ダンジョンの掃除屋

■ショートシナリオ


担当:えりあす

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月04日〜12月09日

リプレイ公開日:2006年12月10日

●オープニング

 このクエストの依頼主は、見るからに屈強な戦士の男だった。
 彼は幾多の冒険を経験し、危機を乗り越え、戦い抜いてきた猛者である。
 それは、鍛え上げられた肉体、何事にも動じない精神を宿した黒き瞳を見るに、誰もが疑うことは無いだろう。
 大きな存在感と独特のオーラを放つ戦士に圧倒されつつも、よく見てみると‥‥彼の右腕には深々と切り刻まれた大きな傷跡が残っている。これだけ大きな怪我を負っても平然としている様子を見ると、やはりベテラン冒険者と言わざるを得ない。
「ひとつ、いい話をしてやろう」
 男の口が開いた。
 依頼の内容か‥‥と、思ったが違うようだ。
「冒険者なら、一度はダンジョンに潜ってモンスター退治や宝探しをした事はあるだろう?」
 暫しの沈黙後、男は荒く呼吸すると話を続けた。
「たまに、誰かが掃除してるんじゃないかって思うくらい綺麗なダンジョンがある。そこにはモンスターや動物が存在するはずだが‥‥長い時間が経っていても、死体や骨のひとつすら落ちてないことがあるんだ。そんなダンジョンに入ったら、まず強力なスライム系のモンスターがいることを疑え。やつらが死体を消化し、ダンジョンを掃除している。勿論‥‥侵入者も掃除の対象だ。スライムの中には恐ろしいヤツがいて、生半可な装備だと簡単に溶かされてしまう。そんなヤツに飲み込まれたら生きては帰れんだろう」
 野太い声で話す男の話は、その風貌も相まって妙に説得力があるものだった。
「‥‥オレの相棒もそいつに飲み込まれちまったんだがな」

 男は相棒と2人でモンスターが逃げ込んだというダンジョンへ潜入していたそうだ。
 そのモンスターはオーガ戦士で、周辺の村で虐殺行為をしていた。
 村からの依頼でオーガ戦士と戦ったのだが、男はオーガ戦士の攻撃を受けて腕に怪我を負った為に倒す事はできず、あと一歩の所で逃げられてしまった。
「深追いせずに、一旦回復してから行けばよかったんだがな‥‥」
 オーガ戦士も深刻なダメージを受けていた為、攻勢をかけるべきと判断した男は、オーガ戦士が逃げ込んだダンジョンに進入した。そして、オーガ戦士を追い詰め、見事倒すことに成功したのだが‥‥。
「油断だった‥‥ヤツを倒した直後‥‥背後から何かが這いずる音が聞こえたんだ‥‥」
 振り返ると‥‥空間が2人に迫ってきていた。
 空間? いや、よく見ると‥‥それは透明な巨大生物だった。その体には消化中の人間の体、溶かし切れなかったボロボロの防具‥‥。
「しまった!」
 慌てて逃げようとしたのだが、相棒は間に合わず透明な巨大生物にオーガ戦士の死体と共に飲み込まれてしまった。
 男は間一髪でダンジョンから逃げ出す事が出来たのだが‥‥。
「不覚だった! もう少し冷静だったなら‥‥あの時、オーガ戦士を倒す事しか頭になかったんだ!」
 男はテーブルを殴りつけた。
 表情は怒りと共に、共を失った悲しみで震えている。その風貌からは想像できないが‥‥目には涙を浮かべて‥‥。
「今までこんな不手際はした事がない‥‥今すぐにでもそいつを倒しにいきたいんだが、生憎こんな体だ。そこで、お前達に無念を晴らしてもらいたい!」
 敵はダンジョンの掃除屋。
 一筋縄ではいかない相手だろう。
「ヤツを倒したら‥‥相棒の剣を取り戻してくれ。おそらく、その剣だけは大丈夫だろう‥‥たったひとつの形見だからな‥‥」

●今回の参加者

 ea1249 ユリアル・カートライト(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea6426 黒畑 緑朗(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8553 九紋竜 桃化(41歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb2276 メルシア・フィーエル(23歳・♀・バード・シフール・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●ダンジョンの掃除屋

●入り口にて
「入り口の前にエサを置いて誘き出したりできないかな?」
 ダンジョンの入り口の前をメルシア・フィーエル(eb2276)がしきりに飛び回っていた。
「ダンジョンの掃除屋と言われているくらいですから‥‥外に出てくるんでしょうかね?」
 ユリアル・カートライト(ea1249)はたいまつに火を点けていた。手にしたたいまつでダンジョンの中を照らし、様子を探る。依頼主に聞いたところ、ゼラチナスキューブはゼリー状で透明な巨大スライムだという。慎重に進まなければ、あっという間に飲み込まれてしまうだろう。
「ゼラチナスキューブは何でも無造作に飲み込んでいると思うのですが‥‥おそらく、金属など消化できないものも体に取り込んでいるはずです。そういった不自然なところを注意して見ていれば、いくら透明でも発見は難しくないでしょう」
「依頼主がおっしゃっていた剣も体の中にあるはずですわ。強力なスライムの酸にも耐えうる魔法の剣なのでしょうね」
 ユリアルの意見に同意する九紋竜桃化(ea8553)。
「それに、どこから襲ってくるのかわかりませんので‥‥全方位に注意しなくてはいけませんわ」
 セレナ・ザーン(ea9951)もたいまつに火を点していた。敵はスライム。形を変えることなど容易である。どこから現れても対処できるように冒険者達は隊列を組み、ダンジョンへ進入した。

