薬草を摘みに

■ショートシナリオ


担当:ezaka.

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月25日〜03月02日

リプレイ公開日:2007年03月04日

●オープニング

 その日、町医者を務めるキャンターは、薬棚を眺めて途方に暮れていた。
 棚に置かれた一つの瓶。その中になくてはならない薬草が、残りわずかとなってしまったのだ。
「まいったなぁ」
 のんびりとした声は、差し迫った状況とは裏腹に漏れる。このままでは、薬が作れなくなってしまうというのに。
 こんなはずではなかった。薬草のストックは、本来ならば切らさないよう十分に用意されていたのだから。
「流行っちゃったもんなぁ、今年最初の風邪は」
 思い起こしてキャンターは唸った。どうしたものかと、頭を掻く。
 事の原因は、新しい神聖暦の幕開けと共に訪れた流行性の風邪だった。
 老人や子供の比較的多い町である。抵抗力のない彼らを中心として、町は瞬く間に患者で溢れた。
 幸い誰も病状は大事に至らなかったが、おかげで暦が明ける前に補充した薬草は先の通り。
 もし次に同じような風邪が流行ったのなら、確実に薬草は足りなくなるだろう。
「まいったなぁ」
 また、同じことをキャンターは繰り返した。だがこうしていても、無いものが湧いて現れるわけではない。
 ならば思い当たる解決策をあたろう。窓の外を仰ぎ見れば、日が暮れるにはまだ十分な時間があった。
「ねぇ、この後の往診予定は?」
 声を上げて、キャンターは隣室のナースに尋ねた。
 一日にすべき仕事のスケジュールは、キャンター自身よりもナース達の方が詳しいのだ。
「今日はさっきお伺いした患者さんでお終いですよ‥‥って、どちらへ行かれるんですか?」
 ナースの返答も半ばで、キャンターはすでに戸口へと向かっていた。そして、一言。
「今からキャメロットへ行ってくるよ」
 まるで隣家にでも行くような気安さで、キャンターはそんなことを述べた。
 因みに、この町からキャメロットまでは往復で軽く2日ほどある。ナースは慌ててキャンターを呼び止めた。
「ま、待ってください! どうしていきなりキャメロットなんですか?」
 理由を聞かされていないナースからしてみれば、もっともな質問である。それほどに、キャンターの言動は唐突だった。
「あぁ、ほら薬草が足りなくなるかもしれないって話しただろう? それでギルドへ薬草の採取を依頼しようと思って」
「だからって、ドクターが不在になったら明日以降の往診はどうなさるんですか?」
 ナースの指摘に、キャンターは思い至らなかったらしい。肝心なところで、彼は計算の足りない男だった。
 腕はいいのに―――そう言われるのが、キャンターの知らない周囲の評価である。

「‥‥‥じゃあ、これが薬草のある森の地図と報酬のお金ね」
 十数分後、キャンターによって必要な品はてきぱきとナースに手渡されていた。
 結局、町を離れることの適わない彼に代わり、ナースがキャメロットへ向かう事となったらしい。
「それから、これを受付の人に渡してくれ」
 手に添えられたのは一枚のメモ。そこには道中に出現するというモンスターに関しての注意書きが記されていた。

『 ジャイアントオウルについて。
 翼を広げると、幅が5mほどにもなる巨大フクロウ。夜行性。奴らは群れで行動することはなく、常に単独で狩りを行う。
 オーガ類やヒューマノイドを平気で餌にしてしまう凶暴性を持つため、夜間は交代で見張りをするなど注意が必要である。 』

 これはキャンターが今までの採取にあたって学んだことだった。護衛を雇っていたとはいえ、随分と肝を冷やした覚えがある。
 それにしても、たたみかけるように用件を押し付けるキャンターには、ナースも呆れ半分諦め半分の眼差しだ。
 彼女にとっては、これからキャメロットへ向かう道中の方こそ心配の種なのだろう。
 ともあれあくまでも患者のためならば―――従順なナースは旅支度をするのだった。

●今回の参加者

 eb3087 ローガン・カーティス(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb7628 シア・シーシア(23歳・♂・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb7636 ラーイ・カナン(23歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb8703 ディディエ・ベルナール(31歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb9033 トレーゼ・クルス(33歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

