捕らぬ狐の皮算用
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:ezaka.
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月08日〜10月13日
リプレイ公開日:2006年10月13日
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●オープニング
今、季節は変わり目を迎えていた。肌寒い風が、ひゅうっと鳴く。
「ぶえっきしっ‥‥!」
品のない男のくしゃみが、静かな山中で盛大に響いた。
「うおっ! バカ、汚ねぇな! あっち向いてしろ、あっち!」
しぶきを避けながら、別の男が更に大きな声を上げる。原因を作った男は、びくりと震え腰を低くした。
「す、すんません兄キ‥‥」
へこへこと頭を下げる。この二人の間において、どうやら兄貴分と弟分という立場は明白なものらしい。
「まぁいい。それよりこいつだ。よぉうやく捕まえたぜ」
「ええ、ええ。毛もふさふさで、あったかそうっスねえ」
がた、と足元で何かが揺れる。そこにあるのは、粗末な造りの檻が一つだけ。
男達の卑しい視線に晒されたのは、震える子狐だった。
「これからの時期、金持ちのヤロウ共はこぞって毛皮を買いたがる。いい儲けになるぜぇ」
無精ひげをなぞりながら、兄貴分が感嘆するように獲物を眺め見る。
怯える子狐は、檻の奥へとただ身を縮込ませた。
「へっ。いいか、こいつをエサにすりゃ、母狐や兄弟までイモヅレ式って寸法よ」
「兄キ、それを言うならイモヅル式‥‥」
「う、るせぇっ! てめぇの意見なんざ聞いちゃいねぇんだよ!」
間髪入れずに、兄貴分の怒声が弟分の耳を襲った。この兄貴分、やたらに声が大きい。
おまけに頭も少々弱いので、弟分は扱いに困るのだが。そこは相手を心酔しているのか、気に留めてはいないらしい。
「とにかく、だ。いいか、罠を張るんだ。一匹でも多く捕まえられるようにな」
「へい、兄キ! おまんまのため、金のため‥‥この作戦なら、きっとバッチリっスよ!」
自信ありげに、男達は頷いた。まるで、すでに企みの成功を確信したかのように。
だが、二人の男は知らない。その計画を丸々聞いてしまった者が、そっとその場を離れたことを。
「‥‥‥私が聞いたのはそれだけです。あれは、間違いなく密猟の算段でした」
きっぱりとそう宣言したのは、近隣の山で山菜採りを生業とする男だった。
「ふむ、しかも賊の手には、すでに贄となる子狐も捕われている、と」
付け加えるように状況を後述し、整理するのは、ギルド受付の者である。
「おっしゃる通りです! ああ‥‥こうしている間にも、奴らあの子狐を‥‥!」
とんでもない、冗談じゃない、と男は頭を振るう。
山に生かされる者として、密猟などという所業は決して許すわけにはいかないのだ。
勢いのまま、男はテーブルに布袋を置く。どさり、という質量の音。
「仲間と出し合った依頼の報酬です。取り返しの付かなくなる前に、何としても賊を捕らえて下さい」
その後、ギルドの壁に一枚の羊皮紙が貼り足された。
内容は、山中に潜む賊から密猟された狐を保護する、というものだった。
また、次の密猟を未然に防ぐため、賊を捕らえてほしい、とも記されている。
受付係の癖なのだろうか、重要であるその部分を強調するように、一本の下線が引かれていた。
●リプレイ本文
●道のり
まだ朝も開けきらぬ頃、キャメロットの一角に数人の冒険者が集まっている。
何やら賑やかしい。どうやら初対面の者同士、挨拶を交わしているようだ。
「よろしく頼むぜ!!」
集団の中、一際威勢のいい声が飛び出す。ウィザードのセティア・ルナリード(eb7226)である。
「皆さん、お揃いですか? ‥‥と、一人まだのようですね」
依頼人がギルドから報らされた冒険者の人数は5人。周囲を見回し、彼は頭数を確認する。
事件の目撃者であり、かつ山に精通している彼は、賊のもとまでの案内役を買って出ていた。
「プロの方を雇う手間が省けましたわ」
ぽそり、とアリア・フォーリス(eb7403)が呟く。アリアは仲間内に山を案内できる人物がいないことを懸念し、地元の猟師を雇おうと考えていた。思案は外れたが、まあいい誤算である。
「何か事情が変わったのかもしれませんね、もう少し待ってみますか?」
