●リプレイ本文
●【怪盗の影】Princess of Light 外伝 ―小鳥の悲鳴―
エンフィルド家の屋敷。
「大変なのじゃ! みりえーぬ殿がさらわれてしもうたのじゃ!」
村上琴音(ea3657)が慌てて屋敷へとやって来た。
先日、この屋敷では新年パーティが行われたばかり。
その場で、ミリエーヌの誘拐についても話があったのだが‥‥その矢先、今回の事件が起こったのだ。
これは、あまりにも急な出来事であった。
しかも、犯人と思われるのは世間を騒がせている怪盗『ファンタスティック・マスカレード』のようである。
依頼の要請も急ぎであった為、琴音もさぞかし驚いたであろう。
「おぉ、琴音ではないか。お主が参加してくれるとは心強い。先日、世話になったばかりなのに、このような事になってすまぬ」
屋敷の主・ガルバードが琴音に頭を下げる。
「そ、そんな事はないのじゃ。私もこの前話し合ったばかりじゃというのに、こういう事態になってしまった責任を痛感しておるのじゃ。何としても‥‥みりえーぬ殿を救出する故、この事件は私達に任せてほしいのじゃ」
「宜しく頼む‥‥」
ガルバードは再び、琴音に頭を下げる。
「ミリエーヌちゃんは私の大切なお友達‥‥絶対に助け出すんだから!」
足の不自由な友を誘拐するという卑劣な犯行に対し、憤慨に堪えないといった感情を顔色に表すミリート・アーティア(ea6226)。
彼女の隣には、やはり信頼できる友であるサクラ・キドウ(ea6159)がいる。
「サクラちゃん、一緒にがんばろっ!」
「‥‥はい‥‥ミリートも‥‥無理をしないでください‥‥」
「うん! でも、サクラちゃんは前に立つから‥‥怪我には気をつけてね!」
「‥‥私は大丈夫‥‥ミリートに何かあったら‥‥必ず守ってあげるから‥‥だって、親友ですもの‥‥」
サクラはミリートを優しく抱きしめた。
途端にミリートの顔が赤らむ。
「エンフィルド家の皆様、お久しぶりです。ミリエーヌさん救出に全力を尽くす事をお約束します」
ガルバードとドラ息子のウェインに恭しく礼をするチョコ・フォンス(ea5866)。
「以前は依頼で協力してくれてありがとう! 今回も宜しく頼むよ!」
「あたしにも兄がいるんだけど、いつも心配を掛けているの‥‥だから、ウェインさんの気持ちはよくわかるわ」
「ああ‥‥怪盗め‥‥絶対にやっつけて、ミリエーヌを助け出すんだ!」
ウェインもチョコの事は覚えていたようで、彼女としっかりと握手を交わす。
チョコはウェインの気持ちを察すると同時に、彼の行動に対する不安も感じ始めていた。
彼の能力では扱うのが難しいと思われる装備の数々、猪突猛進な性格、人の話を聞かない態度‥‥。
今回もウェインを守りつつ、怪盗からミリエーヌを救出しなければならないのだ。
「こんにちは〜。何でもご令嬢が誘拐されたそうですね〜。私も是非、協力させていただきます〜」
ガルバードにペコリと挨拶をするシェリル・シンクレア(ea7263)。
彼女もまた、以前に依頼でエンフィルド家に来たことがあり、ガルバードも思い出したように彼女へ返事をする。
「顔を知っている冒険者が多いと、安心して任せることができる。必ず、娘を助けてやってくれ」
「それにしても、ブリジットさんはどうしたのでしょうね?」
「むぅ‥‥こんな大事な時にブリジットは‥‥いつもなら、何かあったら一番に駆けつけるのだがな‥‥」
ガルバードは苦い表情をした。
ブリジットは、以前にエンフィルド家で行われたパーティ以来、姿を消している。
消息は彼女の恋人ですら知らないという。
「か弱い少女を狙った卑劣な犯罪‥‥許せませんわね」
アリシア・ハウゼン(ea0668)の唇が震える。