●ダンジョン
 桃化は蝉丸を構えながら、一歩ずつ慎重な足取りで進んでいく。彼女の傍にセレナが位置し、いつ前方から襲撃があってもいいような体勢で前衛を固める。
 セレナは手にしたたいまつを地面に近づけてみた。地面には石ころ一つ落ちていない。まるで、造られたばかりの新造ダンジョンだ。
「ダンジョンの掃除屋さんって、なんでも食べちゃうんだね」
 後方にはメルシアが位置し、背後を監視する。
「依頼人もスライムが透明だったから、気づくのに遅れちゃったんだよね? 発見が遅れたら、あっという間に食べられそう」
「そう考えると、今回の敵は‥‥恐ろしいですね」
 桃化とセレナのやや後ろにユリアルと黒畑緑朗(ea6426)がいた。彼らが両サイドを監視し、これで全方位監視体制が整う。
「石ころ一つ落ちていないとなると、魔法での発見も難しいようですね‥‥」
 ユリアルはバイブレーションセンサーでスライムがいないか探っていた。だが、今のところまったく振動らしきものは感じない。
 しばらく進むと、ダンジョンの通路は右に曲がっていた。
「ユリアルさんの魔法では感知できなかったようですが、念のため用心したほうがよろしいですわ」
 桃化は曲がり角で一旦立ち止まった。セレナはたいまつで周辺を照らし、桃化が角の壁から顔を出してスライムがいないか確認する。
「いないみたいですわ」
 スライムがいないことを確認し、再び慎重に通路を進んでいく。
 少し進んだ後、通路の左側に小さな入り口を見つけた。セレナはチラッと素早く中の様子を見ると、とっさに部屋の中へたいまつを投げ入れる。
「ここにはいないようですわ」
 投げつけられたたいまつがダンジョンの小部屋を照らす。ここも『掃除』されたのか、造られて年月が経過したダンジョンとは思えないくらい綺麗な部屋であった。
「ふぅ‥‥よかった」
 胸をなでおろして安堵するメルシアだが、『ここにはいなかった』に過ぎない。再び、いつ襲ってくるかわからない透明な敵を探すために、表情と声を強張らせる。
「後ろから迫ってきている‥‥ってことはないよね」
 小部屋の中から入り口を振り向くメルシア。たいまつの灯りは不自然な存在を映し出してはいない。
 部屋を出て、再び捜索を開始する冒険者達。
 冒険者達の一歩は実に重いものだった。誰も巨大スライムについての知識を有しておらず、真なる姿を知らないのだ。未知なる敵への不安と恐怖に強い緊迫を感じ、神経が張り詰めてくる。
 たいまつの灯りは通路の奥に入り口があることを照らし示していた。冒険者達はゆっくりと、まるで薄氷を踏むかのような慎重さで進んでいく。
 通路の終着点、最後の部屋の入り口前に到着した冒険者達。ユリアルの手にしたたいまつで部屋の中を照らし、様子をうかがう。
「特に不自然なところはありませんわね」
 たいまつの照らした内部はそれなりに広い部屋だった。桃化が中を調べるが、特に変わった様子もない。
「どこ‥‥でしょうか」
 この部屋にいなかったことで、さらに緊張で顔を強張らせるセレナ。
「いないのかな‥‥」
 いつ襲われるかわからない恐怖に息が詰まるメルシア。彼女は不安を表すかのように、仲間の周囲を飛び回っていた。
「‥‥」
 その頃、ユリアルはこのダンジョンに入ってから最大の緊張を感じた。バイブレーションセンサーが動きを感知したのだ。どこかから這いずる音‥‥ユリアルはその方向を見る。そこは‥‥大きな穴だった。穴からあふれ出るように、透明な物体が這いずり出てきている。
「あ、あそこです!」
 ユリアルの叫びと同時に指した方向を見る冒険者達。
「ついに、姿を現したようですわね」
 蝉丸を構える桃化。
「依頼人の敵討ちでござる」
 霞刀とナイフの二刀で緑朗は巨大スライムを迎え撃つ。
 巨大スライム――ゼラチナスキューブはどんどん穴から出てくる‥‥それは、まるで無限に沸き出すスライムの泉のように。
「そ、そんな‥‥」
「こんなに大きいなんて!」
 敵の圧倒的な存在感に絶句するセレナとメルシア。
 認識が甘すぎた。
