逃亡者

■ショートシナリオ


担当:ezaka.

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月15日〜03月20日

リプレイ公開日:2007年03月23日

●オープニング

 物語は、とある村の納屋の中から始まる。
「いつまでも逃げ切れるわけじゃない。あいつらは、いずれこの村にも来る。やはり俺はここにいるべきじゃない」
 青年が沈痛な面持ちで呟く。その体は、あちこちを包帯で覆われていた。
「でも、それでもしも見付かったら? その人たちは、あなたにこんなひどい仕打ちをしたんだよ?」
 少女は首を振った。青年の傷に労るような手を添えて。まだあどけない顔が揺れている。
「このままじゃ、お前や村に迷惑がかかる。それだけは避けたいんだ」
 青年の意思は固い。その一言が重く圧し掛かった。少女がこれ以上引き止めることを言えば、青年を困らせるだけだろう。
「‥‥‥また会えるよね?」
 そんなことしか言えない。その答えに縋るように、少女は青年を見た。だが彼は緩く笑っただけで。
「今まで、世話になったな。こんな俺によくしてくれて感謝してる‥‥ありがとう」
 それが、少女の聞いた青年の最後の言葉だった。有無を言わさず断ち切られた会話。
 その後の青年の行方は知れない。

 それから二日後の事である。少女は意を決してギルドの前に立っていた。
 どうしてもあのまま青年を放っておくことができず、はやる気持ちのままにここを訪れてしまったのだ。
 だから受付で依頼の内容を尋ねられた時、初めて少女は冷静さを取り戻したのかもしれない。
 一体どう説明すればいいのか。青年の素性も、置かれた状況も、本来なら公にできるような話ではなかった。
「込み入った事情のある依頼でしたら、場所を変えましょうか?」
 黙ったままの少女に、気を利かせてくれたのは受付係で。少女はその厚意にありがたく甘えることにした。
 そして案内されたのは、人影もまばらなこの一角である。
 落ち着いて話をする場所を得たことで、まず少女は自身の名を名乗った。
「私はイノセットといいます。捜し出してほしい人がいて、ここへ来ました」
 何から話すべきか迷いながら、それでも少女は事情を説明し始めた。
 事の起こりは、怪我をして倒れていた青年を少女が介抱したことだったという。
「‥‥山賊に追われている青年ですか」
「はい。その人たちに見付かってしまわないうちに彼を保護してほしいんです」
 少女は怪我をしている青年を案じていた。山賊は青年を血眼で捜しているという。見付かればどうなるか、保証はない。
「なぜ彼は山賊に追われているのですか? 姿を隠したりせず、貴女の村の自警団へ助けを求めることもできたのでは?」
 問われて、少女は一瞬口ごもった。それができない理由が青年にはあったからだ。
「‥‥追われている彼も、もとは山賊なんです。もちろん、今は違いますよ?」
 力一杯の否定を少女はした。そもそも青年が山賊に追われることになったのは、彼が山賊を抜けようとしたからなのだ。
 小規模とはいえ、山賊にも知られては困る機密がある。例えば根城の場所や仲間の構成などがそれにあたるだろう。
 その情報が青年によって外に漏れる可能性を、山賊達は恐れたのだ。
「傷が癒えたら、キャメロットの騎士団へ行くと彼は話していました。村の自警団では、私や村に迷惑がかかるからって‥‥」
 しかしその行動を起こす前に、山賊たちは捜索の網を村の周囲にまで広め始めた。
 動きを封じられた青年は被害を避けるため村から離れたものの、おそらくはまだ山を抜けられず付近に潜伏していることだろう。
「そうですか‥‥では保護した後のことは構わないんですね?」
 念を押すように、受付係は少女の意思を問いた。
 山賊はすなわち罪人である。青年が償いを済ませていない以上、ギルドはその事実を見過ごすわけにはいかない。
 つまり、保護した後しかるべき場所へ青年を連行することは避けられない事だった。
「‥‥彼は、自分の過去を悔いていました。償いたいとも。私はその気持ちを信じてあげたい」
 少女は耐えるように瞼を伏せた。会えなくなるのは辛いが、青年の無事には代えられない。
 それでも、許されるのならもう一度話がしたかった。少女が受付係へそう告げることはなかったけれど。
「依頼書には追われている彼の素性に関してを伏せておきます。冒険者の方には私から事情を話しておきましょう」
 そう言って受付係は依頼書に最後の一筆を記した。羊皮紙はこの後貼り出され、青年を救ってくれるであろう誰かを募る。
 これで安心できるはずなのに―――少女の心は晴れなかった。

