安らぎの宴
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■ショートシナリオ
担当:ezaka.
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:04月22日〜04月27日
リプレイ公開日:2007年05月01日
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●オープニング
その村の名物は、この時期になると咲く美しい花々だった。花自体は珍しい種類というわけではなく、ありふれた季節の花である。
名物となっているのは、その咲き誇る数だった。まず、村に一歩踏み入るとその香りに気付くだろう。
村の入り口に位置する場所には、控えめに植えられた花々が、訪れる旅人を迎えるのだ。
次に、民家の連ねる道を進むと広場がある。小さな池を中心に村人が憩う姿を目にするはずだ。
この場所こそが見ものだった。目に飛び込んでくるのは緑の地と鮮やかな黄ばかりで。
村のこの景色を見たいがために、遠方からはるばる訪れる者は少なくない。
村としても、花見に訪れた旅人の集まるこの時期は活気にあふれており、誰もがその一大イベントを楽しみにしていた。
だが、今年はどうも雲行きが良くないようだ。ある村人はこう言った。
同じ国で、それも遠くない場所で戦があったというのに、我々だけが呑気に花見などしていていいのか―――と。
また別の村人はこうも言った。
だからこそ、安らぐ時間は必要なのだ―――と。
村人の意見は、花見を行うか否かで真っ二つに分かれていた。
「まったく、哀れなことですな」
眼を伏せて、老婆は嘆いた。彼女は問題の村の長だった。たるんだ口元を引き結び、テーブルの前の青年をじっと見る。
青年はギルドの受付係だった。老婆はどうにも結論がつかない悩みの種の処遇を、ギルドへ託すことにしたのだ。
「言い争い苛立つ村人の姿は見るに耐えん。ただ例年のように花を愛でることすら、戦に揺らされた今では儘ならんのです」
村を挙げての行事だからこそ、村人達は慎重になっていた。はたから見れば、神経質すぎるとも言えるほどに。
対立する意見は、どちらにも一理あることであり、どちらが正しいというものでもない。だから、平行線のままなのだ。
「花はじきに枯れる。わしは、このままではそれと一緒に村人の心根まで枯れてしまうような気がしてならんのですよ‥‥」
息をするのも億劫そうに、老婆はしわだらけの口元を解いた。
数時間後、老婆は話を終えギルドを後にした。長い時間を割いて彼女が託した依頼は実にシンプルなもので。
村人の顔に明るい笑顔を取り戻させてほしい―――ただその一つだった。
●リプレイ本文
●心変わり
花見を成功させるにあたっての問題は、消極的な一部の村人をどう乗り気にさせるかということで。
「今年は花見をしないのか? この村の見事な花の噂を聞き、花見を楽しみにやってきたのだが」
愛馬のオーベロンに騎乗した騎士、エスリン・マッカレル(ea9669)は残念そうに声を落とした。
「はあ‥‥騎士さまもご存知かと思いますが、今年は先の戦に配慮して花見は取りやめようかと」
村人は申し訳なさそうに答えた。彼は村で宿屋を営む主人で、今日は他にも4人の旅人に同じ答えを返していた。
「私もその戦には参加していた。‥‥だからこそ、共に戦った者にも見せてやりたかった」
庭の花壇に目をやり、エスリンは呟く。宿屋の主人は、女騎士が仲間のために花見をするつもりだったのだろうかと想像した。
―――死者を悼むべく、花見をしに来たのです。
宿屋の主人は、先んじて訪れた客人の言葉を思い出した。そして、彼女達の期待を裏切る村の有様を申し訳なく思った。
そんな彼とて、今年は花見を控えるべきだと唱えた一人だったのだが。
「‥‥個人で楽しむ程度にでしたら、よければ宿側でご用意を手配しましょう」
そう言って、宿屋の主人は協力を申し出てくれた。控えめにではあるが、花見に対して彼が前向きになった証である。
「では、是非そうさせてもらおう」
