●リプレイ本文
●願いが叶う井戸
イェーガー・ラタイン(ea6382)は依頼人である『願いが叶う井戸』の近くの住民達と話し合っていた。
「もし、恋人達が節度ある行動をとって、皆さんに迷惑をかけない事を約束出来たとしても、恋人達を排除すべきですか?」
「そうしてもらえるのなら、排除とまでは言わない。本当はそのような約束をしてくれれば一番良いのだが‥‥そうすれば、井戸も名所としてこの辺りも賑やかになるだろうし、それは我々にとっても恋人達にとっても良い事の筈だ」
住民達は、恋人達が節度ある行動をしてくれるのなら、排除までしなくてもよいと考えていた。
「これなら、双方納得いく形で問題解決ができるかもしれませんね」
イェーガーは手応えを感じた。
そして、住民からその旨を記した署名を貰い、『願いが叶う井戸』へと向かう。
「一体、噂の出所はどこからなのかな?」
ティアイエル・エルトファーム(ea0324)は『井戸の中に2人でお金を投げ込むと永遠に幸せになれる』という噂について調査していた。
カップルや近くの住民に聞き込みをしていると、ある人物へと辿り着いた。
「ブリジット嬢からその噂を聞いたという人が多いのか‥‥それは、本当か?」
「彼女とは以前に依頼で会った事があるから、聞いた特徴から考えると間違いないと思うんだけど‥‥」
オイル・ツァーン(ea0018)がティアイエルに尋ねる。
調査をするにつれて、ブリジットらしき人物からその噂を聞いたという人が多い事が判明したそうだ。
「恋人達はそういう噂に敏感だからな‥‥そういえば、以前もそういう事があったな‥‥」
オイルは遠い目をした。
「幸せになりたいのはわかるけど、他人に迷惑を掛けるのはダメだよ。そうだね‥‥噂には噂でかな」
ティアイエルも噂を流して対抗する気だ。
「そうと決まれば噂を広めに行くよ」
「がんばれよ‥‥」
オイルはティアイエルを見送った。
「大丈夫か‥‥依頼書には『出来るだけ穏便に』と書かれてあったが、それが守られるかどうか‥‥」
一緒に依頼を受けた仲間の顔ぶれを思い出し、溜息を吐くオイルであった。
「仕方が無い‥‥まずは、謝罪周りでもしておいた方がいいかもしれないな‥‥」
オイルは『願いが叶う井戸』の近くの住民に謝罪しに向かった。
*
『願いが叶う井戸』
少し前までは、ただの寂れた井戸であったが、何処からとなく噂が恋人達を呼び、今では毎日のようにたくさんのカップルで賑わう。
近くの住民も最初は『新しい名所が出来た』『土産物屋でも出すか』と喜んでいたようだが、人が増えると問題も発生してくる。
仕方なく、住民達はカップル達を立ち退かせる事にした。
だが、カップル達は抵抗した。
「あたし達には幸せになる権利があるっ! それなのに、ここに近づくなってどういうことよっ!」
今、演説をしている女性。
ブリジットが中心となり、住民の行動に対して不満を語り、井戸に居座っている。
「そうだ!」と、賛同するカップル達の声援が上がる中、何やら不気味な音色が聞こえてきた。
「迷惑になる行為はいけません。かと言って、ひどくするのも問題ですけどね」
不気味な音色を奏でるのはケンイチ・ヤマモト(ea0760)。
「僕はカップル撲滅委員会イギリス本部長こと、レイジュ・カザミ!」
ケンイチが奏でる不気味な音色をバックに、レイジュ・カザミ(ea0448)がブリジットの前に現れた。
「な、何なのよ、あんたは!」
ブリジットの前に立ちはだかるレイジュは突然衣服を脱ぎ始めた。
「キャー!」
周囲から悲鳴が聞こえるが、その声を聞いて不敵な笑みを浮かべるレイジュ。
そして、ついに全裸に‥‥いや、大事な部分を葉っぱで隠しているが。
「はうん、これで僕を痛めつけてくださいv」
レイジュはズボンを締めている紐をブリジットに放り投げ、マゾっ気たっぷりに悶える。
「あれは、キャメロットの変態だから、あんたは見ちゃだめよ!」
「は、はい‥‥」
だが、ブリジットは彼に背を向け、自分の相方の目を隠している。
「女王様〜。僕を虐めてくださいv」
「女王様って言うんじゃなぁい!」
変態を目の前に逃げ出したい気持ちを抑え、自分の恋人を庇うブリジット。
「始まっているな‥‥」
付近の住民に頭を下げてきたオイルが井戸に到着した。
「被害が出ないように、無関係の者を避難させておくか‥‥」
オイルは関係の無い一般の人をこの場から退避させ、状況を見守った。
「ほう‥‥作戦はうまくいっているようだな」
レイジュの行動を眺めているのはレイヴァント・シロウ(ea2207)。
「では、こちらも作戦決行だ」
レイヴァントは井戸の前に立つと演説を始めた。
「諸君。モラルを忘れ、羞恥を封印して己の意のみを尊重して我の道で人の生活をも踏み荒らす、それが愛だというのなら、私は認めないぞ」
「キャー!」
「そのような物は愛とは呼べぬ。あえて言おう。屑であると!」
「変態よー!」
「君達の考えた事は全て勝手な幻想に過ぎない。願いが叶う何とやらなどは、ぶっちゃけありえない。幻なのだ」
「あれが噂のキャメロットの葉っぱ男だ!」
