヴァ(ea0017)がブリジットに尋ねた。
「へ? もしかして、あんた達。本気で治安問題とか、そんなこと考えてきたの?」
逆に冒険者達へ質問するブリジット。どうやら、ブリジットは本気でパーティをすることしか考えていなかったようだ。ミリエーヌも「何の話かしら?」と首を傾げている。
「いや‥‥ホラッ! 依頼書に作戦会議とかって書いてあったじゃないか!」
「あんなの建て前じゃないっ!」
リオン・ラーディナス(ea1458)が説明するも、逆にキレるブリジットであった。
「でも、最近はファンタスティック・マスカレードと名乗る怪盗、そして、その名を騙る便乗犯が増えていますから、意見を交換することも大事ではないでしょうか」
「便乗犯もですが、ミリエーヌさんが事件に巻き込まれて誘拐された場合などの事も考えておくべきでしょう‥‥「誘拐を防ぐより、誘拐された方を救出する方が難しい」事は実感していますから‥‥」
えれーなが提案すると、イェーガー・ラタイン(ea6382)も自らの経験を踏まえて発言する。
「あ〜! うち、怪盗にプレゼント盗まれちゃったよ〜」
「あたいもプレゼント交換に出していたアイテムを盗られたな!」
怪盗と聞いてクリスタルとミケーラ・クイン(ea5619)が怒りを表した。2人共、プレゼント交換にアイテムを出して、それを盗まれてしまったのだ。
「怪盗め‥‥絶対捕まえて捻り潰してやらねければ‥‥しかし、怪盗についての情報が少ないから、夜間の外出は控えたりするとか、それくらいしか思いつかんな」
ミケーラは怪盗にプレゼントを盗まれた事を余程恨んでいるのか、拳を硬く握りながら提言する。
「治安の事‥‥えと、か弱い女性も武術で自分を鍛えましょう! ‥‥あ! すみません! 聞き流してください! パーティだと思ってなーんにも考えずに来ちゃったんです!」
「いや‥‥だから、パーティなんだからっ! 治安の事なんか気にせず楽しんでいいわよ!」
パーティ好きのマナ・クレメンテ(ea4290)が頭を下げると、ブリジットはあまり気を使わないようにと声を掛けた。
「治安の事なんか気にせずにって‥‥まぁ、折角だからこの場を借りて話し合ってもいいんじゃないか?」
「そうですね。私も折角なので、色んな人と色んな話をしたいと思います」
ハーフエルフのリュイス・クラウディオス(ea8765)とレイン・カシューイン(ea9263)が言う。
「あたしもあまりいい意見がある訳ではないのですが‥‥簡単な助言くらいは出来ると思います」
チハル・オーゾネ(ea9037)がそう言った次の瞬間‥‥
「あんた、給仕の人? じゃあ、ワイン頼むぞ♪」
と、ミケーラ。
「オレはエールね」
と、リオン。
「私は紅茶をお願いします」
と、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)。
「あ、ハイ! 少々お待ちください!」
彼女に次々と注文が殺到。何故か給仕と間違われるチハルであった。違うと断ればいいのだが、本人も「まぁ、ありか」と素直に注文を聞いて飲み物を取りに行く。
「‥‥まぁ、俺はつい最近キャメロットに来たばかりなのだが、そんな前から治安が悪かったのか? ここには凄腕の冒険者が揃っているだろう?」
そんなチハルを見送りつつ、リュイスが疑問を述べた。
「以前はカマとか変態が多かったケドな」
「それすらも上回る冒険者もいるけどね‥‥」
リュイスの疑問にリオンが答えると、ブリジットはボソリと呟いて目を細める。
「な、何っ!? そんなのがいたのか! マジかよ‥‥やはり、街中巡回強化するしかないか? 本当は騎士団に頼むのが筋だろうが、忙しいだろう。自分達が動くしかないな? 面倒臭いが‥‥」