「できれば、普通の女の子に荒事の現場なんて見せたくないんだがね‥‥」
「そうですわね。出来る限り、最善の手を尽くしましょう」
顔をしかめて呟くフィリス・バレンシア(ea8783)にアリシアが頷く。
「でも、引き受けた以上は、きっちり仕事をさせてもらうよ。あの娘は賊から助け出してみせる」
柳眉を逆立てていたフィリスは一転して勇ましい傭兵の顔に戻り、ガルバードにミリエーヌ救出を誓う。
「ふむ‥‥人の命に関わる仕事だからな」
フィリスの隣にいたフー・ドワルキン(ea7569)も相槌を打つ。
フーはエンフィルド家の人々がハーフエルフであるフィリスに対して嫌悪感を示さないかと心配していたが、彼らはそのような感情を全く持っていない。エンフィルド家は冒険者に大きな信頼を寄せており、ハーフエルフであっても同じ信頼できる冒険者なのだ。
「そういえば、私はミリエーヌさんと会ったことがないです〜。ミリエーヌさんの事、色々とお教え下さい〜♪」
「特徴を知っておかないと万が一、と言うこともありますしね」
シェリルとサクラがミリエーヌについて尋ねると、リオン・ラーディナスが容姿と特徴を教える。
「教えてくれてありがとう。後は任せておきな‥‥」
「必ずミリエーヌちゃんは助けるから、リオンお兄さんは待っててね!」
「本当に、宜しく頼む‥‥」
フィリスとミリートが胸を張って言うと、リオンは救出に向かう冒険者達を見送った。
「そう言えば、ミリエーヌ嬢の護衛だけど‥‥」
「それは、もう決まっておる」
冒険者達を見送ったリオンが、ガルバードにミリエーヌの護衛としてある人物を推薦しようとしたが‥‥
「え!」
「もう到着している筈だが‥‥いるか?」
驚くリオンであったが、ガルバードに呼ばれて部屋に入ってきた人物は‥‥彼の見覚えがあるリュートベイルを手にしていた。
*
「結局、ブリジットは見つからなかったか‥‥一体、何を考えているんだ」
他の冒険者達と合流したチャイ・エンマ・ヤンギ(ea9952)が小さく呟く。
「エンフィルド家で出入りが自由に許可されている重要な人物が何故、誘拐が起こっても姿を現さない? 必ず、何か裏があるはずさ‥‥」
チャイは誰にも言わずに1人でブリジットの消息を探っていた。
だが、エンフィルド家でパーティが行われた日からブリジットの姿を見た者はいなかった。
もう少しブリジットの情報を集めたかったが、残念ながら出発の時間となってしまう。
「では、もう一度作戦を確認したいのであるが」
「作戦はこうだ」
ウルフ・ビッグムーン(ea6930)が立案された作戦を確認すると、アンドリュー・カールセン(ea5936)が答える。
今回の作戦はアンドリューが中心になって進められていた。
目的の小屋までは馬車で行くつもりであったようである。
だが、馬車は安易かつ早急に用意出来るものではない。
それが、貴族であるエンフィルド家だったとしてもだ。
結局、徒歩で目的の小屋を探さなければならなかった。
「今回は率先して考えてくれたから楽で良いね。その分、こちらの仕事もいい加減に出来ないが」
作戦を確認しながらフーが呟く。
「俺はレッドチームか。作戦には異論はないから、それに従おう」
「では、出発だ‥‥怪盗共め‥‥許さん」
確認を終えたウルフが承諾すると、アンドリューは憤然とした面持ちで歩き始めた。
犯人のアジトと思われる郊外の小屋は、エンフィルド家に届けられた手紙に場所が記されていた。
差出人が不明で信頼性のあるものとは言えないが、情報が無い以上、これを手がかりにアジトを探すしかない。
「よろしければ、今までの武勇伝をお聞かせください」
