ミスター鍋奉行

■ショートシナリオ&プロモート


担当:ezaka.

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月15日〜11月20日

リプレイ公開日:2006年11月21日

●オープニング

 ギルドを包む麗らかな昼下がり。扉を前に、旅人とおぼしき二人のジャパン人が佇んでいる。

「ついに辿り着いたぞ田上君! いよいよ我々の使命を果たす時が来た!」
「我々って言わないで下さい。高い月道代と数ヶ月分の滞在費払ってまで、僕がここに来た意味あるんですか?」
 二人の男の態度には、随分と温度差があった。
「何を言う! アク代官たる君がおらずして、誰が鍋奉行の私を支えるのだね!」
 壮年の男はオーバーに熱弁する。人通りも多い、ギルドの入り口で。
 彼―――青柳は自らを鍋奉行と名乗り、若者である田上をアク代官と称した。
 青柳曰く、鍋奉行とは鍋料理の進行その他を取り仕切る者のことであり、アク代官とは鍋に浮いたアクを取り除く役目を負う者のことらしい。
 イギリスでは聞きなれない単語、というより異様な二人のジャパン人に対し、周囲の視線が注がれる。
 それを何と勘違いしたのか、青柳は気を良くし解説を始めた。
「あーコホン、我々は遥々ジャパンから鍋料理を広めるために参上仕った。イギリスの御仁方、注目されよ、注目されよ!」
 ひとしきり叫ぶと、青柳は背負っていた厳かな包みを解く。中身は鍋とその具材である。
 場所には構わずどこ吹く風。青柳は堂々と、ギルドで鍋の準備をしようとしていた。
「しっ、師匠! 待った! やめて下さい! ジャパン人が阿呆だと思われるじゃありませんか!」
 青柳の突然の奇行に、田上が顔を青くして止めに入る。悪目立ちしているのは傍目にも明らかだった。
 異国の地を踏んでまで、イタイ人の烙印を押されるなど冗談ではない。田上は別の使命感に燃やされた。
「師匠、ここでこうしているより僕は早くギルドへ依頼を頼むべきかと思います。いや、きっとそれが得策ですよ。ええ!」
 わざとらしく白々しい田上の真面目な顔に、しかし真に受けた青柳は感銘を受けたかのような表情を浮かべた。
「おお、田上君! ついに君もやる気を出してくれたのかね!」
 言うが早いか、青柳は集まりかけた人混みをかき分けギルドの中へ進んでゆく。さすが行動の速さだけは、田上も感心する。

 田上が見出した使命、それは一刻も早く青柳を祖国へ連れ帰ることだった。

「‥‥つまり、いわゆる鍋パーティーのようなものに参加する人々を募集したいという事でしょうか?」
 さらさらと羊皮紙に文字を走らせながら、受付係は確認した。
「ええ、まあそんな名目で構いません。誤解のないように話しておきますと、実は師匠、鍋料理よりもむしろ鍋奉行としての腕を振るいたいらしいんですが」
 小声で田上は補足する。横目で窺い見た青柳は、今もギルド内の冒険者へ何事かを講義しているようだった。
「ではそれも追記しておきましょう。貴方のお師匠について行けるような精神を持った方なら、問題はないかと思いますが」
 あくまで他人事のように淡々と述べる受付係は、どうやら関わり合いになることを拒否したようだ。
「‥‥‥師匠のような人が何人も集まったら、それはそれで問題なんですけど」
 うんざりとした呟きが、田上から漏れた。

 こうして即日、珍妙な依頼はギルドへと申請された。
 とにかく何事も起きませんように、と願ったのは、厄介な人物に弟子入りしてしまった苦労性の弟子である。
 彼の思惑が成就されるか否かは、異国の冒険者達に委ねられた。

●今回の参加者

 ea0050 大宗院 透(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea5984 ヲーク・シン(17歳・♂・ファイター・ドワーフ・イギリス王国)
 ea7984 シャンピニオン・エウレカ(19歳・♀・僧侶・シフール・インドゥーラ国)
 ea8484 大宗院 亞莉子(24歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb5463 朱 鈴麗(19歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

