一匹分の忠義

■ショートシナリオ&プロモート


担当:ezaka.

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月21日〜10月24日

リプレイ公開日:2006年10月24日

●オープニング

 険しい山道を、彼は必死に走っていた。
 息が切れて視界が霞む。山道に抉られた足からは、乾くことなく血が流れ出ていた。
 もうどれだけ走って来たのだろうか。記憶だけを頼りに、彼は一心に走り続ける。
 立ち止まることなど許されない―――否、自身が許さないとばかりに、彼が失速することはなかった。

 朝。
 がたがた、と何かがギルドの戸口にぶつかった。
 開店の準備に追われていた受付係の手が止まる。冒険者だろうか?
 一向に開く気配のない戸を怪訝に思いながら、その足は戸口へと向かった。
「‥‥!」
 戸口の向こう側を目にして、受付係は息を呑んだ。
 そこにいたのは、ぐったりとした大型犬だった。息をしているのが不思議なくらい、彼は消耗している。
 茶色く柔らかそうな毛を染める、痛ましいすり傷の朱。弛緩した四肢が、もう手の施しようがないと告げていた。
 一体何が。状況も掴めない。そんな受付係が目を留めたのは、犬の胴に巻きつけられた小袋だった。
 手にすると、中には地図と小さな木の実が一つ。
 地図に走り書きされた『たすけて』という一言に、受付係は瞬時にその意味を理解した。

「‥‥‥貴方の依頼、確かに承りましたよ」
 受付係は静かに伝えた。声はひどく穏やかで、やるせなさに満ちていて。

 もう、依頼主は答えない。

●今回の参加者

 ea2100 アルフレッド・アーツ(16歳・♂・レンジャー・シフール・ノルマン王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5984 ヲーク・シン(17歳・♂・ファイター・ドワーフ・イギリス王国)
 ea6065 逢莉笛 鈴那(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb2435 ヴァレリア・ロスフィールド(31歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3349 カメノフ・セーニン(62歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

龍堂 浩三(eb6335

●リプレイ本文

●東奔西走
 一羽のホークが空を滑空する。山間部の集落、登山口と、降り立っては飛び立つことを繰り返して。
 背に乗っていたのは、一人のシフールだった。名をアルフレッド・アーツ(ea2100)という。
(「犬さんのためにも‥‥がんばらないと‥‥」)
 彼は奔走する。移動手段の違いから生じるタイムラグを利用して、先行組みは依頼に必要な情報収集を担うことになっていた。
 アルフレッドは主に、山についての話を聞いて回った。依頼主の残した地図に、ここで知り得た事を書き加えておけば、地図の正確性はより確証あるものとなるだろう。
 先行組みには、もう二人。リースフィア・エルスリード(eb2745)と、逢莉笛鈴那(ea6065)が含まれる。
「さあアイオーン、皆さんのもとへ急ぎましょう。人命救助なのですから文句は言いませんよね?」
 翼の生えた白馬に語りかけるリースフィアの手には、地元猟師の協力で作成された山の地図がある。
 一方で、依頼主である犬の特徴をもとに、飼い主について当たっていたのは鈴那だ。こちらは少々難航している。
「うーん、あの子のご主人様ってこの辺りの人じゃないのかな」
 それらしき人物の情報は見当たらない。限られた時間の中で、手がかりすらない人物を辿ることは困難だった。
 それでも、各人は独自のルートで情報を集める。その頃すでに空は暮れ始めていて。
 後続組との合流まで、今しばしの時間のことである。

