●リプレイ本文
●【怪盗の影・後日談】遅れたバレンタイン
「ここが、パーティーの会場か‥‥」
バレンタイン・パーティー会場の場所が記された羊皮紙を手にアギト・ミラージュ(ea0781)が辺りを見回した。
場所は港周辺の倉庫。
あまり、パーティーに相応しい場所‥‥とは言い難い。
先日、怪盗ファンタスティック・マスカレードによって盗まれたクリスマス・プレゼントが冒険者の手によって、この港の倉庫で発見された。
発見されたプレゼントは冒険者達の意見を元に、新規の出品を含め、改めてプレゼント交換会が行われた。
こうして、一連の怪盗事件は終わりを告げた筈である‥‥。
*
「あぁ、君の静寂な湖面を思わせる青い瞳と、情熱に燃え盛る炎の様な髪。その2つを、俺の胸の中で溶かしたいな‥‥」
真っ先に会場へ乗り込んで、パーティの準備をしている女性を口説いている男がいた。
彼の名はヲーク・シン(ea5984)。
パーティーがある所に彼はいる、ナンパに力を注ぐドワーフである。
「あら、ナンパされるなんて久しぶりね♪ 嬉しいわぁ☆」
口説かれている女性の名はブリジット・キャミル。
ヲークの情熱的なナンパを嬉しそうな笑顔で受け入れている。
(「よしっ! これは、手応えあり!」)
拳を握り、心の中で叫ぶヲーク。
しかし、このような状況で焦りは禁物である。
ヲークは冷静を装い、次の言葉を真剣に選ぶ。
だが、その時‥‥。
――バタン!
会場である倉庫の扉を勢い良く開けて入ってきた女性がいた。
彼女の名は青龍華(ea3665)。
かなり引きつった笑みから、怒りの感情も感じ取れる。
「あ〜ら、ブリジットちゃん。お久しぶりじゃないの〜‥‥」
「あ、あはは‥‥ロンファじゃない‥‥元気だった?」
拳を固め、ブリジットへ詰め寄る龍華。
その迫力に思わずブリジットは後退りしてしまう。
そして、壁まで追い詰めると、龍華はブリジットのこめかみに固めた拳をグリグリと押し付けた。
「あ・ん・た・は‥‥なーーにやってんのよっ! あんな怪しさ大爆発の仮面怪盗を手伝うわ、きっぱり辞めた筈のあの名前を名乗るわ‥‥しかも、それであんたが元怪盗だってバレたじゃないのっ! こーーーのスカポンタンーーっ!」
「イタイ! イタイ! 許してぇ〜!」
続けて頬を抓り、グイグイと引っ張りながらブリジットを叱りつける。
「それに、どれだけ皆に心配かけたと思ってるのよ! 特にあの彼氏のジーン。彼が知ったら心臓止まって死にかねないわよ、あの心配性じゃ!」
「ふにぇぇっ! ごめんにゃひゃぁい!」
そんな2人のやり取りをヲークは、ただ呆然と見ているしかなかった。
「か、彼氏がいたのか‥‥」
ブリジットに彼氏がいる事を知り、落胆するヲークであった。
「どこかで会ったような気がしていたんだけど‥‥まさか、彼女が‥‥」
アギトも呆然としていた。
そう、怪盗ブリンクキャットの正体は、目の前にいる女性‥‥ブリジットである。
何故、その事を龍華が知っているのか‥‥。
龍華は以前、依頼でブリジットとジーンに会ったことがある。
その時、ブリジットは怪盗から足を洗った筈だった。
しかし、再び『怪盗ブリンクキャット』を名乗り、キャメロットを騒がせた『怪盗ファンタスティック・マスカレード』に協力していたのだ。
「はぁはぁ‥‥まぁ、言いたい事も言ったし、これでいいわ。後は、パーティーを楽しみましょ‥‥」
龍華はテーブルを見渡した。
一応、バレンタイン・パーティーということで、ブリジットは料理やお酒も用意していたのだが‥‥。
テーブルにあるのは、簡単な肉料理にパイ、茹で野菜等、どちらかと言えば、酒場で出されるようなメニューといった感じ。
「これだけじゃねぇ‥‥料理なら任してよ。腕によりをかけて作るわ」
「材料費なら俺が出すよ」
「いいのよ。費用は心配を掛けたブリジット持ちだから」
そう言うと、料理の準備に取り掛かる龍華とヲークであった。
「何か手伝うことがあったら俺もするよ〜」