桜葉 紫苑(eb2282)/ クリステル・シャルダン(eb3862

●リプレイ本文

●底知れぬ鍋
 ぐつぐつと煮える鍋。温かい湯気と共に、鶏ガラのいい匂いが漂って来るようだ―――十分前までは。

「ぎゃー、ちょっと誰かこの子止めて!!」
 田上が、血相を変えて駆けてゆく。一方で楽しそうに彼の先を飛んで逃げるのは、シフールのシャンピニオン・エウレカ(ea7984)である。
「美食のしふしふ、シャンピニオンちゃん見参ー☆ お鍋の用意、ボクも手伝いまーす!」
 声高々に宣言した彼女の手には、甘い味の保存食。田上は必死だった。
「騒々しいぞ田上君。折角お客人がその気になってくれているのだ。具材の一つや二つ、今更増えたところで変わりあるまい」
 シャンピニオンの手にあるものを一瞥して、青柳はまた鍋へ視線を戻した。
 そう、もはや具材が何であろうと構うことはない。目の前で煮えたぎる鍋が、青柳にとって全てだった。
 例えそれが、すでに自身の知る鍋と呼べるものでなくなっていようとも。
「おや〜、青柳さん。鍋奉行を自負する貴方が、もうお手上げですか?」
 横から青柳へ、ヲーク・シン(ea5984)が声をかける。挑戦的な視線を向ける彼も、鍋奉行としてこの場を陣取っていた。
 ふ、と青柳は笑う。
「シン君、鍋奉行というものは大局的にものを見るものだよ。私はこの鍋に諦めを感じているのではない」
 言いながら、青柳は鍋から煮えた団子を掬い出した。煮崩れ一つしていない、ありのままの団子だった。
「いかなる具材が持ち寄られようとも、私は鍋奉行としての責務をまっとうするのみ!」
 誇らしげに言い張り、青柳は団子をヲークの椀へ入れた。
「‥‥なるほど。これはいい勝負ができそうですね‥‥‥」
 青柳の意気込みに、ヲークとて負けてはいない。彼が鍋から取り出した大根には、頃合いよく色が付いていた。
「鍋奉行とは、奥が深いのですね‥‥」
 そんな二人を見ながら、シルヴィア・クロスロード(eb3671)が感嘆と呟く。
 異国の文化に触れるべく参加した彼女は、二人の鍋講釈を参加者で唯一興味深そうに聞いていた。
 気を良くした青柳とヲークによって盛られた椀の中身は、実に種類豊富だ。
「僕にはもう、鍋の中身は把握できない‥‥‥」
 遠巻きにシルヴィアの椀を眺めた田上は、力なく頭を振った。
 青柳や田上らジャパン人にとって、異国であるイギリスの地ではどんな鍋が好まれるのか分からない。
 だから食材だけは多種多様に揃えておこうと、配慮したのが間違いだった。
 客人達は、あるものを好きに鍋へと投入したのだ。その結果が、この底の見えない鍋である。
「はい、あ〜んってカンジィ」
 甘い声につられて田上が振り向くと、大宗院亞莉子(ea8484)が夫の大宗院透(ea0050)へ具材を差し出していた。
「透のためにぃ、鍋には味噌と愛を入れてみましたぁ。食べさせっこするってカンジィ」
 ふうふうと、亜莉子は具材を食べやすいよう冷ます。対する透は、鍋から視線を外さなかった。
 そして、誰かが鍋のセオリーに反した時には、青柳すら上回る早業で。
「その具、時期早々です‥‥。そうですよね、鍋奉行‥‥」
 相手の箸を飛ばし、鍋奉行にその判定を求める。透にとってこれは修行だった。
 絶妙のタイミングで他人より早く具を取る訓練―――本人の意思はさておき、ここに鍋奉行予備軍が誕生した瞬間である。
「うむ、なかなか美味じゃ」
 一方こちらでは、朱鈴麗(eb5463)がマイペースに鍋を楽しんでいた。
 満足げに頷く彼女にとって、周囲の動向はさほど気にならないようだ。
「む、それはまだ頃合いが‥‥」
「ああっ、そこは水を足すのではなく野菜の水分でって‥‥」
 鍋奉行達の制止も、鈴麗の前には空しい。おまけに、鈴麗はおふざけが過ぎた者へ鍋の火の粉を飛ばして戒める。
 ファイヤーコントロールによる、炎の操作だ。もちろん、事後は相手を水場へ案内することも忘てはいない。
 とそこで。ぱちん、と透が箸を置いた。食事も半ば、どうしたのかと、皆の視線が集まる。
 透は表情を変えずに口を開いた。
「鍋奉行、アク代官ときたらぁ、食べる私はぁ、ギャグ(客)“大名”だ“みょぉん”」
 何を言うのかと思えば、亞莉子の口調で透はそれだけを述べた。それだけを述べて、彼はまた箸を取り食事に戻る。
 ぐつぐつと、鍋の煮える音だけが顕著だった。
「透、いつもより冴えてるってカンジィ!」
 場の静寂を打ち破ったのは亞莉子だ。彼女は透に抱きつきながら、もう一回と、彼の偉業を絶賛する。
 未だに動きを止めたままである周囲の状況など、目にも入ってはいない。すべては愛の成せる技だった。
「大宗院夫人は、健気であるな‥‥いや、実に素晴しい!」
 青柳が、しみじみと呟いた。その目は遥かジャパンを見つめるようで。
「‥‥青柳殿にも、奥方がおられるのですか?」
 その表情を何となく察したシルヴィアが、そっと訊ねた。青柳の顔に影が落ちる。
「あれはいい妻だった。あれの煮出した鍋の出汁は、いつも曇りなく澄んでいて‥‥遠い昔の話ではあるがね」
 自嘲気味に、青柳は笑った。一部理解不能な内容もあったが、過去形なそれに、シルヴィアは口を噤む。
 もしや奥方はすでに―――触れてはいけない話題だったのかと、後悔しかけた時である。
「まったく、師匠には鍋の話題しかないんですか? そんなだから奥方様に“あんたは一生鍋とお熱くしてなさい”なんて引導を渡されるんですよ」
 黙々とアクを掬いながら、何でもない事のように田上は指摘した。一気にシルヴィアは脱力する。
 それにしてもこの鍋、いや闇鍋と呼ぶに相応しいそれ。出汁に浮いているのは、本当にアクなのだろうか。
「‥‥? シャンピニオンさん、何をなさってるのです?」
 シルヴィアは、視界の隅でこそこそと動作するシフールに訊ねた。ぎくり、とシャンピニオンの体が跳ねる。
「こ、これは不正じゃないよっ?」
 まるで不正をしたと言わんばかりに、シャンピニオンの素振りはぎこちない。
 実は鍋の具でハズレを引かないように、グットラックを自分自身に発動しようとしていたのである。
 とはいえ、結局今ので魔法は中途半端になってしまった。こうなれば、運のままに。
「‥‥‥‥‥」
 シャンピニオンが鍋から引き上げたのは、たぶん固形の何かだった。何なのか、断定できないところが恐ろしい。
「どうしたんです? 鍋で分からないことがあれば何でも―――」
 丁度その時、ヲークが女性との交流の機を逃すまいと声をかけてきた。
「えーと、えーと‥‥はいっ!」
 ひょいと、シャンピニオンは箸先のそれをヲークの口に差し出す。
 え? と思う間もなく。ヲークは気付けば条件反射で口を開いていた。
 ごくり。
 具材の乱す絶悪なハーモニーが、こってりと塩辛く甘ったるい酸味として口の中に広がる。
 その中に、自らが手塩にかけて作ったブイヨンの味も、あったとかなかったとか―――あわれ色男。

