風聞収集 ―― 切り裂く風 ――
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■ショートシナリオ
担当:ezaka.
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 30 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:03月22日〜03月27日
リプレイ公開日:2007年03月30日
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●オープニング
季節は春。しかしながら冬の名残とばかりに、この日は冷たい風が身を切るように吹き付けていた。
ガタガタガタガタ。
街道から一本外れた道を、二人の男が荷車を引いて通りかかった。
「うぅっ、寒いなぁ。早いとこ帰ろうぜ。なぁ?」
上着の襟元をかき合わせて、男はぶるっと身震いをした。
「この荷を運んじまえば今日はお役ごめんだ。酒場にでも駆け込むとするか」
先ほどの男の後方で、もう一人の男が相槌を打つ。そうと決まれば急ぐのみと、二人は黙って荷車を押した。
ガタガタガタ。
車輪が、慌ただしく音を立てる。向かい風、追い風、変化の激しいそれは男達をなかなか先へは進ませない。
一層強い風が吹いた時だった。
「うわっ!!」
何かが、頬を掠めた。鈍い痛みが走る。しかし痛みを痛みと認識できたのは、その一瞬だけで。
男の意識はそこで永遠に途切れた。無残に裂けた皮膚が、男の命を尽きさせたのだ。
この忌々しい出来事は、その後も二件続いた。
事件の起こった道は街への近道として利用されていたが、さすがに今では誰も寄り付かない。
原因は未だ特定されていなかった。ただいずれの事件の際も、強い風が吹いていたという証言があるだけで。
いつしかその道では、人を切り裂く風が吹くと噂されるようになっていた。
「これが、アタイの聞いた風聞さ。場所は確か一日半くらい行った山道って言ってたかね」
ギルドのカウンターに寄りかかり、女は自分の説明に頷いた。
「‥‥貴女、まだ噂を集めていたんですか?」
どこか呆れたような物言いで、受付係は女を眺めた。実はこの二人、ちょっとした顔見知りでもある。
女の名は祭といい、風聞を集めるのが趣味という奇妙な人物だった。もっともその真意は定かではなく。
以前にも一度、祭は風聞の真相を解明したいとギルドへ依頼を持ち込んでいた。今回もおそらく同じ動機で訪れたのだろう。
「アタイの事情はさておき。気になることがあってね」
厚みのある唇を、祭はぺろりと舐めた。
「何かは分からないが、獣のようなものを風の中に見たって証言がある。どう思う?」
これは事件に遭遇し、幸いにも生き残った者の証言である。
「風の中に獣、ですか?」
受付係は思い浮かべてみた。しかし、この手の不可思議な話に彼は明るくなかった。
目の前の娘をちらりと見遣れば、その顔はすでに突き止める気満々で。
「依頼、されるんですね?」
受付係は一応形式的な事として問う。
答えはもちろん、聞くまでもない。
●リプレイ本文
●目論見外れて
惨状の舞台である山道は、この日も強い風が吹き荒れていた。
道幅は5メートルにも満たないだろうか。両側に並んだ木々は、無造作に伸びて山道を覆っている。
問題の場所に近付きすぎないよう距離を置きながら、冒険者達は様子を窺っていた。
「やはり、該当するモンスターは一つのようです」
ジークリンデ・ケリン(eb3225)は、マッパ・ムンディと呼ばれる書物を閉じた。
彼女は事件の生存者からリシーブメモリーを使って得た情報を、書物に照らし合わせ鑑定していた。
加えて、モンスター知識を扱える他の仲間や、その協力者から寄せられた意見も検討する。
導き出された結果は、トッドローリィ、別名鎌鼬というエレメントを示していた。
これが『切り裂く風』の正体であるという可能性が現状一番高い。
「これ以上被害が出ないようにしないといけませんね」
リアナ・レジーネス(eb1421)が慣れた手順でブレスセンサーを発動させる。
対象が呼吸をすると踏んで、その位置を把握しようと考えたのだ。ところが彼女はすぐに首を傾げる。