●今回の参加者

 ea2890 イフェリア・アイランズ(22歳・♀・陰陽師・シフール・イギリス王国)
 ea3245 ギリアム・バルセイド(32歳・♂・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea3397 セイクリッド・フィルヴォルグ(32歳・♂・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea5913 リデト・ユリースト(48歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb1915 御門 魔諭羅(28歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb3310 藤村 凪(38歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3349 カメノフ・セーニン(62歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

システィーナ・ヴィント(ea7435

●リプレイ本文

●追跡者
 鍛え抜かれた腕が、慎重に茂みをかき分ける。身を低くして、神経を研ぎ澄ませて。
「こっちは大丈夫そうだ」
 ギリアム・バルセイド(ea3245)が、後方を振り返り合図をした。彼の後に仲間は続く。
 一行はすでに山の中。鬱蒼と茂る木々を見つつ、イフェリア・アイランズ(ea2890)は空を見上げた。
「にしても、ここは随分と薄暗いんやな〜。天候に心配はなさそうやけど」
「隠れて動くには好都合だろう‥‥賊はどうかわからないが、こっちには魔法使いがいる。捜索には有利なはずだ‥‥」
 そう言って、アザート・イヲ・マズナ(eb2628)は視線を移した。
 先には御門魔諭羅(eb1915)とカメノフ・セーニン(eb3349)の姿がある。
「どうじゃ、何か見えたかの?」
「‥‥ええ、彼のようですわ」
 カメノフのブレスセンサーが察知したものを確認すると、魔諭羅はテレスコープを解いた。
 リデト・ユリースト(ea5913)が友人の協力で得ていたルクアの特徴と照らし合わせてみても、本人に間違いないだろう。
 ルクアのいる位置はここから数百メートルほど離れていた。一本の古い樹木の上に彼は身を潜めている。
 僅かな茂み伝いに一行はルクアのいる樹木へと近付く。どれだけ慎重に進もうとも、音だけは消すことができなくて。
 気配に気付いたルクアの表情に、警戒の色が浮かぶ。慌てて藤村凪(eb3310)が事情を説明しようと試みた。
「安心しー。ウチら盗賊やないで。イノセットさんっちゅー人から頼まれたんよ」
 声を落として届けられたそれは、ルクアから目に見えた変化を引き出した。ただし、表れた反応は凪が意図したものとは違う。
「きさまらっ‥‥イノセットに何をした!」
 あろうことか、ルクアは傷ついた体のまま木から飛び降りた。着地の衝撃に顔を歪めつつ、凪に詰め寄ろうとする。
「―――おっと、それ以上は俺達の話を聞いてからにしてもらおうか?」
 いつの間に背後へ回ったのか、ギリアムがルクアを羽交い絞めにして抑えた。
 同じくセイクリッド・フィルヴォルグ(ea3397)も、誰より早く凪の前に立ち、身を構えている。
 ルクアはそんな彼らを見回した。そして考える。今置かれた状況を把握しようと。
「‥‥そうか、お前たち冒険者だな? イノセットが俺を捜しているのか‥‥?」
「そうじゃ。男を保護しても面白くないがのう。スカートの女の子はおらんし、後はイノセットちゃんに期待するしか‥‥」
 ぶつぶつと、カメノフは蓄え髭の下で呟いた。だらしなく緩んだ目尻が何を考えているのか、仲間なら察することができるだろう。
「おいたはあかんよ〜♪」
 聞こえてきたのは、凪の軽やかな声で。振り返れば、そこには女性陣の呆れた視線があった。そして―――
「‥‥‥よいかルクアよ。悪いことをすれば、それ相応以上の贖罪を背負うことになるんじゃぞ」
 ほれ、わしの頬に手形が残っておるようにのう―――伝う鼻血もそのままに、いつになく真面目な顔でカメノフは論す。
「まあ、よ〜するに罪を悔いる気があるなら、ついて来いっちゅうことや。『仏の顔も三度まで』っちゅうしな」
 身振り手振りを沿えてイフェリアは力説した。いささか独特の解釈というか、彼女の思考はあくまで前向きなのだろう。
「依頼人の心をムゲにしてはいけないんである。応急手当をしたら急いで山を離れるである」
 リデトの言葉のままに、ルクアへはリカバーが施された。これから山中を逃げる際、彼の傷は足枷になりかねない。
 加えて『まるごときたりす』を着用してもらうことにした。これならば、冒険者として山賊へのカムフラージュになるだろう。
 ついでに今の時間を利用して、簡易ではあるが食事も取っておく。
 因みに保存食を持参し忘れた者達は、道中で商人から購入していた。少々割高ではあるが、背に腹は代えられない。
 そうして準備を整え直した一行は、より注意しながら下山を開始するのだった。