「そうねぇ。じゃぁ、そろそろ集まってくる頃だと思うから、会場の準備をお願いするわ」
アギトも設置を手伝い、バレンタイン・パーティーの準備は進んでいく。
「彼女があのブリンクキャットか。若いな‥‥」
アンドリュー・カールセン(ea5936)は、ブリジットを見つめながら呟いた。
「どうしたの‥‥もしかして、あたしに気があるのかしらv」
視線に気づいたブリジットがアンドリューに振り向く。
「断じて、そんなことはない」
「あら、そうなの」
アンドリューは即座に無表情で否定すると、ブリジットは残念そうな顔をした。
「それより、相談があるのだが‥‥」
「何かしら?」
「今回の参加者は普通にパーティをする分には問題ないが、2人きりになると言葉が通じない可能性が高い。できることならカップル分だけ、シフール通訳を雇いたいのだが‥‥」
「う〜ん。フリーのシフール通訳って、結構高いのよねぇ‥‥依頼報酬の4倍とかするのよ!」
「資金が問題なら、提供するが‥‥」
「雇うにしても、冒険者ギルド経由になると思うから‥‥ちょっと、いろいろあってね。まぁ、そんなのいなくても何とかなるわよ!」
細かい事は気にしないブリジットであった。
「あと‥‥今回の目的は何だ? 寄付と偽って軍資金を集め、反乱を起こそうとでも考えているのか!」
「はぁ? 何、訳のわからない事言ってるのよ! それより、手伝いなさいっ!」
と、本気で言うアンドリューにキレるブリジット。
*
暫くして、続々と冒険者達がパーティー会場へ集まってきた。
「俺は貴女の全てを見てみたい‥‥特にそのクールな所を」
待ち構えていたヲークが最初に声をかけたのはセラフィーナ・クラウディオス(eb0901)であった。
しかし、あっさりスルー。
「神の御手より、貴女の優しい吐息こそ我が癒し」
続けて声をかけたのはノース・ウィル(ea2269)。
「以前にも聞いたような言葉だな」
これも、あっさりとスルーであった。
「あ、同い年だ! お茶でもどう?」
次のターゲットは、彼と年齢が近いテンペル・タットル(eb0648)。
「時間がないんだ。ごめんね」
テンペルはヲークのナンパを手短に断ると、足早にパーティー会場の中へと入っていった。
「ちょっと‥‥今、忙しくなってきているから、ナンパなんかやめて手伝ってよ」
料理の手伝いをサボってナンパに勤しんでいるヲークを、龍華が連れ戻しに来た。
「宵闇を溶かしたかの様な黒髪、晴天を思わせる青い瞳、対比が貴女を美しく引き立てる」
そんな龍華にもヲークは見境無く口説く。
「‥‥誰にでもそんな事言ってる人はちょっとね‥‥それよりも、早く手伝ってよ」
龍華は呆れた顔をしてヲークに言う。
これもダメとなると、即座に次の獲物を狙うヲーク。
彼が次に見定めたのはルフィスリーザ・カティア(ea2843)だった。
しかし‥‥
「悪いな、売約済みだ」
ギルツ・ペルグリン(ea1754)がルフィスリーザを抱き寄せる。
「だが、もし彼女がヲークを選ぶのなら、俺は身を引こう」
と、自信ありげに言う。
『何を話しているのかしら?』
ゲルマン語でギルツに問うルフィスリーザ。
「言語の壁に玉砕したのか、昔の事だ!」
冒険者は同じ失敗を繰り返す事は許されない。
そう、ヲークは過去の教訓からゲルマン語を覚えてきたのだ。
『異国の空気を纏いし華麗な吟遊詩人‥‥その美しい言霊を紡ぐ唇を独占したいと望むのは、世界への冒涜だろうか?』
片言のゲルマン語でルフィスリーザを口説くヲーク。
だが‥‥
『あなたも詩人さんですの‥‥? 素敵な歌ですね』
頬を染めてきょとんとするルフィスリーザ。
残念ながら失敗である。
「ジャパンのシルクの様な滑らかな黒髪、漆黒の瞳、引き込まれそうだ」
「‥‥‥‥」
ヲークが次に声をかけたのは村上琴音(ea3657)。
だが、琴音は声をかけられた瞬間、傍にいたミリート・アーティア(ea6226)の後ろへ隠れてしまう。
「豊潤な大地を思わせる、茶色の瞳と髪。包み込むような視線を俺に向けてくれないか?」