「見回り組みを作ればって話も聞くけど‥‥難しいわよねぇ」
リュイスの意見に難しい表情を浮かべるブリジット。巡回強化にしても見回り組みを組織するも、誰が資金を出すのかなどといった問題が多い。
「治安問題って言っても、エンフィルド家に限れば夜間の警備強化とか、屋敷周辺に夜間照明を充実させるとかすれば、侵入し難くなるかな」
「ミリエーヌさんは足が不自由と聞いたから一人で出歩くような事は無いんじゃないかと思うけど、お屋敷の警備の強化とか対策は出来ると思います」
リオンとレインは屋敷で出来る対策について提案する。
「誘拐については、一番簡単な方法として、リュミナスさんに化けてかどわかす事が考えられます。それを防ぐには、リュミナスさんとミリエーヌさんしか解らないサインを決めて、サインなしでは家の外に出たりしない事にすればいいかと思います」
「なるほどね」
イェーガーの考えた対策に相槌を打つブリジット。
「あと、ミリエーヌさんに世間でどんな事件が起こっているか詳しく説明しておくとかすればよいのではないですか?」
「それなら、大丈夫よ♪ あたしがいつもいるからね」
ミリエーヌの傍にはいつも1人の冒険者であるブリジットが付いており、大きな事件があったりするとその事を教えているのだ。
「治安については、ある程度自分自身で気をつけるしかないと思います。後は、国力をつけることですね。軍事力という意味ではなく、経済的に豊かになるということです。犯罪は不況時に増えますから‥‥と言っても、これは一市民がどうこうできる問題ではなく、国王陛下が考えるべきことですね」
エリアル・ホワイト(ea9867)が考えを述べた。
「何故、保安についての話が出たのでしょうか? やはり、必要だからそのような事をお考えになられたのでしょうか? 必要なのであれば、具体的に何からの保安なのか、それをお聞きすれば適切なお答えもできると思いますわ」
リューン・シグルムント(ea4432)がブリジットに尋ねる。
「う〜ん。それを言うと長くなるかもしれないけど‥‥」
そう呟くと、ブリジットは口篭った。
「‥‥今まで意見があったように、キャメロットは治安が悪くなっているわ。あたしも最初は具体的に何が悪いのかなんてわからなかった。でも、「グローリーハンド」で起こったプレゼントが盗まれた事件があったじゃない? えれーなが言ったように、あの犯人である「ファンタスティック・マスカレード」が現れてから、その名を騙って事件を起こすやつらが多くなっているの。イエーガーが考えているように、金持ちを狙った誘拐なんかも考えられるわ。特に、お嬢様は足が不自由だから誘拐しやすいと思うし。治安問題については、ここから話が出てきたの」
一呼吸置くと、ブリジットは話を続ける。
「残念ながら、「ファンタスティック・マスカレード」は捕まっていないし、有力な情報も少ないわ。このまま怪盗が捕まらないと、ますます治安は悪くなっていく‥‥」
会場が沈黙に包まれる。
ブリジットは何やら思案しつつも、口には出さなかった。
「お待たせしましたぁ〜‥‥きゃあっ!」
沈黙を破ったのはチハルの悲鳴。急いで注文された飲み物を運んできた為か、椅子に足を引っ掛けて見事に転んでしまった。
「ま、硬い話はこれで終了! さ、パーティするわよ♪」
ブリジットは表情を変えると、改めてパーティ開始を宣言。
「あ、飲み物がこぼれてしまいましたね。俺もお酒持ってきたので、よかったらコレどうですか」
イェーガーはチハルがこぼしたお酒の代わりにと、スイートベルモット[ザ・プリック]とシェリーキャンリーゼを振舞った。
こうして、賑やかなパーティが開始された。
*