●懸念
 魔法の力添えと全員の協力の甲斐もあって、ここまで冒険者達は何度か山賊との遭遇を回避している。
 麓までの道のりはあと僅か。それでも、誰かが気を抜くこともなく進んでいたつもりだった。
「何だぁ、お前たちは?」
 気配を察知して、まずい、と思う前に後方から呼び止められる。相手は確かめるまでもなく山賊であった。
 数は周囲に5人。だが一行は焦った素振りを見せることはしない。
 地に利のある彼らに見付からず事を済ませられるとは、初めから考えていないのだ。
 だからその為の対策とて、ちゃんと用意してある。さりげなくルクアを隠すように、アザートは前へ出た。
「‥‥冒険者だ。富豪からの依頼で、ある植物を探している」
「ふぅん、なら金もたんまり持ってそうだな」
 賊の一人が、ニヤリと笑って舌なめずりをする。嫌な雰囲気の流れる中、しかし別の賊が仲間を制した。
「やめておけ、冒険者なんか襲ってギルドに睨まれるのは得策じゃねえ」
 声色は異論を唱えることを許さない。物腰から、その男が賊を束ねる者だということは容易に察することができた。
 男は一行を一人一人眺め見てゆく。まるで何かを確かめるように。
「―――なるほど。たかだか草のために随分と沢山雇ったもんだな、てめえらの依頼人は。とんだ富豪だ」
 冷たく笑うと、男は身を翻した。そして意外にも、そのまま仲間を引連れ姿を消してしまう。
 思いがけず難は去ったようだが―――何か解せない。そんな懸念だけが残った。
「勘付かれてしまったのでしょうか? それにしては、不穏な動きもありませんでしたけれど」
 ルクアを見遣り、魔諭羅は気掛かりを口にする。万が一を考えて、依頼人の村にも立ち入ってはいないのだが。
 警戒していただけに、静けさが疑わしい。怪訝さを拭えないのはセイグリッドも同じだった。
「あの引き際のよさは不気味だが、今それを探っている余裕はないだろう」
「せやな、兄ちゃんの保護が優先やしな。ほな、ちゃらっと行動するで〜」
 イフェリアは、偵察のためにひらりと飛んで先を行く。依頼を終えるその瞬間まで、気を抜くことのないように。

