意識下の景色
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:ezaka.
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや易
成功報酬:1 G 8 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月26日〜10月31日
リプレイ公開日:2006年10月31日
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●オープニング
一枚の白いキャンバスがあった。
簡素な部屋の中、色とりどりに描かれた絵達に埋もれて、それは寂しく佇んでいる。
室内には一人の男。年の頃は20代半ば。繊細さと儚い印象を持つ彼は、名もない絵師だった。
無造作に散らかる画材の数々。しかしどれも、絵師には使い易い位置に配置されていて。
イーゼルと、キャンバスと、絵具と。部屋にはそれしかない。それだけで、十分だった。
絵師の筆を持つ細い腕が止まる。真っ白なキャンバスには、まだ一色も置くことができないでいた。
瞳を閉じて、彼は意識を辿る。おぼろげに浮かぶ美しい景色は、描きたくとも、意識下を離れた途端に消えてしまう。
絵として、どう表現したらいいのか分からなかった。
これほど焦がれているのに、描くことのできない自分。絵師はついに意を決したのだった。
「‥‥なるほど、思い出の景色ですか。つまり貴方は、その場所へ行くことが目的なのですね?」
ギルド受付の男は訊ねた。頷いて同意を示すのは、先程の絵師である。
「僕もそこを訪れたのは幼い頃に一度きりなんです。でも、どうしてもその景色が頭を離れなくて」
苦笑しつつ、絵師はまた瞳を閉じる。その場所を思い描いているのだろうか。
「ふむ、しかしお伺いした地帯には、現在オークが住み着いているようですね。処置はいかがされるおつもりですか?」
処置―――絵師は言葉の意味を理解すると、慌てて頭を振った。
「そんな、とんでもない。僕に彼らの生活を侵害する権利などありません。できることなら、争いにはならないような方法をお願いします」
どうやら、絵師の持論は堅いもののようだ。受付係は依頼書に記したそれにラインを引く。
確かに問題のオークは、現状人に害を与えているわけではない。だがそれも、今は、だ。
絵師が縄張りに踏み入ることで、状況が変わらないとは断言できない。
そんなリスクを犯してまで、なぜたった一枚の絵に拘るのだろうか。
絵師は答えた。晴れやかに、そして誇らしそうに。
「僕は絵師です。だから描きたいと思ったものを裏切りたくはない、それだけですよ」
●リプレイ本文
●斥候
ザザザザ、トッ。
軽やかな足音が、草地に呑み込まれた。結われた金糸は揺れ、青い双玉が辺りを見回す。
サラ・フォーク(ea5391)は絵師を護衛する仲間に先立ち、先導役を買って出ていた。
おおい茂る草木が彼女の身を潜める。同じように、この周囲に何が潜んでいるかは分からない。そのための様子見だった。
ガササ、ガサガサ。
後方で響いた音に、サラは素早く態勢を整える。早速オークに見付かったか―――
「俺だサラ。物騒なことはするな」
茂みから姿を現したのは、ザグ・ラーン(eb2683)だった。片手でサラを制す素振りを見せながら、ザグは周囲に視線を走らせる。
サラは警戒を解いた。
「オークの行動圏は掴めて? こちらのルート確保の方は、問題なさそうよ」
後続の仲間達とはいつでも合流可能。サラはザグの報告を待った。
「俺達の取る針路の近くで、オークの痕跡を見付けた。接触の可能性はある」
ザグは寡黙に、必要な事実だけを述べた。サラは一本のスクロールを取り出す。
「じゃあこれの出番ね。まずは他の皆さんと合流しましょう」
オーク対策として用意したスクロールを撫でて、サラはもと来た道を振り返る。
ザグもそれに続いた。後続の仲間たちを、心持ち心配しながら。
●護衛
「よおーし、頑張るゾ!」
意気込み高く、ケンスケ・シロウズ(eb8377)は手を掲げた。
