●リプレイ本文
●洞察の試み
今、我々の前には一人の男がいる。冒険者ではない。
旅人の身なりをし、迷うことのない足取りで先を進む男は、依頼書に記されていた案内人だった。
年齢は30代前半くらいだろうか。半日ほど前にギルドへ現れた案内人は、集まった冒険者の数に少し驚いているようだった。
「請け負って下さる方がいて助かりました」
そう安堵した様子に、一見不審なところはない。
「一体何があったんだろうな?」
案内人には聞こえないよう、セティア・ルナリード(eb7226)は仲間へ向けて言った。
我々は、まだ依頼の詳細を聞かされていない。
依頼背景の隠匿性に、ローガン・カーティス(eb3087)は思考を巡らせる。
「依頼人殿達にはよほど明らかに出来ない理由がおありなのだろう」
ローガンとって、謎は発見に繋がるため興味深いものだった。しかし、知りたいと思う反面でそれを抑える自身がいる。
知識にも禁忌があるように、もし触れることで誰かを不幸にするなら、解くことを我慢できるようにありたいとも思っているからだ。
ただし、それと依頼の遂行に必要な情報を得ることは別である。カイト・マクミラン(eb7721)は、周囲に人気のないことを確認した。
案内人を見据える。確実にオークを退治するために情報がほしいのよね、と前置きしてカイトは口火を切った。
問うたのはやはり、便宜上必要な情報ばかりだ。
(「‥‥一番聞きたいのは依頼をだした動機なんだけど、どーせしゃべりゃしないんでしょ」)
そう考える本音は口にしない。それを知ってか知らずか、案内人は聞かれたことにだけ簡潔に答えた。
「目的地は私の村です。オークはその付近の小さな森に棲んでいて、常に3体で行動しています。奴らはとても狡賢いので注意して下さい。私達が望むのは、オークの退治だけです」
案内人は、逆に我々を見据えた。依頼や自身について不審に思われているであろうことは、すでに察しているのだろう。
真相はまだ謎のまま。それを頑なに口にしないのだから、今更にでも断られる覚悟はしているようだった。
そんな案内人に、クァイ・エーフォメンス(eb7692)は安心させるような笑みを見せる。
「依頼を遂行することで、犯罪者扱いされないことが保障されているのなら、私は事情は聞かないわ」
依頼人を信じると、クァイは言った。それが彼女の依頼を受ける上での信条だった。
隣を歩くシフ・ルフラン(eb5656)も相槌を打つ。
「事情は気になるが、ギルドだって馬鹿じゃない。信用を落とすような依頼は出さないだろう」
それはギルドを利用する者なら皆心得ていることだ。だからこそ、それが確かな保障になる。
シア・シーシア(eb7628)は、幼馴染のラーイ・カナン(eb7636)に小さく耳打ちした。
「なんだかサプライズみたいでワクワクするな。依頼人は本当に困ってるみたいだしこんな事をいうのは不謹慎だけど、どうしてこんな不可思議な依頼になったのか早く知りたいものだ」
口にしながら、シアは依頼の真相や展開を想像することを楽しむ余裕すら見せていた。溜め息が、ラーイから漏れる。
「全く、依頼の内容も依頼人もその背景も解からないというのに、『おもしろそうだから』という理由だけでオーク退治なんて仕事を引き受けるのは止めてくれ」
呆れた口調の中で言いながら、ラーイはさりげなく周囲に注意を払った。
いくら保障があっても、ラーイはその上にさらに念を押す。
セイクリッド・フィルヴォルグ(ea3397)が、全員の思考を本題へと戻した。
「依頼の意図がわからない以上、淡々とこなすしかあるまい‥‥。今は討伐だ。内容に関してはあとで考えよう」
それからは、オーク戦を想定しての作戦会議が行われた。クァイが提案した陣形を、全員が頭に入れる。
どれくらいそうしていた頃だろうか。長い街道の先に、小さな村が見えたのは。
●霞がかる意図
その村は、いかにも寒村という風貌だった。
土地の状態が悪いのか目立った耕作地はなく、広いとは言えない村内には家畜を飼育する小屋も少ない。
住人の顔ぶれは、老人が目立つように思えた。若者は出稼ぎに出ているのだろうか。
「村長の家へ案内します。こちらへ」
案内人は、我々を一軒の家へ招いた。室内に入ると、白髪交じりの男が我々を迎え丁寧に一礼をする。
突然訪れた冒険者達に驚く素振りはない。まるで待ち構えていたようだと、シアは思った。
「依頼人は、この人かな?」
案内人へ尋ねると、彼は頷いて見せた。そして「父です」とも紹介した。我々も村長へ自己紹介をする。
「村がオークに襲われているのか?」
問うセイクリッドに、村長は肯定した。被害を受けているのは村の備蓄食料だという。
「私達の村は見ての通り、豊かとはいえません。備蓄は、友好同盟を結んでいる隣町に援助してもらったものなのです」
「それを襲われちゃ、たまらないだろうね」
食料のありがたみはシフも承知している。特に今回は、用意したつもりの保存食が一食分不足するというミスを犯していた。
行商人から買った保存食は少々割高だが、背に腹は代えられない。
食べなければ十分に力を発揮できないのだから。それは村人だって同じはずだ。
「けどさ、今回の事はその友好同盟ってのに助けを求めなかったのか?」
セティアは疑問を口にした。まだ釈然としないのは、カイトも同じだ。
「そうよね〜、事情を隠してまでギルドに依頼を出すより、その方が手っ取り早いと思うわ」
「いや、恩があって相手方に迷惑をかけたくなかったのかもしれない」
