●リプレイ本文
狂犬病と言っても犬だけが持っている病気ではない。
人間を含めたほぼ全ての動物が発病した犬に咬まれると感染する病気であり、拡大しやすい。
感染した狼が家畜を襲って、さらにその家畜が発病して暴走、飼い主を殺したという話もあるのだ。
何故、狂犬病と名前が付いたのか。
犬は人間にとって身近な動物であり、噛む習性があるからだ。
つまり、人間へ感染する可能性が高いルートが犬である為、狂犬病と言われている。
*
「冒険に出るのだから、自分が生きていく為の食事くらい準備したらどうなんだ」
シーヴァス・ラーン(ea0453)が仲間の杜撰な準備を見て憤慨した。
依頼書に食事は自己負担とあった筈だ。
それにも関わらず、ウルフ・ビッグムーン(ea6930)、フー・ドワルキン(ea7569)、エリアル・ホワイト(ea9867)が保存食を用意せずに出発したのだ。
「今回の仕事は街だから食事くらいはどうにでもなるが、何もない所に冒険に出たら飢え死にしちまうぜ? 食う物が無いのなら、犬の餌用に持ってきたこれでも食うかい?」
ジャッド・カルスト(ea7623)が強烈な匂いの保存食を取り出し、忘れてきた者をからかう。
とりあえず、今回は帰りの分の保存食を依頼主の街で買えばよい。忘れてきた者は仲間から保存食を前借し、飢えを凌ぐ。
しかし、準備を怠り、それが原因で依頼が失敗したという例もある。
仲間に迷惑を掛けない為にも、依頼書で指示された物はしっかり用意し、万全の体制で依頼に臨まなければならない。
*
「皆様を命の危険に晒す野犬を処理しに参りました。元々危険な存在の野犬、しっかりと退治いたします」
先行して街に入っていた朱華玉(ea4756)は、野犬が多い地帯の情報収集と、野犬退治の呼びかけをしていた。
「私如き一介の婦女では出来る事も限られましょうが、此度の依頼には騎士の方もおられます。馬を伴っておられ、見分けがつきやすいと思いますので、その方にもよろしくお頼みを」
狂犬病の説明をしながら、華玉は協力を求めた。
フーもまた、街の広場で広報活動をしていた。
「親愛なる市民の諸君。我々は領主殿の命を受け野犬狩りを執り行う。ついては、各々の家に居る犬や猫などの小動物が勝手に出歩かないように、しっかりと管理していてもらいたい。万が一、野犬に混ざって殺されてしまっても、我々は責任を持てない。諸君らの手を煩わせるのは心苦しいが、協力がなくては作業が成り立たぬ。是非とも協力していただきたい」
華玉とフーの触れ回りで掃討作戦の認知は街中に知れ渡った。
「いい子だから大人しくしていてね‥‥せめて、発病していないワンコだけでも助けて‥‥お願い‥‥」
疾走の術で街を駆け巡り、犬を探していた不破真人(ea2023)。
人気の無い路地裏。
彼の腕の中には小さな子犬がいた。
この子犬も野良犬である。
もし、救済措置が許可されなければこの子犬も殺さなければならない。
子犬の頭を撫でながら真人は報告を待つ。
ウルフとサーシャ・クライン(ea5021)は野良犬がいそうな場所を調べ、罠を仕掛けていた。
「使えそうなのはこれしかないな」
ウルフはロープを取り出して足を絡めとる罠を作り、エサと共に仕掛ける。
「泣き言なんて言ってられないよね。放っておいたらやばいってことくらいわかるし‥‥」
サーシャも身を潜め、野良犬が来るのを待った。
シーヴァス、ジャッド、エリアルは領主の屋敷へと向かった。
ギルドより依頼を受けてやってきたという事を伝えると、すぐに領主の部屋へと案内される。
「誤って飼い犬を殺さないように、犬を飼っている家庭はしっかりと家に繋いでおく事と、餌になる物を街に放置しないという事を通達して欲しい」
「飼い犬が誘い出されない為にも、領主様から野良犬掃討作戦の事実を公表して頂きたいです」
ジャッドとエリアルが声を揃えて進言すると、領主は快く承諾した。
「狂犬病がいかに危険かという事は承知している。しかし、このような事態になったのは犬だけのせいでなく、人間側の責任もある。俺は手当たり次第に倒して解決できる問題ではないと思う」
一呼吸置くと、シーヴァスは続ける。
「野犬全部が感染しているとは限らない。潜伏期間の犬もいるだろうがそれらを極力見極め、大丈夫そうな犬に里親を見つけて貰えるようにお願いしたい。様子を見る手間も掛かるが、増えて危険だからと言ってただ斬るのでは近隣に領主の悪い印象を与えるだけ。寧ろ、今後を考え上手く裁いてこそ名領主と名を馳せるだろう」
シーヴァスは領主の妻に流し目を送りつつ、真剣に訴える。
「そうだな‥‥野犬が増えたのは無責任な飼い主がいるせいでもある。今後は飼い犬の管理を徹底するように呼びかけ、問題なさそうな犬は暫くこちらで面倒を見て、大丈夫なら希望者に引き取ってもらうようにしよう。古来より、人間と犬は共に生活してきた。それが人間にとっても犬にとっても良い方法だろう」