時を同じくして、ガルバードの部屋にて。
「あけましておめでとうございます。今年も何卒宜しくお願いしますのじゃ」
「おぉ! 琴音ではないか。そんなに畏まらなくてもよいぞ」
丁寧に新年の挨拶をする村上琴音(ea3657)をガルバードは顔に喜色を浮かべて迎えた。
「昨年はえんひるどのおじさんとおばさん、みりえーぬ殿、ぶりじっと殿には大変お世話になったのじゃ」
「こちらも、ミリエーヌの世話をしてもらって助かっておる。足が不自由だから、冒険者が傍にいてくれると安心するからの。これからも、仲良くしてやってくれ」
ジャパンという異国独特の新年の挨拶に戸惑いながら、ガルバードは琴音に挨拶を返す。
「私は異国の地にての年越しはこれがはじめてなのじゃ‥‥」
「ほぅ‥‥そうなのか。イギリスも特に変わった事はないから、気にせずに過ごされるがよい。そういえば、広間でブリジットが会議を開いているようだな。早々に切り上げて、新年パーティでもしたいものだな」
「『新年ぱーてぃー』とな‥‥正月振舞いのようなものなのじゃろうか」
イギリスでの正月の過ごし方をよく知らない琴音が尋ねた。
「ガハハハ。普通のパーティと変わらんよ。折角、新しい年の初めてのパーティだから、盛大にしたいものだな! ジャパンでは、どのような事をしているのだ?」
異国の文化にも興味を示すガルバードがジャパンでの正月について聞いてくる。
「双六で遊んだり、ととさまはお餅をついたりしてくれたものじゃの‥‥そういえば、餅つきの依頼があったのじゃが、参加できんかったのぉ‥‥」
少し残念そうな顔をしながら琴音が答えた。
「折角、来てくれたんだ。ゆっくりしていってくれ。よかったら、またジャパンの話を聞かせて欲しいものだな」
ガハハハと豪快に笑いながらガルバードが言うと、琴音は礼を述べてパーティ会場へと向かった。
*
本格的にパーティが始まり、盛り上がっている会場。
ミリート・アーティア(ea6226)がミリエーヌをベランダに誘った。彼女の手を取り、ゆっくりとベランダまで歩いていく。
「聞いてたとおり、元気でよかった‥‥」
ミリートの会話に少し暗い感情が感じられた。
「どうしたの? 何か、元気ないみたいだよ?」
「う、うん‥‥あの‥‥私、前に無責任なこと言ってるし‥‥」
「そんなこと気にしてないよ。明るくて元気じゃないと、ミリートちゃんじゃないみたい」
ミリエーヌはミリートに微笑んだ。その屈託のない笑みにミリートの表情も少しずつ明るさを取り戻していく。
「うん! ありがとう」
ミリートはミリエーヌを抱き寄せた。目には銀色の雫が浮かんでいたが、知られないようにいつもより明るい笑顔でそれを隠す。
「だって、ミリートちゃんはわたしの大切なお友達ですもの。また、一緒に歌おうね」
「そうだね! 楽しく笑って、歌いたいね!」
2人は大切な友達同士。ミリートは大きく頷くと、ミリエーヌを再び強く抱きしめた。
*
「それでは、私は演奏をしたいと思います。暫く、このメロディーでお楽しみください」
ケンイチは竪琴を取り出すと、心に染み渡るような美しい音色を奏でた。彼の演奏の実力は申し分なく、そのメロディーに冒険者達は心を奪われた。ケンイチと一緒に来ていたセレス・ブリッジも横笛で演奏に参加し、パーティ会場は大いに盛り上がった。
「素敵な演奏ですね‥‥こんな素晴らしい音楽を聴いたのは初めてです。もう少し、演奏をお願いしてもいいですか?」
「ええ、もちろんです。私も音を奏でるのが好きですから‥‥」
ミリエーヌもケンイチの演奏を気に入ったらしく、彼にリクエストをお願いした。
そして、美しい旋律をバックに楽しい会話や食事が始まる。
