風聞収集 ―― 人喰い姥 ――

■ショートシナリオ&プロモート


担当:ezaka.

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月12日〜12月17日

リプレイ公開日:2006年12月17日

●オープニング

 ―――ねえ知ってる? 隣村の山奥に住むおばあさんの話。
 ―――知ってる知ってる! 通りかかった旅人を殺して、食べちゃうんでしょう?

 ある日、酒場で耳にした噂話。
 若い冒険者の娘達だろうか、優雅に紅茶を片手にしながらも随分と物騒な話題で盛り上がっている。
 そんな娘達の話へ、密かに聞き耳を立てている者がいた。
(「隣村の山奥、ね」)
 女は心中で会話の内容を反芻した。うっすらと、厚みのある唇が弧を描く。
 年の頃はおよそ10代後半位だろう。年齢とは不釣合いに、毒気を孕む表情は美しかった。
「お勘定、ここに置いとくよ」
 よく通る声と共に、女は立ち上がる。すでに次に向かう場所は決まっていた。


「その噂なら、最近私も耳にしたことはあります。ですが所詮は噂、真偽の程は定かではありませんよ?」
 些かざわつく室内で、ギルド受付係は目の前の女へ確認をした。女は、先ほどの酒場から真っ直ぐにギルドへ足を運んでいた。
「それでも構わないって言ってんのさ。風聞の真相、アタイはそれを知りたいだけなんだからね」
 その言葉通り、女は噂の真偽を確かめるための依頼を申し出ていた。
 腑に落ちないのは、女が噂の関係者でも何でもないということ。なぜ無関係の人間が、わざわざ依頼を出す必要があるのか。
「そんな顔しなくっても、別に冒険者を騙してどうこうしようなんて思っちゃいないよ」
 誓ってもいい―――女は真面目な顔で言い切った。そして、ふと笑う。
「風聞を集めてんのさ。ま、趣味みたいなもんでね。アタイの動機が気に食わないんだったら、アンタの好きに理由付けてくれりゃあいい」
「‥‥動機に、気に入るも何もないでしょう。それに、私にそんな権限はありません」
 言いながら、さらさらと受付係はペンを走らせた。羊皮紙に女の言うままの申し出内容が記されてゆく。
「それで、どのように真偽を確かめるおつもりですか?」
「アタイが旅人として、その婆さんに近付こうと思ってる。協力してくれる冒険者には、風聞の通りだった場合現場を押さえてほしい」
 噂が真実なら、これを機に元凶を摘んでおいた方がいいだろう。
 つまり、女がおとり役となり、冒険者は万が一の備えという役割になる。リスクは当然女に分が悪い。
「なに、アタイの勝手に付き合ってもらうんだ。危険な役目は、言い出しっぺが担うのがスジってもんだろう?」
 さばさばとした口調で、女は何でもない事のように言ってのける。思案を見抜かれた事に、受付係は虚を突かれた。
「‥‥分かりました。では、仰る通りに募集をかけましょう」
 小さく嘆息して、受付係は羊皮紙へ最後の一筆を記す。これで、依頼書は完成だ。

 はてさて―――どうなることやら。

●今回の参加者

 eb0207 エンデール・ハディハディ(15歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 eb3333 衣笠 陽子(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb6621 レット・バトラー(34歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb7208 陰守 森写歩朗(28歳・♂・レンジャー・人間・ジャパン)
 eb8175 シュネー・エーデルハイト(26歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb8896 猫 小雪(21歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