●迅速かつ慎重に
 探索は、日の出を待って開始された。急く気持ちはあるが、夜間では二重遭難の危険もある。
 今回訪れる山に精通していない冒険者達にとって、その判断は適切なものだったと言えるだろう。
 夜明けを待つ間には、先行組みが集めた情報についての考察が行われた。
 その中で、ヲーク・シン(ea5984)は険しい地形に注目を置いていた。
「犬が傷だらけで帰って来たってことは、そこで飼い主が動けなくなった可能性も考えられるだろう?」
 これはリースフィアが地元の猟師から注意を受けた地形の様子にも一致する。
 それによると、山中には急な斜面などが点在しているそうだ。しかも茂みが深い部分では、それも見落としがちになる。
「えっと‥‥これが飼い主さんの地図で‥‥猟師さんの地図と合わせると‥‥あ‥‥だいぶ範囲が狭まりましたね‥‥」
 都度に補足をしながら、アルフレッドが地図の情報をまとめる。
 そして現地。ここではヴァレリア・ロスフィールド(eb2435)の猟師スキルと、カメノフ・セーニン(eb3349)の植物知識が真価を発することになる。
 まず、カメノフはイギリス王国博物誌を片手に、木の実についての判定を始めた。
 寒いのだろうか、その身には毛布が纏われている。
「よく見られる木の実じゃが、ヴァレリアちゃんはどのへんに生えとるか分かるかのう?」
 問われたヴァレリアは、早速自身のスキルを持ってして分布位置の把握に努めた。
「‥‥地図のこの辺りの‥‥ほら、印とも重なる場所があります」
「じゃあ今度は、私達の番だね。ユーシィ、ティナ、お願い」
 導き出された地域をもとに、鈴那は二匹の忍犬にそれぞれ依頼主と飼い主の匂いを追わせた。
 同じくヴァレリアの飼い犬と、閃我絶狼(ea3991)のペットである狼もそれに参加する。
「‥‥イヌ科の動物だし、鼻は利くはずだよな」
 果たして本当に大丈夫なのかと思いつつ、絶狼は遭難を防ぐため道中に目印も付けてゆく。
「匂いの示す反応が割れる時は二手に分かれることも考えておこう‥‥」
 そう言って絶狼に呼子笛を貸したのは、アザート・イヲ・マズナ(eb2628)である。
「では私は、不意の遭遇に備えていましょう」
 山中の行動に冴えないと自負するリースフィアは、全体を見渡せる後方に身を置く。
 そんな一行を、アザートのホークが上空で見下ろしていた。優雅に羽を広げる様は、久しい自然を喜んでいるようにも見える。
 あの犬も、もしかしたらこんな風に時間を過ごしていたのかもしれない。

●救出
 初めにその痕跡を見付けたのは、やはり嗅覚に長けた獣達だった。
 彼らの吠える場所へ駆け付けると、ヲークが地面や周辺の突出した枝に残る血痕を発見した。
 付近には毛のようなものも落ちている。飼い主がこの周囲にいる可能性は高い。
「誰かいませんかー」
 鈴那が大声を出して呼びかける。カメノフも、周囲をブレスセンサーで探った。
「む、反応ありじゃ!」
 早速捉えた呼吸音は一つ。対象の大きさから、それは人であると断定できた。ただ、動いている気配はないようだ。
「皆さん‥‥こっち‥‥茂みの向こうに‥‥急な斜面があります‥‥」
 アルフレッドの呼びかけに、さっと緊張が走る。見れば、確かにそれは不自然に荒れた茂みだった。
 斜面には、抉られた土と血痕がある。ここを依頼主は登って来たのだろうか。

 その十数分後、一行は飼い主と思われる若い女性を発見する。あの木の実の生えた樹木の下で、彼女は倒れていた。
 幸い斜面は移動を妨げる程ではない。連れていた馬を飼い主の運搬に使用することも可能だろう。

「むせるかもしれないけど、ゆっくり‥‥そうそう」
 椀を支えるヲークの手から、飼い主の喉を粥が流れた。兵糧丸をどぶろくでふやけさせたそれは、彼女の状態を考慮して用意されたものである。
 現在、木の根に寄り掛からせるように座る彼女の足は、添え木とロープで固定されていた。
 愛犬と山道を散策することが趣味の彼女は、遠出してきたこの山で、眼前にそびえる斜面から滑り落ちたのだと言う。
 運悪くその足は折れ、とても歩けそうにはない。山についての情報収集を怠った落ち度を、彼女は悔いていた。
 そんな彼女へ、淡い光が当てられる。ヴァレリアのリカバーである。
「折れた骨を繋げることはできませんが、これで少しは楽になるでしょう。すぐに街へお連れしますから」
 責めることをしないヴァレリア。飼い主には、ずっと別に気にかかることがあった。
「‥‥アルカは?」
 苦しそうに寄せられた眉。自身の事より気を揉むアルカとは、おそらくあの忠犬のことだろう。
 顔を見合わせる冒険者達。飼い主からは見えないように、アルフレッドが小さく首を振る。
 今はまだその時ではないと、言外に告げて。
「‥‥‥ギルドで、貴方を待っていますよ」
 結局、かけられるのはそんな一言だけ。労わるような視線を向け、リースフィアは微笑んで見せた。
 ちくりと胸が痛んだのは、おそらく彼女だけではないだろう。