「それ、さっきも聞いたわ」
そっけなく返すのは、シュネー・エーデルハイト(eb8175)である。因みに彼女の発言に悪意はない。
シュネー自身、口調がそっけないという自覚はあった。
「頑張りたいという気持ちは分かりますよ。自分もこれが初めての依頼ですから‥‥と、わっ!」
ばた、と話の途中でジェマナ・ラビリンス(eb8401)が転ぶ。本日3回目の転倒だった。
足元は特にそれを誘発する材料もない草地にも関わらず。どうもジェマナは、何もない所で転ぶ性質らしい。
「大丈夫ですか?」
そんなジェマナに助け舟を出したのは、依頼人の絵師、カーネルだ。
彼は言いながら、ジェマナが立ち上がるのに手を貸した。ジェマナは照れくさそうに笑う。
邪気や戦闘には無縁そうな依頼人を見て、シュネーには思うことがあった。
「ねえカーネル、もしもオークに遭遇した時の話をしておくわ」
改まった様子のシュネーに、カーネルも視線をそちらへ向ける。
「あなたがオークを傷付けたくないという意思。私は戦うことしか能がないから、そういうのは悪くないと思う。けれど剣を抜く可能性もあることは、知っていてほしい」
カーネルの意思は尊重したいが、シュネー達にとってはまず彼の身の安全が第一なのだ。
必要とあれば、剣に頼ることも辞さないのは仕方がないことだった。もちろん、極力回避には努めるが。
「‥‥分かっています。僕が無理を言って皆さんを危険に晒すことはできません。ただ‥‥」
カーネルは少し目を伏せて、続く言葉を躊躇った。おそらく、自分の勝手で罪のないオークに被害を及ぼしたくはないのだろう。
「あの、心配しないで下さい。自分はスリープが使えます。もてる魔法知識も最大限に使って、極力血が流れないよう努力するつもりですから」
ジェマナはカーネルを元気付けようと試みる。
どこまで自身が力になれるかは分からないが、それでも言わずにはいられなかった。
「要するにオークにさえ遭わなければいいじゃんか。まあ、どっちにしても俺は」
「頑張るゾ、かしら?」
ケンスケの言葉に合わせるように、背後の茂みから声が上がる。
くすくすと笑いながら現われたのは、サラだった。隣には表情を変えないままのザグもいる。
「安心してカーネル。そのための私達よ? ケンスケの言う通り、オークに遭遇しないで済む方法はあるわ」
場を隔てていた茂みを越えて、サラが近付く。一仕事終えた彼女らを、仲間達は労った。
「俺は止む得ない場合を想定しておくのも、有効なことだと思うがな」
ザグは目だけをシュネーへ向けて話す。シュネーもザグの言わんとしていることを理解したのか、視線を返して応えた。
寡黙なレンジャーと、そっけないナイト。表面的には見えづらいかもしれないが、その奥には思慮がある。
ザグにおいては新人の面倒見もよかった。食料を丸々忘れた二人の新人のフォローは、彼が一手に引き受けていた。
「では皆さん、改めてよろしくお願いします」
カーネルは頭を下げた。この先に、自分の待ち望んだ景色がある。そのための道は、この日繋がったのだ。
「心に宿す風景、宿したままの姿をもう一度見せたいね」
ジェマナがそっとケンスケに耳打ちする。彼女らもまた、冒険者としてこの日新しい道を歩み始めた。
依頼人と頼もしい仲間を目に、若き冒険者達の胸には大きく期待が広がるのだった。
●遭遇
茶系統の淡い光が、サラを包む。手にあるのは、オーク対策として用意していたスクロールである。
「天地の精霊よ‥‥」
かしずくように呟かれた言葉と共に、光が応えた。周囲に現れたのは、迷宮化された森。
ザグの調べたオークの行動圏を頼りに、術はその直径100m圏に発動された。
フォレストラビリンスの効果によって、オークとこちら側は寸断されたことになる。
「今の内よ。念のため、私からは離れないようついて来てね」
注意を告げると、サラは先へ進んでゆく。他の仲間も、慎重にその後に続いた。
無言でしばらく歩き続けた頃、ふと、何かが聞こえた気がした。
「何だ?」
「静かに。動くな」
ザグが一行を制す。サラとシュネーも気配を察知したのか、周囲に視線を配る。