ブラッド・クリス(eb7464)が依頼人へ問う。約束の時間は過ぎていた。
しばしの間を置いて、依頼人は首を横に振る。
「依頼を受けて頂きながら申し訳ありませんが、今は時間が惜しいんです。出立しても構わないでしょうか?」
依頼人は心持ち焦った様子で伺いを立てた。やはり、子狐のことが心配なのだろう。
「僕は、子狐の保護を優先したい。出発するなら早い方がいいと思う」
落ち着いた声色で答えるのはエルレガ・リアリズム(eb7646)だ。彼の意見に、皆も頷く。
「では、先を急ぎましょう。私について来て下さい」
踵を返して、依頼人は馬に跨る。同じくペットとして馬を連れていた冒険者達も、それに続く。
アリアだけは徒歩だった為、他の者に相乗りさせてもらうことにした。
走って。
走って。
走って。
一行を照らす陽光は、いつしか真上に昇っていた。
歩いて。
歩いて。
歩いて。
馬に乗っては進めないような山中をいくらか進んだ頃、誰かの腹が音を上げた。
「一旦ここで休みましょう。賊の根城までは、もうそれ程距離もありませんし」
さすがに歩き慣れているのだろう。大して疲れた顔も見せず、依頼人は冒険者達を振り返った。
山道も含めてほぼ一日中移動して来たのだ。慣れない彼らの顔には、さすがに少々疲労の色が浮かんでいる。
「さんせー、だな。本題の前に腹ごしらえしときたいし」
セティアは手近な切り株を見付けると、早速腰を下ろした。休める時に休んでおく、それも冒険者の仕事なのだ。
「あ‥‥」
慌てたような声。そちらへ視線を移せば、ブラッドが罰の悪そうな顔をしている。彼は保存食を持って来てはいなかった。
隣のアリアも同じく、困ったように微笑を貼り付けている。また、誰かの腹が鳴った。
「‥‥‥仕方ねーな。ほら」
自らの保存食を差し出して、セティアが促す。困っている仲間を放っておけないのは、どうやら彼女の性分らしい。
そんな冒険者達のやり取りを見ながら、依頼人は感心したように頷いた。
「お譲ちゃん優しいじゃないか。よし、まあ任せなさい。明日からの食料なら、私が採集した山菜を振舞おう」
腹一杯、とは言えないがね。依頼人の出した思わぬ提案に、一同が色めき立つ。
実は二日分しか保存食を持っていなかったエルレガも、口には出さず感謝した。
腹が減っては何とやら―――以降、冒険者達は保存食の携帯をしかと心に誓ったとか。
●行動開始
「つーわけで対応策は『足元を良く見る』だ」
根城周辺の罠対策について、セティアは提案した。一瞬、皆の顔に疑問符が浮かぶ。
「‥‥‥セティアさん、それは」
「おっと。対策じゃねーとかそういった突っ込みはナシで頼むぜ」
指摘を入れようとしたブラッドに、すかさずセティアが付け加えた。自覚はあるらしい。
コホン、とアリアが注意を引く。
「植物の生え方や痛み方、傷の付き方などから手の加わってそうな所を探すのはどうかしら?」
「そんなことができるの?」
エルレガが問う。アリアは微笑を湛えながら返した。
「罠に関しては無教養ですが植物に関しては少々詳しいの」
不自然な部分があれば、きっとそこに罠があるに違いない。アリアはそう踏んでいた。
「結局、慎重に進む以外方法がないってことか」
セティアの一言が結論だった。本当はリトルフライで一人飛んで行くこともセティアには可能だが、彼女はそれを選択肢には入れなかった。また、口にすることもない。
「皆さん、どうかお気を付けて」
依頼人は一つ礼をして皆を見送った。ここから先は賊のテリトリーに入るのだ。
案内が済めば自分は足手まといになる。それを察して、依頼人はここで離脱する。
冒険者達は、背に向けられた期待を感じながら先へと進んだ。
「そこ、何かあるわ」
アリアが異変に気付く。足を止めて注意深く目を凝らすと、確かに違和感があった。
不自然に重なり合った植物達。自然界で、草木がこのような生え方をすることはまずない。
「罠、だな」
ブラッドの槌が、そこをめがけて振り下ろされる。植物のそれではない手ごたえが、振動として伝わった。
こうして地道に進路を確保しながら、だが確実に、冒険者達は賊の根城へと近付いている。
眼前に粗末な小屋が見えたのは、いくつ目の罠を破壊した頃だろうか。
「いるみたいだね」
声を抑えて、エルレガが小屋を見据えた。緊張が皆に走るのが窺える。
知らず、柄を握る手に力がこもった。