 ゼラチナスキューブの大きさは、彼女達の想像を遥かに超越するものだった。沸き出た透明な立方体は幅、高さ共に先ほど通ってきた通路と同じくらい巨大なものである。5人の冒険者など瞬く間に飲み込んでしまうだろう。侵入者を『掃除』すべく、ゼラチナスキューブは冒険者達に向かってゆっくりと動き出す。
「これほどとは‥‥しかし、依頼人の涙を止めるために負ける訳には行きませんわ!」
 蝉丸と仲間の武器にオーラパワーを付与する桃化。その間にセレナはたいまつをゼラチナスキューブに投げつける。だが、ゼラチナスキューブはたいまつなどものともせず、突進してくる。スライムに神経など存在しない。痛みなど感じない。体を焼かれても、切りつけられても、ただ、自分の栄養となる進入者を取り込むために向かってくる。
「‥‥予想以上の強敵のようです」
 アグラベイションでゼラチナスキューブの動きを鈍らせるユリアル。
「これだけ大きいと魔法が通用するかどうかもわからないよね‥‥」
 圧倒的な巨体の前に身が竦むメルシアだが、このダンジョンの恐怖を終わらせるため、自分ができること‥‥それは、魔法を撃ち込み、ダメージを与えることだ。彼女の唱えた魔法により現れた月光の矢が、薄暗いダンジョンの部屋を照らしながらゼラチナスキューブに突き刺さる。
「その剣‥‥友人の死に嘆く依頼人へお返しするために、取り戻させていただきますわ」
 ゼラチナスキューブの体内にはボロボロになって何だかわからない物質の他に、まったく姿を変えていない光り輝く刀身の剣があった。桃化はそれを取り戻すため、ゼラチナスキューブに斬りかかっていく。彼女の放つ体の回転を利用した強烈な横薙ぎが巨体を切り裂いた。
「何が一番有効なのでしょう‥‥」
 セレナはどんな攻撃がよいのか、見極めていた。あまりにも大きな斬撃だと周囲に酸を飛び散らせるかもしれない‥‥だが、普通に切りつけるだけでは全くダメージを与えられないかもしれない‥‥
「‥‥いきますわ」
 セレナは決断を下す。通常攻撃から徐々に強烈な技へシフトしていく戦法だ。ワイナーズ・ティールを強く握り締め、透明な巨体を斬りつけていく。
「意を決したでござる‥‥参る」
 緑朗は霞刀を振りかざすと、その重い一撃をゼラチナスキューブに気迫の念を込めて叩き下ろす。その刀身は深く巨体にめり込むが‥‥同時にゼラチナスキューブは緑朗へ倒れこむように襲いかかってきた。
「!」
 言葉も発せぬままに緑朗は飲み込まれてしまう。
「緑朗様!」
 セレナが飲み込まれた緑朗を助け出そうと、危険を顧みず飛び出す。何とか彼の手を掴み、体内から引きずりだそうと渾身の力で引っ張る。緑朗も力を振り絞り‥‥奇跡的に脱出することに成功した。
「これ以上は危険です!」
 ユリアルが叫ぶ。これ以上迫られ、入り口を塞がれてしまったらどうしようもない。冒険者達は一旦通路へ逃げ込んだ。
 侵入者を追いかけ、ゼラチナスキューブも通路へ出ようとした。しかし、入り口は小さく、その巨体が通路へ出るまでには少し時間がかかる。
「すまぬ、不覚だったでござる‥‥だが、今が絶好の機会!」
 緑朗は酸でただれた皮膚にポーションを振りかけ、再びゼラチナスキューブに刃を向ける。巨体は入り口から徐々にはみ出してきた‥‥壁が圧され、ミシミシと音をたてている。
「完全に出てくるまでがチャンスですわ!」
「先人の無念、ここで晴らします‥‥打ち砕け『昇竜』!」
 セレナの鋭い一撃が、桃化の重い斬撃が、緑朗の素早い連撃が、ユリアルの強烈な重力波が、メルシアの放つ必中の矢がゼラチナスキューブを襲う。そして‥‥体の半分が通路に出てきたところで動きが止まった。
「‥‥助かったようですわね」
 緊張の糸が切れ、セレナはようやく安堵した。

●剣への想い
 剣を取り戻した冒険者達は、依頼人も元へ戻った。
 桃化はその剣を引き継ぐことを申し出たが、断られた。
「たった一つの遺品だからな。相棒はオレの婚約相手だったのさ‥‥だから、オレはこいつと共に生きていかなければならない」
 剣へ接吻する男の涙を、輝く刀身は鮮明に映し出していた。

 オレみたいヤツが出ないようになるんならと、男はメルシアが今回の依頼のことを歌にする許可を出した。
 どのような歌にしようか‥‥報告を終えたメルシアは、思案しながら冒険者ギルドを後にした。