ミッシェル・バリアルド(eb7814)/ レイ・カナン(eb8739

●リプレイ本文

●和やかな時間
 焚き火の炎が明々と燃えている。野営の準備も整い、まだ宵も浅い今。一行は少し早い夕食をとっていた。
「集めた情報によると、この森にはジャイアントオウルの他に脅威となるような生き物はいないそうだ」
 ローガン・カーティス(eb3087)が道中に聞いた話である。
 他の生き物はジャイアントオウルの捕食を恐れて、この森に近寄らないのだという。
 脅威が少ないことは冒険者達にとってありがたいことだった。
 逆を言えば、情報はそれだけジャイアントオウルが危険だと証明していることにもなるのだが。
 どちらにしても、相手が単体とはいえ警戒は怠らない方がいいだろう。
 そのために、シルヴィア・クロスロード(eb3671)の用意した夜番もある。
「そのジャイアントオウルだけど、薬草の入手が目的なら、無理に倒さなくてもいいんじゃない?」
 そう投げかけたのはクァイ・エーフォメンス(eb7692)だ。しばし、皆は考えた。誰しも無益な殺生を好んするわけではない。
 だが果たして凶暴性の高いジャイアントオウルに対し、そう対処できる余裕があるのだろうか。
「戦況を見てみないことには何とも言えないだろうな。相手が退散してくれるようなら深追いはしない、それでいいんじゃないのか?」
 結局、トレーゼ・クルス(eb9033)のその発言が最終的な結論となった。
「危険を冒すだけの価値がありますね〜」
 この森に生えている薬草のためならば。ディディエ・ベルナール(eb8703)は意気込んだ。
 さすがは生業『薬草師』。若干目的が趣味に傾いている節もあるが、薬草に対する打ち込みようには並々ならぬものがある。
「それにしても、冷えてきたようであるな。さすがに保存食では温まらぬか」
 暖を逃さないように、メアリー・ペドリング(eb3630)は防寒着の合わせを直した。風が少し出てきたようだ。
 こうなると温かいものが恋しくなる。一行は出立前、最後に口にしたものを思い出した。
「僕としては、これで酒があったのなら大満足だったんだがね」
 冗談めかして話すのは、シア・シーシア(eb7628)である。彼は三度の飯より酒好きなエルフだった。
「シーシア殿、無事に帰るまでの辛抱です。ちゃんと約束は守りますから」
 シルヴィアが微かに笑って宥める。約束とは、帰還後にシアへ酒を奢るというものだ。
「分かってるよシルヴィア。万事上手くいけば、5日分の酒が飲める。そう思えば我慢もできるさ」
「シルヴィア、財布の紐は固くしておくことだ」
 朗らかに言ってみせるシアに対し、ラーイ・カナン(eb7636)はすかさず注意を促す。
 放っておけば、この親友は際限なく酒を飲みかねない。
 談笑はしばらく続いた。添えられているのは、保存食という見た目に華やかさのない食事ではある。
 だが賑やかさなら酒場でテーブルを囲むのに劣りはしない。そんな一行を、輪から少し離れた位置でトレーゼは眺めていた。
「こういうのも、悪くはないか」
 その顔に、ぎこちない笑みを浮かべながら。

●星空の下で
 夜番はまずクァイとディディエの組から始まった。他の者は後に備えて仮眠を取っている。
 今のところはジャイアントオウルの現れる気配もなく、幸い火の番をするだけで事足りた。
 続く二組目のラーイとシアは、ペットと共に警戒へあたっている。周囲をシアのペットである不思議な輝きが淡く照らす。
 依頼中酒断ちをしているシアは、口寂しいのか歌を歌っていた。静かな子守唄が、風に乗って流れる。
 そうして三組目。ローガンは焚き火にファイヤーコントロールをかけた。いざという時、炎を操り敵を牽制するために。
 一方でペアのシルヴィアは、ペットを伴い周囲の気配を探っていた。時折、空を見上げながら。
 木々の間から覗く夜空は冴えていて。外気が冷えているせいだろうか、個々の小さな瞬きまでよく見える。
 緊張していた瞳が、ふと緩んだ。まるで何かに安堵しているような、柔らかい眼差しになる。
 だが突然の喧騒が、そんな一時を摘み取った。シルヴィアのペットが、何かの気配を察知して唸りを上げたのだ。
「!!」
 羽の音が近付いてくる。それが何なのか了解しているローガンとシルヴィアは、すぐに行動を起こした。
 ローガンのファイヤーコントロールが炎の壁を作り出す。皆が揃うまで、ジャイアントオウルを地上に近付けるわけにはいかない。
 同時に呼子笛が全員を起こすため甲高く鳴り響く。
 急な襲撃に、一行は冒険者であることを発揮した。霞のかかった思考を素早く戦闘へ向けて切り替える。
「援護するわ!」
 クァイの矢が宙を射った。その間に他の仲間は各自の間合いに合った布陣へつく。
 シアもすでに後方からムーンアローでの攻撃を始めていた。後衛の彼らを護るように、ラーイも構えを取る。
「少しの間、頼む」
 全員が出揃ったことを確認すると、ローガンは一旦炎の操作を解き、後方に下がった。
 そのまま、可能な範囲でインフラビジョンを仲間へ付与してゆく。
「狙いはどうします?」
「羽を! 呪文詠唱の時間は前衛の私達が稼ぎます!」
 ディディエに降る攻撃を払いながら、シルヴィアが前へ出る。対空の敵に対して、前衛のリーチは分が悪い。
 今できることは後衛が術に専念できるよう盾となることだった。
「‥‥っく!」
 メアリーが眉をしかめる。縦横無尽に空を制すジャイアントオウルに、術がなかなか命中しないのだ。
 さらに厄介なのは、振り下ろされる大きな爪での攻撃だった。
 応戦しようにも、こちらが攻撃を仕掛ければ、相手は上空へと逃げてしまう。
 これでは決定的な一撃を与えられない。ならばと、一行はそのパターンを逆手に取ることにした。言葉少なに作戦を伝え合う。
 まずトレーゼが爪を刀身で受け止め、逃がさないよう引き付けた。だが一人で二足を相手にするのは難しい。
 そこへシルヴィアが助勢に駆け付ける。
「持ちそうですか?」
 片足分の攻撃を受け止めて、シルヴィアはトレーゼへ問う。
 大型の敵が上から重みをかけているだけあって、負荷は如実に伝わってくる。
「攻撃するタイミングさえ分かれば、どうにかな」
 視線は刃から背けずに、トレーゼも答えた。後は合図が来るまで持ちこたえればいい。
「よし、今だ!」
 視認したそれ―――茶系統の光が合図だった。均衡を保っていた爪と刃は、払うように振り上げられた。
 その動作のままに、敵は真上へ舞い上がる。そこへ術の発動が待ち構えているとも知らずに。