小 丹(eb2235)/ サクラ・フリューゲル(eb8317

●リプレイ本文

●疑惑
「人食い婆‥‥ほんとにいるのかなあ?」
 周囲を警戒しながら、猫小雪(eb8896)はごくりと息を呑んだ。
 鬱蒼とした山中は不気味なほどに静かで、噂の立つ舞台としてはいかにも、という雰囲気だった。
 そんな中、場違いに明るい声が二つ。
「じゃあこれは知ってるかい? 『岩から生まれた猿』って風聞」
「うわ〜、どんなのデスかどんなのデスか、エンデも見たいデスぅ」
 依頼人の祭と、エンデール・ハディハディ(eb0207)である。エンデールは、すっかり祭の話に目を輝かせていた。
「えーっと祭さん、盛り上がってるところ悪いんですが、ここまでに集まった情報と作戦をまとめませんか?」
 そんな二人の脱線を止めたのは、陰守森写歩朗(eb7208)だ。話に熱中していた祭も、それに直る。
 祭の得た情報によると、件の風聞はもう随分と昔からあるらしい。と言っても、それは本来地元の人間しか知らないような些細なものだったが。
「それと、風聞の伝わる地域一帯で何人か失踪した人間がいるのは確かなようだね」
 なぜかいずれも殆ど騒ぎにはならなかったみだいだけれど。勘ぐるように、祭は拳を唇に置いた。
「まさか、その方達は本当に‥‥」
 不吉だとは思いながらも、衣笠陽子(eb3333)は風聞のそれを思い浮かべた。悪い方へと考えてしまうのは、責任感の強さから来る彼女の癖だった。
「どちらにしても、調査の必要性は増したということね」
 結論を淡々と、シュネー・エーデルハイト(eb8175)は述べた。祭もそれに頷く。
「ただの好奇心にしては、ずいぶんと御執心だな」
 含みを持たせた物言いで、レット・バトラー(eb6621)は祭を見た。
 彼は祭の動機を怪訝に思い、内心何かあるのではないかと睨んでいる。
「‥‥そうだね、酔狂だと思われても仕方ないね。けど、そんな依頼を受けたアンタはどうなんだい?」
 さらりとレットの視線を受け流して、祭は笑った。その口調からも、表情からも、真意は読み取れない。
「ま、オレも真相が気になるのは確かだ」
 それ以上は聞くまいと、レットは肩をすくめて見せた。祭に探りを入れたところで、収穫はなさそうだ。
 喰えない奴―――それが祭に対する印象だった。
「あ、おばあさんち、あれじゃないデスか?」
 エンデールが、前方の視界に小屋のようなものを捉えた。これにより、ここから一行は別行動を取ることになる。
 旅人として先行する祭を、シュネーが呼び止めた。
「囮、私が代われるのなら代わっても構わないわ」
 依頼人の安全を最優先に考えるシュネーだからこそ、案じて出た発言だった。
「ありがとう、シュネー。けどアタイもなまじ旅をしてるからね、護身の術なら心得てるよ」
 言いながら、祭はマントの中から一本の脇差を取り出した。これが祭の身を護ってきた、伝家の宝刀というわけだ。
「では祭さん、何かあればテレパシーで仰って下さい。私は常に会話できる状態にしておきますので」
 陽子は言うが、それは大変な作業だった。テレパシーの範囲は15m圏内、効果の継続時間は6分しかない。
 これを常に繋いでおく状態にすることは、負担も大きいはずだ。
「自分も読唇術で会話の確認ならできますから、時々交代しましょう」
 森写歩朗がそう申し出る。祭と他の冒険者達を繋ぐパイプラインは、この二人に任された。
「じゃあ皆、よろしく頼むよ」

 こうして風聞の真偽を確かめるべく、一行は行動を開始した。

●功を奏す
 姥への接触は、考えていたよりも用意に運んだ。
 事前にレットが小屋の周囲を調査したが、罠も人喰いの痕跡らしきものも見当たらない。それは陽子を通じて祭にも報告された。
「お嬢さん、こんな山奥に何の御用で?」
 がらがらの声が、祭に訊ねた。姥を前に、祭とクマのぬいぐるみが座している。
 実はこのぬいぐるみ、『まるごとクマさん』を着込んだエンデールである。シフールの彼女ならば、サイズ的にもぬいぐるみとして不自然はない。
「どうも迷っちまったみたいでね。迷惑かとは思うが、少し休ませてもらってもいいかい?」
「そうですか。ええ、いいですとも。外は寒かったでしょうに」
 言いながら姥はかまどへ薪をくべた。朱い火が、己を主張するように燃えている。
「おっと、薪を切らしてしまったようだ。取って来るんで、少し待って下さるかね」
 そういい残して、姥は裏口へと消えた。もぞり、とエンデールが動く。
「怪しいもの、ないデスね」
 優良視力を生かして、エンデールは密かに小屋の中を観察していた。
 目に見える範囲では不審な物もなく、少々質素な民家と違わない。
(「あの、祭さん。猫さんがお婆さんを‥‥」)
 念のために様子を見ると追った。そうテレパシーを通じて、陽子から言づてられた時だった。
「うわあぁぁぁあ!」
 小雪の悲鳴。姥のいる裏庭の方角からだ。
「ダ、ダズリングアーマーでビカビカ〜デスぅ!」
 その悲鳴に一瞬驚きながらも、エンデールはこの依頼のために修得した魔法で仲間の窮地を救おうと奮起した。
 魔法を使うべく、慌てて着ぐるみを脱ぎにかかる。
「大丈夫かい?!」 「猫さん!」
 まさかと思いつつ、ほぼ同時に祭と陽子は裏庭へ駆け込んだ。その視界に映ったものは―――
「ね、ねずみが急に出てきたんだよ‥‥」
 という理由で思わず叫んでしまった小雪と、やはり祭達と同じく現場へ駆け付けたレットと森写歩朗とシュネー。
 そして突然の闖入者達に驚く姥だった。
 小雪の足元を、小さなネズミが走り去る。古そうな小屋だけに、ネズミの一匹くらいいてもおかしくはない。
 ただ出てくるタイミングと、場所が悪かった。
「‥‥お前さん達、何だね?」
 姥の戸惑ったような声。しげしげと見渡され、そこでようやく全員が本来の目的に思い至った。
 遅れてその場に到着したのは、脱ぎそこなった着ぐるみを引きずるエンデールで。
「さ、寒いデスぅ〜」
 木枯らしに吹かれて、エンデールはぶるりと震えた。相変わらず姥は一行の様子を窺っている。
 そこに、戦おうとする素振りなどない。呆然と動きを止める様は、まるでただの老婆のごとく。
「あ、あはは‥‥祭さん、このお婆さん、人は食べないみたい」
 小雪の、誤魔化すような笑いがぎこちなく響いた。過程はさておき、真偽はこれで明らかとなったわけだ。
「すみません、陰から反応を見させていただきました」
 見事な程に切り替えが早かったのは、森写歩朗である。彼は姥へ丁寧に頭を下げた。
「まずは私達の事情を聞いてもらって、それからお互いの誤解を解いた方がいいみたいね」
 シュネーが呟くと、姥も何かを納得したのか一行を小屋の中へと案内した。
 そうして全員が事のいきさつを話すと、今度は姥がその口を開く。