「私は、イギリスに来てからまだ日が浅いけど、こうして友達が出来たら嬉しいな」
「そうですね。私もエンフィルド家の人々とは全く面識がありませんでしたので、どうなるかと思っていましたが、こうして色々な方々とお話できていい経験になります。冒険者としての経験も浅いですから、この機会に沢山お話を聞きたいと思います」
料理が運ばれてくると、レインとエリアルが談笑しつつ、食事を楽しむ。テーブルにはローストチキンやミートパイ、エンフィルド家では定番のジンジャー・ブレッドなどが並ぶ。
「今回は演奏者や歌手が多いからな‥‥パーティなのに俺って働き者だよな」
小さく呟きながら、その料理を運んでいるのはリュイスであった。隣では、同じく慣れない手つきで料理を運んだり、片付けをしている男がいた。彼もまた「どうして僕が‥‥」と呟きつつ、仕事をしている。はて? こんなヤツいたっけ? と、思いつつも気にせず料理を並べるリュイス。
「は〜い! お待たせしましたぁ! ワインで〜す」
先程から給仕と間違われているチハルは、リュイスと同じように飲み物を運んでいた。
「お互い、大変ですね」
「そうだな‥‥」
チハルが苦笑すると、リュイスは簡単に答えて端のテーブルに移った。
「やれやれ‥‥どうも人込みには慣れないな‥‥」
一息吐くと、リュイスは料理を口にしつつ、窓から見える空を眺めた。
「パーティやるんだから、うちは歌って踊って楽しむよ〜☆ シフールだと、こ〜んな事もできるんだよ〜☆」
オカリナを奏でつつ、空中で1回転するというシフールならではの技を披露するクリスタル。その珍しい演奏にミリエーヌは驚きと感嘆を示す。
「あはは☆ がんばったら、ちょっと疲れちゃった」
テーブルに座ってデザートのリンゴを齧ると、クリスタルはミリエーヌの席に向かい、彼女に今までの冒険譚を歌にして聴かせた。
「いろいろ冒険もしてきたけど、ケンブリッジでシフール部をしてるんだよ。あまり、行ってないけどね」
と、部長章を見せるクリスタル。ミリエーヌも「へぇ〜、えらいのね〜」とクリスタルを尊敬の眼差しで見つめると、クリスタルは「えっへん☆」と威張ってみる。
「私も旅が大好きなの! キャメロット、ドレスタット、ケンブリッジ、パリ、欧州の街全制覇したんだよ!」
「マナさんって、いろんな街に行かれたことがあるんですね。羨ましいです」
旅が好きだというマナは、今までに行った街での出来事を語った。
足が不自由な為、なかなかそのような機会がないミリエーヌは、海の外での体験談を嬉しそうに聞いている。
「旅は好きだけど、その場所場所で、お別れがあるのがちょっと寂しいな」
「そうですよね」
「2月にはジャパンに行こうと思っているの」
「あら‥‥折角、お会い出来たのに、もう旅に行かれるのですか‥‥」
「うん、ジャパンには、私の憧れの人もいるしね‥‥でも、その人、ハーフエルフなんだよねぇ‥‥ミリエーヌさんも色々障害があって大変そうだけど、でも、大丈夫! 同じ種族に生まれたってだけで、儲けモンだと思うよ〜」
「マナさんも難しい恋愛をされているのですね‥‥」
ミリエーヌはマナの話を聞くと、自分よりつらい思いをしている人がいるんだから、と前向きな気持ちになった。
「私はあまり披露できるような芸は持ってないけど‥‥そうそう、最近スペイン語を始めたんだ。ちょっと入り用でね」
レインは覚えたばかりのスペイン語で挨拶をした。
「すごいですね!」
「大切な人がスパニアの出身だから‥‥あ、他の国の言葉も話せるんだよ」
続けて、イギリス語、ゲルマン語、ラテン語、スペイン語の4ヵ国語で新年の挨拶をするレイン。
「すごいわ! 覚えて、お父様に聞かせてあげたいわ!」