続け様にミリートをナンパするヲークであるが‥‥。
「う〜‥‥私、ナンパってあんまり好きじゃない‥‥」
ミリートは素早く何かを取り出し、それをヲークへ向ける。
「ま、待て‥‥」
ヲークは驚愕した。
彼に向けられているもの‥‥それは、シークレットダガーであった。
ミリートは少々混乱しているのか、シークレットダガーを握り、ヲークへ近寄る。
「ああいうのは、痛い目を見ないとわからないから、やっちゃっていいよ」
「じゃぁ、えいっ☆」
龍華が言うと、ミリートはヲークにシークレットダガーを突きつける。
「そ、それは、シャレにならないから!」
思わず、逃げ出してしまうヲークであった。
「ミリートちゃん、琴音ちゃん、ああいう人は危険だから付いて行っちゃ駄目よー」
「はーい、龍華お姉さん」
「わかったのじゃ」
素直に返事をするミリートと琴音。
「どうしたのですか? そんなに息を切らして」
はぁはぁと息を吐くヲークに淋麗(ea7509)が声をかけてきた。
(「これはチャンス!」)
周囲には2人以外、誰もいない。
ヲークは麗に言葉を返した。
「神聖なる銀を溶かし込んだかのような銀髪、その神に祝福されたかのような姿が俺を跪かせる」
そう言って、跪きながら麗の手の甲に接吻をしようとするヲークを、麗は優しく見つめていた。
そして、彼女の口がゆっくりと開いて‥‥。
*
「麗の姿が見えぬのう。たしか、このパーティーに参加している筈なのじゃが‥‥」
冒険者が集まり、賑わいを見せるようになってきた会場をジョウ・エル(ea6151)は見回していた。
「麗さんなら、外で説法を説いているみたいよ」
「ほぉ‥‥そうか、そうか。麗も熱心じゃのぉ」
セラフィーナから麗の事を聞くと、ジョウは安心して椅子に腰を下ろした。
「折角のバレンタインパーティーだ。お互い、心から楽しもうではないか」
ノースは、参加者全員にバレンタインカードを配った。
カード(と、言っても羊皮紙であるが)には『まだまだ寒い日が続きますが、暖かい心で過ごしていきましょう』と書かれてある。
(「いい男いないかな〜♪」)
テンペルはおしとやかな女の子を演じつつ、男性陣に話しかけていた。
『あ〜‥‥俺では役不足かもしれんが‥‥』
『そんなことありませんわ‥‥』
イギリスに来て日も浅いルフィスリーザは、ギルツのエスコートを受けていた。
また、ルフィスリーザはイギリス語が話せない為、ギルツは通訳も兼ねている。
「ジョウさん、楽しいパーティになるといいですね」
戻ってきた麗が、ジョウへ微笑みながら話しかけた。
「まぁ、たまにはパーティーにでも参加して、世間の風習を体験するかのぉ」
「それもいいですね」
ジョウの言葉を嬉しそうに聞きながら、麗は頷いた。
「あなたが、ブリジットさんですか‥‥」
ワケギ・ハルハラ(ea9957)は主催者であるブリジットに声をかけた。
「そうよん♪」
「イェーガーさんは、少し遅れてくるみたいです」
「あら、そうなの? じゃあ、パーティー始めよっか」
1人遅れてくるようなので、パーティーは人数が揃わなくても開始する事となった。
「え〜! ただでさえ、男が少ないのにぃ〜! 」
不満を漏らすテンペル。
このパーティーに参加する冒険者のうち、女性はブリジットを含めて9人、男性が7人。
遅れてくるイェーガー、ギルツとルフィスリーザはパートナー決めに参加しないので、くじを引く男性は僅か5人となる。
一方、誰が自分とパートナーになるのかドキドキしながら待っている女性は8人。
誠に残念な事に、パートナー無しでパーティーを過ごす事になる女性が3人も出てしまうのだ。
「じゃあ、バレンタインパートナーを決めるわよ! 女はここに名前を書いた羊皮紙をいれて」
ブリジットは桶を手にして、女性参加者から名前を書いた羊皮紙を集めた。
「ふむ、故事に基づき、女性参加者は名前の書いた羊皮紙を桶に入れるか‥‥では、名前だけではなく‥‥」
ノースは名前の最後に『あなたのバレンタインより』と書き記した。