 静まる小屋の中。かまどの薪が、音を立てて崩れた。

●真相
 姥はこう話した。峠に位置するここは、別の土地との境界地点にあたる。
 山を迂回するような街道に比べれば、短期間での移動も可能であり、暗に一つの裏道として知られていた。
 ただし山は深く、案内がなくてはとても峠を越えることは叶わない。
 その一見不可能なものを可能にするのが、案内人である姥だった。
「婆さんの素性は分かったが、それと風聞とどう関係があるんだ?」
 レットが問うと、姥はゆっくりと頷いた。しわがれた手を寒そうに擦り合わせる。
「‥‥もう思い出せないくらい昔から、やむにやまれぬ理由があって、土地を移りたいと言う者がおりましてね」
 犯罪に関わらぬ範囲で、姥はそういった者達を密かに逃がしていた。当然、戻るあてのない者ばかりである。
 第三者に目撃されたとしても、山へ向かうのを最後に、その者の消息は一切途切れる。
 戻らない人間。この山の険しさから、普通なら誰も峠を越えたなどとは思わない。また、消息を絶った者を案じる者もいなかった。
 事実は分からないまま、ただ憶測だけが一人歩きをする。
 そうしていつか、時を重ね人を渡ったそれは『人喰い姥』などという風聞へ姿を変えてしまったのだという。
「でもなぜそんな事を?」
 不名誉な噂まで立てられて、それでも釈明すらしない姥が森写歩朗には不思議だった。
 ともすれば自分達のような冒険者などではなく、本当に出るべきところが出て、あらぬ咎を受けるかもしれないというのに。
「‥‥わしも、この峠を越えてきたからですよ」
 まだ若い頃、姥もやはり事情があって土地を移って来たのだと言う。からがら辿り着いたのが、この地だ。
「新しい土地に、人は希望を見出す事もできる。少なくとも、元いた土地での事は払拭される気がするんですよ‥‥」
 それを体験した自身だからこそ、同じような境遇の者へ力を貸そうと決めた。この峠を越えてきた、経験を生かして。
 風聞の真相は、明かすに明かせないものだった。

「祭‥‥」
 何か言いたそうなシュネーの視線が、依頼人を見た。集まる無言の嘆願。
「アタイは真相を知りたかっただけだからね、それだけさ」
 小首を傾げて、祭は笑う。安堵の息が、誰からともなく漏れた。
「噂は噂、かぁ‥‥」
「エンデ、人喰い姥、見たかったデスぅ」
 些かがっかりした小雪と、じたばたしながら剥れるエンデール。それを、苦笑する陽子が宥めた。
「良かったじゃないですか、噂が事実じゃなくて」
「そうそう。今回はガセに付き合わせて悪かったけどさ、また次があれば頼むよ」
 掌を合わせて事を丸く収めつつ、さりげなく勧誘を忘れない祭だった。

 後日。ギルドへ報告書と共に風聞の真相が持ち込まれた。
 もちろん詳細はあえて語られなかったが、風聞が事実無根であることだけは明言した。
 風聞は、風聞であるからこそ人の興味を引くもの―――真相の明らかとなった今、それはある意味で鮮度を失う。

 そうしてひっそりと、『人喰い姥』という風聞は、人々の間から姿を消した。