エスリンは相手の心変わりを感じ取って、丁寧に礼を述べた。
こうやって一人ずつ、少しずつ花見への気後れをなくしてゆけばいい。
そうしてエスリンは、次の村人のもとへと足を向けた。
●新たな視点で
テーブルを白い布地が覆った。ジャンヌ・シェール(ec1858)は、手のひらを使って、浮いた皺を伸ばしてゆく。
野外に運び込まれたテーブルの位置からは、広場の花々が一望できた。
村長の許可を得て、この場所を花見の席に選んだのだ。
「あ、お帰りなさい。お料理の方はどうでしたか?」
こちらへ近付いて来るクラウディ・トゥエルブ(ea3132)とアクテ・シュラウヴェル(ea4137)に気付いて、ジャンヌは手を止めた。
「用意はしてくれるそうです。ただ、あくまで私達が楽しむ程度にだそうですが」
クラウディは小さく肩をすくめた。さすがに村人も含めて飲み食いできるほどの用意は断られてしまったからだ。
「宿屋に人数分のお弁当を頼んでおきましたから、花見をしながら頂きましょう」
気を取り直すようにアクテは言った。まだ村人すべての理解を得られていないとしても、花見を行うことはできる。
「ね、ね、お酒は?」
ひょいと顔を覗かせたのはレヴィ・ネコノミロクン(ea4164)だ。尋ねる表情はかなり真剣である。
三度の飯より酒が好きな彼女としては、花より団子、団子より酒という構図が頭にあるのかもしれない。
抜かりないことを告げると、レヴィはペットの猫の手を取ってはしゃいだ。くすりと笑ったアクテは、辺りを見回した。
丁度、待ち人がこちらへ向かって来るところだった。
「すまない、交渉にてこずってしまった。それで、彼らが―――」
アクテの待ち人ことエスリンは、数名の村人を引き連れて来た。彼らは花見に対して消極的な姿勢を持つ者ばかりである。
エスリンは他の4人と別行動を取って、主に村人に花見への参加を呼びかけていた。
「どういうつもりなんだね? 私たちは花見には参加しないと言っているじゃないか」
一人が遠慮がちに抗議の声を上げた。頷く村人は他にもいる。アクテはじっと、そんな彼らを見つめた。
「ええ、ですからチャリティをしてはいかがかと、提案してみようと思ったのです」
「チャリティ?」
「あなた方が花見をすることに消極的なのは、戦とその被害にあった方々に対して心苦しいからではありませんか?」
村人からの反論はない。アクテはそれを肯定と取って、話を続けた。
「戦いに参加した騎士・戦士達は平和を守る為に戦ったのです。花見がゆっくり出来るような平和な日常を守る為に‥‥」
アクテは村人の手に布袋を差し出した。中には10Gが入っている。戦で被害を受けた近隣の村への寄付だという。
「花見はただ楽しむだけではなく、こういう趣向も取れますわ。これならあなた方にとっても建設的かと思いますが」
村人は互いに顔を見合わせた。否定するためではなく、新しい考え方を受け入れるために。
●花を肴に
命の水を一気に飲み干したレヴィは上機嫌だった。仲間も村人も問わず、彼女は酌をして回っている。
「そこのおにーさんもおねーさんも一緒に飲みましょ?」
何だかんだで、花見の席は多くの村人で賑わっていた。そこには花見に対して消極的だった一部の村人の姿もある。
彼らも自分達なりの目的を見出したらしく、今はすっきりとした表情で宴に参加しているようだ。
「‥‥はい、できました!」
一方こちらでは、ジャンヌの描く村人の絵が注目を集めていた。
花を背景に描いたという肖像画はモデルの特徴をよく捉えており、村人達にはなかなか好評だった。
合間にジャンヌが持ちかける会話も、彼らの自然な表情を引き出すことに一役買っているらしい。
「うん、似てる似てる。会ったばかりなのにすごいわぁ」
「次はおれね。ハンサムに描いてくれよな」
あちらからは感想、こちらからは要望と、ジャンヌの筆は村人に囲まれ忙しいようだ。
「おっ、今度はあっちで出し物が始まるみたいだぞ」
誰かの期待を込めた声がした。そちらへ視線を向けると、アクテが魔法を使っての芸を披露しようとしているところだった。
「では参ります―――それ!」