「其処にあるのは人の自身の意思の力だと、何故気付かぬ。現実を見据え、己の力で未来を求めろ!」
「そんなのが何でここにいるんだ!」
「何かに寄って確かめねばならんほど、君達の愛は貧弱で薄弱なのかね? 若造共」
「あそこにも変な奴がいるぞ!」
「いいかね諸君‥‥話を聞け!」
レイヴァントが演説をするも、周囲はそのような状況ではなかった。
突然、現れた変態に周囲は混乱しているのだ。
「ちょっと、やりすぎのような気もしますけど‥‥」
「そうですね。恋人同士、仲睦ましいのはよいのですが、住民の事も考えると‥‥できるだけ温和に解決したいですね」
混乱で騒がしくなってきた井戸の周囲の様子を、ケンイチとセレス・ブリッジ(ea4471)が見ていた。
「偶然、ここで幸せになれたカップルもいるかもしれませんが、そうでないカップルも沢山います。それは、ここでなくとも同じことが言えるのです。つまり、あなた達は迷信を信じているだけなのですよ」
セレスはカップルに対して説得を試みる。
「ねぇ、知ってる? この井戸にお金を投げ入れると幸せになれるって事だけど、実はこの話には続きがあってね‥‥」
ティアイエルも混乱に乗じて噂を恋人達に広めていた。
「幸せを願って、試した人達がいたんだけど‥‥幸せになったのは、その願った恋人同士じゃなかったんだって‥‥」
「え〜、そうなんだ〜!」
話を信じた何組かのカップルは井戸から立ち去った。
「おや? 新手の‥‥」
ケンイチが雰囲気を壊す曲が流れてくるのに気付く。
その奏者は‥‥バーゼリオ・バレルスキー(eb0753)。
「さて、ブリジット殿にはこの井戸のことを忘れていただきましょう」
バーゼリオは演奏を止めると、歌を歌い始めた。
♪キャメロットの女王は
その名も偉大なブリジット
サドチックな女王で
風のすべてが叱責で 星のすべてが奴隷達
ブリジット ブリジット ビシバシ鞭振るう
キャメロットの女王は
奴隷の名前を覚えません
とても変態な奴隷達
女王の怒りよろこんで 鞭打ちこいねがう
ビシバッシ ビシバッシ ビシバシ鞭の音♪
「私の奴隷になる人、待ってます」
最後にブリジットの声を真似るバーゼリオ。
「ち、ちょっと‥‥ひ、ひどいわよ‥‥うぇぇぇ〜ん」
その歌を聴いてブリジットは泣き出した。
恋人がいる前でそのような歌を歌われたら‥‥いくら気が強い彼女でも耐えられるものではない。
「はぁ〜い、僕がこの井戸の妖精・リーフちゃんだよぉv 僕がお二人の愛の祝福してあげる〜v」
「いやぁぁぁ〜!」
レイジュは相変わらず葉っぱ一枚という姿でカップルを追い回していた。
カップルにとっては悪夢である。
「ジーンさん‥‥ちょっと、いいですか?」
雰囲気を破壊する曲や歌が流れ、カップル達の悲鳴が聞こえ、ブリジットも泣き崩れているという状況に、戸惑うしかないブリジットの彼氏・ジーンにイェーガーが相談を持ちかけた。
「住民の方々は節度ある行動をするのならば、別にここから恋人達を排除しなくてもよいと考えています。その事をブリジットさんに伝えていただいて、話し合いが出来ないか尋ねてもらえませんか?」
「ち、ちょっと、聞いてみます‥‥」
イェーガーはジーンにブリジットと間を取ってもらい、話し合いをする事になった。
状況が落ち着き、冒険者とブリジット、住民、そして、僅かに残った恋人達と話し合いが行われた。
その結果、ブリジットが中心となり、恋人達は周囲に迷惑をかけないように行動する事を約束した。
「自分達の幸せだけを考えるだけならば、周りの方々が幸せになれません‥‥そして、周りの不幸はきっと自分達に返って来ます」
「そうだな。幸せになることはいいことだ‥‥だが、その為に付近住民が不幸になってもいいと言うのならば、例え井戸の力が本物だとしても、己が業によって幸せになどなれぬだろうな」
イェーガーとオイルは恋人達に諭した。
こうして、住民と恋人達の間で誓約書が取り交わされ、井戸は存続する事になった。
しかし、恋人達の間では新たな噂が囁かれる様になったそうだ。
「恋人同士が近づくと変態に襲われる『不幸になる井戸』がある」と‥‥。
結局、井戸から恋人達の姿は消えた。
「目的は達成! 僕は新たなカップル撲滅の歴史を築き上げた訳だ!」
レイジュは井戸から恋人達を追い出すという目的を果たし、満足気な表情だ
「これで、よかったのでしょうか‥‥」
対照にイェーガーは複雑な心境だった。
これが、双方にとって良い結果だったのか‥‥。
*
ティアイエルは井戸の中が気になっていた。
中を覗いてみようと再び井戸に向かうと、そこにはブリジットの姿があった。
「もう、ここにお金を投げ入れる人はいないのね‥‥冒険者のせいで‥‥ううう」
ブリジットは井戸の中から投げ込まれたお金を引き上げていた。
だが、恋人達がいなくなった今、お金を投げ入れられる事はない。
「なるほど‥‥ブリジットが噂を流して、ここにお金を入れさせていたんだね‥‥」
ブリジットが噂を流していたという事。
そして、彼女が恋人達をここから追い出そうとする住民に反発していた事。
なるほど、こういう理由で‥‥。
ティアイエルは事の顛末を知り、溜息を吐いた。