場所も効果範囲も申し分ないはずだというのに、それらしき反応を何も捉えることができなかったからだ。
夜十字信人(ea3094)と、パラーリア・ゲラー(eb2257)が顔を覗かせる。
「今はここにいないってことかい?」
「上空からなら何か見えるかもっ♪ あたしちろにのって見てくるね〜」
言うが早いか、元気なパラはペットのロック鳥に乗って空高く舞い上がった。誰かの止める手も届かぬままに。
「大丈夫なのかねぇ‥‥」
嫌な予感がして、依頼人の祭は心配そうに空を見上げた。こんな時、彼女の勘は鋭くて。
「ガルルルル!」
視界に動く何かを一早く捉えたのは、風雲寺雷音丸(eb0921)だった。威嚇の咆哮はすぐさま全員に危機を知らせる。
「うにゃっ!!」
雷音丸のおかげか自身の回避能力のおかげか、パラーリアは危うくも一撃を凌いだ。
「あれです! 記憶のイメージと同じモンスターです!」
つむじ風の中に見えたそれを、ジークリンデも視認する。これで風聞の正体が予想に違いないことは明らかになった。
だが相変わらずブレスセンサーが反応を示すことはない。
「一端こっちへ! トリグラフ!」
上空のパラーリアを誘導しつつ、メグレズ・ファウンテン(eb5451)はペットの鬼火に目配せをした。
いざとなったら、ファイヤーウォールを発動させて味方を護る壁を作らせるために。
全員が追撃に備えていた。しかし、いくら待ってもそれは訪れない。
「どうやら、あの辺りに侵入したものだけを攻撃しているようね」
シェリル・オレアリス(eb4803)が、安堵の声を漏らす。
どういうことかと問う仲間に、彼女は先ほどパーストによって垣間見た過去の情景を伝えた。
それによると、いずれの事件の際もトッドローリィは特定の場所を通過する物体に対してのみ攻撃を向けているようだった。
だから被害者が危機を事前に察知することはできず、気付いた時には被害を受けていたというわけだ。
「それにしても、ブレスセンサーが反応せんのは厄介じゃのう」
あごひげを撫でながら、カメノフ・セーニン(eb3349)は困り果てた。
インフラビジョンを試みたジークリンデの結果も同じである。トッドローリィは、生物としてあるべき反応を示さなかったのだから。
察するに、トッドローリィのようなエレメント系モンスターは一般的な生物と同様の生命活動を行ってはいないのだろう。
故にブレスセンサーやインフラビジョンという探知魔法が効力を発揮しないのだ。
「風聞に明確な意思があり、俺たちに敵意を持って迫ってくるのならば、一箇所にまとまればそこに向かってくる。後は、魔法や戦技をとにかく、風に向かってぶっ飛ばせば、面の部分で押せるかもな?」
提案をしたのは信人だ。少々荒い手ではあるが、索敵がままならない以上、こういった手段も必要ではあるだろう。
「なら俺が囮役として前を歩こう。重装甲で一撃耐えて、殴られてから殴り返す作戦で行く」
雷音丸はイギリスの地で集めたという自身の装備を指す。
防御力を重視した彼は、今や子供が見たら泣き出しそうな姿と化していた。
「私はダークを使って結界を張ってみます。その間、援護をお願いしたいのですが」
「それなら任しときな。リアナ、アンタの援護はアタイがするよ」
祭は脇差を取り出すと、鞘から刀身を抜き出した。いざ戦闘に入れば、決着にはおそらくさほど時間はかからないだろう。
やるかやられるか―――戦況は各自の判断力に委ねられた。
●荒れ狂う
トッドローリィが攻撃に及ぶ範囲はそれほど広くなかった。
先のやり取りによって相手が視認できること知った一行は、トッドローリィが攻撃に転じた瞬間に狙いを定める。
「来るぞい!」
カメノフのリヴィールエネミーが急接近するトッドローリィを捉えた。
これならば目で追えない部分の攻撃を、相手の敵意で探知することができる。
ただし、捉えられるのはカメノフ本人へ向けられた敵意のみだが。
「そこですね!」
傍らに控えていたメグレズがコアギュレイトを放とうと構えを取る。だがそれより早く、トッドローリィが両の手を振り払った。
「ぐあっ!!」
風の刃が、メグレズに命中する。咄嗟に身を庇おうと出した腕からは、鬼のような顔を模した短刀が転げ落ちた。