聖バレンタインは投獄中、目の不自由な看守の娘に恋をしたという。
処刑前夜、聖バレンタインは娘に手紙を送り、その手紙の最後は『あなたのバレンタインより』と締めくくられていたと伝えられる。
(「ステキな男と一緒になれるといいな‥‥」)
テンペルは心の中で祈りながら自身の名前を書く。
「今回のぱーてぃーは変わった事をするのじゃのぅ‥‥男女二人組みになって過ごすとはの‥‥」
何度か西洋形式のパーティーに参加し、少しは慣れてきた琴音であるが、男女ペアになって過ごすとなると、少し不安もある。
恐る恐る名前を書いた羊皮紙を桶に入れた。
「まぁ、風習みたいものだし、深く考える事はないわよ。今回だけだしね。中には、これからずっと一緒になる人もいるかもしれないけどね♪」
不安そうにしている琴音にブリジットが優しく声をかける。
「そうよ‥‥恋人いない歴32年‥‥今回こそはっ!」
グッ! と、拳を握り、気合を入れるテンペル。
「面白そうだから、私も参加するわ」
「だう? お名前書いて桶に入れるの? こういうのって、やったことないから不思議な感じ」
龍華とミリートも羊皮紙を桶に入れる。
「女の方が多いから、あぶれる可能性もあるわけね。でも、とりあえず楽しもうかしら」
セラフィーナも参加した。
(「ジョウさんと一緒になれますように‥‥」)
麗は100年間思い続ける相手を名前を浮かべながら羊皮紙を入れた。
「みんな入れたわね? じゃあ、あたしも」
ブリジットも中に羊皮紙を入れる。
桶の中には8枚の羊皮紙。
これを5人の男性陣が引くわけである。
神が選ぶバレンタインパートナーは一体誰と誰になるのか‥‥。
*
くじを引いた結果、アギトは琴音と、アンドリューはノースと、ジョウはセラフィーナと、ヲークはミリートと、ワケギは龍華がパートナーとなる事になった。
「パーティーって、あんまり経験した事がないから‥‥何すりゃあいいんだろうね〜?」
「私も何度かぱーてぃーというものを経験しておるが、何を話してよいものやら‥‥」
アギトのパートナーとなったのは琴音。
お互い、パーティーの経験は多くない為、少し戸惑いつつも楽しんでいるようであった。
「どうぞよろしく、アンドリュー殿。素敵な一時を過ごしましょう」
「こちらこそ、よろしく‥‥」
アンドリューと一緒に過ごすのはノース。
「もし、よろしければ、一緒に踊りでもいかがかな」
「あ、あぁ‥‥」
ノースはアンドリューを誘うと、彼の手を取り、華麗なステップを踏み始める。
アンドリューは卓越したセンスに裏付けされたノースのダンスに身を委ねた。
「ほぉ、バレンタインというものでは、この様なことをするのじゃな」
「そうみたいね。ま、とりあえず、パーティーを楽しみましょう」
ジョウが引いたくじには、セラフィーナの名前が書かれていた。
年齢的にはおじいちゃんと孫。
ジョウはセラフィーナと言語や趣味の話で盛り上がっていた。
(「一体、どんな事を話しているのでしょう‥‥」)
そんな2人の楽しげな様子を、くじで誰も自分の名前を引いてもらえなかった麗が残念そうな顔をしながら見つめていた。
『あー‥‥迷惑でなければ、一曲歌ってもらえるか?』
『は、はい‥‥喜んで』
ギルツはルフィスリーザに歌をリクエストした。
彼のエスコートに甘えていたルフィスリーザは、その申し出を喜んで引き受けた。
『♪蒼い月と紅い星が 瞬き輝く空の下
今宵あなたに出会えた事は 聖なる夜の小さな奇跡
一時の夢をあなたと共に わかちあえるのは大きな幸せ
この胸のときめきを どうかうけとめて』
会場にルフィスリーザの美声が響き渡る。
ゲルマン語であるが、意味を理解できる者は歌詞に、わからぬ者はその歌声に聞き惚れた。
「ちょっと! どうして、外れるの! おかしいじゃないの! 折角、出会いを期待して参加したのにぃ!」
「そうよ! バレンタインなのに、女1人で過ごせっていうの!」
突然、暴れ始めた女性が2人いた。
テンペルとブリジットである。