イギリス語以外はあまり聞いたことのないミリエーヌは、レインから外国語の簡単な挨拶を教えてもらう。
「言葉もですが、ミリエーヌさんは本とかも好きかな?」
「うん、大好きよ!」
ミリエーヌは部屋にいることが多いので、よく本を読んだりしている。レインとは気が合うようで、しばらく本の話題で盛り上がっていた。
「では、わたくしも演奏いたしましょう」
リューンは演奏が終わったケンイチから竪琴を借りると、リオンから聞いたリュミナスが酒場で演奏していた曲を奏でた。彼女の楽器の演奏もなかなかの腕前だ。
「彼の代わりにはなりませんけれど、如何ですか?」
そう言うと、リュミナスが以前聞かせてくれたメロディーを奏でた。技術に関してはリューンのほうがレベルが高い。ミリエーヌは彼女の奏でるメロディーに暫く聴かない彼の奏でる旋律を想像した。
「リュミナス様はお元気ですか」
竪琴を奏でながらミリエーヌに尋ねるリューン。
「あ、彼‥‥うん‥‥」
その問いに曖昧に答えるミリエーヌであった。
「では、快活な音楽でもいかがですか」
リューンはテンポを変えて、楽しく踊れる曲を奏で始める。
「あたしも一緒に演奏しますね!」
暫く、給仕の仕事をしていたチハルも竪琴を取り出し、リューンと一緒に軽快なメロディーを奏でた。その明るくて楽しいリズムに、歌ったり、踊ったり、静かに耳を傾けたり、それぞれの楽しみ方でひと時を過ごした。
「こういう、ひと時も貴重なものです。ゆっくりと楽しみたいですね」
「そうですね‥‥」
紅茶を飲みながら、ケンイチはセレスと一緒に会話をしながら共に楽しいひと時を満喫していた。
「イギリスではこのように正月を過ごすのじゃの。文化は違えど、ジャパンにいた時と変わらぬのぉ」
琴音は慣れない様式に戸惑いながらも、ジャパンにいた頃を思い出しながらパーティを楽しんでいる。
「さてさて、私からのプレゼント。ミリエーヌさん、よく聴いて下さい」
ミリエーヌが振り返ると、そこには手紙を手にしたえれーながいた。
「リュミナスさんから手紙を預かってきました‥‥あ〜あ〜、エヘンエヘンッ」
咳払いをすると、手紙を広げてそれを読み上げる。
「『愛するミリエーヌ、そして冒険者の皆さん‥‥』 あ、ここは冗談です。『皆様には大変お世話になりました。自分の実力の無さでミリエーヌや皆様にご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。折角、皆様に企画してもらったコンサートも自分の才能が無いばかりに‥‥。でも、皆様のおかげで進むべき道が見えてきました。その道を通り抜けて、必ずミリエーヌを迎えに行きます ――リュミナス』」
えれーなはリュミナスからメッセージを預かってきていたのだ。
さすがに親が認めていない恋人を屋敷に連れ込む訳にはいかない。えれーなは彼からのメッセージを伝えることで、ミリエーヌに少しでも楽しんでもらおうと、このような余興を企画したのだった。
「ありがとう‥‥すごく、嬉しいわ‥‥」
そのメッセージを聞いて静かに涙を流すミリーヌ。
*
一方、会場の隅ではリオンとブリジットが会談している。
「前は‥‥「後はお願い」って言われたにも関わらず、約束を守れずに‥‥ゴメン」
リオンは前の依頼での失敗を後悔していた。
そのことを詫び、ブリジットに謝るリオン。
「まだ、そんなこと気にしてるの? そんな、過ぎた事なんか気にしなくていいの! あんたに全部責任があるわけじゃないし。だから、飲めぇ!」
「うぐぐ‥‥」
だが、ブリジットは全然気にしていない様子だった。いつもの明るいテンションでリオンにワインを強引に飲ませる。
「プハァ! ありがとう。そう言ってもらえると気が楽になるよ」
「で、今年の目標は『積極的に』って聞いたけど‥‥」