●お開き
「おお、そなた幸運じゃのう」
 鈴麗が、シルヴィアの椀を指して笑顔になる。椀にはハート型にカットされたリンゴが入っていた。
 青柳達の用意した食材の山から、鈴麗が見付けて手を加えたものである。
「それは特別なリンゴじゃ。食べた者が良縁に恵まれ、たちまち恋が叶うという魔法をかけておいたぞ」
 実際にそんな魔法はないのだが、代わりに鈴麗は丹念に祈りを込めた。引き当てた者を、ただ祝福するつもりで。
「こ、恋ですか? わたしはそんな‥‥」
 混乱しつつ、シルヴィアは少し赤くなって俯いた。素直に、彼女は鈴麗の話を信じているようだ。
「いいなー、ボクもそれが取れればよかったのになぁ」
 シャンピニオンがシルヴィアの椀を覗き込んで唸った。その隣には、未だに別の意味で唸るヲークもいる。
「‥‥では、半分こしましょうか」
 少し思案して、シルヴィアは椀を差し出した。自分にもたれかかる小さなシフールに苦笑しながら。

 こうして、鍋もいよいよ終わりを迎える。

「そういえばぁ、鍋を普及させたいのにぃ、私達ジャパン人がこの依頼に参加してもよかったのってカンジィ」
 青柳に対して、亞莉子が訊ねた。もちろんと、青柳の答えは肯定を示す。
 彼曰く、鍋を囲む者同士に国境はないそうだ。楽しめたのなら、それで目的は果たせたのだと。
「‥‥何だかんだで、全員この鍋を食べ切ったんですよね。僕も皆さんの根性と礼儀には感服します」
 田上は頷く。正直何を食べたのか、というか何が入っていたのか、味や具材については言及しない。
 しいて言えば、チーズその他の油分にアク代官としては泣かされたが。
 因みに、幸いと言うべきか参加者達のペットには鍋の中身以外のものを与えてある。
「それにしても、随分とアルコール分の多い鍋じゃったのう。おぬし、それも入れたのかえ?」
 鈴麗が問いたのはヲークと、その手にある『どぶろく』だった。
「‥‥いえ、これは殆ど青柳さんの胃の中ですよ」
 ヲークは力なく答える。同じ鍋奉行を酒で酔い潰そうと画策したものの、対する青柳は酒に強かった。
「挙動不審の、シフールを捕獲‥‥」
 うつろな目で、透はそれを差し出した。何となく頬が朱い。
 それでも、鍋修行で培った俊敏さは人知れず逃げようとしていたシフールをしかと捕らえた。
 シフール、シャンピニオンはこう弁解する。
「だ、だってお酒入れたら、お肉が柔らかくなるって聞いたよー?」
 空の酒瓶を振り回して、シャンピニオンは一同の視線に笑って誤魔化した。
 瓶の中身は、フルーティーな味わいを売りとするロイヤル・ヌーボーだ。

 鶏鍋に始まった今回の鍋、どんなものが入っていようと、誰も深く気には留めない。
 それが鍋の、いや闇鍋の醍醐味なのだろう。たぶん。
 翌日の胃の具合はさておき、最後は青柳が伝授した食事締め挨拶で幕を閉じる。

 合掌。