●弔い
 依頼主―――アルカの状況を飼い主が知ったのは、ギルドでそれを目にした時だった。
 案内された一室に安置されていたのは、氷の棺。その中には、目を覚ますことのない忠犬が横たわっている。
 一目会いたいでしょうから。そう話したのは、彼の最期を看取った受付係である。
「そんな‥‥アルカ、こんなことって‥‥」
「おっと!」
 ぐらり、とよろめいた飼い主を、杖ごとヲークが支える。変わり果てた愛犬を前に、飼い主の視線は虚ろに揺れた。
「立派な犬だったって」
 鈴那の声に、飼い主が反応を見せた。鈴那は自身の伝え聞いたアルカの最期を、できるだけ詳しく語る。
 飼い主は一通り聞き終わると、ごめんね、と何度も呟いていた。冷たい毛並みを撫でながら。
 反応が返ってくることは、決してなかったのだけれど。
「‥‥‥ごめんね」
 最後にもう一度抱きしめてあげればよかった。あの日、この子の好きなものをお腹一杯食べさせてあげればよかった。
 何より、自身の浅はかさが一番許せなかった。
 どうしようもない後悔ばかりが、飼い主の中に押し寄せてくる。それが心残る突然の別れである程に。
「彼は貴方からの使命を‥‥いえ、彼の想いが私達を導いたのです」
 その命は、悔いることだけに費やすべきではありません。
 違いますか? とリースフィアは問う。飼い主はしばらく、そっと頷いた。

「自らの主人の為に最後まで忠義を尽くした、この勇敢なる気高きモノに、永遠の安らぎあれ」
 ヴァレリアの捧げた弔いの言葉に、皆が黙祷をした。
 ある者は合掌し、ある者は持ち寄った花を献花しながら。重い沈黙が降りる。
 そんな一同の中、よからぬ事を企む者が一人。カメノフの視線は、菩提に向かう女性陣の後姿に向けられている。
 まさかここで行動を起こすつもりだろうか。意図を持って動く手が、何となくそれを物語っている。
 チャキ。
 無機質な音が、カメノフの耳に届く。辿り着いた音源は、老人の背を冷たくするもので。
「不埒な気配がしたのですが‥‥気のせいですよね?」
 鞘から剣を浮かし、物腰の柔らかそうな笑みを見せたのはリースフィアである。因みに、その目は笑っていない。
 同じく、いつの間にか振り返っていた他の女性陣の視線もカメノフへ向いている。普段なら、願ってもない構図。
 しかし今は状況が違う。熟練冒険者達の凄みが、視線だけでカメノフを牽制していた。
「助け出すまで我慢しとったのに〜」
 わざといじらしく反論してみるカメノフ。老い先短いことを武器に、何を我慢していたのかは言わずもがなである。
(「カメノフ‥‥本当に相変わらずらしい」)
 久しくも、見覚えのあるやり取りを目にしながら、アザートはその表情を緩ませる。
 方法はさておき、場の空気が少しだけ持ち上がったのは確かだった。

「・・・・お前もこれぐらいの忠義とか見せてくれると嬉しいんだがな」
 喧騒の外。絶っ太よ、と呟いたのは絶狼だ。眠る忠犬に、彼は少なからず感心していた。
 自分の危機に、果たしてこの愛狼はどんな行動を取るのか。温かく長い毛並みを撫でながら、絶狼は想い馳せた。

 その日、冒険者達はいつもより少しだけ長くペットに時間を注いだ。
 決してあの犬のような忠義を求めるわけではない。

 ただ、今回のような突然の別れが訪れた時、悔やまなくてもいいように接しておきたかった。