「いくぜ!」
行動開始の合図は、セティアの一言だった。草木の切れ間を抜けて、小屋の入り口に辿り着く。
バン、とブラッドが扉を蹴破る。賊の驚く顔が目に飛び込んできた。
「な、なんだてめぇらはっ!!」
「あああ兄キ、こっち!!」
咄嗟の判断で窓側を指した弟分。逃げるなら、そこしかない。
賊達の行動は、ブラッドが追うより素早かった。
「うっ‥‥!」
ひらり、と窓から降り立った賊の顔が歪む。待ち構えていたのは、エルレガだ。
「くっそ、どうして冒険者なんかがここに! ちっ、仕方ねぇ!」
鈍い音を響かせて、兄貴分は腰から剣を引き抜いた。
勢いを付けて、巨体がエルレガへ向かう。なぎ払うような剣の軌道が、眼前に迫った。
「‥‥‥っ!」
何とか避けるも、すぐに第二撃がエルレガを追う。力押しな兄貴分の攻撃は、華奢なエルレガにとって分が悪い。
「おぉっと!」
そんなエルレガを見かねて、ブラッドの加勢が入った。一瞬よろめく兄貴分だが、強靭な足腰が難なくそれを踏み止まらせる。
しばし、二対一の攻防が続く。後衛のセティアとアリアは機会を窺っていた。弟分が逃げ出さないよう、注意を向けながら。
「兄キ、連携っス! こいつらまだ連携が出来てない!」
弟分の指摘が、兄貴分へ投げられた。
連携の隙をつく―――弟分は、冒険者達がその手の作戦に不十分であることを目ざとく見抜いていた。
「へへっ、だとよ。どうする冒険者さんよぉう!」
いやらしい笑みを湛えて、兄貴分が再び切りかかる。痛いところをつかれたのは、確かだった。
鈍い音が競り合う。何度も、何度も。
「―――捕った!」
その声は突如頭上から響いた。振り上げられた手には、一巻きのスクロール。
「なにっ?!」
困惑する兄貴分の足元から、みるみる蔦がせり上がって来る。
セティアのプラントコントロールが発動したのだ。
「あんまり長くは持たねーからな! ブラッド、エルレガ、頼んだぜ!」
セティアの言葉通り、術はあまり長く効果を発揮できないようだった。
兄貴分の実力がそれを上回っているのか、少しずつ蔦が振りほどかれてゆく。
それでも、この機会を逃してしまうほど彼らも拙くはなかった。
「エルレガ!」
ブラッドが視線を送る。エルレガもそれだけで承知したと体勢を整えた。
「ぐっ‥‥‥!」
兄貴分の顔に苦渋の色が浮かぶ。
エルレガの一撃が衝撃を与え、ブラッドのスマッシュが的を突く。
初めての連携攻撃が、今決まったのだ。
「あ、兄キっ!!」
膝をつく自らの兄貴分に、慌てて弟分が駆け寄った。弟分は兄貴分に気を揉むばかりで戦う意思はないようだ。
おや、と思ったのはセティアで。てっきり、兄貴分がやられれば弟分は逃げ出すと思っていた。
「見付けましたわ!」
少し離れた場所からアリアの声が上がる。
「子狐は無事です。周囲にあの子の仲間が罠にかかった痕跡もありませんでしたよ」
はきはきと、嬉しそうにアリアは報告した。安堵の息が、皆から漏れる。
無力化した賊と、子狐の保護。こうして、依頼の中核は達成されたのだった。
●帰路
二人の賊は、アリアのアイスコフィンによって封じられた。
賊をまだ下山させるわけにはいかない。周囲に仕掛けられた罠の場所をすべて吐かせるまで、奴らは必要なのだから。
薄暗く日もあまり届かない山中なら、術の効果はしばらく持つだろう。
依頼人に状況を報告し、彼の仲間に賊を引き渡すと、冒険者達の役目はいよいよ終わりを迎えた。
「皆さんには感謝しています。子狐も無事で、本当によかった」
冒険者達を並べて、依頼人は順に頭を下げた。彼の足元には、例の檻が置かれている。
中の子狐の傍らには、保存食のかけら。セティアが試しに入れてみたものだ。ほんの少し、かじられた跡がある。
「今度は捕まっちゃあだめよ」
たおやかにアリアが微笑った。子狐の丸い瞳が、彼女を映す。
「この辺りならもういいでしょう」
賊の根城からいくらか離れたこの場所で、依頼人は子狐を放すことに決めた。
注意しながら檻の入り口を開放すると、警戒しながらもそれは飛び出した。
振り返ることもなく山へ走り去る子狐。感謝を求めるわけではないが、少し寂しくもあった。
「‥‥‥?」
一行が帰路に着こうとした時、誰かの足がふと止まった。
そしてまた一人止まると、今しがた子狐が走り去った方角に視線を向ける。
狐の鳴き声が聞こえた。
山の遠くで、途切れながら確かに。
あの子狐だろうか。