アジトまでの道程、アリシアはウェインに積極的に話しかける。
ウェインも喜んで答え、今までゴブリンを蹴散らしてきた事やエンフィルド家が契約している生姜を守った事などを得意気に話す。
「皆にみりえーぬ殿の容姿を教えるのじゃ。面倒な事になっては困るからのぅ」
「えと、シェリルお姉さん、チョコお姉さん。ミリエーヌちゃんはこんな子だよ」
琴音とミリートはもう一度、ミリエーヌの容姿や特徴を面識の無い冒険者に教える。
「指揮官とは前線にあっても戦全体を把握するもの。血気にはやって突出するなど下の下ですぞ」
「冷静に状況を見て判断を下す事も大事よ」
フーとチョコがウェインに進言し、彼が暴走して犯人に気づかれないように釘を刺した。
手紙に記されていたアジトの場所は正確だった。
日が傾く前に、冒険者は郊外にそれらしき小屋を発見することが出来た。
「ちょっと扉を確認してくるわね」
「周囲の状況も確認しなくては」
プリム・リアーナ(ea8202)とアンドリューが気づかれないように小屋へ近づく。
「手紙に書いてあるように、扉に『Z』の文字が切り刻まれていたわ。あの小屋で間違いないわね」
「見張りはいないようだ。窓はあるが、全て閉ざされた状態。内部の状況は確認できなかった」
偵察から戻った2人は仲間に状況を報告する。
「突入は夕方の予定。それまで、見つからないように監視を続ける」
アンドリューが言うと、一行は敵に発見されないように小屋から距離を取る。
*
日が傾きかけた頃。
冒険者達に動きがあった。
「そろそろ作戦決行の時間だ。チョコ、シェリル、頼んだぞ」
「まかせてください〜」
アンドリューの指示の元、静かに小屋へ近づく冒険者達。
シェリルとチョコはブレスセンサーを使い、手紙の地図と照らし合わせて犯人の居場所を確認する。
ブレスセンサーは初級では僅か10秒程しか探索することができない。
その為、シェリルは専門ランクで詠唱を試みる。
1回目は失敗したが、2回目で成功した。
「扉の向こうに4人いるみたいです〜。奥にも6人程人がいますね〜」
シェリルが地図を指差して敵の居場所を仲間に伝えた。
「この扉(?F)の奥に人が多いのね。もしかしたら、ここにミリエーヌさんがいるのかも?」
プリムが指された地図の場所を見ながら意見を述べる。
「奥の部屋は私達に任せておきな。もし、ミリエーヌがいたら絶対に守ってやるよ‥‥」
「絶対に‥‥ミリエーヌちゃんは助けるんだから!」
「何としても身の安全を確保しなくてはの」
グリーンチームのフィリスが言うと、ミリートと琴音も頷く。
「よし。レッドチーム、行くぞ!」
「レッドチームは魔法を使う者が多いようだから前衛は任せな」
アンドリューが構えると、ウルフもホイップを握り、突入のタイミングを計る。
「妹は必ず助け出す! 僕も行くぞ!」
ウェインもロングソードを鞘から引き抜き、レッドチームと共に突入しようとするが‥‥
「ケホッケホッ‥‥持病の癪がぁ‥‥」
仲間の戦闘の邪魔をさせまいと、チャイが差し込みを起こした振りをしてウェインに寄りかかる。
「だ、大丈夫かい!」
「大丈夫よ‥‥あぁ、もう少しこのままでいたいわぁ」
「え、えぇ!」
ウェインに寄り掛かったまま、チャイは上目遣いで彼を見つめる。
すると、ウェインの動きが止まった。
「ウェインさんはチャイさんにお任せして大丈夫のようですね」
「彼女がドラ息子のお守りをしてくれるようだから、その内に仕事をしようではないか」
アリシアとフーは2人を横目で見つつ、突入へ向けて精神を集中させる。
「そうだな。では、突入するぞ!」
「準備は整ってます〜」
「ミッション・スタートだ!」
ウルフとアンドリューが勢いよく扉(?A)を開け小屋へ侵入した。
