飛び去った形見
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■ショートシナリオ
担当:ezaka.
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月25日〜04月30日
リプレイ公開日:2007年05月03日
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●オープニング
母親が死んで、今年で3年になる。
青年の名はエルガー。父親の顔は知らない。彼は母親によって、女手一つで育てられた。
「風も無い、今日は日和だな」
その日、エルガーは一抱えほどの木箱を持って、庭に座していた。周囲は静かなもので、頭上では雲がゆっくりと流れている。
清潔そうな布を地に広げると、青年の手は箱から取り出したものをそこへ一つ一つ丁寧に並べてゆく。
出てきたのは、本や色鮮やかな布、それからきらきらと光る装飾品だった。
エルガーは、それらの埃を払うように柔らかい布でさっとはたくと、次に装飾品を傷付けないように磨いた。
これらはすべて、エルガーの母親の形見の品だった。時にこうして虫干ししてやることが、彼の母親への供養だった。
「これでどうだ。曇り一つないぞ」
装飾品の一つを磨き上げて、エルガーは満足そうに呟いた。それは深い青色をしたブローチで、縁がよく光る銀色をしていた。
母親がその光を曇らせないようにと、暇を見付けては磨いていたのをよく覚えている。これは彼女のお気に入りだったのだ。
「ん?」
その時、エルガーは奇妙なことに気が付いた。急に自身の周囲にだけ、影が射したのだ。おかしい。
羽音と、耳障りな泣き声を聞いたのは同時だった。
「‥‥‥‥!!」
カラスが―――普通のカラスの倍はあろうというそれが、エルガーのすぐ真上で羽ばたいていた。
大ガラスは威嚇の奇声を上げ、いびつな傷のある黒い羽を揺すった。
これがただのカラスなどではないと悟った彼は、手元に転がっていた棒切れを拾うと、あたり構わずそれを振り回した。
だがそんなものを、相手が恐れる様子はない。
それどころかエルガーなどには目もくれず、大ガラスは何かを狙っているようだった。
「あっ!」
旋回した大ガラスは、地面すれすれに飛んでくると、そこに転がっていた光るものを銜えて行ってしまったではないか。
「なんということだ‥‥」
大ガラスが持ち去ったものとは、彼が虫干しをしていた母親の形見だった。
それもよりによって、磨き上げたばかりの、あのブローチをである。
飛び去った大ガラスはもう見えない。飛んでいった方角にはたしか、墓場があったはずだ。そこがやつのねぐらなのだろうか。
(「どちらにせよ、私にあんな化けガラスの相手などできはしない。しかしこんな人里離れた場所で助けを呼ぶことなんて‥‥」)
エルガーは途方に暮れていた。一瞬諦めてしまおうかとも思ったが、生前母親があのブローチに向けていた眼差しを思い出すと、そうもいかなかった。
「傷など付けてくれるなよ、化けガラスめ」
勇んで言ってみると、エルガーは早速、街へ向けての旅支度を始めるのだった。
●リプレイ本文
●侵入
「カラスにブローチを持っていかれるなんて‥‥。そんな事、本当に起こるんだなぁ」
まるで物語の中でしか起こらないような話だと、シア・シーシア(eb7628)は思った。それを暢気な口調で言ってから、はっとする。
親友のラーイ・カナン(eb7636)が、やや呆れたような顔でこちらを見ていた。
「そのブローチはたった一人で育ててくれた母親の大切な形見だ。エルガーにとってはとても大事なものだろう。何とか無事に取り戻したいものだな」
フォローとも、ちょっとした非難にも聞こえるそれが、シアの耳にちくりと刺さる。
物事に対して生真面目なラーイらしいというか、シアは誤魔化すように苦笑しつつ「早く取り返してあげよう」と依頼人を横目見た。
エルガーは、クァイ・エーフォメンス(eb7692)の馬に跨り、イレクトラ・マグニフィセント(eb5549)と何やら話をしているようだった。
「それじゃ、エルガー殿は戦いになったら木の陰なりに隠れて自分の身を護る事を優先すること。約束できるね?」