よろめいたメグレズへ向けられる追撃は、しかし届くことがなく。炎の壁が間を遮った。
怯んだトッドローリィは一端風に乗って舞い上がる。今度はそれをシェリルのムーンアローが追った。
「仏陀さまに代わってお仕置きね♪」
軽い口調の割りに、真剣な表情が術を繰り出す。光る矢は逃げる相手を射抜いた。
風は更に荒れた。激しいつむじ風は怒り狂ったかのように土埃を巻き上げる。
「まずいな‥‥術士を中央へ、壁を作るんだ!」
信人が叫ぶ。視界は砂埃によって閉ざされていた。後衛が狙い打ちにされる前に、前衛は円を囲むように彼女達を匿う。
「っつ!」
一陣の風が祭の身を裂き、雷音丸の鎧に衝撃を与える。思わずぐうの音が漏れた。
「ちろ〜っ、モンスターさんをメッして〜!」
このままでは身動きが取れないと、パラーリアは上空に待機させたロック鳥に助けを求めた。
すぐ後には何かがぶつかる音が起こり、続いていた攻撃は姿を潜めた。
視界は段々と開けてくる―――互いが互いの状況を確認し合った。
「なぜここまで執拗に‥‥あなたの意思を聞かせていただきます」
ジークリンデがトッドローリィへテレパシーを放つ。果たして、難局打開の糸口になるのか。
しかし流れ込んできた思念は、冒険者達への完全なる拒絶を示していた。対話の余地などありはしない。
そうしてトッドローリィによる攻撃は再開された。鋭い斬撃がまた一つ二つと襲い掛かる。
「ガァアアアアア! 民に害なす悪しき妖怪め。叩っ斬ってくれる!」
盾で受けつつ、雷音丸も負けじと攻撃の隙を狙う。だが如何せん、素早さは相手の方が上回っている。折角の攻撃も浅い。
「祭さま、結界の準備が整いました。いつでも!」
「あいよ、じゃあアイツをここへ引き寄せりゃいいんだね?」
地に刺されたダークとリアナを護るように、祭はトッドローリィに備ようとした。ところがそれを信人の背が遮って。
「依頼人にこれ以上傷をつけるのは、冒険者の名折れ。ここは俺が引き受けた」
2メートルほどもある刃を構えて、信人はトッドローリィの迫る方角を見据えた。
そうしている間にも攻撃の手は迫る。黒光りする刃と、風の走る一閃がぶつかり合い、捉えた。
「いきます!」
瞬間、結界はその効力を発揮した。直径15メートルの檻は、トッドローリィの行動に足枷を強いた。
もちろんこの好機を逃す冒険者達ではない。剣撃と共に魔法が一斉に繰り出され、トッドローリィへ向かう。
「ほれ、わしもじゃ」
手をかざせば、カメノフの直線上を重力の波が飛んだ。
結界によって逃げ場を失ったトッドローリィは、慣性のままにそれを受け、木に叩き付けられる。
「メグレズ! さっきの一撃、返してやんな!」
おそらく、これがトドメとなるだろう。祭の合図に頷くが早いか、轟剣の騎士はエレメントスレイヤーを突き下ろした。
「すでに死者も出ていますし、退治しても構いませんよね―――撃刀、落岩!」
―――獣のような断末魔が、風を震わせた。
●もう一つの風
「切り裂く風の真相‥‥貴重なレポートになりそうね」
シェリルは風が横たわっていた場所を眺め見た。力尽きたそれは、本物の風のように今は跡形もなく消えている。
元来エレメントとは精霊力の塊とも言う。死んだことにより、その姿形が維持できなくなったのだろう。
「これで一連の事件も解決だね。アタイも目的を果たせたし、恩に着る‥‥っ!!」
言葉はそこで途切れた。祭の着物が、腿丈ほどに切り揃えられたそれが、ひらりと捲れたのだ。
「風じゃよ風〜、うひょひょひょ」
言わなければいいのに、カメノフは鼻の下を緩めた。今のはサイコキネシスの力である。
「おじ〜ちゃんだめだよぉ〜☆」
無邪気な声と共に、鋭く手裏剣が投げられた。因みにこの武器、凶邪を滅する力を秘めているそうだ。
当たればただ事ではないが、投げた本人はこれを純粋に突っ込みの一環だと思っているのだから恐ろしい。
「治療具は持ってるのかい?」
危うく難を逃れたカメノフに、祭が問いかける。これは思わぬ助け舟―――であるはずがなく。
不穏な気配を感じて発動させたリヴィールエネミーは、しっかりと祭に反応していた。
「‥‥‥‥‥‥」
雷音丸は、遠慮なく制裁を加える祭の姿に遠き故郷の般若を思い浮かべたという。
げに『切り裂く風』よりも危うきは、懲りることのない『邪な風』なのかもしれない。