レッドチームはアンドリュー、ウルフ、シェリル、フー、アリシア、そして、アリシアに付き添う琴音。
中にはマスクを被った4人の賊がテーブルでくつろいでおり、突然の襲撃に動揺している。
2人が部屋の中へ入ると同時に、シェリルのライトニングサンダーボルトが放たれた。
「かみなりはこわいのじゃ!」
雷に恐怖心を持つ琴音は、放たれたライトニングサンダーボルトを見ると、目を瞑って両手で耳を押さえた。
続けて、フーが高速詠唱でスリープを発動。1人を眠らせた。
「大人しく眠っているんだな」
ホイップで賊を絡め取ったウルフは、急所に突きを入れ気絶させる。
「くらえ!」
アンドリューが素早くナイフを取り出して賊に投げつける。
「ぐわぁ!」
「氷の牢獄でお眠りなさい」
怯んだ隙にアリシアがアイスコフィンを発動。賊を氷で包み込み、完全に無力化した。
4人の賊は瞬時に倒され、最初の部屋は制圧された。
「クリアー!」
アンドリューが叫ぶ。
同時にグリーンチームが扉(?F)から奥の部屋へ侵入した。
グリーンチームはフィリス、サクラ、ミリート、チョコ、プリム。
「くっ! 本当に来やがった!」
部屋には6人の賊がいた。
賊は隣の部屋の異変に気づいていたようが、グリーンチームが進入した時、武装を整えたばかりの状態であった。
「ミリエーヌさんはここにいないようね‥‥天誅!」
部屋にミリエーヌがいない事を確認すると、チョコが先制のライトニングサンダーボルトを放つ。
放たれた稲妻は3人の賊を直撃。怯ませるには十分な効果であった。
「私の太刀筋、貴様に見えるかな」
続けてフィリスが斬り込んでいく。
フェイントアタックで賊へ確実に攻撃を命中させていくが、フェイントを掛ける事によって打撃が弱くなってしまい、攻撃の手応えを感じる事が出来なかった。
「あなた達に構ってる暇はありません‥‥」
サクラは手刀を賊の首筋に打ち込み、気絶させた。
「これでもくらえっ!」
フィリスとサクラの合間からミリートはスリングで支援する。
「そんな、オモチャで俺達と戦う気か!」
だが、賊にはあまり効いていない様子だ。
そして、ミリートをターゲットにした賊が斧を振りかざして襲い掛かろうとする。
「私はミリートを守る盾になる‥‥ミリートには指一本触れさせません‥‥」
しかし、サクラがミリートを庇い、その攻撃を受け止める。
「サクラちゃん!」
「私は大丈夫だから‥‥」
「今のうちね‥‥アイスコフィン!」
そこへ、プリムが素早くアイスコフィンを唱え、賊を氷の棺の中に封印する。
「単調な攻撃だ。こちらには届かんぞ!」
賊の反撃をフィリスはライトシールドで受け止め、カウンターアタックで反撃する。
カウンターを食らった賊にミリートはシューティングPAで攻撃。続けてチョコのウインドスラッシュが炸裂。賊は倒れた。
賊の数は多かったものの、サクラのスタンアタック、プリムのアイスコフィンで次々に無力化していく。
「これで、この部屋は制圧だね‥‥」
フィリスが床に倒れている賊を眺めた。
1階に賊がいる気配は無い。
「妹は2階にいる! すぐに助けにいくぞ!」
ウェインが重い足取りで2階に駆け上がろうとするが、すぐにチョコが止めた。
「当初の計画通り、あたし達は1階で探索と救出時の道確保よ! はいっ、このロープでそっちの犯人縛って!」
「えっ!」
有無を言わさずチョコがウェインにロープを渡し、倒れている賊をロープで拘束するように指示する。
「地図通りじゃなくて、隠し階段があるかもしれないし、外から敵の仲間が戻ってくるかもしれないから気を抜いちゃ駄目よ」