やはりローガンを含め3人が気になるのは『なぜ依頼の背景を伏せる必要があったのか』ということだった。
案内人は困ったように俯く。村長も、答えを躊躇っているようだった。たぶん、まだ何か隠している。
その時、窓の外を眺めていたラーイが異変に気付いた。
「外の様子がおかしいぞ」
言われて、全員が外に出た。蒼くなっているのは案内人と村長だ。村の奥から悲鳴が上がる。
「まさか、オーク?!」
クァイが悲鳴のする方向へ視線を走らせる。何人かの村人がこちらへ逃げて来るのが見えた。
その村人達も、冒険者の姿を目に留めたようだ。先ほどから、周囲の家屋の視線も感じている。どれもすがるような眼だった。
「一つだけ、確かなことが分かったわね」
カイトが眼を細める。各々が、互いに顔を見合わせて頷いた。
「ここには、本気で困ってる人がいる」
●圧倒する戦い
「右翼に回れ、挟まれたくなければ常に平行にしておけ」
セイクリッドの指示が飛ぶ。中衛として前後のバックアップを担当する彼は、敵に連携の隙を与えず仲間の目となっていた。
予め立てておいた作戦は、突然の実戦に功を奏している。
いくら狡賢い敵とはいえ、数の対比は3対8―――味方の圧倒的有利だ。
「さあいくよっ!」
シフのつま先が地を蹴った。前方には一体のオークが棍棒を構えている。
一振り二振りと繰り出されるそれを、豊満な肉体は重さを感じさせない素早さで避けた。
ローガンのフレイムエリベイションが、彼女の能力をいっそう底上げしていた。
いかにも動きの鈍そうなオークは翻弄されている。追い討ちをかけるように、弛んだ肢体の動きが急に止まった。
「巨体で残念だったな。狙い放題だぜ!」
オークの足元を一瞥して、セティアはにやりと笑った。シャドウバインディングによって、オークの影はしっかりと固定されている。
シフの剣が、すかさず威を振るった。最初の断末魔が上がる。重ねるように、別方向からは呪文の詠唱が聞こえた。
「お眠りなさい!」
カイトのスリープが一体のオークを捕らえる。地響きのような音を立て、オークの膝が地に折れた。
瞬間、シアの高速詠唱がはじける。
「あの眠っているオークだ!」
ムーンアローが標的を射抜く。苦痛に暴れるオークを、シアのペットであるエシュロンが威嚇の炎で足止めする。
絶命に足りない分の攻撃は、間合いを取って控えていたラーイが貫き与えた。これで絶命は二つ。
残る一体に、ローガンは追儺豆を投げた。祓いを施したそれをオーガ類は嫌う。命中すると、僅かだが相手に隙ができた。
「せめて苦しまないように」
クァイは呟く。直後、スマッシュがオークの急所を狙った。最後の断末魔が上がる。
これで村人を苦しめるものは取り除かれたはず―――我々は、改めて村長の家へと向かった。
●村の姿
真相は、古びたテーブルを囲んで語られることになった。
「先にもお話したように、私達の村は隣町の援助を受けております」
村長はゆっくりとした口調で切り出した。衰退の一途を辿るばかりの村は、受けた恩を返す力もないという。
それでも先々代の長同士が結んだ友好同盟は効力を持ち続けた。例えそれが、隣町の不利益にしかならないとしても。
「隣町は、同盟を破棄したいと考えているようなのです。きっかけさえあれば」
「今回のオークによる備蓄の襲撃‥‥」
きっかけと聞いて思い浮かんだローガンの呟きに、村長は頷いた。
「隣町に知れれば、貴重な援助に対しての管理不行き届きを指摘されるでしょう」
「そんな、それは不可抗力ってやつじゃ‥‥!」
「いや、セティア。たぶん口実になるなら原因は何だっていいんだろう」
ラーイの注釈は事実だった。だとすればよく三代もの間、関係を保てたもともいえる。
そもそも同盟破棄の発端となったのは、数ヶ月前に隣町の長が代替わりしたことにあった。
新しい長にとって、同盟は過去のものであり寂れた村の援助は重荷でしかない。
「‥‥それが真実だとして‥‥我々に何を願う?」
セイクリッドは問うた。帰ってきた答えは『今回の事件を口外しないこと』だった。
確かに、我々が黙っていれば一応は今のまま同盟関係も続くことになるだろう。
今回の依頼の隠匿性はそのためにあったはずだ。そうして何か起こるたび、同じ事を繰り返すのか。
「この村に、自立って選択肢はないのかい?」
シフは言う。余所者には分からない弊害が村にはあるのかもしれない。
それでも、ただ相手に頼り切るのと、その状況から抜け出そう試みるのでは事情が違うように思えた。
「その志はもちろんあります。隣町の意向が変わった今、私達とて変わらざるを得ないでしょう」
村長は視線を落とした。憂いを帯びた表情は、突然訪れた村の危機に戸惑っているようでもある。
「まあ、急に自立しようったって準備が必要よね」
顎に指を置き、カイトは口をすぼめる。村の存続に関わる問題ならば、事は慎重に進めなければならないだろう。
「全てはこれからという事か。そういう事なら、僕も邪魔はしないよ」
口元で指を立て、シアは今までの経緯を口外しないこと示した。
「あなた達の望む道が、開けるといいわね」
まるで詩を詠うように、クァイは言った。きっとこの村はこれから色々なものと戦うことになるだろう。
甘んじていた場所から自立することは、決して楽なことではないはずだから。
我々は村を後にした。振り返ると、村長や案内人と一緒に村人達が見送ってくれている。
この村はこれから始まるのだ。
そんな村の新たな一歩の背景として、冒険者達の姿は焼き付いたに違いない。