演奏される音楽を背景に、アクテは呪文を紡ぐ。ファイヤーコントロールによって操られた炎の演舞が、ぼうっと浮かんで消える。
観客からの歓声も途切れぬままに、アクテは次にスクロールを広げた。
ウォーターコントロールを樽の中身にかけると、水の束が渦を巻いて舞い上がり―――弾けた。
飛び散る水滴はきらきらと光を浴びて輝く。そして地に降る前のそれらは、ファンタズムによって花びらへと変わる幻影を見せた。
「‥‥‥お粗末さまでした」
アクテがしまいにそっけなく言い放つと、再び拍手と歓声が沸いた。この時ばかりは、添えられた音楽も途切れる。
場の雰囲気に合わせたクラウディの演奏は、あくまで出し物を盛り上げる後見役として、主役の座には上ろうとしない。
「はいはいっ! 次はあたし、お酒の飲み比べね☆ 我こそって人いるー?」
元気よく挙手したレヴィが、生き生きとした表情で村人の申し出を待った。数人が名乗りを上げる。
「‥‥飲み比べは、度を越すと危険では」
「だいじょーぶよ、エスリン! キミも、もしもの時は介抱してあげるから、安心して酔いつぶれていいわ」
どこか据わった眼で言われて、エスリンは口を挟んだことを少々後悔した。酒の席に、シラフの正論は通用しない。
「クラウディもどう? ずっと演奏ばかりで疲れない?」
「いえ、私は適当に休んでますから。それに‥‥」
クラウディは少し言いよどんでから、自身の酒癖について話した。
それによると、彼女に飲酒後の記憶はないが、どうも後日には決まって関係者から怪物を見るような目で見られるらしい。
「全く不思議な事です」
周囲にそうまで言わしめて、本人に一切自覚がないのはある意味恐ろしい話だった。
見てみたいような、後が怖いような―――さすがのレヴィも考えた。
とそこへ、村人の呼ぶ声がした。いつの間にか、ジャンヌが眠ってしまったというのだ。
「やたらにニコニコしてると思ったら、あれ酔っ払ってたんですかね」
肖像画を手にした村人が、ジャンヌの口にしていたグラスの中身を嗅いだ。微かにだがアルコール臭がする。
水を飲んでいたはずのジャンヌが、なぜこういった状態に陥っているのだろうか。真相は、おそらく本人のみぞ知る。
ともあれその後は、眠っている彼女への配慮もあってか比較的穏やかな宴が続いた。
今はエスリンがほろ酔いになりながら騎士の勲を謳っている。
彼女は酔うと普段の気を張った面が消え、女性らしさがより表に出るらしく、話の内容と共に村の男性陣の人気を集めていた。
笑い声は絶えない。クラウディが村人と打ち解けた話をしたり、レヴィが来年のためにと花やハーブを仕込んだ酒を提案したり。
誰の顔にも暗い影などなく。何よりもそれが、宴の成功を示していた。
●宴のあと
花見の宴は皆に名残を惜しまれつつ終わった。村の意見が割れていたことなど嘘のように、誰もが一体となって楽しんでいた。
「では、寄付金をよろしくお願いします」
「ありがとう‥‥村も水を得て生き返ったようだ。あんた方が、いい水を運んでくれたおかげです」
アクテから集めた寄付金を受け取ると、村長である老婆は、小さな体を折り曲げて礼を口にした。
村人達も、アクテの助言で花を守るための柵や看板を設置し、来年に向けて本格的な花見の備えを施しているらしい。
「この分なら、もう大丈夫そうですね」
クラウディは咲き誇る花々を目に焼き付けて言った。ジャンヌも「また楽しみにしていますね」と再来をほのめかす。
「そうだ‥‥花をひと束、土産に頂けるだろうか?」
思い出したように、エスリンは伺いを立てた。快く聞き届けてくれた老婆は、わざわざ水揚げをした花を持たせてくれた。
「あんた方のおかげで本願をまっとうできた花です。よそへ行っても愛でてやってくだされ」
老婆はたるんだ頬をさらに緩ませる。つられてにっこりと笑ったレヴィが、束になった花を指差した。
「この花を見て、誰かが何かを頑張ろう! って思えたら素敵ね」
その何気ない一言は、あながち難しいことではないのかもしれない。
懸命に咲くこの花を眺めていると、そんな気になってしまうから不思議だ。
みずみずしい花の束からは、安らぐような淡い匂いが香っていた。