「そうですわ、ウェイン様。戦列の殿をつとめるのは騎士として最高の誉れですわ。ですから、後顧の憂いを立つ意味でもここをお任せしたいのです」
アリシアもウェインを立てるように諭す。
「あんた、自分で妹を助けたいんでしょ? 私が事前に仕入れた情報によると、この小屋の外にある納屋が地下通路でこのアジトと繋がってて緊急時の脱出路になってるって情報だわ。冒険者を出し抜いて妹を助けたとなれば、あなたは英雄でしょうね」
チャイがそっとウェインの耳元で囁く。
「ほ、本当か!?」
「えぇ、本当よ」
「よし! すぐに助けにいくぞ!」
「あ、あの‥‥ウェインさんを1人で外に向かわせて大丈夫でしょうか?」
勇んであるはずの無い納屋に向かおうとしているウェインを見てプリムが不安そうな顔をする。
「大丈夫さ。私も付いているし、シェリルも外を見張るようだし」
自信を持ってチャイが答えた。
「‥‥まぁ、1階の見張りはこっちが引き受けるよ。何かあったらすぐに駆けつけるから、上手くやりなよ‥‥」
フィリスが2階へ突入する仲間達を送り出す。
「では、チームを再編成して2階へ突入する。地図によると、かなり通路は狭いと予測される。各自、注意して対処してくれ」
アンドリューは2階に行く仲間に注意を促した。
「狭いと鞭なんぞ邪魔になるだけだな。素手で仕留めてやろう」
「敵がいたら‥‥速攻で倒します‥‥」
「でも、サクラちゃん‥‥無理はしないでね‥‥」
ウルフ、サクラ、ミリートも突入に向けて準備を整える。
「ここまでは、魔法使いはいなかったようだね。本命は2階。同業者のようだから、腕の見せ所だね」
フーも気合を入れた。
「2階の窓は閉め切ってあるから、外から入ってミリエーヌさんの安全を確保するのは難しそうね」
プリムは思案していた作戦を考え直す。
「では、突入班は頼む。シェリルも途中まで行ってブレスセンサーで仲間に目標の位置を教えてやってくれ」
「わかりました〜」
アンドリューが言うと、2階突入班が階段を駆け上った。
「おーい。納屋なんてなかったよ!」
その頃、ウェインは外から戻ってきた。
周囲には建物らしきものは無く、少し見渡せば何も無いことは用意にわかる。
「うぅぅ‥‥また、疝痛がぁ‥‥」
「うわぁぁぁ! 大丈夫かい!」
誤魔化す様にチャイは仮病でウェインの気を引く。
「はぁはぁ‥‥やっぱり、騎士様がいてくれると安心するわぁ」
チャイはウェインをしっかりと掴んで拘束する。
ウェインも騎士であり、苦しむ女性を放って置く事は出来ない。
*
2階に突入した混成チームはウルフ、サクラ、ミリート、プリム、フー、アリシア、琴音、そして、シェリル。
通路には敵の姿は見えない。
「え〜と、一番奥の部屋に4人の反応があります〜」
シェリルがブレスセンサーの結果を仲間に知らせる。
通路の奥左側の扉(?E)の部屋から人の呼吸を4つ感知することが出来た。
「では、外に出て周りを警戒していますね〜」
役目を終えると、シェリルは階段を下りた。
「と、いうことは、賊もミリエーヌさんも同じ部屋にいるということね」
プリムが言う。
「では、部屋に入って高速詠唱で素早く対処しないといけないようだね」
「あたしも高速詠唱できるから、すぐにアイスコフィンで凍らせるわ」
フーとプリムは共に高速詠唱が出来る。
このような状況では有利であろう。
(「ミリエーヌちゃん‥‥もう少しだから頑張ってね‥‥」)
ミリートが心の中で呟く。
外に出たシェリルはリトルフライで小屋の屋根に上がった。
「他の誘拐犯さん達は見当たりませんね〜」
屋根の上から警戒するシェリル。
「あら? シェリルじゃない? いい所にいたわ。お嬢様を助けるから、ちょっと手伝ってよ」