ハーフエルフであるテンペルは‥‥感情が高ぶったせいか、狂化し、両手でウォーアックスを振り回し始めた。
「ど、どうしたのですか!」
ワケギが暴れるテンペルを止めにかかる。
「‥‥ったく、もう‥‥」
龍華がゆっくりと立ち上がり、ブリジットの元へ歩み寄る。
「‥‥あんたは‥‥」
「おや? 何かあったのでしょうか‥‥」
『ふみゃー』と、ブリジットの悲鳴が響き渡る会場。
そこへ、遅れてイェーガー・ラタイン(ea6382)がやって来た。
「ど、どうしたのですか‥‥」
会場へ入るなり、龍華がブリジットの頭に拳をグリグリ押し付けている様子を見て驚くイェーガー。
「あ、あら、イェーガーじゃない。遅かったわね」
「ちょっと、用事がありまして」
「じゃあ、あたしのパートナーはイェーガーね」
「もしかして、くじ引き、外れたのですか‥‥それは‥‥」
イェーガーは口を押さえた。
「あ‥‥やっぱり、あの子の方がいいかな」
ブリジットは様子を見ていたテンペルの視線に気が付いた。
そう言うと、テンペルは笑顔を見せる。
「遅れて来たんだから、パートナーいないんだよね! じゃあ、一緒に楽しもう!」
テンペルはイェーガーの腕を掴んだ。
「よ〜し。これで、大いにパーティーを楽しむんだ〜」
「まだ、ブリジットさんと話したい事があったのですが‥‥」
「がんばってね〜」
ブリジットはその様子を見送った。
そこへ、ワケギがブリジットへ話しかける。
「ブリジットさんには恋人がいそうに見えますけど、ここには呼んでいるのですか?」
「呼んでいないわよ」
「何故ですか?」
「彼には‥‥今回の件は関係ないから‥‥」
ブリジットは少し悲しげな表情をした。
「そうですか‥‥でも、理由はどうであれ、早く会ってあげた方が良いと思います」
「あんたは、彼女いるの?」
「ボクには一応、気になっている方がいますよ‥‥ここには来ていませんが‥‥」
ワケギはそう言うと、フライングブルームを取り出した。
「気になっている方は『ホンモノ』を目指している方なのです。物を手に入れて気付いたんですけど、魔法使いの様に見える格好をしたって『ホンモノ』になれる訳がないですよね‥‥上手く言えないけど、主催者さんはどちらかと言うと『モノ』に拘り過ぎていて『ホンモノ』を見失っている様に見えますから‥‥」
ワケギの言葉にブリジットは苦い表情をした。
「与えるという事は、失うという事‥‥確かに、自分に無い『モノ』を他から持ってきて『愛』だというのも‥‥間違っているよね‥‥」
ブリジットはバックパックを取り出した。
「これがあたしの全財産。これは全部教会に寄付するつもり。でも、これで救える人の数なんて‥‥」
ブリジットの瞳から涙が溢れた。
「前に会った時『全てのものに愛を与える為に』って言ってたよね〜。キミは本当に全ての人へ愛を与えようとしてたんだ‥‥だから‥‥」
アギトは袋をブリジットに差し出した。
「少しでも恵まれない人々の為になるのなら‥‥」
「生業の一月分だが‥‥寄付しよう」
アンドリューもブリジットに寄付分の金貨を渡した。
そして、一人、また一人と寄付をしていく。
「みんな‥‥ありがとう‥‥」
最後には結構な額の寄付が集まった。
*
『先程はありがとう。俺の歌姫に、いつも輝く月を』
ギルツはルフィスリーザへ真珠のティアラを贈った。
『あ、ありがとうございます‥‥た、たいしたものでは、ないのですけれど‥‥これを‥‥』
ギルツからの贈り物を極上の笑顔で受け取ると、ルフィスリーザは顔を紅潮させ、必死に言葉を探す。
そして、ギルツへ鷹のマント留めを手渡した。
『ありがとう。大事にするよ‥‥そういえば、家はまだパリだったか‥‥暫く、うちで暮らすか? あれもウサギもいなくて申し訳ないが』
『え‥‥は、はい‥‥そうですね‥‥』
『まぁ‥‥そのまま一生いてもらっても俺は構わな‥‥いや、何でもない』
ギルツはルフィスリーザの髪を撫でた。
ルフィスリーザもぴったりと寄り添い、2人は誰にも気づかれずに会場から姿を消した。