●罪と罰の行方
 あれから心配していた追っ手がかかることもなく、一行は無事下山を果たすことができた。
 適当な場所を見付け腰を下ろすと、誰もが知らず安堵の息を漏らしていた。そんな中、ルクアに近付く影が一つ。
「‥‥‥!」
 むき出しの刃が首筋に当てられ、無感情な眼がルクアを見下ろした。その主はアザートだった。
「罰を受けること、償うことを望んでいるなら‥‥今ここで死んでも構わないのか?」
 死をもって償うつもりならば、追っ手から逃げることはしなかったはず。
 ルクアの望む償いの形とは何か、アザートは彼の本心を聞こうとした。
 一瞬動揺を見せた仲間達も、まさかアザートが本当に刃を立てるとは思わない。ならば、ここは静観するべきか。
「‥‥‥俺は‥‥まだ死ぬわけにはいかない。今ここで死んだら、俺は何も償えなくなってしまう‥‥」
 ルクアはやんわりと首を振り、答えを告げた。それを追うように、今度は魔諭羅が尋ねる。
「なぜ、山賊をやめようとなさったのですか?」
「イノセットだ。あの村娘に助けられて‥‥決心した」
 包帯に覆われた腕を眺めて、ルクアは緩く笑う。どこか自嘲的な表情で。
「あんた達には生きるために盗みを働くなんてこと納得できないだろうが、俺はそうじゃない。俺にとっては強いられた必然だった。だが、山賊としてやってきたことに疑問を感じていなかったわけじゃない‥‥それを頭領に話してみたんだが‥‥散々痛めつけられて、この様さ」
 そこをイノセットに助けられた。彼女の手当ては、大層手厚く温かなものだったという。
 他人から労られる経験のないルクアにとって、それは衝撃的なことだった。
 同時に、そうした人々を傷付けてきた自身にひどく罪悪感を感じて。
「俺は初めて後悔した。汚れていると思った。イノセットのように穏やかに生きられたなら‥‥そのためにも、俺はまず自分を改める必要がある」
 深く息を吐いて、ルクアは話を結んだ。添えられていた刃はそっと退いてゆく。冒険者達の審判が、目に映った。
「償えば許されるのが白の教えである。その気があるなら協力を約束するである」
 クレリックらしく十字を切り、リデトは頷く。隣ではギリアムが、任せておけとばかりに胸を叩いていた。
「道を間違えたヤツが真っ当な人生に戻ろうとしているなら手伝うぜ」
「うちもや。兄ちゃんのその言葉、信じるで」
「ほっほっほ、お前さんを待っとるイノセットちゃんのためなら、じいちゃんも力になるぞい」
 イフェリアが、カメノフが、そして無口ではあるがセイグリッドも、見えない手を差し伸べた。
 罪人であれ何であれ、救いを求める者には義を。この場にいる冒険者達は、そういう心意気を持っているらしい。
「大手を振ってイノセットさんと会える様にしっかり償ってくるんやで〜♪ ‥‥がんばってな」
 凪の手が、しっかりとルクアの手を握る。この温かさを彼は知っている。イノセットに教わったものと同じだ。
 決して忘れてしまわないように、ルクアはそれを胸の奥底にしまった。

 後日、ルクアは当初の希望通りキャメロットの騎士団へと出頭した。
 彼は犯した罪の告白はもとより、捕縛のための協力も惜しまなかった。償うと口にした決意を、裏切ってしまわないように。
 それにより、あの山を根城にしていた山賊達はほぼ全員捕縛されたという。
 ただし、首領とされる男の行方については未だ掴めていない。
 それでも騎士団が動いているのだ、捕縛は時間の問題なのだろうが。
「イノセット‥‥‥」
 暗く冷たい部屋の中で、ルクアはその人を想う。これから彼女が平穏を取り戻し、幸せになってくれればと。

 これですべては解決したはず―――だがなぜか、ずっと胸騒ぎが止まなかった。