そう言うと、ブリジットは談笑で盛り上がっているテーブルを指差した。そこでは、ミリエーヌとクリスタル、えれーな、マナ、リューン、レイン、エリアルらの女性陣が食事や会話をしながら楽しんでいる。
「ううう‥‥チョット、そういう雰囲気じゃないんだよナー」
リオンがちょっと弱気な事を呟くと‥‥ブリジットは鋭い眼差しで彼を睨み付けた。その眼光は「行け」と無言で語っている。
「わ、わかったよ‥‥」
意を決して輪の中に飛び込んでいくリオン。
「リオンも相変わらずだな‥‥」
奮闘中のリオンを横目で見つつ、エールを片手にブリジットに話しかけて来たのはミケーラ。
「あんたの彼氏はどんな人なのか? それと、何処で出会ったのか知りたいぞ♪」
「あたしの相方? アレよ♪ ジーンって言うの」
ブリジットは料理を運んだり、片付けをしている使用人のような男を指差した。この男がブリジットの彼氏である。ちょっと頼りなさそうだけど、割とイイ感じの男であった。
「ほう‥‥でも、何で雑用係なんかさせてるんだ」
「冒険者じゃないんだもん」
キッパリ言い切るブリジット。どうやら、彼はブリジットの尻に敷かれているらしい‥‥。
「まぁ、出会いは‥‥あたしの一目惚れよ♪ いろいろあったけど、なんとかゲットしたわ!」
「ふーむ‥‥なるほど。あたいは恋愛感情ってやつはよく判らないが、妙に気になっている奴がいてな」
チラッとリオンを横目で見たミケーラ。
「むふふ〜♪ がんばってね☆」
ミケーラの仕草を見てにやけるブリジット。彼女はポンとミケーラの肩を叩くと、パーティ会場から出て行った。
「いろいろ冒険者に逢ってきたと思うが、これは見たことがあるかい?」
ソウジは華美なローブの袖を広げ、ミリエーヌにスクロールを見せていた。初めて見るそのアイテムに興味を示すミリエーヌ。
「俺は精霊碑文学も勉強している。これを拡げて念じると、ウィザードでなくても魔法を使うことができるんだぜ」
「すごいですね〜」
袖から1本のスクロールを取り出し、それを広げるソウジ。
「そういえば、フラレーのリオンだけど、噂じゃ8連敗中らしいな」
ソウジはリオンのフラレ遍歴を語りつつ、広げたスクロールに念じる。それは、ムーンアローのスクロールだった。魔法が発動すると、光る矢が現れ、ソウジはそれを放った。ムーンアローは対象がいなかったりすると、自分に命中するのだが‥‥
「ウギャ! イッテー! 誰だ、魔法なんか使ったヤツは!」
ソウジが念じた対象はリオンだった。光の矢は見事、女性陣にアタックを仕掛けていたリオンに命中したのであった。
「くぅ‥‥畜生ー! どーせ、オレは独り身ダーィ!」
奥の席で肩を落としながらエールを飲んでいるリオン。彼の戦果は‥‥いや、聞かないほうがいいだろう。
「大丈夫ですか‥‥」
荒れているリオンにミリエーヌが声を掛けた。
「あ、ミリエーヌか。そういえば、リュミナスはどうしてる? 音楽教師を目指しているみたいダケド」
リオンはさり気無くミリエーヌの恋人について尋ねた。
「彼‥‥勉強する為にケンブリッジに行くかもしれないって言っていたわ‥‥まだ、わかんないけど」
「ケンブリッジか‥‥そうしたら、なかなか会えなくなってしまうな‥‥」
リュミナスについて尋ねられると、ミリエーヌは少し悲しそうな表情で答えた。
「で、でも! 寂しかったらッ、オレはいつでも‥‥」
彼女を明るくしようと冗談を言うリオンだが、その直後‥‥殺気を感じて振り向くと、そこにはフランベルジュを構えたミリートが立っていた。
「こらぁ! リオンお兄ちゃん! また、ミリエーヌちゃんに変な事してる!」
「うわっ! こいつで回避ッ!」
――ガキィィィンッ!