「パーティーで初めて会う者と会話するのも楽しいものじゃのう。麗はどの様な話をしたのじゃ?」
「私は‥‥くじで外れてしまいましたので‥‥残念です‥‥」
麗は少し寂しそうな顔でジョウと話していた。
「そうじゃったか‥‥それは残念じゃのう」
「折角のバレンタイン・パーティーなのに、一緒に過ごす事ができなくて‥‥ジョウさんと‥‥あ、いえ、何でもないです」
「ん? まぁ、今から酒場でゆっくり食事でもしながら話すのはどうじゃ」
「え、本当ですか! 勿論です!」
ジョウが酒場に行こうと誘うと、麗は喜んでその誘いを受けた。
「怪盗‥‥かぁ。今までは何となく名乗ってたけど、マスカレードもブリンクキャットもちゃんとした目的を持ってたよなぁ」
アギトは会場でぼんやりと考え事をしていた。
「俺もあんな風に‥‥『全てのものに愛を与える為に』ってヤツをやれるのかなー?」
小さく呟くと、アギトは立ち上がり、会場を後にした。
一方、会場の外では‥‥。
「パーティーは好きだけど‥‥人込みに酔ったわ。風が気持ち良いわね」
セラフィーナはぼんやりと月を眺めながら、皿に取り分けた料理を楽しんでいた。
「同じ仲間がいるのね」
「あぁ‥‥あまり、ああいう場は好きではない」
倉庫の屋根にはアンドリューがいた。
こっそりパーティーを抜け出して、星を眺めていた。
「じゃあ、何でこのパーティーに参加したの? 恋人でも探しにかしら」
「違う‥‥少し、気になる事があったからだ」
「そうなの‥‥私には関係無い事だからね‥‥」
セラフィーナは料理を口にした。
「アンドリューさんはお酒は飲まないのかしら」
「酒は‥‥精神を破壊するから飲まない」
「そう‥‥私も飲むと記憶が無くなるからね」
「あ、流れ星‥‥」
アンドリューが空を見上げた。
暫し、2人は沈黙。
「何を願ったのかしら?」
「な、何でもいいだろう‥‥」
アンドリューの反応にクスリと笑うセラフィーナ。
そんな2人の様子を夜空に浮かぶ月だけが見つめていた。
「あんたとは趣味合うし、依頼重なってなければ止めに行きたい程心配してたんだから‥‥もう、絶対にやらないこと。良いわね」
「わ、わかったわよぅ‥‥」
龍華はブリジットに二度と同じ事をしないと誓わせていた。
「もし、約束を破ったら‥‥更に酷いお仕置きだからね」
「は、はぁぃ‥‥」
飛び切りの笑顔で言う龍華。
ブリジットは再び『怪盗ブリンクキャット』を名乗る事はしないと誓った。
「えとえと‥‥ブリジットお姉さん、ミリエーヌちゃんにお手紙書いてもらって良いかな?」
ミリートがブリジットに尋ねた。
「え‥‥どうして‥‥? あたしは、もう‥‥エンフィルド家とは関係ないから‥‥」
ブリジットは、既にエンフィルド家から解雇されている。
手紙を書いてくれと言われても‥‥でも‥‥。
「心配しておる」
琴音が一言。
短いながらも、ブリジットにはその重みが理解できた。
「真っ先に事情を話さなければならない人がいる事だけは、忘れないで下さい‥‥」
イェーガーも小声でブリジットに囁く。
「とっても気になってるみたいだから、安心させてあげたいの。お姉さんが書いてくれたら、私が届けに行くから」
「そうじゃの。りゅみなす殿が傍にいるとはいえ、ぶりじっと殿がいなくなって寂しい思いをしておるようじゃしな」
「わかったわ」
ブリジットは了承した。
「これは、ボクとイェーガーさんからです」
ワケギはブリジットへ2本のスターサンドボトルを手渡した。
「ワケギ君のは貴方達の為に‥‥そして、これはミリエーヌさん達の為に‥‥」
イェーガーが説明する。
「そ、そんな‥‥」
「少なくとも、ワケギ君は物よりも大切なものがある‥‥と、言っています。で、俺は物よりも人の絆や縁を大事にしたい、と思っています‥‥貴方がまずしなければいけない事は、彼に逢って安心させてあげる事です」
そう言うと、イェーガーは1人の男を連れて来た。
「あ、あんたは‥‥」
その男の顔を見るなり、ブリジットは走り出していた。
それは、暫く会っていない恋人だったのだから。