「もちろんだとも。私はこれっぽっちも戦うことなどできないからな」
妙に自信のこもった声で、エルガーは言い放った。もともと、道案内とブローチの確認以外で何かしようとは思っていないらしい。
「ま、世界最強魔術師見習いのあたしに任せときな。大ガラスなんてぎゃふんと言わせてやるぜ」
どんと胸を叩いて、セティア・ルナリード(eb7226)は鼻を鳴らす。
安心させるつもりの仕草で少々むせてしまうあたり、説得力は半減したかもしれないが。
「‥‥この先が墓場だ。化けガラスに見付からないよう慎重にな」
ここからは冒険者の本分だと、エルガーは足を止めて道を譲る。クァイが先行し周囲の気配を窺った。
「今回はアンデットが出ないとの事で、少し安堵したわ」
墓標の列を眺めてクァイは呟く。生者のぬくもりを感じられない寂れた空間は、不気味な静けさを漂わせていた。
「どうやら、ここがねぐらというのは間違いないようさね」
イレクトラは大きな黒羽根を見付けて手に取る。日暮れ前の現在、これを落とした主はまだ帰っていないようだった。
「こことは距離を取って野営をして、明日カラスが出掛けるのを待って罠を張ろう」
シアが来た道を引き返そうとする。罠を張って敵の注意を引くことは事前に決めてあった。
万全の準備を整えるために、彼らは機会を待つ。
●知り合い同士
粗末な布の上に広げられた品々は、宙に浮かぶ炎のゆらめきを反射して、鈍く光っていた。
ここに数点並ぶ装飾品は、すべて冒険者達が持ち寄ったものである。
光るものに興味を引かれるジャイアントクロウの特性を逆手に取り、罠として利用するためだ。
「これだけあれば大丈夫かしら」
クァイはずらりと並んだ装飾品を珍しそうに眺めた。綺麗に飾り付けをされたものなどは、罠に使ってしまうのが惜しいとすら思う。
「にしてもさ、大ガラスも鳥だし、鳥目で夜はまともに活動できないと思ってたんだけどな」
磨いた金貨を布の上へ置くと、セティアは当てが外れたと口を尖らせた。
エルガーの話では、大ガラスどころか鳥類の大半は暗闇の中でも視力にほとんど障りはないというのだ。
夜間を狙って安全に罠をしかけようと考えていたセティアにとって、これは少々誤算だった。もちろん、計画に支障はないが。
「あはは、大丈夫。視界の有利は得られなくても、セティアの魔法には期待してる」
笑いながら、シアは割高で購入する羽目になった保存食を齧った。隣のラーイもそうだが、二人して用意を忘れてしまったらしい。
「そう言えば、今回の仲間達は、過去の依頼で一緒した事のある面々ばかりさね」
イレクトラが思い出したように口にする。例えばラーイが女性に触れると狂化してしまうことも、そこでの経験から承知していた。
だから「すまない」とラーイが女性陣に対して距離を置くことも、特に驚いたり気を悪くすることにはならなかった。
そういった些細なことにおいても、ある程度気心が知れているということは、なかなか心強いものなのかもしれない。
●黒羽根の舞う
不吉を連想させる鳴き声が、つんざくように聞こえる。
茜色の空を数羽のジャイアントクロウが旋回していた。すべての準備を終えた冒険者達は、茂みの中で機を窺っている。
仕掛けた罠はきらきらと反射光を放ち、それに気付いたジャイアントクロウが、まんまと罠の方へ近付いてゆくところだった。
「パンダ、エルガーを頼んだぞ」
小声でラーイはペットのボーダーコリーに告げた。白黒は主の命令を聞くと、木陰へ身を隠しているエルガーのもとへ向かう。
それを確認するとラーイは槍を構えた。並ぶ仲間も、同じく臨戦態勢を取っている。
先制を切ったのはシアのムーンアローだった。敵が光り物に気を取られている隙に攻撃を試みる。
ところがそれは叶わなかった。それどころか、放った矢が自身へと牙をむく。
「うっ‥‥?!」
苦痛に顔が歪む。シアは複数いるジャイアントクロウに対し、個を特定できる特徴を指定しなかった。
故に目標の定まらなかった魔法が自身に舞い戻ってきてしまったのだ。
「シア殿!」 「シア!」
イレクトラがクイックシューティングによる矢の連射で敵の接近を阻み、その間にラーイがシアへリカバーを施す。
大事はない―――だが今の攻撃で、ジャイアントクロウ達はこちらに気が付いたらしい。