 黒い帯が夜空を走った。

 それからしばらく。地に散乱するのは無数の羽根と血の跡だった。ジャイアントオウルの姿はそこにない。
 的を絞った集中攻撃が功を奏し、瀕死の傷を負わされた相手は、薄暗い森の中へと消えたのだ。
 おそらく、傷が癒えるまでしばらく現れることはないだろう。
「一筋縄ではいかぬ相手であったな」
 何とか退いてくれたジャイアントオウルに対し、メアリーは肩を撫で下ろす。
 他にも力を抜いて座り込む者、剣を支えに膝をつく者、さまざまだ。
「なんかあのジャイアントオウル、戦い慣れしてたような‥‥」
 ぽつりとクァイはそう漏らした。8対1でこの戦況はどう考えても腑に落ちない。もちろん、ただの気のせいかもしれないが。
「こうして薬草採取に来る者を襲っては、力をつけていったのではないだろうか」
 彼らも生きるために必死なのだろう。淡々とした表情で、ローガンは言う。あり得る話だった。そうだったとしても、もう今更だが。
「とりあえず、日が昇るまで少しの間休んだ方いいだろう」
 ラーイは提案する。待っているであろう依頼人には悪いが、仲間の万全を期すためにも息を整える時間は必要なのだ。
 例えばその時間を使って、怪我をした仲間にリカバーをかけることもできるのだから。
 短い小休止である。もう夜明けは近い。

●命に代わるもの
 キャンターの地図に記された場所に着くと、一行は早速薬草の採取に取り掛かった。
「コレが目的の薬草ですよ〜、葉の形に特徴がありますので目印にしてくださ〜い」
 ディディエが一足先に採取したそれを掲げて見せる。素人目には難しい薬草の選別も、おかげで難はなさそうだ。
「ふむ、根を傷つけぬよう慎重にな。こう掘り起こすと上手くできるだろう」
 愛用のスコップを手に、採取方法の手ほどきをしているのはローガンだ。習っているのはシアで。
「なるほど‥‥こうか?」
 教えられた通り試してみれば、傷一つない根が、するりと地表へ姿を現した。
「これで幾許かの命は救われるか」
「そうであるな。これが煎じられて人々の病を治すのかと思うと感慨も深い」
 こちらでも、トレーゼが慣れない手つきで薬草を掘り起こしたところだった。
 後学のためにと、メアリーは採取の様子を見物している。
 そんな採取班を、警護班の三人は遠巻きから見守っていた。
「平和ですね」
 と、シルヴィア。傍らに待機するペットも、欠伸を一つ。
「みんな、いきいきしてるわ」
 クァイも相槌を打つ。目的をなおざりにするわけではないが、ここにいる動機は皆それぞれにあるからだ。
 やがて採取も無事に終了した。彼らの手には、丁寧に束ねられた薬草が揃えられている。
 因みに、生えている薬草すべてを摘んだわけではない。今後の繁茂のため、一定量は手付かずのまま残してある。
「後はドクターに渡すだけだな。いざという時に薬がない、では困るからな」
 言いながら、ラーイは薬草の束を馬の背に乗せた。他の仲間も撤収の準備が整ったようだ。
 これから薬草はキャンターのもとへと届けられ、しかるべき過程を経て人々を助けることになるだろう。
 薬草はそこに生えているだけでは薬草たり得ない。それを活かす者の手にあってこそ、初めて意味を持つ。
 冒険者達が今回担ったのは、その一端だった。命を繋ぐ一端である。