「あ、ブリジットさん? お久しぶりです〜」
聞き覚えのある声に振り向くと、下にブリジットが縄梯子を持って立っていた。
「一緒にオークの荷物を盗みに行って以来ですね〜」
「そうね〜♪ あ、そこに縛り付けてちょうだい」
会話をしながら作業を手伝うシェリル。
「ありがとう。これで、外から進入できるわ」
「いえいえ〜」
「でも、ファンタスティック・マスカレードが逃げる邪魔になるから‥‥ちょっと、眠っていて欲しいの‥‥」
「え? ‥‥うっ‥‥」
薄れていく記憶の中で、シェリルはブリジットの口から信じられない事を聞いた。
*
「卑劣な賊共め! 観念しろ!」
ウルフが扉(?E)を蹴り開けて部屋へ侵入した。
「ほう‥‥いつもの喧嘩にしてはうるさいと思っていたが‥‥やつらは冒険者を雇ったのか」
「助けて!」
部屋の中にはマスカレードをした男と、マスクを被った男が2人。
そして、椅子に縛り付けられているミリエーヌがいた。
「おっと、これ以上近づくと、こいつの命は無いぞ」
マスカレードの男が指示すると、マスクの男がミリエーヌにダガーを突きつける。
「卑怯な‥‥」
フーが歯軋りをした。
「ミリエーヌちゃん!」
ミリートが叫ぶ。
「こいつの命が欲しければ、金を持って来い。さもなくば‥‥」
マスカレードの男が言いかけたその時‥‥
「怪盗ブリンクキャット参上!」
窓を蹴破って何者かが侵入してきた。
その人物は、豪華なマスカレードを付けた赤髪のツインテールの女性であった。
怪盗ブリンクキャットと名乗る人物は、進入と同時にホイップでマスクの男の手を打ち、ダガーを叩き落とす。
「ブリジット!」
ミリエーヌがその姿を見て歓喜の声を上げる。
「な、何と! ぶりじっと殿とは‥‥」
「え! どうして‥‥」
逆に驚愕の声を上げたのは琴音とミリートであった。
「お嬢様をこんな目に遭わせるなんて許さないっ!」
マスクの男を蹴り倒すと、ブリジットはミリエーヌを助け出す。
「くっ! 誰かは知らんが、ヤツを倒せ!」
マスカレードの男がもう1人のマスクの男に指示する。
「‥‥誰に向かって言っている」
「な、何と言った!」
「‥‥この、怪盗ファンタスティック・マスカレードに向かって何を言っているのだ?」
「そ、そんな馬鹿な‥‥」
マスカレードの男はたじろいだ。
そして、冒険者達にも動揺が走る。
「流石は変装の名人・怪盗ファンタスティック・マスカレードね」
ブリジットが感心したように言う。
この男は‥‥変装して忍び込んでいた怪盗ファンタスティック・マスカレードであった。
「くっ、ならば‥‥」
「ファンタスティック・マスカレードの名を騙り、人を傷つけるとは‥‥許さぬ」
マスカレードの男が魔法を唱えようとするが、それよりも早くファンタスティック・マスカレードは男を殴り倒す。
倒れた男にプリムが即座にアイスコフィンを放ち、氷の棺桶に閉じ込めた。
「あなたが怪盗ファンタスティック・マスカレード‥‥一体、何が目的なのですか?」
「おっと。冒険者もあんたを捕まえようとしているのよ? 早くここから逃げなさいっ!」
アリシアがファンタスティック・マスカレードに尋ねるが、ブリジットが割り込む。
「ま、待て! ブリジット! まさか、ファンタスティック・マスカレードと‥‥」
「そうだな‥‥では、君達に捕まる前に失礼するとしよう。賢明な諸君であれば、また2月14日に会う事が出来るだろう」
ウルフが叫ぶが、ファンタスティック・マスカレードはそう言い残すと素早く窓から出ていった。
「一体どういう事かな‥‥」
「自己満足の愛より、もっと沢山の人に愛を贈るほうがステキじゃない? ファンタスティック・マスカレードは必ず逃がしてみせるわ!」