「なろっ!」
迫り来る黒い羽を、セティアも遠距離からの魔法によって攻撃した。一つ二つと重なるそれは確実に敵を怯ませる。
ジャイアントクロウは、後衛の彼女達を狙おうとその羽を向けた。そうはさせまいと、走り出たのはクァイだった。
「さあ、こっちよ!」
惑わしのティアラを装備したクァイの頭に、ちらちらと紫水晶の光。それが目に付いたジャイアントクロウは彼女を追った。
クァイも敵の攻撃が一点に集中しないようにと、無秩序に方向を変えながら走る。彼女の頭上を見て、木陰のエルガーは唸った。
「ああっ! あの化けガラスめ、ブローチを奪った奴だな!」
まさに今クァイを追っているジャイアントクロウへ向けて、指をさす。それを背後に聞いたシアは驚いた。
「ちょっと待ってくれ、どうしてあれがブローチを奪ったカラスだと決め付けられるんだ?」
ついさっき失敗した魔法に必要だった、ジャイアントクロウの個を特定できる特徴を、エルガーは知っているというのか。
エルガーは何のこともないように、それをシアに教えてくれた。
「‥‥‥よし」
構えて一瞬、また魔法が舞い戻ってきてしまうのではないかという不安がよぎった。しかしそんなものはすぐに払拭してしまう。
物怖じしないということは、この場合シアの最大の長所だった。よどみなく呪文を紡ぐと、相手を見据える。
―――狙うは『羽にいびつな傷のある』ジャイアントクロウだ!
光の矢は、今度こそ標的を射抜くことに成功した。
「おっ、やったなシア!」
少し離れた位置から、セティアに声を掛けられる。彼女は今、ラーイの援護を受けながら魔法を繰り出しているところだった。
普段と違い、終始敵を見上げる格好の彼女は「首が疲れるぜ」と軽口を叩いて見せたりしている。
それでもライトニングトラップを直接敵にぶつけるという荒業に、乱れはなかった。
魔法を受けた敵はイレクトラの方へと落ちてゆく。
「ギリギリまで引き付けて―――撃つ!」
ぎっと弓がしなる音を聞いて、イレクトラは矢を放した。眼前に黒い羽根がばらばらと舞い散り落ちる。
弓と魔法の攻撃によって、ついに最後のジャイアントクロウを地に縫い付けたのだ。
傷付き飛行できなくなった羽では、もう空へ逃げることも叶わないだろう。
こうなってしまえば、近接攻撃型の本領発揮というわけである。ラーイとクァイの二人は、両の手に握った武器を強く締めた。
「覚悟!!」
穂先の広い槍が、魔力を帯びた剣が、真っ直ぐに敵を目指す。渾身の一撃は―――断末魔を響かせた。
●手の中の光
ふわりと、セティアは地に降り立つ。薄暗い中、数ある木の上の巣からエルガーの奪われたブローチを探し出すことは骨だった。
「これ、だよな‥‥?」
確認のためにセティアがそっと手のひらを広げると、その中のブローチにエルガーは頷いた。落胆の表情と共に。
「‥‥無事ではなかったのか」
シアが残念そうに呟きながらエルガーを窺い見た。本人も予想はしていたことだろうが、形見の品がこうなっては辛いはずだ。
「こっちもこんな有様だ。まいったね」
イレクトラが、罠のために用意した装飾品を持ち上げてみせる。
全壊とまではいかないが、あちこちの留め金などが外れかけていた。
敵のくちばしの威力を恨めしく思い、ため息が出る。ところが、そんな面々に救いの手は差し伸べられた。
「大丈夫。たぶん、これなら直せるわ」
生業で武器屋をしているクァイが、細工用工具一式を手に修理を申し出たのだ。もちろん、仲間の壊れた装飾品も一緒にである。
「ほ、本当か? ありがとう!」
エルガーの表情は、見るもあからさまに明るくなった。そうしておとなしく、クァイの手元を見守っている。
修理にはそれほど時間はかからなかった。クァイにとっては手馴れたことなのか、実に手際がいい。
元の姿を取り戻した形見を前に、エルガーは何度も重ねて礼を言った。
やはり、彼にとってこの形見はかけがえのないものなのだろう。
「屋外での手入れは、もうしないようにな」
念のため、ラーイはエルガーへ釘を刺しておく。次に同じことがあっても、今回のように事なきを得る保証はないのだ。
エルガーは頷く代わりに布でブローチを磨いて見せた。ようやく手に戻ってきたそれを、慈しむように。
ブローチは、夜の闇の中で満足そうに光を放っている。