すぐ真横を、オークが通る気配。厚い茂みの向こう側。どうやら、オークはこちらに気付いてはいないようだ。
迷宮化された森の中では、同じ場所を廻り続けることしかできない。効果範囲外にあたる一行の側には、オークの方から踏み入ることは不可能だった。
通り過ぎるのを確認して、ケンスケが大きなため息を吐く。安堵の息を漏らしたのは彼だけではない。
「‥‥! いけません、オークがこっちへ向かっています!」
突然、ジェマナが困惑の声を上げた。今のオークとは別の音を、彼女の聴覚が捉えた。
さらにサウンドワードの発動により、ジェマナはその音の意思をも把握する。その結果が先述の通りだ。
「‥‥どうもアテが外れたみたいね」
「ぬかったか」
ザグは小さく顔をしかめた。サラが臨戦態勢を取る。
「カーネル、皆の後ろへ! ジェマナ、どっちの方角だ?」
シュネーも素早く場を固め、ジェマナの示す方角を睨み付けた。オークの襲来に備えて。
迷宮の効果範囲外にいたオークはこちら側にいる―――そして、それは草木を蹴散らすような音と共に現われた。
「お、オーク!」
カーネルが息を呑む。緊張に細い肩が震えた。その肩に、ケンスケが声をかける。
「大丈夫だカーネル、ここは俺達で何とかしてみせるから」
ケンスケはカーネルの前に立った。緊張しながらも身構える。初めての依頼人を、何としても護れるように。
「牽制は任せてくれ。シュネー!」
ザグが合図を送る。シュネーは頷くと、ザグと共に数歩前へ出た。剣はまだ抜かない。
オークは二人に翻弄され、攻撃に転じる機会を得られないでいた。元来臆病なオークである、様子を窺っているのかもしれない。
「皆さん、目を閉じて!」
そんな最中に、サラが叫ぶ。何か策があるに違いない。牽制をしていた二人もオークから身を退き、目を閉じる。
瞬間、サラの身体が激しく発光した。唯一目を開けたままだったオークの動きが鈍る。
ダズリングアーマーの光によって、オークの視力は大きく混乱した。
「ジェマナ、今よ!」
再びサラが声を上げる。ジェマナは瞬間的に自分のすべきことを理解した。
「―――お願い、眠って!」
銀の光がジェマナを覆う。それは、彼女のスリープが発動した証だった。
「‥‥‥成功したようだな」
目の前に横たわる巨体を眺めながら、ザグが呟く。ジェマナのスリープは成功し、オークを一瞬のうちに眠りへと誘った。
「起こしてしまう前に、この場を離れた方がいいわね」
同じく小声でサラも意見する。足音に気を付けて、ジェマナの場合は足元に気を付けて、一行は歩き出す。
こうしてカーネルの記憶を頼りに、改めて目的地を目指すのだった。
●景色
カーネルが駆け出したのは、深い茂みを抜けてすぐのことだった。
前方は随分と明るい。おそらく、開けた場所に出るのだろう。
「ふむふむ、なつかしのあの風景という奴ね」
この先がその目的地。サラは興味深く思いつつ、カーネルの後に続いた。
絵師であるカーネルが思い焦がれる程の景色とは、一体どんなものなのか。
「?」
冒険者達は、思わず辺りを見回した。美しい景色を期待していた一行に反し、それは少し荒れた冴えない景色だった。
「本当に、ここなの?」
シュネーが問う。過ぎた年月が景観を変えてしまったのだろうか。くたびれた景色は、とても絵に描くようなものには思えなかった。
「いいえ、ここです‥‥ここに間違いありません」
感慨深そうにカーネルは呟いた。その脳裏に、幼い頃見た景色がよみがえる。
前方の木には父がいた。湖岸では母が自分を手招いていた。今この場所に、幼い自分が立っていて。
「僕は、この景色がずっと見たかった‥‥」
カーネルは、それっきり何も言葉にしなかった。冒険者達も彼の気が済むまでそれを見守ることにした。
「‥‥あれは、何をしてるんでしょう?」
それに気付いたのは、ジェマナだった。カーネルの手が、先程から宙をさまよっている。まるで指揮者のように。
「描いているのだろう。この景色を。おそらくは自身の中へ」
もう忘れることのないように。ザグはそんな絵師の背を眺めた。
自分達には何でもない景色が、彼には一体どう映っているのだろうか。
その手が描く一枚を、冒険者達は観てみたいと思った。