フーが問うが、ブリジットはそう言って窓から逃げた。
「2階なのにどうやって!」
ウルフが窓に近づくと、そこには縄梯子が取り付けてあり、怪盗はそれを使って逃げたのだ。
「愛を贈る‥‥? たしか、酒場グローリーハンドに届いた予告状には2月14日と‥‥この日は聖バレンタインの日!」
プリムが思い出したように言う。
「頑張ったね。もう大丈夫、怖いのは終わりだよ。だから、安心していいの。ねっ♪」
ミリートはすぐにミリエーヌに駆け寄り、優しく抱きしめた。
「無事で何よりじゃ。しかし、この前話し合ったばかりじゃというのに、こういう事態になってしまって‥‥何と謝ればよいものか‥‥」
「ミリエーヌさん‥‥大丈夫ですか? 怪我とかは無いですか?」
「よく、今まで1人で頑張ってましたね‥‥辛かったでしょう」
琴音もミリエーヌの傍に寄って謝り、サクラとアリシアも心配そうに彼女を見つめる。
「うん‥‥みんな、ありがとう‥‥」
ミリエーヌは涙を流しながら礼を述べた。
しかし、彼女の表情に曇りが見える。
ミリートと琴音には理由がわかったが、口にはしなかった。
「何! ファンタスティック・マスカレードが現れただと! 一体、何を考えている‥‥」
2階突入班から報告を聞いたアンドリューが唸った。
「しかし、ブリジットがファンタスティック・マスカレードに協力しているとはねぇ‥‥怪しいと思っていたけど、まさか敵に回るとはね。何を企んでいるんだ‥‥」
チャイがブリジットの行動に疑問を抱く。
「兎に角、救出は無事成功だったんだね。よかった‥‥」
「あぁ、任務完了だな」
フィリスが安堵の息を吐くと、アンドリューが依頼成功を宣言した。
*
エンフィルド家の屋敷に戻った冒険者達。
ミリエーヌの無事と、救出に全力を尽くしてくれた冒険者達を労う為に宴が準備された。
「お話するのは初めてね。よろしくね」
「初めまして〜ミリエーヌさん♪ 私はシェリルと言います〜。宜しくです〜♪」
チョコとシェリルがミリエーヌと挨拶を交わす。
「私を助けてくれて本当にありがとう‥‥また、よかったらお会いしていただけますか?」
ミリエーヌはチョコとシェリルの手を握り締めると、2人は首を横に振って答えた。
「ミリートも無事でよかった‥‥」
「サクラちゃんもね♪」
ミリートとサクラは互いの無事を確認した。
宴は賑やかに催され、冒険者達は楽しい一時を過ごす。
「ブリジットが怪盗に協力しているとはな‥‥」
琴音はガルバードに事件の顛末を報告していた。
報告されたのは無事にミリエーヌを救出した事だけではない。
怪盗ブリンクキャットの正体がブリジットであり、彼女が怪盗ファンタスティック・マスカレードに協力しているという事実も報告しなければならなかった。
「ブリジットはもう必要は無い。新しく護衛を雇った‥‥」
一瞬、琴音は不安を感じたが、新しい護衛の名前を聞いて笑みを浮かべた。
「りゅみなす殿がみりえーぬ殿の護衛になるのじゃ!」
「冒険者としての才能を認めて護衛に雇っただけだぞ‥‥」
ガルバードは濁して言うが、琴音は喜びを隠し切れない。
「それと、相談なのじゃが‥‥お給金はいらぬ故、私もえんひるど家にて雇われになれぬものかのぅ」
「そうだな。冒険者が多く出入りしてくれるほうが安心できる。犯罪者も冒険のプロがいるような屋敷に近づきたくはないだろうしな」
ガルバードは琴音の申し出を快く承諾した。
「親子愛、兄妹愛、友情愛‥‥何て素敵なのかしら‥‥」
ウェインとミリエーヌ。そして、彼女の周りに集まる友を見ながら、チョコは会場の隅で感涙を浮かべつつスケッチをしている。
そこには、笑顔で寄り添う兄妹が描かれていた。