ミリートのフランベルジュを、リオンはリュートベイルで受け止めた。
「相変わらず激しいツッコミだな! あ、コレはリュミナスへの餞別だからッ!」
リュートベイルをミリエーヌに渡すと、慌てて逃げ出すリオン。その姿を見てミリエーヌはクスッと笑った。
「あら、何かしら?」
受け取ったリュートベイルには手紙が付いていた。不思議に思って手紙を開くミリエーヌ。手紙にはリオンからのメッセージが書き記されていた。
『羽ばたける日はきっと来る。応援しているゾー!』
*
楽しい一時は時間を忘れさせる。
日が傾き、時は夕方。
パーティも終わりに近づいていた。
その頃、ソウジはイェーガーを誘って屋敷の庭に来ていた。
「精霊碑の力と言うのは凄いな。使いこなせば4大精霊に、陽・月の精霊の力さえ得られる」
スクロールを取り出し、イェーガーに精霊碑文学について語るソウジ。
「地・水・火・陽・月‥‥1つ足りないんだよな」
1本づつ確認している途中、不意に真面目な表情になる。
「これ、とかですか?」
イェーガーも1本のスクロールを取り出した。それは「ライトニングサンダーボルト初級」のスクロールだった。
「あ、それだ‥‥」
ソウジは苦笑した。
「‥‥それにしても、タルナーダさんやホルンさんの事を考えると、あまり騒ぐ気分になれませんでした」
「俺も合間を縫ってこのパーティに参加したんだが、やっぱりお前も気になっていたのか」
「今度こそ‥‥『約束』を果たしたいです‥‥。それを果たすまでは‥‥」
「そうだな‥‥」
2人はパーティが終わるまで、それぞれの思いを語り合った。
「この野郎め♪ この場所でも口説くとは油断も隙も無いな〜。で、当然いつものごとく振られたんだろう?」
はっはっは〜と大きな声で笑いながら、リオンをからかっているミケーラ。
ワインを一気に飲み干すと、彼の背中をバンバン叩きながらミリエーヌとどんな話をしていたのか聞く。
「別に口説いてなんかないよ! 彼氏が元気か聞いていただけダイ!」
「判ってるって♪ まぁ、飲め♪」
「ううう〜」
唸りつつも無抵抗のリオン。その顔は赤く染まっていたのだが、酔っていたのか照れていたのかは本人のみが知ることである。
「ジャパンに行かれるんですって‥‥」
「私も旅が好きだから‥‥2月にはジャパンに行くわ。これが最初で最後かもしれないけど‥‥海の向こうで応援しているよ♪」
「うん、ありがとう。気をつけてね」、
ジャパンに旅立つというマナを送り出すミリエーヌ。様々な冒険者と出会ってきたミリエーヌだが、おそらくこれが初めての別れとなるだろう。その初めての経験に、込み上げてくるものを抑えることが出来なかった。
「‥‥また、イギリスに戻ったら‥‥遊びに来てね」
涙を堪えながらマナを見送るミリエーヌ。
出会いと別れを経験し、彼女は少しずつ成長していく。
「‥‥北へ往く。ソウジ殿には世話になった」
「ケンブリッジか‥‥また、いつか会おうぜ」
もう一つの別れ。
だすてりあすは、そう言って北に向かって歩き始めた。
その背中をただ静かに見送るソウジ。
「‥‥いつぞやは、お世話になりました。会議の内容を纏めて参りました」
「わざわざ貴重な時間を使って会議を行ってくれて、大変感謝しておる。ごくろうだった」
パーティが終わった後、イェーガーはガルバードに会議の内容を報告しに行った。ブリジットと一緒に行こうと思っていたが、彼女の姿が見当たらなかった。
「そういえば、ブリジットさんの姿が見当たりませんね」
「何か考える事でもあるのだろう。また、一人で抱えるような事をしなければいいのだが‥‥」
また? とガルバードの言葉に疑問を持ちながら、屋敷を後にするイェーガーであった。