領主は考えた末、冒険者達の意見を承認する事にした。
*
「え! 救済措置が認められたの! それじゃ、この子も大丈夫なんだね!」
仲間からの報告を聞いた真人は嬉しさのあまり飛び上がった。
発病していないと思われる犬は領主が暫く面倒を見る事になったのだ。
「でも、発病しているワンコは‥‥倒さなくちゃいけないんだね‥‥」
「残酷なことはしたくありませんが‥‥放っておけば、病魔が更に悲劇を生むことにもなりかねませんから‥‥」
顔に憐憫の情を浮かべた真人が子犬を抱きしめると、エリアルも物悲しく呟く。
「領主様の依頼でこの街に来たんだが、ここは初めてでね。よかったら、仕事が終わった後でも街を案内してくれないかな?」
その頃、ジャッドは野良犬の情報収集をしつつ、若い女性を口説いていた。
残念ながら、女性は首を横に振ったようであるが。
「ま、仕方ないか。しかし、おまんまの為とはいえ、辛いね」
郊外に野良犬を誘き寄せる為、強烈な匂いの保存食を仕掛けたジャッドは、そう呟きながら街を練り歩く。
「来たな。あれは間違い無く発病している野良犬だ」
ウルフの仕掛けた罠に野良犬が2匹近づいてきた。
口から涎を垂らし、低い声で唸りながら仕掛けたエサに近づき、匂いを嗅ぐ野良犬。
そして、足を止めてエサにかぶりついた瞬間‥‥
「今だ!」
ウルフはロープを引っ張って野良犬の足を捕らえた。
「ごめんね。あなたたちに罪はないんだけど‥‥もし恨むなら、私を恨んで‥‥逝って」
逃げた野良犬にウインドスラッシュを放つサーシャ。
――キャィィィン!
真空の刃に切り裂かれ、野良犬は死んだ。
「すまんな。これも、街の安全の為だ」
ウルフはホイップを振り下ろした。
野良犬の断末魔が街に響く。
「お、いるいる。集まっているね」
郊外ではジャッドの仕掛けたエサの匂いに釣られて野良犬が集まっていた。
普通の野良犬もいるが‥‥中に数匹、凶暴な野良犬が暴れている。
「あれが発病した野良犬だね」
フーは素早くイリュージョンを使い、暴れている野良犬に幻覚を送った。
その幻覚とは‥‥投槍が頭を貫通したというもの。
――ワォゥゥン!
野良犬は悲痛な鳴き声を上げて倒れた。
イリュージョンは五感に作用する為、幻覚で起こった痛みもそのまま感じることになる。
「うわぁ!」
その鳴き声を聞いて真人は慌てて両手で耳を塞ぐ。
「あの野良犬ね‥‥」
ダーツで牽制し、オーラボディで全身に気を纏った華玉がトライデントを手に感染した野良犬に飛び掛る。
野良犬も噛み付こうとするが、華玉はそれを狙って頭に三叉の槍が突き刺さした。
「ま、小さい子とかが噛まれちゃ大変だからね。迷わずに成仏してくれ」
ジャッドも噛み付いてくる野良犬をシールドソードで殴り倒し、地面に蹲った所に刃を突き刺した。
「ううっ‥‥ごめんなさい、ごめんなさい‥‥」
真人は嗚咽を耐え忍びながらシルバーダガーを片手に野良犬を駆除していく。
野良犬は幾つもの冒険を重ねた彼らの相手ではなかった。
冒険者に怪我はない。
「この犬もすぐに治療すれば大丈夫です」
エリアルは感染した野良犬に噛まれた犬にピュアリファイを使い、傷口を浄化する。
そして、大丈夫な野良犬は捕らえられて領主の屋敷に連れて行かれた。
*
結局、冒険者達が駆除した野良犬の数は6匹。
しかし、ノルマはすでに無意味なものだった。
それは、ただ野良犬を殺す事が根本的な解決にならない事を冒険者が示してくれたから。
野良犬が発生した原因は街の人間にある。
そして、狂犬病はこうした野良犬に発生する可能性が高い。
根本の原因が解決できれば、今後はそのような悲惨な野良犬退治はしなくてもよいのだ。
シーヴァスは野犬が増えない様に、ゴミを散乱禁止や飼い犬のしつけ、捨て犬禁止等を街の人に訴えた。
飼い主のモラルが向上すれば、捨て犬は少なくなる。
彼も犬を愛す1人として、その事を説いて回り、原因解決へと貢献した。
郊外では真人が死んだ犬の為に慰霊碑を作っていた。
「僕にはこんな事しか出来ないけど‥‥ワンコ達、安らかに眠ってね‥‥」
静かに手を合わせる真人。
「優しき女神の御名のもと、全ての命が健やかでありますように」
エリアルも危険を排除する為に殺すしかなかった犬達の為、そして、これからの街の人々の為に祈りを捧げる。
その後、彼女は街を回り、ピュアリファイで浄化活動を行った。
彼女の行いが街の人々へ大きな安心を与えたのは言うまでも無い。
「来世では、幸せに‥‥」
街を離れる際、華玉は街に向って合掌し、黙祷を捧げる。
冒険者達の「愛」によって、依頼は解決した。
今後、この街から同じ依頼が出されることは無いだろう。